26-9
私は、アーロン君の傷の上に手をかざし、出血を止める魔法を発動させる。
魔法陣を見なくても、発動できる。できるように練習した。
たぶん初歩の魔法だから。これくらいはできないといけないと思って。
写本の魔法は無理だったけど。
「アーロン君、頑張って…」
彼の傷は見るも無惨。目を背けたくなる。
出血はまだ止まっていない。
血溜まりの中に彼は寝ている。
「何やってんだ?」
「出血を止めてます…」
「止めるって?」
「黙っててよ!ナミさんが、集中できないでしょ!」
「あ、はい…」
ソニアさんが治癒魔法について、説明しくれた。
「そんな魔法があるのかよ…信じらんねえ」
「マジもんだぜ!血が止まってきた!」
私は一度魔法を止め、息を整える。
「はあ…はあ…」
「大丈夫?」
「はい…」
「後は、傷を縫えばいいんじゃない?」
「いいえ…傷を塞ぐまでやります…」
「けど…」
ソニアさんが心配してくれるのは、ありがたい。
けど、やめたくなかった。
アーロン君を助けたいって気持ちもあるけど、自分が今どの程度の治癒魔法が使えるのが確かめたかったから。
「誰か、水持って来い!」
「水、ですか?」
「飲み水だ!彼女を見てわかんないのか!」
「はい!」
船乗りが走り去る。
「手が空いてる奴は賊の死体を片付けろ!」
「降参してる奴らはどうします?」
「降ろせ。まだ手漕ぎ船が残ってたはずだ」
「はい!」
船乗り達が離れ、私とソニアさん、船長さんだけになった。
「こいつは助かる」
「本当ですか?」
「致命傷になるような傷じゃない。まあ、処置を間違えたら、わからんがな」
そう言って、アーロン君の首に指を当てる。
「脈がしっかりある」
「そうですか…」
望みは十分にある。大丈夫.…そう自分に言い聞かせた。
私は、再び魔法を発動させた。
今度は、傷口を塞ぐ魔法。
しかし、ここまで大きな傷は初めて。
「無理、かもしれない…」
「ナミさん。血を止めただけも十分よ。あとは当て布をして、包帯のきつくすればよくない?」
「はい…」
そうだとしても、できるだけ傷は塞ぎたかった。
周囲が明るくなる。
「やっと霧が晴れたか…」
「みたいですね」
帆が上がり、船が前進し始めた。
「ソニアさん…」
「何?どうかした?」
シニアさんの声が遠くなる…。
「ナミさん!?ナミさん、しっかり…」
私は、耐えきれず気を失った。
気を失ったナミさんは、船倉へと運ぶ。
アーロンさんも板に乗せられ、船倉へ。
「大丈夫だよな?」
「大丈夫です。魔法を使い過ぎただけですので、時間が経てば気がつきます」
と、聞いてはいたが、実際に目の当たりにすると、生きた心地がしない。
「そうか…」
船長は大きく息を吐く。
「アーロンさんの方はどうです?」
「大丈夫じゃねえかな。血が滲んで来てないし…」
「そうですか」
運ぶ時にはかなり気をつかった。
傷口がまた広がってしまうのではないかと。
ナミさんとアーロンさんは、何が起きても対処できるよう見える所に、並んで寝せてある。
「夕食を頼む」
「あー、はい」
忘れてた。
何を作るんだったっけ?。
「俺が手伝ってやるよ」
「船長が、ですが?」
「ああ。なんか問題でもあるか?」
「ないですけど…」
手伝ってくれるのありがたいけど…。
「お前、俺が料理できないと思ってるだろ?」
「出来るんですか!?」
「この野郎…。評判いいんだぞ!なあ?」
通りかかった船乗りに話しかける。
「え?なんです?」
「俺の料理、うまいよな?」
「ああ、うまいっすよ…」
「ほら」
なんだか無理矢理言わせた感じだった。
まあいいか。
一人で作るよりはいい。
「…わかりました。お願いします」
「おう」
で、何を作ろうかと考えていたら…。
「釣り糸を仕掛けておいたんだ」
いつの間に。
見てくると言って、船長が甲板へ出ていく。
わたしは、窯の用意。
