表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレイバーズ・メモリー(3)   作者: 橘 シン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/78

26-19


「話しすぎですよ…」


 出発の朝。いや、早朝。


 眠気が覚めきらないまま、荷物をまとめる。


「あんなに興味津々できかれたら、話したくなっちゃうわ」

 

 ソニアさんは、少し困ったような、けれどどこか楽しげな苦笑いを浮かべていた


 彼女の気遣いを受けていれば、もっと早く寝ていた可能性が高い。


 それでも、話し込んでしまったのは、この家の温かさや、話を聞いてくれる家族の存在が心地よかったからかもしれない。



「朝食は食べていくのよね?」


 お母さんが屋根裏に顔を出す。


「食べていくから」

「もうできてるから。準備ができたら降りてらっしゃい」


 朝食の、香ばしい匂いと出汁の優しい匂いがふわりと漂ってきた。

 

 昨日の昼間に準備は済ませておいてあるけど、一応確認する。


「こっちは終わったわ」

「私も終わりました。ふぅ…」

「もう一日、伸ばす?」

 

 ソニアさんが冗談めかして言う。その声色に、この場所の居心地の良さが滲んでいるのを感じた。


「いえ。今日出発します」


 だらだらと、引き伸ばしになるのはいやだ。


「居心地良くて、居座りたくなっちゃうんですよ」

 

 それは本心だった。暖かくて、安心して、守られているような感覚。


「実家だのもね」


 本当に里帰りじゃないんだから。


 

 荷物をもって一階へ。


「おお。中々凛々しいな」


 お父さんが私達を見てそう言う。


「三日前に見たでしょ…」

「そうなんだけど、なんか印象が違うなって」


 なんか…。


 そんなに違う?。


 どう見ても三日前と変わったようには見えないのだけど。


 ソニアさんはショートソードを腰に下げているから、凛々しいかもしれないけど。



 朝食は昨日の夜とは、うってかわって非常にシンプルだった。


 ご飯とお味噌汁。それに焼き魚、お漬物。


「いただきます」


 ソニアさんは魚が苦手だったけど、シファーレンに来てから好きになったみたい。


「美味しいです」

「そう?」

「干物は生臭い印象が強くて…」

「下手な人だったんじゃないかしら。うちのは自家製よ」


 お母さんが自慢気に話してる。


 自家製というけど、村中で協力して漁をして作っている。


 私も干物は好き。骨が多い魚は苦手だけど。

 

 

 朝食を食べ終え、荷馬車の用意をする。


 馬は、毛並みに艶があり、瞳は澄んでいて、調子が良いのが見て取れる。


「帰りも頑張ってね」


 ソニアさんがそう声をかけて馬体を撫でる。


 馬は応えるように、小さく鼻を鳴らした。


「これ、お昼に食べて」


 お母さんから竹の皮に包まれた物を受け取る。


「もしかしてオニギリ?」

「そうよ」

 

