25-16
「ヴァネッサが来ました。時間のようです」
「もう?もう少しお話したかったわ…」
ハーシュ様は残念そうにため息を吐く。
普段は、研究よりも所長としての仕事ばかりで楽しくないらしい。
今日は特に予定は入っておらず、暇だったという。
「エレナ、そろそろ…」
「ええ」
私は立ち上がる。
「ヴァネッサ。もう少し居れないの?」
「すみません…」
「昔話ができるのは、あなたぐらいよ」
「ヒルダ様がいるでしょう?」
「嫌よ」
ヴァネッサが言ったヒルダ様とは、ハーシュ様のご親友らしい。
「交換訓練でまたこっちに来ますから、その時に」
「絶対よ」
「はい」
ハーシュ様は時々、失礼ながら子供のような発言をする。
「エレナが、転移魔法を完成させてくれたら、頻度はもっと上がるかもしれません」
「そうね。可及的速やかに完成させてほしいわ」
「…善処します」
二人からの圧力がすごい…。
私は鞄を背負う。
「あんたは、何をもらったの?」
「私は何も上げてないわ」
二人は不思議そうな顔をする。
「鞄の中身は、ノアール様にいただいたものです」
「ノアール?」
「古書店の店主…いえ、店主じゃなくて店主の祖父」
「そう…」
ヴァネッサは、よく分からないといった表情だが、ハーシュ様は口を押さえていた。
「まさか…あまり公言できないものね?」
「お察しの通りです」
「私は聞かなかった事にします。くれぐれも取り扱いに注意してください」
「はい。私しか開けないように魔法を施しありますので、ご安心を」
「そうですか…」
例え、中を見たとしても、簡単に扱える魔法ではない。
強力な魔法は、多大な魔法力を必要とする。
限界突破を二度した私でも、手に余るものだ。使う気はないが。
この本は、禁忌魔法を扱うためものではなく、禁忌魔法の分析を研究したもの。
用途が違うの。
「ヤバいものなんだね」
「ええ。非常にヤバい」
「あたしも忘れるよ」
その方が利口である。
「それじゃあ。ファンネリア様、失礼します」
「色々とご教示いただきありがとうございました」
「あなたの目的に叶ったものではないでしょうけど…」
「そんな事は決してありません。ハーシュ様とお話しをしただけでも、非常に有意義なものでした」
「なら、良かったわ」
ハーシュ様は笑顔で頷く。
転移魔法については、根本からやり直ししなければいけないのかもしれない。
「二人とも元気で」
「ハーシュ様もお体にはお気をつけてください」
「ええ。ありがとう」
ハーシュ様とは所長室まで別れた。
私を案内してくれら事務官が、また城門まで誘導する。
「これ返す事になってんだけど…」
ヴァネッサは、首から下げたいる木札を見せた。
「警備部でもらったものですね。なら警備部へよってか、城門です」
「あんたから返せないの?」
「返却のサインをしないといけないので」
「そう」
遠回りになるがしかたない。
警備部によってから城門へ。
「世話になったね」
「ありがとう」
「いえいえ。礼を言われる事はしてません。仕事ですから」
彼女はなんでもないように話す。
彼女の仕事は問題はなかった。
「ロマリーによろしく」
「はい。伝えておきます」
城門の通用口で、彼女と別れる。
「シェフィールド様!」
「あ?」
衛兵が突然、叫ぶように近づいてきた。あの衛兵は…。
ヴァネッサはあからさまに顔を顰める。
「先ほどは失礼しました!」
「もういいから…」
「心を入れ替えて、頑張ります!」
「はいはい…頑張りな。じゃあね」
彼女は、兵士の言葉に意に介さず足早に城門から離れた。
「あの衛兵と何かあった?」
「別に…。シュナイツから来た竜騎士だって、言ったら笑って…」
「あなたを知らなかった?」
「だからって笑うことないでしょ?」
全くと、ヴァネッサはため息を吐く。
「さっさと帰ろう。空が赤くなり始めたし」
「もう一つ寄るべき所がある」
「まだあるの?」
「私じゃない。あなた」
「あたし?あたしはもう寄る所はないよ」
やはり忘れていた。
「マリーダさんの所に行くべき」
「あー」
「私は行った」
「ああ、そう…でも、もう時間が…」
「あなたも来てると教えたら、何はともあれ友人に会うべきと、怒っていた」
「遊びに来たわけじゃないんだけど…」
