25-14
ハーシュ様に写本の魔法を教えてもらった。
難しかったが、ハーシュ様のおかげで、なんとか理解する事できた。
「他の魔法と同じで、構造と意味を理解できれば難しいものではないでしょう?」
「はい。ハーシュ様の教え方もお上手なのもあります」
「褒めても何も出ないわ」
そう言って優しく笑う。
他にも教えてもらったり、談笑しているうちに時間が過ぎ、ヴァネッサが迎えに来る。
あたしは、エレナをファンネリア様に預け、一番隊隊長の元へと向かった。
隊長ともなると自分の部屋がもらえ、メイドや秘書もあてがわれる。
部屋といっても仕事場も兼ねたもので、だだっ広いものじゃない。
事務作業に支障がない広さ。
「どこだっけ?…」
場所は変わってないはずだと思うんだけど…。
ウロウロしたあげく、近くにいたメイドに訊いた。
「隊長室は一つ上の階です」
「そう。ありがとう」
一つ上ね。
あったあった。
ドアプレートに一番隊隊長室と書いてある。
ドアをノックする。
「はい」
出てきたはメイド。
「隊長いる?」
「はい。おられます」
「ヴァネッサが来たって言って」
「かしこまりました。少々お待ちを」
ドアの隙間からはデスクは見えない構造。
すぐにメイドが顔を出す。
「どうぞ」
「どうも」
中へ入って右へ。
「来たか」
「来ましたよ」
デスクのそばには秘書が一人。男性だった。
その秘書が椅子を出してくれた。
「ありがとう」
座るとすぐにメイドが紅茶を出してくれる。
「そっちの用は済んだのか?」
「とりあえずはね。クローディア様には、会えてないけど…まあ、それは当然なんで」
「そうか」
隊長は秘書から何かを受け取り、デスクに広げる。
「で、お前んとことの交換訓練なんだが…」
「はい。こっちはいつでも」
「こっちは、会合が控えてるんだよ」
「会合か…」
領主が集まる定期会合。
シュナイツは参加しないはす。
護衛任務は勘弁してほしい。
「じゃあ会合前にどうです?」
「いや、ダメだ」
即否定された。
「各隊、各部署との警備の打ち合わせがあるし、事前確認もある」
「あー、そうでしたね」
班長以上は打ち合わせに参加するんだよ。
この辺の予定は、頭からすっぱり消えてる。
「会合が終わった後だな。それで頼む」
「わかりました」
夏ぐらいかな?…。
「お前の方からは何人出す?」
「シュナイツからは…三人」
「三人っと」
隊長はメモしてるみたい。
「三人の内、二人が若手。お目付け役に、サムを出す」
サム本人には言ってない。
「サム!懐かしいな」
隊長は、笑いながら頷く。
「ド新人だったやつだろ?」
「スチュアートとね」
「そうそう!。ちゃんとやってのか?新人訓練終わって配属されたばっかりで、大した訓練も任務もやってないし」
「あたしがキッチリ教えこんでますよ。ガルドとレスターもいるし」
「ガルドとレスターか。懐かし過ぎて涙が出るぜ」
「なんですか」
そこからは昔話に発展する。
確かに懐かしい。
あの頃は、かなり気を張ってイた気がする。
今は、気を張ってないわけじゃないよ。
一番隊だから下手できないなって。
「お前達がいた頃が、一番気合いが入ってた気がする」
「今は入ってない、みたいな言い方ですよ」
「実際、今の奴らはたるんでる。緊張感って、いつもあったろ?」
「まあ、なんとなく」
隊長が言いたい事はわかる。
どこかこう…張り詰めた、ピリピリする何かがあった。
「今は、緊張感が全然ない。帝国に攻められたら、瓦解するぜ。一番隊といえども」
「隊長、言葉に気をつけてください」
秘書が苦言を呈する。
「事務方のお前にはわからんだろうが、そうなんだよ」
「あたしはわかります」
瓦解はしないと思うが、そうなったとしても驚きはしない。
「わかりませんが、一番隊の隊長が言う事ではないです」
「はいはい…」
「大体、帝国との戦争はもう終わっているんですよ…」
「馬鹿か?お前は…」
隊長は、大きなため息を吐く。
