26-10
夕食となったが、場の雰囲気は暗い。
それもそのはず。
海賊の襲撃後、四人が行方不明となっていた。
理由はわかっている。
あえて口には出さない。いや、出す必要はない。
「うまいスープなのによ…」
「仕方ないねえって」
すすり泣く声も聞こえる。
「泣くな!」
「でも、船長…」
「泣いたって、戻りはしない」
船長がそう言った後、みんな黙って夕食を食べ続けた。
夕食を食べ終え、片付けてた時だった。
「ソニアさん!ナミさんが気がついたぜ」
「え?ほんと?」
わたしは、ナミさんに駆け寄る。
「ナミさん!」
「ソニアさん…私…あれ…」
彼女は起き上がろうとするが、頭を少し上げる事しかできない
「無理しないで、魔法力を使いすぎたの。覚えてる?」
「はい…」
「そのまま寝てていいから」
「わかりました…あの、アーロン君は?」
「大丈夫、生きてるわ。あなたの隣に寝てる」
ナミさんは、隣を見て安心して大きく息をはく。
「あなたが救ったのよ」
「私は何も…」
「そんな事ない。自信を持っていいわ」
「ありがとうございます…」
そう言うとまた眠ってしまった。
ナミさんは、魔法士として自信を失っていた。
だけど、海賊の襲撃でとんでもない魔法を見せつける。
十数人ほどのいた賊の動きを止めたのた。一斉に。
あの時の彼女は、別人に見えた。
そして、アーロンさんの傷を塞ぐ。
「ナミさん。すごいわ、あなた。わたしはちゃんと、見てたからね」
嘘偽りなく、エレナ隊長に報告しよう。
「気がついたって?」
「船長…。はい」
「よかったな。お前も休んどけよ」
「はい」
と、返事したものの寝る気はなかった。
ナミさんもだけど、まだ目を覚まさないアーロンさんが心配で…。
夜通し見てるつもりだったが、眠気に耐えきれず寝てしまった。
翌朝、目を覚ますとナミさんがいない。
アーロンさんは、いる。
「ナミさん…いない!?ナミさん!」
「はい?」
「え?」
声がする目を向ける。
彼女は朝食をつくっていた。
「ナミさん、大丈夫なの?」
わたしは起き上がり、ナミさんに近づく。
「はい。大丈夫です」
「ほんと?魔法力の回復って時間かかるじゃなかった?」
「そのはずなんですど、不思議と何でもないんですよ」
ナミさんの表情もそうだけど、顔色がいい。
「あまり無理しないで」
「はい」
「手伝うわ」
朝食づくりを手伝う。
ナミさんは、朝食を食べ終えた後ずっと、アーロンさんのそばにいた。
アーロンさんはまだ目を覚まさない。
彼が目を覚ましたのはその日の夜だった。
夕食の片付けも終わり、船乗り達が寝るか、見張りに行く頃。
「ん…ううっ…ああ…」
私はアーロン君のうめき声に気づく。
「アーロン君!」
「はあ…はあ…」
彼がゆっくり目を開く。
「アーロン君…よかった…」
「カシマさん?どうして…ここは…」
「大丈夫、安心して。海賊はもういないから」
「え?…」
アーロン君は混乱してるようで、記憶が曖昧だった。
「斬られた事、覚えてる?」
「僕が?…あ…そうだ…」
彼は気づき起き上がろうとする。
「痛ったぁ!…」
「まだ起きちゃだめ!傷口が開いちゃう」
「はい…」
「魔法で傷は塞いだけど、応急処置だから」
「魔法?…」
「今は何も考えないで、休んで。ね?」
「ああ」
アーロン君はまた寝てしまう。
「よかったね」
「はい」
ソニアさんが、私の肩に手をおく。
「ナミさんも休んだ方がいいわ」
「もう少しだけ」
「気持ちはわかるけど。彼も心配するかもしれない」
「そう…そうですね」
「そばに寝ていいから」
彼女にそう言われたら、断れない。
アーロン君はもう大丈夫。
その安心感で、眠りについた。
アーロン君は、次の日の朝には目を覚ましていた。
ほど記憶も戻り、状況を理解してるみたい。
「すみませんでした…」
「いいんだよ」
「良くないな」
「船長さん…」
船長さんがしゃがみ込んで、アーロン君を睨む。
「こっちは四人やられてんだぜ?」
「それについては…本当に、申し訳なく思ってます…」
「アーロン君のせいじゃないです」
「そうか?」
海賊の頭はもういない。
それでもうすべて済んだはず。
「船長、もういいでしょう。アーロンさんは、誰も殺していませんし」
「アーロン君は人殺しなんてする人じゃないんです」
「ああ。アマちゃんみたいだしな」
船長さんは馬鹿にするように言い放つ。
「そこまで言わなくても…」
ソニアさんがため息を吐く。
「人殺しできない奴が、何で海賊になった?」
私も、ずっと不思議に思っていた。
温厚で優しいアーロン君が何故?。