確かに遊び来たわけでない。
が、忙しくて切羽詰まっているわけでもない。
「来なかったら、もう手紙は送らない、と」
「え?」
ヴァネッサは、腕を組み唸る。
「顔を出しておいたほうがいいか…友人は大事にしとくべきだよね」
と、いう事でマリーダさんの店による事になった。
「マリーダ!いる?」
店の中に客がいたが、お構いなしに入っていく。
「ヴァネッサ…」
「おひさ。近くまで来たから、顔を見に来たよ」
「近くまでね…」
「という事にしといて。悪気はないんだから」
「今回は許しましょ」
マリーダさんは特に怒りはしなかった。
お互いに近況を話す。
「新しい制服。メイド達が喜んでたよ」
「そう?よかった」
まだ客がいるのと、時間がない事から短時間の滞在となった。
「今度はいつ会えるかしらね」
「それはエレナしだい」
そうやって圧力をかけるのはやめてほしい。
「大変ね。あなたも」
「ええ、まあ…」
しかたない。こればかりは。
「ウィルとリアンによろしくね」
「ああ。それじゃあ、悪いけどこの辺で」
「ええ。体に気をつけて。エレナも」
「はい。では…」
マリーダさんの店を出る。
城下町を出て、転移魔法を使うために、出来るだけ人気がない場所を探す。
「転移魔法は、結局進展なし?」
「ええ」
「古書店は?」
「何もなかった」
「そう…」
研究は続ける。
あともう少し。
必ず完成させる。多分…。
「それよりも、重要な情報を手に入れた」
「重要?」
「ええ。ナミの成長が遅い原因が判明した」
「本当かい?」
かなり重要な案件である。
「まだ確定ではないが、ナミは治癒魔法が使える可能性が高い」
「治癒魔法?」
ヴァネッサに治癒魔法について説明する。
「ナミがね…本人はわからなかったの?」
「本人は、治癒魔法のちの字も知らない。そもそも治癒魔法を知ってる魔法士じたいが皆無に等しい」
早く帰って確認しなければ。
「この当たりで」
「あいよ」
転移魔法を準備する。
「今度はどうなるかな?」
「どうなってもいいように心構えをよろしく」
「それ、あんたもだよ」
「わかっている…。では、転移開始」
今度は…。
「どうすんのこれ…」
膝から下が地面に埋まっていた。
「問題ない…」
「いや、あるでしょ?」
この程度なら、魔法で簡単に抜け出せる。
「隊長…。大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないって」
魔法で地面から抜け出す。
「申し訳ない…」
「いや。話のネタにできるから」
「ネタ…」
「転移魔法が完成したら笑い話にできるでしょ?」
「…納得いかない」
馬鹿にしているのか、励ましているのか。
「夕食がてらに報告だね」
もうそんな時間になっていたとは。
多目的室にいつもの仲間が集まり、夕食となる。
「お疲れ様。二人とも」
「あたしはどうってことなかったけど、大変だったのはエレナじゃない?」
「ええ。色々と…」
今日の経緯を報告する。
「転移魔法の情報は得られなかったのか…」
「何で教えてくれないわけ?」
リアン様はご立腹。
「という事は…進展なしか。どうするんだ?」
ライアがそう訊いてきた。
どうもこうもない。
研究を続けるしかない。
「転移魔法については、研究は続けるものの、完成はいつになるかわかりません。申し訳ありません…」
「謝る必要はないよ。元々期限は決めていなかった。転移魔法が便利な物だけど、ないと生きていけないわけじゃない。君のペースで構わないから」
「はい。ありがとうございます」
ウィル様は優しい。
急かすような事は絶対にしない。
それに甘んじてはいけない。
早く完成させないと。
禁忌魔法については話さなかった。
公言する事ではないし、話が広がり不安を与える恐れがある。
「ナミが魔法士としての成長が遅い原因に見当がつきました」
「本当?」
ウィル様達に治癒魔法を説明する。
「治癒魔法を使うには、治癒魔法に特化した魔法力が必要と」
「はい」
「そいつは、早く確認したほうがいいよ」
「ええ。夕食後、すぐにナミを呼ぶ」
ナミが治癒魔法使えるとなれば、やらなければいけない事がある。
シファーレンへの派遣である。
Copyrightc2020-橘 シン




