26-17
「ごめんなさい。さっき見たんだけど、文房具ばかりだったから…」
「いえ、いいんです。もう一回探して見ましょう」
「うん」
抽斗の深さは浅いものばかりで、本を入れるような所ではない。
「メモみたいのはたくさんあるんだけど…」
「ありますね。でも魔法に関するものじゃない」
「うん。下書きや試し書きばかりよね」
メモを一枚一枚見ながら机の上に置いていく。
「何か手がかりを…」
ナミさんは、多少焦りがちにメモを見ていた。
しかし…。
「結局、なしか…」
「はあ…」
大きくため息を吐くナミさん。
何も見つからないまま、机の抽斗は空になってしまう。
カレンさんは何故、ナミさんを怒ったのか?。
そんな疑問だけが残った。
「あれ?」
わたしは、抽斗を元に戻そうしたが、中々元に戻らなくない。
「何か引っかかってません?」
「多分、そうだと思うんだけど…」
二人で抽斗を引いたり押したり。
「そのままでいいって。あとはおれがやっとくから」
「うん…」
そのままでいいっと言われれも、中途半端ではなんか気持ち悪い。
「もう少し強めに」
「はい。せーの!」
二人で強めに押し込む。
抽斗が収まった瞬間、何かコトリと落ちた。
「何か落ちませんでした?」
「うん。この下よ」
机の下を覗く。
「これですね」
「きっとそれよ。さっきは見かけなかった」
ナミさんが拾ったそれは、小さな木箱だった。
手のひらよりも少し大きく、横に長い。.
高さは指二本程度。
それから紐で縛られている。
「何これ?おばあちゃん。知ってる?」
「知らないねぇ」
「お父さんは?」
「わからん」
誰も知らない箱。
私は紐を解き、箱をそっと開ける。
箱の中には、水晶の原石数個と…。
「封筒?」
「ナミさん宛よ」
「え?」
真ん中ではなく、左上の角に私の名前が小さく書かれていた。
「私宛?」
カレンおばあちゃんから私への手紙。
箱から封筒を取り出す。
なんでだろう。
手紙を読むのが怖い。
見えない所に隠すようにしてあったから。
「ナミさん?大丈夫?」
「ソニアさん…私、なんか怖いです」
「怖い?」
「わからないんですけど…カレンおばあちゃんが私宛にって…」
私はちょっと手が震えていた。
ソニアさんは、宝箱の蓋を締めて、埃を払う。
「落ち着いて。とりあえずここに」
「はい」
私は宝箱に座る。
ソニアさんも隣に座った。
「私は、家に戻ってるよ。あなたもだよ」
「おれも?気になるんだけど…」
「いいから来なさい」
「はい…」
おばあさまとおじさまが物置を出てしまう。
「ソニアさんは、ここにいてください」
「もちろん、そばにいるわ。わたしだけでいい?おばあさまを呼び戻す?」
「いえ、大丈夫です」
私は、封筒から手紙を取り出す。
「ナミさんにとって、重要な内容で間違いないと思う」
「はい…」
「ナミさんに優しかったカレンさんが残してくれた手紙。怖いものじゃないわ、きっと」
「そうでしょうか?…」
「あなたを思って書いたものだと思うから」
ソニアさんは優しくそう話す。
「当たり前だけど、ナミさんには読まないって選択肢もある」
「読みます。気になるし…」
先延ばしにする意味はない。
いつかは読まないといけないんだから。
私は意を決し手紙を開く。
ナミへ。
この手紙を読む時、あなたはいくつになっていることでしょう。
十代か、年頃の女性なった頃か…もしかしたら、読まれる事がないかもしれません。
むしろ、その方が良いでしょう。
ここに書く内容は事実です。その事があなたを困惑させるでしょう。
しかし、それはあなたを縛るものではありません。
事実を知った上で、どうするかはあなたが決めなさい。
あなたの生きる道は、あなたが決めるもの。
あなたが決めた事を否定する権利は誰にもありません。私でさえもです。
まずは結論から言いましょう。
ナミ。あなたは、魔法が使えます。
「魔法が使えます…」
「それは、すでにわかってて…」