「生きて行くために…」
「生きて行くため?なんで?何があったの?」
「…」
彼は口を噤む。
「裏の世界に行くやつは、だいたい世の中に嫌気がさしたか、賊になった旨味をしったか、自棄になったか…どれだ?それともこれ以外の事か?女とか」
「女以外の全部だと思います」
「フルコースかよ…」
「アーロン君…」
何がどうして、そうなったかは聞いていいものだろうか?。
聞いたって、過去は変わらないし、私にできる事はない。
「でも、まあ…まだ踏み止まる勇気があったのは、感心したぜ」
「どういう事ですか、船長さん」
「お前を殺さなかった。あの時、殺していたら戻れなかったはすだ」
船長さんはそう言うと去っていく。
アーロン君は涙を流していた。
「どこか痛い?」
「いいえ…どこも…」
彼は右手で、顔を覆う。
アーロン君も辛かったんだと思う。
賊になるなんて普通しない。
そうしないといけない状況になってしまった。飲み込まれたんだ。
彼にはどうする事もできなかった。どうしていいかわからなかった。
「すみません…カシマさん…」
「謝らくていいんだよ。私は大丈夫だから」
「危うくあなたを…」
「うん。もういいから」
彼の嗚咽は止まらない。
「泣いても状況は変わんないぞ」
船長さんが、何かを手にして戻ってきた。ペンとインクも。
「船長さん。彼を、そっとしておいてくれませんか?」
「断る」
「お願いです」
船長さんは、私の言葉を無視してアーロン君に近づく。
「船長。あなたって人の気持ちがわからないんですか?」
ソニアさんは強い口調で言い放つ。
私も同じ気持ちだった。
「黙ってろ。こいつの処遇は俺が決める。俺の船で起きた事だからな」
「それはわかりますけど…」
「いいから黙ってろって」
船長さんは何かをアーロン君に見せる。
「おーい。これを見ろ」
「はい…」
アーロン君は涙を拭く。
「よく見ろ」
「はい」
「これが何かわかるか?」
「海図です。この辺りの」
「ああ、そうだ」
船長さんは、何故が笑顔で頷く。
「賊の拠点がどこあるか、わかるか?」
「わかります」
「どこだ?」
「ナイワッカのずっと北です」
「北には何もないだろ?」
「あるんです。島が」
「マジか…」
海図にはないが、海賊が拠点としている島があるらしい。
「あの島の周りは海流が複雑で、無闇に近づくのは危険です」
「でも、あなたは手漕ぎ船でいったって」
「途中で拾われたので…」
「なるほどな。確かに、北寄りに進路は取りすぎるなって言われてる。それと逆手にとったのか。どおりで降って湧いたように出ると思ってたんだ」
そう言いながら、白紙に何かを書き込んでいく。
「水をいただけませんか?」
「うん、いいよ。今持ってくるね」
「ありがとうございます」
水を持ってきて、彼に飲ませる。
彼はコップ一杯を一気に飲み干す。
「まだ話しは終わってないからな」
「はい」
「まだ聞くんですか?」
「ああ。お前、海図の見方は、元からわかってたのか?」
「いえ。教えてもらいました」
「そうか。こいつの使い方は習ったか?」
「四分儀ですね。習いました。使えます」
「そうか」
船長は嬉しそう。
「なかなかいないんだよな、使える奴が」
「彼は頭いいので」
「ああ、そう。他に教えてもらった事はあるか?」
「海流と霧が出やす季節や時間とか」
「へえ」
「漁場とかも」
「全部覚えたのか?」
「習った事はすべて紙に書いてました。今は持っていませんけど…」
「覚えてる分だけでいいから、書き出してくれないか?賊に関することを」
「いいですけど…どうして…」
アーロン君は不思議そうに尋ねる。
「さっきも言ったが、仲間が四人死んだ」
「はい…」
「その四人の死を無駄にしたくない。生き残ったお前が四人分の代わりってわけだ」
「はあ…」
「気の抜けた返事してんじゃねえよ…。お前はここで四人分の働きをしろって言ってんだよ」
「それは…僕を助けてくれるんですか?」
「ああ」
「でも…」
「お前に拒否権はない」
船長さんは立ち上がった。
「さっさと起きろよな。穀潰しは簡便だぜ」
そう言うと行ってしまう。
「賊からカタギに鞍替えのようね」
「いいんでしょうか?」
「いいんじゃない?。船長さんが、ああ言ってるんだから」
船長さんが、あんな事を考えてたなんて驚き。.
情報を聞くだけ聞いて、ほっぽり出すのかと…。
「覚悟したほうがいいわ。認められるまで、苦労するかもしれない」
「今までよりは、ずっといい…なんと感謝すればいいか…」
アーロン君は、また涙を一粒流した。
Copyrightc2020-橘 シン




