25-11
「実は、ノアール様からハーシュ様に届けて欲しいと預かったものがあります」
「私に?」
「はい」
私は鞄に手を入れる。
戸口は閉まっており、部屋には私とハーシュ様だけ。大丈夫。
「これです…」
禁忌の魔法書が入った革袋をテーブルへ。
「これは」
テーブルに出した瞬間、ハーシュ様の表情が変わる。
眉間にシワを寄せて、あきらかに不機嫌といった感じ。
革袋の中身が何であるかはわかっているようだった。
「はあ…」
こめかみを押さえ、大きくため息を吐くハーシュ様。
「ごめんなさい。こんな雑用をさせてしまって…」
「いいえ」
「ノアール様もお人が悪い」
ノアール様が書かれた魔法書をいただいたため断る事はできなっただけである。
「それと言伝を一つ」
「言伝?」
「高い酒を持って来い、と」
「…」
ハーシュ様は、何も言わず革袋を持って立ち上がりデスクへ。
「こちらにくれば、いくらでも飲めるでしょうに…」
ハーシュ様がどんどん不機嫌になっていく。
ノアール様からいただいた魔法書も見せようかと思ったが、今はやめたほうがいいようだ。
「エレナ」
「はい」
「転移魔法に関しては、何も言えないけど、他の事ならできる範囲で答えるわ」
そう言いながらソファに座る。
「本当ですか?」
「ええ」
ハーシュ様は笑顔で頷く。
それはありがたい。
「私は今、五人の部下というか教え子のようなものをもっています」
「そう」
「五人のうち一人が、魔法士として成長せず、小さな火球一つ作るのがやっとでして…他四人とは差が広がるばかり…」
「訓練を始めてどれくらいかしら」
「三年は経過しています」
「三年でほぼ成長していない?」
「はい」
ハーシュ様は、口元を押さえ考え込む。
「それは変ね…魔法が扱えるなら、限界突破はできなくでも目前までは成長するものだと思っていたけど…」
私もそれくらい成長を見込んでいた。
「発行石ならうまくできるんです。攻撃的なものほどできない」
「そう…ますます変ね」
ハーシュ様でもわかないという事は、ナミは相当特異な例なのかもしれない。
「その方、肉親に魔法士がいるのではなくて?」
「いません」
肉親に魔法士がいると、魔法事態が使えない場合が圧倒的に多い。
扱えたとしても、限界突破は難しい。と聞いた事がある。
「珍しい事例ね」
そう言いながら立ち上がりデスクへ。
何かを紙に書いてる。
ハーシュ様は、ナミ関する事を色々聞いてきて、私はそれに答えた。
「ありがとう。少し待っててもらえる?」
「はい」
ハーシュ様が部屋を出ていってしまった.
代わりにメイドがやって来て、半分残ったカップを下げ、新しい温かい紅茶を出し、すぐに退出する。
部屋に一人残される私。
広い部屋を見渡す。
デスクの向こう側に本棚あり、ぎっしりと本が詰められていた。
多分、魔法関連のものに違いない。
もしかしたら、転移魔法の本もあるかもしれない。
私は腰を浮かせたが、座り直した。
ダメだ。勝手に見ては。
紅茶を飲み、自分を落ち着かせる。
テーブルに一枚の紙が置いてあった。
私が来た時にはもうあって、何だろう?と気になってはいた。
私側にあるので、おそらくヴァネッサが持ってきたものか、ハーシュ様からいただいたものだろう。
上の面は白紙だが、何かが書いてあるのは確かだ。
インクが透けて見える。
一応、何なのかを確認しておいたほうがいいだろう。
ヴァネッサが忘れていった可能性もある。
私は、紙を手に取り、裏返して内容を確認した。
「これは…」
禁忌魔法の流出はない。
エレナ・フォートランの件ついては、無関係
私?
