26-2
ソニアさんは、旅で怖い思いをしたという。
でも、何でもなかったように話す。
私は、ベッキーと一緒にシュナイツに来た。
何事もなかったけど、怖くなかったかと訊かれたら、当然怖かった。
ベッキーが、私を引っ張る形で行動していたと思う。
小さい頃からそうだった。
ベッキーの多少強引ともとれる性格で、あっちこっち行かされたっけ…。
今思えば、危ない事をしていた。
一歩間違えば、命の危険すらあった。
今こうして生きてるからいいんだけど…。
今回、シフォーレンに行く理由は、治癒魔法を探すため。
私が主導的な立場。
ソニアさんは、あくまで付き添いで護衛という事だろう。
特に護衛とは言ってなかったけど。
なら、私がしっかりしなきゃ。
私があれこれ迷っていたら、ソニアさんが困る。
「持ち物はできるだけ少ないほうがいいですよね?」
「ええ」
彼女から必要な物を聞き、揃えた。
次はシファーレンまでのルート決め。
「ここからリカシィまでは、馬ですよね。やっぱり」
「そうね。ナミさんは馬には乗れる?」
「いいえ…」
「そう」
荷馬車に乗ってたから、馬の操作はできる。
ちなみに、ベッキーは乗れる。
「二人乗りでリカシィまで行って、ギルドに預かってもらう」
「あーなるほど…」
「預けるのにお金がかかるけど」
「あー…」
できるだけ出費は抑えて、シュナイツの負担にならないようにしたい。
「転移魔法でリカシィまで行くのはどうかしら?」
「転移魔法…エレナ様の?」
「ええ、もちろん」
「まだ未完成ですよ…。見ました?昨日の…」
「ええ。エレナ隊長とヴァネッサ隊長の脚が埋まってた」
そう言ってソニアさんは笑う。
笑い事じゃないんですが…。
頭まで埋まったりとか、二階や三階のくらいの高さに転移したらと考えると恐ろしい。
「リカシィまで一気に行ければ、お金と日数をかなり省ける」
「そうでしょうけど…」
エレナ様の事は信じてるけど…。
でも、お金と日数を考えれば、背に腹は代えられないか。
「わかりました。エレナ様に相談してみましょう」
私達はエレナ様の部屋へと向かう。
「エレナ様にリカシィまで転移魔法で送ってくれないかなと…」
「私は構わない。リスクがあるのは当然、わかっているでしょうね?」
「はい」
ソニアさんも頷く。
「承知した」
「よろしくお願いします」
エレナ様は引き受けてくれた。
「あなたには、無理難題を押し付けている。申し訳ない」
「エレナ様が謝る事はないです。治癒魔法が、非常に大事な魔法だとわかっています。ひいおばあちゃんも関わっていますし」
「ええ…」
人事じゃないんだから。
「私にできる事なら何でもする」
「はい。ありがとうございます」
エレナ様も、シファーレンに行きたいはず。
だって、恩師がいるんだから。
これまで、恩師であるシンシア・レーヴ様の事が講義中に何ども出てきた。
レーヴ様の事をとても慕っていることがわかる話だった。
そのレーヴ様がシファーレンにいる。
「エレナ様、あの…」
「何?」
「余計なお世話かもしれないんですが…もし、そのレーヴ様に会う事になるかもしれないので、言伝やお手紙があれば、お預かりしますけど…」
「…」
エレナ様は一瞬、眉間に皺を寄せる。
やっぱり、余計なお世話だったか…。
「すみません。出過ぎた言って…こ、これで失礼します!」
私達は、部屋を出ていこうした。
「用意しておく…」
「え?」
私は驚き振り返る。
エレナ様の表情は特に変わってなかった。
「渡すなら、直接渡してほしい。必ず」
「直接ですね」
「ええ。人を介さずに」
「どうしてです?」
ソニアさんが尋ねる。
「私はシファーレンで罪を犯している。罪人と繋がっていると、先生に嫌疑がかけられてはいけない」
「でも、もうかなり前の事ですよ。それでもですか?」