 お母さんはにっこり笑った。


 私からは、一言も頼んでいない。それなのに、わざわざ早起きして作ってくれたのだ。その心遣いが、じんわりと胸に染みる。


「ありがとう…お母さん」

「気をつけてね」


 お母さんと軽く抱き合う。


「お母さんも体大事にして…」

「ええ」


 今起きてきたおばあちゃんとも別れの挨拶をする。


「おばあちゃんも元気で」

「ああ。分かってるよ。ナミもね」

「はい」

「しっかりやりな。あなたならできる」

「うん、ありがとう。行ってくるね」


 おばあちゃんは優しく頬を撫でてくれた。



「おーい!待ってくれぇ!」


 そう言いながら、走って来る人がいる。


 ベッキーのお父さんだった。


「まだ準備中だぜ」

「そうか?よかった…」


 ベッキーのお父さんは肩で息をしながら、安堵の表情を浮かべた。少し呼吸を整えてから、上着のポケットから何かを取り出す仕草をする。


「これをベッキーに」

「手紙ですね?」

「ああ」

「必ず、渡します」


 手紙を受け取り、鞄にしまう。


「正直、何を書いていいか迷ったよ」

「でも、ちゃんと書いたんですよね?」

「一応な」


 と、少し照れたように応え、大きく頷いた。


「言葉足らずな所もあるかしれないが…」

「大丈夫ですよ。ベッキーなら分かってくれます。私からも伝えておきますから」

「ああ。恩に着るよ」


 ベッキーのお父さんは心底安堵した顔になり、深く頭を下げた。




 準備が整い出発となる。


「いい?」

「はい」


 短く応える。ソニアさんが馬の手綱をしっかりと握る。その手つきは慣れていて、迷いがない。


「行ってきます」

「いってらっしゃい」

「無理…するなよ」

「うん…お父さんもね。体に気をつけて」

「ああ…」


 お父さんの顔をちゃんと見た。


 心配気な表情。


 私は。精一杯の笑顔を向けた。大丈夫だよ、と伝えたくて。


 お父さんは何も言わず、ただ、何度も何度も力強く頷くだけだった。その一つ一つの頷きが、言葉にならないエールのように感じられた。


 お父さんは何も言わず、何度も頷くだけ。



「ソニアさん。娘をお願いします」

「はい。お任せを。では、行ってきます」


 馬がゆっくりと歩き出す。


 だんだんと我が家と家族の姿が遠ざかっていく。


 私は、その姿が見えなくなるまで、ずっと後ろを向いていた。


 

 ベッキーとともに村を出た時とは、違う気持ち。


 あの時は不安な気持ちのほうが大きかった。


 今回は、淋しい気持ちのほうが大きい。


 久し振りに家族に会えたからかな?。



「また会えると分かっていても、どうしてもね…」


 ソニアさんが、私の気持ちを察したように優しく声をかけてくれた。


「はい」


 いけない。こんなことくらいで落ちこんでいてはダメだ。顔を上げ、大きく深呼吸をする。


 まだ先は長いんだから。


 心細くはない。

 

 一人じゃないから。


 もし一人だったら、ここに留まっていたかもしれない。


 前を向いて手綱を握るソニアさんの背中が、一層逞しく見えた。


「ん?どうかした?」

「いいえ」


 私は精一杯の笑顔を作り、首を横に振った。

 

 大丈夫。私は大丈夫。




 わたし達はナイワッカの町へ戻ってきた。


 村からは五日でくる。雨にならかったのか幸いだった。

 

 荷馬車を返し、料金を支払う。


 着いたのが夕方だったので、宿で一晩過ごす。



「さてと…次は都行きの船を探さないとね」

「あるといいですね」


 陸路を行く事も当然出来るが、どうしても日数かかる。


 最低でも十日はかかると、手に入れた情報から推算した。


 食事代と宿代を考えたら、海路が良いという判断に至る。


 船代で、高くつく可能性もあるけど、日数を減らせるなら、多少高くついてもいい。



 まずは港の管理事務所へ向かう。


 朝にも関わらず管理事務所は人の出入りが多く、活気がある。


「こっちの書類にサインくれよ!」

「こっちが先だっつうの!」

「まだ荷物届いてねえってどういう事だよ!…空のまま出ろってか?」

「番号札配ったでしょ?順番守ってください!」

「荷主が料金未払でトンズラしたんだけど…」

「さっさと許可出せや!こら!」


「活気があるというか…」

「半分くらい喧嘩腰ですね…」


 そんな事務所のわたし達も入っていく。


 とりあえず客船の料金と出港日を確認。


「料金は…え?リカシィとナイワッカの三倍近くあるわ」

「ですね…お金持ち専用でしょうか?」

「そんな事はないと思うけど」


 事務所に聞いたけど、一般向けだそうだ。


 さらに高い料金を取る客船もあるとか。そっちは、完全に金持ち向け。


「やっぱり貨物船に便乗するしかないわね」

「そうなりますか」


 もう初めてじゃないから、慣れたものだ。


 貨物船の船着き場に向かった。



「すみませーん!都まで乗せてくれませんか?」

「お願いします」


 そして微笑む。


「人乗せる余裕なんかねえよ」

「邪魔だよ。どいてくれ」

「すみません…」


 邪険にされる。これも初めてじゃない。


「わかってたけど、ムカつく…」

 

 ソニアさんが拳を握る。


 どこの船も忙しそうだ。だからといって諦めるわけにはいかない。

 

 

 比較的暇そうな船に声をかけてみた。


「すみません。ちょっといいです?」

「ん?あー船乗り志望か?船長呼んでくるから待っててくれ」

「え?いや、違いますけど…」


 若い船乗りが足早に行ってしまう。


「行っちゃいましたね」

「まあ、いいわ。船長さんに直接交渉できるし」


 わたし達は船長を待つ事にした。


 


Copyrightc2020-橘 シン


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