何の事だろうか?。
それと、この筆跡…まさか…。
ハーシュ様が帰ってきた。
「お待たせしまって、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」
私は紙を元位置に戻した。
ハーシュ様がソファに座り、紅茶を一口。
「あなたの教え子の事例を今、調べさせてもらっています」
「わざわざ…」
何故か大事になっている。
「過去に同じような事例はないか、対処した事例ないか等です」
「そうですか…しかし、研究所で調べる内容でしょうか?」
「こういう小さな事例が、後に大きな成果となる場合があります」
「なるほど…」
魔法に関する全てが研究対象という事か。
研究所所長としての当然の判断。
すぐにそう判断した速さに感嘆する。
「他に聞きたい事はあるかしら?」
「はい…」
私はさっき見た紙を見る。
一応聞いてみるか。
「この紙の内容なんですが…」
「あー、それね」
そう言いながら、紙を取る。
「レオン・シュナイダーの件について、シファーレンに問い合わせをしたの」
「問い合わせですか?」
「あなたが、暗殺に…ドアは閉まってるわね。あなたが禁忌の魔法が使われたのでないかと密に聞いてね」
「なるほど」
「禁忌魔法を管理してるのは、シファーレンとここぐらいだから。シファーレンには旧友もいるので」
そういう事か。
「ここからは流出していません。ノアール様の件は別にして。そもそもレオンの暗殺に使われたような魔法事態がない」
「ないのですか?」
「はい。私自身が調べました。秘密の書庫へ行って」
複数の立会人の元、ハーシュ様が調べた。
「そして、これがシファーレンからの答え」
「簡潔ですね」
「ええ。でもシファーレンはそう答えるしかなかったのかもしれない」
まあ流出したら大問題だろう。
「私の事も書いてありますが…」
「シファーレンを追放されたあなたを、さらに陥れようとする手紙が来たそうね」
「あの件ですか」
出どころ不明の手紙。
私は重罪人だから庇うなみたいな内容。
その手紙で、経歴をさらすことになった。
「シファーレンは無関係ようね」
「の、ようですね」
じゃあ誰がとなるが、私には調べる術はない。
この件は保留だ。
「あの、それから…」
「何かしら?」
「この書面の書き主は、シンシア・レーヴという方ではないでしょうか?」
「ええ。そうよ」
ハーシュ様は少し驚きつう笑顔で頷く。
「やはり…」
シンシア先生は孤児院の代表者だが、研究所に勤めている事あり、普段は顔を見る事はあまりない。
月に五、六回くらいと記憶している。
そこで孤児院の子ども達は、シンシア先生に手紙を週に一度出すのが習慣となっていた。
そう決まっていたわけでもなく、約束もしていない。
過去の誰かが始めたものだろう。
シンシア先生は人気があるから気を引こうとしたのかもしれない。
私もそれに習い手紙を書いていた。
返事は必ずあり、返事は基本孤児院の職員からだが、先生本人が持って来る事もあった。
兄と別れた事あり、シンシア先生との手紙のやりとりが、誰かと繋がっているという確信が持てる唯一の証に思えた。
手紙は全て残してあったが、追放時に没収された。
先生に渡したからもしかしたら、残してくれているかも…。
手紙の件もあり、先生の筆跡は今でも覚えている。
「シンシア先生は恩師です。私を、魔法士として導いてくれた」
「そう」
「裏切ってしまいましたが…」
「裏切りとは少々違う気もします」
「いいえ。目をかけられて、自惚れていました。研究所への推薦もしてくれたのに…私は…」
「人は失敗するものよ。その後が大事。あなたは後悔し、反省している」
ハーシュ様はそう優しく言ってくれた。
「あなたの名前は出さずに問い合わせをしたのけれど、返答にはあなたの名前があった。シンシアが書いたもので、間違いないと思うわ」
「私もそう思います。私の事を一番知っていますから」
シンシア先生が、私の事を忘れずに覚えてくれた、その事に嬉しく思う。
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