ナミさんがいないので、火打ち石で火を付ける。
火打ち石は久し振りに使う。若干手間取った。
大鍋に水を入れ、火にかける。
「ほんと、何作ろう…」
ついさっきまで賊と戦っていた。
危うく命を失うところだったし…これが、ヴァネッサ隊長の嫌な予感かしら?。
そうなら、もう安全かも。
「魚、かかってたぜ!」
船長が喜んで帰って来る。
手にしてる魚は四匹。
「へえ…」
「テンション低いな」
「わたし、魚は苦手で…」
「そうなのか?」
「はい…」
生臭くて…。
「よおし。それじゃ、うまいやつを作ってやろう」
船長は、テンションが高い。
手際よく魚を捌いていく船長。
鱗を取り、内蔵も取って海水で洗う。
「こいつをぶつ切りにして、鍋に入れる」
「だけじゃないですよね?」
「もちろんだ。野菜その他は適当に切って一緒に煮込む」
「野菜はわたしが切ります」
船長に言われた通りに切って、鍋に投入。
鍋がグツグツと音を立て、煮込まれていく。
「味付けは?」
「ちょっと待っててくれ。アクを取っとけよ」
「はい」
船長はまたどこかへ行ってしまう。
「これに、塩と胡椒でいいんじゃない?」
待て、言われたので入れないが、用意はしておく。
後は、主食が必要ね。
小麦粉を使った無発酵パンかな。
アクセントにゴマを入れてみよう。
「待たせた」
船長は、陶器製で蓋付きの壺をもってきた。
「なんですか、それ?」
「これか?」
蓋を開け見せてくる。
中身は…。
「なんてもの持って来てるんですか!」
壺に中には、茶色い何か入っていた。
「は?」
「それって、排泄物でしょ!」
「バカ野郎!んなわけあるか!」
「そうにしか見えない!近づかないください」
それ以外に何があるのか!。
「これは、大豆と塩で作ったミソってやつだ。調味料だよ」
「嘘です!」
「知らないんだな?だったら確かめてから、文句を言え」
「嫌ですよ!…」
わたしと船長は睨み合う。
「何やってんすか?」
船乗りが通りかかった。
「船長があんな物を…」
「あんな物?」
「これだよ」
「あー、ミソじゃないすか?」
「こいつ、排泄物だって、抜かしやがった」
「排泄…はははっ」
船乗りは笑い出す。
「ソニアさん、大丈夫っすよ」
「いやいや…」
船長はヘラで、ミソというのを取り出した。
「ほら、確かめてみろ」
「もう…」
わたしは恐る恐るヘラを取る。
そして、鼻を近づけた。
「変な匂いはしないだろ?」
「…しないですね」
しないけど…排泄物のイメージが頭から離れない。
「これで、味付けする」
「ほんとに入れるですか?…」
「後は俺がするから、黙ってろ」
船長はミソを深い器に入れ、鍋からスープをすくい、ミソが入った器に入れる。
ミソをスープを混ぜて溶かす。
溶かしたものを鍋に入れてしまった。
「あー…」
満足気に鍋を混ぜる船長。
「味はどうかな?…いいねえ」
わたしは、絶対美味しくないと思っていた。
「ほら。お前も味を見ろ」
「えー…」
「俺を信じろよ」
「信じたくないです」
「わかったよ…信じなくいいから、味を見ろって」
わたしは恐る恐る、ミソが溶かされたスープに口をつける。
「ん?…あれ…美味しい…」
「だろ?」
「なんで?」
「なんでって…」
初めての味。
独特の風味と香り。
塩加減もいい。
魚の生臭さもないし。
「すみませんでした…」
素直に謝った。
先入観とは怖いものだ。
「まあ、いいって」
船長は怒ったりはしかなかった。
「怒らないんですね」
「怒ってどうする。知らなかっただけだろ」
「はい…」
「それより、何か他に作るのか?用意してあるみたいだが」
「はい。パンを焼こうかなと」
「そうか。そいつが焼けたら夕食だな」
「そうですね」
少し遅い夕食になってしまった。
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