26-13
ソニアさんを紹介して、帰って来た事情を話した。
「それでね、カレンおばあちゃんの事を調べに…」
「おい、ちょっと待て」
お父さんが話しを止める。
「お前、また出て行くのか?」
「うん…」
「ナミ、もういいじゃないか。魔法、使えるようになったんだろ?」
「なってない、なってないよ。これからなんだよ。お父さん、話聞いてる?」
「聞いてるよ。ここで、研究すればいいじゃないか。王国まで行く必要あるか?」
「ここじゃ無理なの!私一人じゃ何もできない。知識が不足してる」
ここでできるなら、そうしたい。
駆け出し私には、何をどうすればいいか、全くわからないんだから。
「治癒魔法の事だって、エレナ様が調べてくれたから、わかったんだよ。何もせず、ここにいたら何も知らずにただ漠然と生きていただけかもしれない」
「漠然と生きて何が悪い?平和に、平凡に生きるのが嫌なのか?わざわざ危険を冒す方がどうかしてる!」
お父さんは怒って家を出ていってしまった。
「…最初から何も知らなければ、ここを出ることはなかった。魔法が使える事がわかって、自分の魔法が人の役に立つなら、そうした方がいいと思って…」
「ナミ…あなた、そんな事を考えていたのね」
「私は知っていたよ。ナミは、本心を話す子じゃない。けど、いつも周りを見て、自分は何をすべきかをちゃんと考えて行動してたよ。私らが何も言わなくてもね」
おばあちゃんが、優しく話す。
「おばあちゃん…」
「あなたの選んだ道は間違ってない、と私は思う」
「うん…」
「頑張りな」
「はい」
ドンドンと玄関のドアが叩かれる。
「あの、ちゅっと!ナミちゃんが帰って来てるって聞いたんだけど」
ベッキーのお父さんだ。
「はーい」
玄関を開け、招き入れる。
「お久しぶりです。おじさん」
「やあ、久し振り…。帰って来たのは、ナミちゃんだけかい?」
そう言って周りを見回す。
「はい…」
「そうか…」
肩を落とすおじさん。
「すみません。私だけ…」
「いや…」
「今回は、一時的に帰って来ただけで、数日でまた行かないといけないんです」
「そうなのか…。あいつは元気でやってるのか?」
「もちろん元気ですよ」
ちょっとだけ、怪我したけど。あれは言わない方がいい。
私は鞄から、ベッキー本人が書いた手紙を取り出す。
「これ、ベッキーからです」
「え?あいつから?」
「はい。いつも私からの報告ばかりでしたけど、今回は彼女本人からです」
「うん…」
手紙を差し出すが、見つめるだけで受け取ろうとしない。
「どうしたんです?」
「うん…受け取っていいものか、どうか…」
「受け取ってください。今の、ベッキーの気持ちが書かれていると思います」
「だからさ…恨み辛みだったら…」
「そんな事はないですよ」
ベッキーは相当悩んで書いたものだ。
私の出発直前まで迷っていた。
恨み辛みの内容なら迷ったりしないと思う。
「わたしが読んであげるよ」
お母さんがそう言って、ベッキーからの手紙を取ろうとする。
「おいおい。何言ってんだ」
おじさんはそう言って、手紙を取った。
「ベッキーちゃんからの手紙でしょ?迷う必要ないじゃない」
「色々事情があるんだよ…」
お母さんは知ってて言ってる。
「で、なんて書いてあるの?」
「ここで読むのかよ…」
なんて書いてあるかは、私も知りたい。
「いいから」
「わかったよ…」
おじさんは渋々と手紙を開けて読み始める。
「…」
読み進めていたおじさんは、口に手をあて泣き始めてしまった。
まさか、恨み辛みが書いてあった?。
「おじさん、ベッキーはなんて?」
「謝ってる…」
「そう…」
よかった。恨み辛みじゃなかった。
「元気だから…もう少しがんばりたいって…いい先生がいるから…」
「そうです。エレナ様はすごい魔法士なんです」
「ああ。ここで辞めたら、絶対後悔するからって…俺を一人して寂しい思いをさせてるけど、すごい魔法士になって帰るからって…」
おじさんは声を詰まらせる。
「俺の体を気遣って…」
喧嘩別れになってしまったけど、ベッキーはお父さんの事大好きなんだ。
「ベッキーはすごく頑張ってます。私よりも、ずっと先を行ってます。魔法士として」
「うん…」
「村を出て以降、おじさんの事は悪く言ってないんです。だから…」
「わかってるよ、ナミちゃん…俺は、子離れができてなかったんだなぁ。女の子なんだから、どっかに嫁いだりして、出て行くかもしれないのによ…」
