25-13
魔法士としての性なのか。
それとも単なる興味本位なのか。
知らない魔法に対しては、興味をかきたてられる。
「魔法陣の構造が、知っているそれとは全く違いますね」
「やはり、特性が違う事に起因してるのでしょうか?」
「おそらくな…。わしにもさっぱりわからんわい」
ゼルバ様が笑う。
ゼルバ様でもわからないでは、教えてもらるはずもない。
数種の魔法陣が書かれたページが終わり、最後のページとなる。
そこには カレン・カシマ と記載されていた。
「カレン・カシマ?まさか…」
「エレナ、どうしたのです?」
「あ、いえ…成長が遅れている私の部下の名前が、ナミ・カシマという名前なので…」
「ほお…」
「出身はどこ?」
「シファーレンです」
「まあ…」
ナミの身内?。でも…。
「肉親に、魔法士はいないと言ってましたけど…」
「うむ。違う家系の者かもしれん」
「はい。肉親に魔法士がいると、魔法自体が使えないのが普通ですし…」
遠類という可能性もある。
「エレナよ。これを持ってすぐに帰り、治癒魔法が使えるか確認せよ」
「これを?これはゼルバ様の私物。ここから持ち出すわけには…」
「構わんよ」
構わんよ、とおっしゃるが、私にできなかった。
「ここに書かれている魔法陣の写しだけいただけませんか?これだけで、用は足ります」
「本ごとでもいいのだが…お前がそうしたいのなら、それでもよい」
「ありがとうございます」
ノアール様からいただいた本もあるし、正直もうこれ以上の重要書類は持ちたくなかった。
「写しは私がしましょう」
ハーシュ様が、ゼルバ様の本を持ち、立ち上がる。
「あなたも一緒にデスクへ」
「はい」
ハーシュ様の後に続く。
「わしはこれで失礼するぞ」
付き人が車椅子の後ろに立つ。
「はい。情報提供ありがとうございます」
「ゼルバ様。なんとお礼を申し上げればいいか…本当にありがとうございます」
私は深々と頭を下げた。
「うむ。年の功が役に立ってよかったわい」
役に立つどころではない。
治癒魔法が復活する可能性を示してくださった。
「一つ調べほしい事があるのだが、よいか?」
「私でよければ」
私は一旦、デスクを離れてゼルバ様の元へ行く。そして、片膝をついた。
「カレン・カシマは治癒魔法についての魔法書を書いている可能性が高い」
「はい」
「ここにはないが、シファーレンにはあるやもしれん」
「それを探せ、と?」
「うむ」
「しかしながら、私はシファーレンから国外追放を受けてますので…申し訳ありませんが、無理です」
「そこでだ」
ゼルバ様は、私の肩に手を置く。
「お前の教え子が治癒魔法を使え、カレン・カシマの肉親と判明したのなら、その魔法書の捜索に向かわせてほしい」
「ナミを?…。無関係の場合もありますが?…」
「その場合でも、シファーレンの研究所に行かせるべきあろう。廃れた治癒魔法が復活するかもしれん。その芽を潰してはいかん」
「わかりました。必ず向かせます」
私を頭を下げた。
状況をだけを見るなら、ナミが治癒魔法を使える可能性が高い。
カレン・カシマがナミと無関係でも、シファーレンに行けばなにかしらの成果があるはず。いや、絶対にある。
「幸運を祈っておる」
ゼルバ様は私の肩を優しく二度叩き、去っていった。
「大役をもらってしまいましたね」
「光栄です」
大役を仰せつかったのは、ナミの可能性が高いのだが、それでも何か任せられるという事に、私は喜びを感じていた。
「こちらに来て」
「はい」
ハーシュ様が手招きをする。
私はデスクに向かい、ハーシュ様と並び立つ。
「写本って、大変だし面倒でしょ?」
「ええ、まあ」
「それで、魔法でできるようにしてみたの」
デスクの上に広げられた紙二枚に、それぞれ魔法陣が書かれていた。
右の魔法陣のそばにはインクが入った小さなガラス瓶。
二種類の魔法陣。それは数本の絡み合う線で結ばている。
