25-18
「すごくない?超レアケースなんでしょ?」
「ええ。珍しい」
「私が、治癒魔法を使えるかどうかは、まだ分からないけど…」
「それを今から調べる」
治癒魔法の魔法陣をナミに見せる。
他の者達も覗き込んでいた。
「これは?」
「王都の魔法研究所にあったカレン・カシマ氏の著書の中にあったもの」
「カレンおばあちゃんが書いた本があるんですね」
「ええ。内容は治癒魔法に関する歴史考察の主で、魔法陣が巻末に、これだけがあった」
「へえ」
「止血と傷を塞ぐものと記載があった」
写本された紙が、ナミだけでなくその場の全員に回される。
「これが魔法陣?」
「全然違う…」
「これが一番簡単なものですか?」
「おそらく」
「意味わかんないし、少し複雑じゃない?」
治癒魔法の複雑さを示しているのかもしれない。
「ナミ。この魔法陣を発動させてみて」
「させてみてと言われても…」
彼女は戸惑う。
それはそうだろう。
治癒魔法の概念がないのだから。
「いつもと同じ方法でいいはず」
「いつも…魔法陣を描いて魔法力を注ぐ」
「そう」
ナミは魔法陣を見ながら、杖の先端で手のひらに魔法陣を描いていく。
「こうかな…」
「ええ。角度を正確に」
「はい」
描き終わった魔法陣に魔法力が注がれる。
「…んっ…」
魔法陣に変化はない。
通常ならばぼんやりと発行する。
「ダメみたい…」
「ナミ。イメージが足りないじゃない?」
「イメージって?」
「止血するぞ!ってイメージ」
「どういうイメージだよ…」
レベッカの発言にエデルが呆れる。
「あたし達だってイメージするでしょ?」
「するけどよ…特性が違うんだろ?」
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
「知らねえよ!。おれに訊くな」
「分からないなら黙っててよ」
「お前…」
レベッカとエデルが口喧嘩をし始めた。
「静かにしな!」
「「はい…」」
ヴァネッサが一喝。
「一回やめて」
「はい」
魔法陣に魔法力を注ぐだけでは発動しないのか…。
「魔法力が足りないでしょうか?」
「そんなはずはない。初期の魔法だから、多量の魔法力は必要ないはず…」
「ですよね」
どうする?どうすれば…。
「実際にやってみたほうが、いいんじゃない?」
「実際に?」
私はヴァネッサの言葉に聞き返した。
「止血と傷口の塞いてみる」
「怪我人がいない」
「怪我人待ってどうすんの。やればいいでしょ、こうやって…」
彼女は、右手で左手を切る動作をする。
「嘘でしょ…」
リアン様が手で目を覆う。
「ああ、ごめん…」
ヴァネッサがしきり謝っている。
私は、いい案だと思った。
「私…部屋行く。ちょっと興味あったから、残っていたんだけど…エレナ、ナミ、ごめんね。見届けられなくて…」
「いえいえ!リアン様謝る必要はないです。私のほうこそ期待こたえられず、申申し訳ありません」
「いいのよ。始めからうまくできなくて、当然じゃない?初めて使うんだもの」
「はい…」
「結果は明日聞かせて。先に失礼するわ。みんな、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
リアン様が部屋を出ていく。
その後をウィル様がついていった。
「僕も部屋へ行くよ」
「ウィルは残っててもいいのよ?大丈夫なんだから」
「いいんだ。おやすみ、みんな」
リアン様とウィル様が連れ立って、多目的室を出ていった。
その様子を皆で見送る。
「ねえ、どう思う?」
「何が?」
「何がって、最近のリアン様とウィル様よ」
「どうって…別に」
「なんかさ、いい雰囲気じゃない?」
「まあ、そう言わてみれば…」
「でしょ!」
リサとレベッカが、話し始めた。
「わたし、二人が手を繋いでいるところ見ちゃったんだ」
「手ぐらい繋いでても…普通じゃない?」
「それで見つめ合ってたら?」
「それは…まあ…そういう…」
「キャ!」
リアは両手で自分の頬を包む。
「やめなよ。二人とも」
ヴァネッサが、リサとレベッカの話を止める。