「そうなんですけど…私が魔法が使えると知ったのは数年前です。でも、カレンおばあちゃんはそれよりもずっと前に知っていた…」
「あ…」
カレンおばあちゃんは、私が魔法を使える事を隠していた?。
魔法が使えると知ったのは、あなたが生まれた時です。
あなたが生まれた時、体が小さく、泣かなかったので非常に心配しました。
私が呼ばれ、あなたを抱き上げると、大声で泣き出しました。
周囲が安心する中、私はあなたの中に魔法力を感じたのです。
あなたが泣き出したのは、魔法士同士の特異なものよるものでしょう。
それはさておき。
その魔法力は、私と同じ魔法力だったのです。
「治癒魔法が使える事もわかったんだ…」
「そこまで分かっていてなぜ、カレンさんは教えてくれなかったのかしら?」
「そうですよね」
まさか、自分のひ孫に治癒魔法が発現する。
私は、運命のいたずらに呪ったのです。
一般的な魔法士ならば、こんなに悩む事はなかったでしょう。
むしろ、喜ぶべき事。
しかし、治癒魔法は特殊なのです。
あなたが治癒魔法を使えると知り、訓練を始めても思ったように成果は出ないはずです。
師となるべき者がいないのですから。
私は老い先短い。
他に師となる者はいません。
誰も知らない治癒魔法をどう習えばいいのか迷うでしょう。
「カレンおばあちゃん。私、治癒魔法使えるよ。まだ初期のものだけど。なんとなく分かってきたんだ」
カレンおばあちゃんから見たら、笑っちゃう程度のものかもしれないけど。
治癒魔法は体系に謎な部分が多く、分かっているのは極一部です。
私が研究して概要のみが判明しました。
この程度の事しか分かっていないのです。
この現状で、あなたが治癒魔法士として生きていく事は、茨の道となりましょう。
ナミ。あなたには、私と同じ苦労はさせたくない。
私は魔法士としても、母としても中途半端な者に終わってしまった。
若かった私は、何かに取り憑かれたように研究に没頭し、娘の成長を見ず、研究に明け暮れ、その成果はたった本一冊。
私は何をしてきたのか。
人生を無駄にしてまでやるべき研究だったのか。
後悔だけが残ったのです。
娘には謝っても許してくれないでしょう。
「カレンさん一人で研究していたみたいね」
「はい。いつどこで治癒魔法をしったのかわかりませんが、相当苦労したようです」
「後悔してる」
「私は無駄ではなかったと思います。カレンおばあちゃんが研究してくれたから、私が治癒魔法を使えてるんですから」
「わたしも、無駄じゃないって思う。素晴らしい魔法よ」
カレンおばあちゃんが後悔してしまった理由もよくわかる。
おばあちゃんが結婚するまで帰って来なかったって言った。
そのせいで、仲違いしたみたいだし。
ナミには平凡に生きてほしい。
苦労なんかせず、いい人を見つけて、恋をして、結婚して、子供を授かる。
子に寄り添い、導き、育てていく。
普通のごく普通の、人生を歩んでほしいと思う。
そう思う反面、治癒魔法の研究を継いでほしいとも思っています。
治癒魔法という存在を未来に残したい。
身勝手過ぎる事だと自分が、よくわかっています。
すでに書きましたが、あなたの道はあなたが決めるものです。
否定する権利は誰にもありません。
あなたに判断を委ねてしまうかもしれない事を許してください。
「…」
私は手紙を封筒に戻す。
「カレンおばあちゃんが怒っていた理由がわかりました」
「うん」
「私はカレンおばあちゃんの気持ちを知る事ができたので、手紙が見つかってよかったと思います」
知らずにいたほうが良かったのかもしれない。
でも、知る事で私の気持ちが決まりました。
「ソニアさん。都へ行きましょう」
「ええ」
「お付き合いしていただけますか?」
「当たり前でしょ。来るなって言ってもついていく」
「ありがとうございます」
私達は固い握手をした。
Copyrightc2020-橘 シン