当然ながら、攻撃魔法ではない。
「これで写本を?」
「そうよ」
ハーシュ様はそう言って、向かって右の魔法陣の上に白紙を置く。
「左には写本したい本の該当ページを裏にして、魔法陣の上に置く」
私は、ハーシュ様に言われた通りに、治癒魔法の魔法陣が書かれたページを魔法陣の上に置いた。
「構造は簡単よ。左で読み取った情報を、右で再現する」
「なるほど…」
なるほどと言ったものの、皆目分からない。
私にはまだ、高度すぎるようだ。
「後で教えてあげるわ。」
「よろしいのですか?」
「ええ。あなたなら、使いこなせるはず」
「だと、いいのですか…」
「大丈夫よ。まずはやってみせるから」
ハーシュ様は二つの魔法陣に魔法力を注ぐ。
左の魔法陣が淡く点滅している。
右に置いた白紙には変化がない。
「左の魔法陣が情報を読み取って、右の魔法陣に送っているの」
「そうなのですか?。魔法力は注いだままですか?」
「そうよ。魔法力を切らさなないように注ぎ続ける。これが難点ね。大量の写本には向かないわ」
魔法力の消費は多いわけではないが、長時間使えば疲れるだろう。
右の魔法陣が点滅し始める。
そして…。
「え?インクが…」
なんと、インクがガラス瓶から細い糸ようになって出てくる。
ガラス瓶と白紙を橋渡すように伸びていく。
そのインクが白紙の上に落ちた。いや違う。
伸びたインクの先端が、治癒魔法の魔法陣を描いていた。
「すごい…」
私は驚きつつも、顔を近付けたり、真横から見たりする。
「インクは普通の物ですか?」
「ごく普通の物よ」
治癒魔法の魔法陣が描き終わる。
「これで終了。どうかしら?」
「素晴らしいです」
魔法陣は正確に写されていた。
魔法陣だけを見れば、どちらが本物か分からない。
「どう言えばいいのか…すごいとしか…」
感嘆を禁じ得ない。
「破壊し、傷つけるだけが、魔法ではないと私は、思うの」
「同感です」
破壊するだけなら、誰にでもできる。
人のため、世の中のやつに立つために魔法はあるべき。
「私は、前戦争で魔法を使ってしまった事を後悔しています。そういう勅命が下されて従ってしまった…それで多くの兵士が亡くなって…」
ハーシュ様は両手を組んで力を込める。
「ハーシュ様お一人の責任ではありません」
「わかっています。ですが…勅命を断る事もできたはず…」
ノアール様は、戦争に参加せず、禁忌魔法とともに研究所を去った。
禁忌魔法の件は悪い事だが、結果的に戦争で魔法を使っていない事になる。
ノアール様はもしかしたら、自分の魔法が使われる事を危惧したのかもしれない。
勅命の前かどうかは分からないが。
「魔法には無限の可能性が秘めていると思うのです」
「私もそう思います」
「しかし、どうしても悪意が人の中にはある」
良い人ばかりではない。
私利私欲ために魔法を使う者達が、必ずいる。
「その悪意と戦い、根絶する事も私達の努めと考えています」
「戦い…」
「戦い争うのは、人として性なのでしょう。それに打ち勝ち、魔法を高次へと昇華させる。それが、私達魔法士の責務なのです」
ハーシュ様はそう真剣に語る。
戦いか…私はそれを避けてきた。
相手は同じ人…できるだろうか私に…。
「自信はありません…高次へ昇華など…」
「私も自信などありません」
ハーシュ様はそう言いながら、自分の椅子に座る。
「私達の世代では無理でしょうね…」
大きくため息を吐くハーシュ様。
「私達の意思を未来へと繋ぎ、後進に委ねるしかない。大き過ぎる宿題ですね」
「意義はあると思います」
「ええ、そうね」
「私は、私に出来る限りの事をしようと思います」
「ありがとう」
そう言ってハーシュ様は私の手を握る。
私も握り返した。
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