おじさんもベッキーの事が大好き。
「あいつの人生を潰すところだった…」
「これからは、応援すればいいじゃないの」
「ああ、そうだな」
おじさんは、涙を拭き、手紙をポケットに入れる。
「ナミちゃん、あいつによろしく言っておいてくれ。頑張れって」
「必ず、伝えます。それとは別に、おじさんから返事の手紙を書いてくれませんか?」
「いいね、それ。ベッキーちゃん、喜ぶと思うよ」
「そうかなぁ…破り捨てたりしないかな…」
「しませんよ!。そんな事したら、私が怒ってあげます!」
苦笑いしながら、頷くおじさん。
「わかった。書いてみよう。何書いていいか、わかんないけども…」
「ありがとうございます。私が預かって、必ずベッキーに渡しますから」
「ああ」
大きく頷きおじさんは帰って行った。
「親一人子一人だからね…大事にしすぎちゃうんだよ。うちでさえね?」
お父さんが、私を大事に思ってくれているのは、すごく嬉しい。
だからって私の気持ちを無視するのは、やめてほしい。
「昼食はまだでしょ?」
「うん」
「作ってる途中だったの。手伝ってくれる?」
「いいよ」
「おばあちゃんは、お客様の相手してて」
「あいよ」
おばあちゃんとソニアさんを残し、お母さんの手伝いをする。
何年ぶりだろう?。
久し振りとか、何年ぶりとか、ばっかりだ。
でも、それが嬉しくて、胸がいっぱいになる。
数日でまた出ていかなければいけない。
家の事はできるだけやろうと思った。
そして、昼食。
「ソニアさん。ハシの使い方、上手ね」
「ありがとうございます。練習したんですよ」
シファーレンでは、ハシのほうが一般的でらしいので、ここ来るまでに使えたほうがいいと思い、練習をした。
「左手で馬を操作しながら、右手でハシの練習してたよ」
「やだ、もう。そこまでしなくていいのに」
「できるだけ、その土地の風習に合わせたいんです」
そうする事で、早めに受け入れてもらえる。
これは経験則。
「ごめんなさいね。ナミに付き合ってもらって」
「いえいえ。わたしは慣れていますので。ナミさん一人では危険ですし」
わたしの経験が活かせる任務である。
「ソニアさんは、旅慣れしてるから安心して帰って来れたよ。行き当たりばったりな、ベッキーとは大違い」
「行き当たりばったりは変わらないと思う」
「全然、違いますよ。シュナイツまで行くのに苦労したんですから」
まあ、身構えと覚悟は違うかもね。
旅の思い出をいくつか話す。
「すごいのね。私なんてナイワッカまでが限界よ」
「趣味なのかい?」
「そういうわけでないんですが…」
おばあ様の質問から身の上話になる。
わたし自身の事情は曖昧しつつ、思い出話を少し話した。
「ごちそうさまでした」
「凝ったものでなくて、ごめんなさいね」
「いいえ。とても美味しかったです」
これはお世辞ではない。
ナイワッカの屋台もそうだけど、シンプルな方が美味しい事ってある。
ナミさんのお父さんは、昼食時には帰って来なかった。
「さっきも話したけど、カレンおばあちゃんの事教えてくれない?」
「ナミ。今日はとりあえず休んで、明日にしなさい」
「お母さん…私は、単なる里帰りで来たんじゃないんだよ」
「わかってるわよ…」
おばさまは、あまりいい顔をしない。
「大事な事なんだから」
「大事な事だけど、お父さんの気持ちもわかってちょうだい」
「お父さんの気持ち?お父さんの方が、私の気持ちがわかっていない。カレンおばあちゃんの魔法は…」
「ねえ、ナミさん」
わたしは、彼女が話している途中で話しかけた。
「急ぐ必要はないわ」
「ソニアさんまで…」
「生き急いでもいい事はない。期限が決まってるわけじゃないんだから、余裕を持って行かないと。休む事も大切でしょう?」
「はい…そうですけど」
ナミさんの気持ちはわかってるつもり。
それにナミさんの家族の気持ちも。
「おじさまだけじゃなく、おばさまやおばあさまも、あなたが出来きるだけここに居てほしいはずよ」
彼女は、おばさまとおばあさまを見る。
「そうですよね…。ごめんなさい…お母さん。おばあちゃんも」
おばさまとおばあさまはだた微笑むだけ。
「自分の部屋、掃除してきなさい。ホウキはかけてるけど、細かい部分はしてないから」
「はい」
ナミさんが立ち上がる。
彼女を手伝うため、わたしもナミさん部屋へついていった。
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