「終わってないんだよ、戦争は」
「え?でも…」
「停戦してるって、だけなんだよ」
あたしは、そう秘書に言った。
「終戦条約も不可侵条約も結ばれてない」
「そうだったんですか…すみません。今知りました…」
意外に知らないやつは多い。
「今日明日、帝国が攻めてきても不思議じゃない」
「わかってないやつが多いんだよな。竜騎士でも」
今の脅威は帝国よりも賊という認識になっている。
実際そうなんだけど…。
帝国の事も、頭の片隅に入れておかないといけない。
「士気については、俺に責任がある」
「しっかりしてくださいよ」
「わかってるって」
基本真面目な人だから大丈夫でしょ。
「それで…こっちからは…」
と、言いかけた時、メイドがバタバタと急ぎ足でやって来る。
「どうした?」
「クローディア・ファレル様がお見えです」
「ここに?」
「はい」
「すぐにお通ししろ」
「はい!ただいま!」
クローディ様が直接来た?。
「なんだよ…急に」
「多分あたしだと思う。研究所か隊長室にいるって言伝頼んだから」
「別の所にしろよ…」
「ごめん…」
あたし達は立って、クローディア様をお迎えする。
クローディア様が一人で入ってきた。
あたしと隊長は姿勢を正し、敬礼する。秘書も姿勢を正す。
「お仕事中、申し訳ありません。隊長」
「いえいえ」
「ヴァネッサが来てると連絡を受けたので…彼女を少しお借りしてもよろしいですか?」
いつも通りのクローディア様だ。
この人は上からものを言う人ではない。
こっちに非がない場合はね。
「どうぞどうぞ。返却期限はありませんので、むしろ返さなくもいいです」
「は?」
隊長の秘書が笑いをこらえてる。
「すぐにお返します。ヴァネッサ」
「はい」
クローディア様に呼ばれ、デスクを離れた。
「まだ話し合い終わってないからね」
「わかってるって。早く行け、待たせるな」
まあ、後は手紙でもできるけど。
「お久しぶりです」
「ええ」
軽く握手をして廊下へ。
廊下にはクローディア様の秘書が数人待っていた。
彼らを従えて、クローディア様についていく。
「お仕事中だったのでは?」
「あなたは別です…と言いたいですが、少し予定を調整しました」
「すみません、わざわざ」
「事前に連絡をしてくだされば…」
「はい…」
クローディア様はついでだったからなぁ…。本人には言えない。
「まずは襲撃の件ですが…なんと言ったらよいか…」
「あたしは、生きてるので」
「亡くなられた兵士はお悔やみを」
「ありがとうございます」
廊下を進んでいく。
「陛下もご心配されていました」
「そうですか」
陛下まで…。
「なんかすみません…」
「いいんですよ」
いいわけがない。
陛下もクローディア様も忙しい身だ。心労を掛けてはいけない。
「六番隊を動かした件については、あたしに責任あります」
「ええ。でも、緊急…いえ、非常事態でしたから、不問とします。六番隊についても、不問としています」
「はい」
クローディア様について行くが、どこへ行くのだろう?
「報告書は読みましたが…」
「書きなぐりで申し訳ありません」
「怒りと焦燥が滲み出ていましたよ」
「あはは…」
そんなつもりはなかったが、自然と筆に乗るみたいだね。
「北部の治安を軽視しずぎていました。反省しています」
「クローディア様が反省する必要はないかと…」
「いいえ。北部の治安が悪い事報告は前々からありました。シュナイダー様が、シュナイツ領をお開きになってから減ったので、それで良しと決め込んでしまった。それが仇となって…」
シュナイツがある事で治安よくなったのは、事実だろう。
今回はシュナイツがピンポイントで狙われた。
中庭が見え始めた。
こういう小さな庭が場内と宮殿内にいくつもある。
クローディア様が庭へ出たので、あたしも出る。
彼女は、秘書達には中に留まるよう指示した。
二人だけで、中庭へ。
Copyrightc2020-橘 シン