「ええ。もう昔の事で、大丈夫とは思うけど、一応」
「わかりました」
注意しておこう。
「私達もエレナ様の名は出さないほうがいいでしょうか?」
「できるだけ出さないほうが無難だと思う。そう、あれを…」
エレナ様はそう言いかけてから、机に向かう。
その上にあった鞄の中に手を入れ、弄る。
「忘れるところだった…」
そう言って取り出してもの。
「王都の魔法研究所の所長が、紹介状を書いてくれた」
「わざわざ…私達のためにですか?」
「よく書いてくれましたね」
エレナ様の恩師と、こちらの所長は古くからの知り合いだという。
「私が、ヴァネッサやシュナイダー様と関係あるのも功を奏した。そのへんの魔法士なら、ハーシュ様に会う事すらできなかった」
「人脈がものをいったと」
「ええ。ありがたい事に。私自身の成果ではない」
そうエレナ様はいうけど、エレナ様がヴァネッサ隊長に相談しなければ、今の状況はない。
勇気が必要だったんじゃないかな。
「紹介状、お預かりします」
無くしたら大変。気をつけないと。
「出発はいつ?」
「まだ、決めてなくて…ソニアさん、どうしましょうか?」
「準備は、今日中にできるし、行こうと思えば明日にでも」
治癒魔法がなくなるわけじゃないけど、善は急げというし。
「明日、行きます」
「そう?」
「はい」
「わかった。ナミ、後でいいから、もう一度来て。写本の魔法を教える」
「はい。わかりました」
写本の魔法は、少し難しかった。
今は何でもないんですけどね。
時間はなかったけど、少し練習しました。
次はウィル様に報告しないと。
「明日か…」
「なんか焦ってない?」
「そんな事はないです」
私はリアン様に向かって首を横にふる。
「行くのは二人だから、そう決めたのなら口は出さないよ」
ウィルがそう話す。
「それから旅費なんだけど…これを持って行ってくれ」
「これは?…」
紙切れ一枚を渡される。
金券と呼ばれるものらしい。
なんか模様がいっぱい。
「リカシィのギルドに行って換金してもらうんだ。金券に書かれているお金が貰える」
「へえ…」
金券には五万と書かれていた。
「ご、五万って、か、書かれてますけど!?」
「書かれれるわね」
ソニアさんが冷静に金券を見る。
「うん。それくらい必要じゃない?」
「必要ですか?」
「必要だと思うよ。シファーレンの都まで行くかもしれないってエレナが言っていたから」
「ある程度は日雇いで稼げます。もっと少なくても大丈夫かと」
「そ、そう思います」
ベッキーとやったことはある。あまりもらえなかったけど…。
ソニアさんはそのへん詳しそう。
「あらかじめ持っていけば、日雇いする必要はないし、日雇い分の日数を節約できる」
「そうですけど…」
その通りなんだけど、すごい負い目を感じる。
「余ったら返してくれればいい」
「もちろん、お返しします!」
「なら、持って行ってくれ」
「結構、大変な旅になるそうよ。頑張って頂戴」
ウィル様とソニアさんは長期の旅は経験済み。
その経験とエレナ様の情報から、大変だろうと予測していた。
「二人とも長旅は、初めてじゃないから大丈夫だと思うけど、何かあるかわからないからね。金銭に余裕があれば、他の事に気を回せる。僕の経験上の話だけど」
「わかります。なんとなく…」
私は、シファーレンからシュナイツに来た以外の長旅はしていない。
常にお金に困っていたのはよく覚えている。
あるに越した事はないし、できるだけ使わなければいいだけ。
「ありがたく使わせていただきます」
「うん。頑張ってくれ」
「はい」
金券は二重の革袋に入れられる。ウィル様とリアン様のサイン入りの証明書とともに。
準備は着々と進んでいった。
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