25-9
研究所の中を歩く。
昼休憩だからか、人は少ない。
すれ違う魔法士達が、あたしを見ながら、不思議そうな顔で通り過ぎていく。
あたしを知ってる人はいないだろうね。
階段を登り二階へ。
一階も広いが二階も広い。
二階はお偉いさん方の部屋だ。
「どっちだったっけ…」
二階の中央付近で立ち止まる。
ここは廊下の十字路。
四方に視線を走らせる。
「ヴァネッサ隊長!」
後ろからの声に振り向く。
奥の方でシィナが手を振っていた。あたしも手を上げて答える。
あそこだったか。
シィナの方へ向かう。
彼女は、部屋のドアを開けたまま待っていた。
「ここかい?」
「はい。話は通してあります。一番奥へ入ってください」
「ありがと」
あたしは、シィナの肩に手を置く。
「西門行ってきます」
「ああ」
シィナは西門へと向かった。
あたしは、秘書やメイドがいる控え室を抜け、奥へと入って行く。
開け放たれている大きなドアを抜ける。
大きく作られた窓から、眩しいくらいの陽が入って部屋は明るい。
「久しぶりね。ヴァネッサ」
部屋の奥にある大きなデスクの向こう側に、ファンネリア様が座っている。
そばにはメイドが一人。
「はい、お久しぶりです。ファンネリア様」
あたしは姿勢を正し、一礼。
メイドがトレイを持って部屋を出ていく。
「もしかして、お食事中でした?すみません…」
「今、終わったところよ。大丈夫」
そう言って柔らかな笑顔を向け、立ち上がる。
「誰かお茶を持って来て。二つね」
「はい!ただいまお持ちします!」
メイドが大きな声で返事をした。
「お構いなく」
「顔を見てすぐに帰るわけではないのでしょう?そんなのは、嫌よ」
嫌よ、と言われたら帰れない。
帰らないけどね。
ファンネリア様は、デスク前のソファを指す。
あたしはそれに従い、ソファに座った。
ファンネリア様も、あたしの正面に座る。
「よっこいしょっと」
そう言いながら座り、ふっと息を吐く。
「お元気そうで、なによりです」
「ありがとう。周りの支えで、なんとかやってるわ」
なんとかどころではない。
王国一の魔法士。
彼女の以上の魔法士は、王国には存在しない。
エレナ?
人生経験が圧倒的に少ない。
彼女が、今のファンネリア様くらいの年齢なってトントンだろうね。いや、それでも、ファンネリア様のほうが上かもね。
「あなたの方は、大変だったようね」
「ファンネリア様のところにまで、届いていますか…」
良いのか悪いのか。
かなり大事になっちゃったみたいだね。
「シュナイツだけでは、どうにもできなくて…」
「何事にも限界はあるわ」
「はい…」
悔しさの後悔が残っている。頭の片隅に。
「部下を一人、亡くしました。まだ若くて…」
あたしは何も無いテーブルを見つめる。
「死は避けられない。誰でも…」
「ですが…代われるものなら…」
ライノの号泣は聞いてられなかった。
代わりたいと思っていたのは彼も同じかも。
「ダメよ」
ファンネリア様の言葉に顔を上げる。
「あなたあってのシュナイツではなくて?」
「あたしがいなくても…」
ウィルがいる。
あいつがいればシュナイツは安泰だ。
メイドが紅茶と茶菓子をおいて一礼し、すぐに去る。
「あなたは、まだまだ生きなければなりません。竜騎士として」
「わかってはいますが…荷が重いとたまに感じる事があります」
「レオンは、乗り越えましたよ」
「シュナイダー様だから、でしょう?あたしは…」
「あなたにも、同じ雰囲気を感じます」
「ご冗談を」
苦笑いするあたしに、ファンネリア様は笑顔を返すだけ。
大き過ぎるお世辞。
「話題を変えましょう。今日は何をしにここへ?私に会うためではないのでしょうけど」
「ええ、まあ…色々ありまして」
交換訓練の件を話す。
「その事のために王都まで来たの?」
「はい」
「ご苦労なことね」
そう言って紅茶が入ったカップに口をつける。
「そうでもないです。魔法で来たので」
「あら、そうなの?転移魔法よね?」
「そうです」
さすがというか、やはりというかファンネリア様は転移魔法の事はご存知だった。
「以前話した、シュナイダー様の…」
あたしは戸口が閉まっているの確認する。
「シュナイダー様の暗殺に禁忌魔法が使われたのではないと判断したうちの魔法士、エレナの魔法で」
「不祥事を起こし追放された?だったかしら?」
「そうです」
「完成させたのね?」
「不完全なんですが…」
「あら」
「本人は、完成させる自信を失ったようで。あたしにファンネリア様を紹介してくれと」
ファンネリア様は口元を押さえ笑う。
「私は教えないと伝えたはすですよ」
「ですよね。まだ言ってないんです。忘れてまして」
すっかり忘れてた。今の今まで。
「今、こっちに向かっていて、もうしばらくしたら到着するはずです」
「ご対面できるのね?」
「はい」
「そう、楽しみだわ。違う意味でね」
そう言って茶菓子に手を伸ばす。
あたしも焼き菓子を一つもらう。
「確か、暗殺に使用して禁忌魔法と、エレナへの嫌がらせについて調査していただいていたはずなんですが…」
「ええ。してあります」
そう言って立ち上がり、デスクへと向かう。
「手紙で出す内容ではないので、どうしようかと思って…」
書類を手に戻ってくる。
「かなり遅くなってしまったけれど…」
「ありがとうございます」
書類を受け取り、読む。
内容は非常に簡潔だった。