「そっとしておきな。いじったり、囃し立てるんじゃないの」
「あ、ヴァネッサ隊長公認なんですね?」
「そういう事じゃないって…」
彼女はため息を吐く。
「とにかくそっとしておく。この話はもう終わり!」
手を二回叩く。
よく分からないが、リアン様とウィル様の事はそっとしておかなけばいけないらしい。
「ソニア」
「はい」
「執務室にナイフある?」
「あったと思います」
「じゃあ、持ってきて」
「はい」
ソニアが執務室へ向かう。
「あーそれから、血で汚したくないから、そうだね…書き損じた紙が屑籠にあったらそれも」
「はい」
「本当にやるんですか?…」
ナミは、不安を隠さない。
「実践したほうがわかりやすいでしょ」
「でも、魔法陣は光らなかったんですよ」
「魔法陣ってのは、最初のきっかけでいつも必要じゃない。違う?」
ヴァネッサは私に訊く。
「違わない」
「なら、魔法陣なんかすっ飛ばして実践すべき」
「…」
ナミは何も言えない。
治癒魔法は、この場の誰も知らない、未知の領域。
私も的確なアドバイスができない。
「自信をもって、自分の力を信じるんだよ」
「そんな事言われても…」
ナミは、治癒魔法を知ったばかり。
扱いかねているのが現状だろう。
魔法力の特性が違うと言わても、何がどう違うのか分からないはず。
「これでいいですか?隊長」
「ああ」
屑籠から拾ってきたぐしゃぐしゃの紙を広げ、数枚重ねる。
ナイフは折りたたみ式。
刃を出して確かめる。
「じゃあ、行くよ…」
ヴァネッサはナイフの刃を左手の平に当てた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ナミはヴァネッサの手を掴む。
「もし魔法が発動しなかったら…」
「大丈夫。あんたならできるよ」
「できなかったら、怪我を…」
「この程度の傷なんて、怪我の入らない」
普通なら躊躇するが、ヴァネッサにとっては大した事ないらしい。
「どうして、そんな事できるんですか?…初めての魔法なんですよ…」
ナミは半分泣きながら、ヴァネッサに尋ねる。
「あんたを信じてるから」
「信じてる…」
「シュナイツで苦楽をともにしてきた仲間。当たり前でしょ」
「はい…」
ヴァネッサはナミの肩に手を置く。
「あんたは、ひいおばあちゃんが残してくれた魔法を信じてないの?」
「そんな事ないです!カレンおばあちゃんの事、大好きだったし…だから…だからって…」
「あんたは、ひいおばあちゃんの力を受け継いでいるんだよ」
「私が…」
ヴァネッサは、ナミを奮起させるために言ったのだろうが、確証はない。
だが、その可能性はある。
運命というのかもしれない。
カレン・カシマ氏が残した魔法陣が、ひ孫のナミを手元ある。
ここでナミが治癒魔法を使えないと判明したら、私はその運命を呪う。
「ナミ」
「エレナ様…私…」
「あなたの魔法士としての道は、ここから、今始まる」
「ここから…」
「後はあなた次第。ここで諦めるのか、先へ進むのか」
私はナミに何もしてあげられない。
シンシア先生なら、どんな言葉をかけるだろう。
やはり、私は指導者として相応しくない。
今こうして、目の前に思い悩んでいる魔法士がいるのに、どうする事もできないでいる。
ナミは大きく深呼吸をする。
「お願いします」
彼女は落ち着いた様子で、ヴァネッサに頷く。
「いいね?」
「はい」
ヴァネッサは、左手の平をナイフで切る。
彼女の手の平から、血が滴り落ちていく。
出血量は少ない。死ぬことはないだろう。
だが、見ていていい気分のものではない。
ナミは魔法陣を作り魔法力を注ぐ。
今のところ、変化はない。
「ナミ、頑張って…」
レベッカがそっと声をかける。
ヴァネッサの血が紙の上に溜まっていく。
「…」
ナミは真剣な表情のまま、魔法陣を見つめている。
まだ魔法陣に変化はない。
ダメか…。
後日の延ばそうか。
急いでも仕方がない。
調子が悪い日もある。
そう考えていた時だった。
「来た!」
レベッカが叫ぶ。
ナミの魔法陣が薄っすら発光していた。
Copyrightc2020-橘 シン