「禁忌魔法の流出はない。エレナ・フォートランの件ついては、無関係…だけ?」
「返ってきた返事はそれだけです」
「…」
本当にシファーレン側は調べたのか?。
「シファーレンには旧友いて、その人に聞いたの。その人も魔法士でシファーレンの王立魔法研究所いる。地位的には上の方」
「間違いない情報だと?」
「信じるならばね」
ファンネリア様が旧友に聞いた。
信じるしかない。
じゃあ、どこ誰があんな魔法を…。
クローディア様の指示で捜索しているが、まだ報告はない。
「仮に禁忌魔法が流出したとしても、流出した、と公言はできないでしょうね。シファーレンとしては」
「流出した可能性もあると?」
「なきにしもあらず」
流出したなら大事になってるはずだけど、ファンネリア様は把握していないみたいだし、流出はないっぽいかな…。
「偶然できてしまった、という事もあるではないかと、私は考えています」
「そんな事あるんですか?禁忌なんでしょ?」
「偶然の産物というものは大いにあります。その偶然を見つけ、試行錯誤し、必然へと変える。魔法だけではありません。全ての事象がそうです。竜も」
竜もか。
最初の竜はどこかの森で卵が、偶然発見されたのが初めだ。
その後、研究が進められて、竜騎士が誕生した。
「まあ何にせよ。情報は得れられなかった。ごめんなさいね」
「いいえ。ファンネリア様が謝る必要は、全然ないです」
ファンネリア様には管轄外なんだから。
この情報はクローディア様にも伝えられいる。
その後、談笑しつつ、エレナを待った。
「ハーシュ所長」
シィナが戸口に現れる。
やっと来たか…。
シィナの後ろにエレナが控えていた。
エレナの表情に、彼女にしてはあまり見ない緊張が見て取れる。
大先輩だもんね。
緊張しないわけない。
普段見れないエレナが見れるかもって、あたしはちょっと楽しんでいた。
私は、兄の自宅を出て、西の城門へと急いでいた。
まさか兄が結婚していたとは…。
手紙すら送らない兄に呆れる。
「彼女が兄の妻という事は…義理の姉という事になる」
親族が増えた?。
今度、話すと約束したが、何を話せばいいのやら…。
悩み事が増えた。
とりあえず、兄達の事は忘れよう。頭が持たない。
西門付近。
衛兵が数人いる。
私は立ち止まり様子を伺う。
ヴァネッサは、話しておくと言っていたが、大丈夫だろうか?。
下手をすれば、拘束され牢屋行き。
だが、ただ立っているわけにもいかない。
意を決し衛兵に近づいた。
「すみません」
「なんだ?」
「お城にヴァネッサ・シェフィールド、という人物がいると思うので、取り次いでいただけませか?」
「ヴァネッサ・シェフィールド…」
何故か衛兵が、みるみる青ざめていく。
「先輩!ヴァ、ヴァネッサ・シェフィールドさん…様の知り合いだって言ってます!」
「しっかりしろ…。失礼しました」
先輩衛兵は頭を下げる。
「いいえ」
「所属とお名前を」
「シュナイツ領から来た魔法士、エレナ・フォートラン」
「エレナ・フォートラン様…」
先輩衛兵は何か紙を見ている。
その横で後輩が直立不動。
私と目すら合わせない。
「連絡は来てます」
「そうですか」
よかった。
「迎えを呼びますので、少々お待ちを。おい、サインを送れ」
「はい!」
返事は良いが、サインを送る手振りがぎこちない。
さほど待つ事なく迎えが現れる。
迎えに来たのは、魔法士ではなかった。
「はじめまして。エレナ・フォートラン様。わたしはシィナ・アシェットと申します。事務官です」
「はい。どうも」
「ヴァネッサ隊長からお話は伺っています。こちらへ」
案内されるまま通用口を通り中へ入る。
大きな堀に橋を渡しある。そこ歩く。
シファーレンにも城、宮殿はあるが、ここまでが大きくはない。
「剣、ナイフ等の持ち込みはできません。お持ちでしたら、この先の預かり所で、必ず預けてください」
「はい。あの本と魔法の杖は?」
「本は大丈夫だと思いますが、確認をさせてください。杖は大丈夫です」
「わかりました」
杖はあくまでも補助でしかない。なくても支障はない
預かり所で本を見てもらう。
「大丈夫ですね」
おそらく古代語が読めていない。
読めていれば、これが超重要な魔法書である事がわかるはす。
道士様から返却の頼まれた禁忌の魔法書も問題なし。
杖も問題なし。
「こちらです」
事務官の案内され、研究所へ。
「少し距離がありますが、ご了承ください」
「はい」
城内は事務官、使用人、兵士がたくさん行き交っている。
魔法士姿はほぼない。
「研究所には何名ほどの魔法士が所属していますか?」
「百名くらいだったかと。すみません、詳しい人数までは…」
「そうですか」
シファーレンよりも少ない。やはりと言うべきか。
シファーレンの研究所には、その倍はいる。
迷路のような城内を歩く。
迷ったら遭難しそう。
「ここです」
二階建ての大きな建物。
奥にさらに何かまだ建物がありそう。
受付で名前を記入。許可証なるものをもらう。
建物の中に入っていく。
当たり前だが、行き交う者達はほぼ魔法士。
私を何者かと見てくる。
二階に上がり奥へ。
ドアプレートに、所長室 と書かれている。
いよいよか…。
汚れていないか、身なりを確認。
着古した感が否めない。正装を作ったほうがいいと思った。
事務官が少しドアを開け確認している。
「どうぞ」
「失礼します」
私は所長室へと入って行った。
Copyrightc2020-橘 シン




