25-5
「お兄さんには、会いにいくの?」
「その予定はありません」
今朝の朝食時、リアン様との会話。
「会わないんだ…」
リアン様は、私を気遣ってくれたのだろう。しかし、兄には、まだわだかまりが残っている。
子供の頃の思い出、その時の言いようない悲しみは、薄れる事はあっても、消える事はないだろう。
王都で私を見つけてくれた事、シュナイツに送り出してくれた事に感謝は、している。
数度、手紙をやり取りしたが、最近は送っていない。あちらからも来ない。
とりあえず、マリーダさんの所へ向かった。
マリーダさんのお店に行くのは初めて。楽しみでもある。
お店の詳しい場所はウィル様に教えてもらった。
「ここを曲がれば…」
あった。
生地屋フィーゴ。
入り口のドアには商い中の札が下がっている。
店内には数人の客がいて、商品を選んでいるようだ。
「派手なのが嫌なら、こっちほうが落ち着いていて、いいと思いますよ」
「ああ、良いねえ」
マリーダさんが、客相手に接客している。
そんな彼女が、私に気づき驚く。
「エレナ!なんで!?」
客が声を上げたマリーダさんに注目する。
「あ、すみません…何でもないです…ごゆっくりどうぞ」
そう言いつつ、私に手招きする。
「お久しぶりです」
「ええ。いきなり現れるから、びっくりしちゃった」
「すみません」
「いいのよ。奥で待っててくれる?」
「はい」
私は、店の奥にある椅子に座った。
マリーダさんは数人の客を一人で対応する。
たしか、マリーダさんの雇い主がいたはずだけれど、今はいない。
「ありがとうございましたぁ。またのお越しを!」
最後の客が去り、マリーダさんはふうっと、息をつく。
「お疲れ様です」
「ふふっ。午後のほうが混むんだけどね」
「そうですか」
「そんな事より、どうしたのよ?シュナイツを追い出された、わけじゃないよね?」
「色々所用がありまして…」
マリーダさんに事情を説明した。
「嘘でしょ?魔法で王都まで来たの?」
かなり驚いていた。
「それで、解決したわけ?」
私は首を横に振る。
「あらら…」
「自業自得でもあるので、仕方がないです」
「諦めちゃだめよ?」
「はい」
そのつもりはないが、滞るのは確実だ。
「もう昼ね。昼食は食べた?」
「いいえ」
「じゃあ、食べに行きましょう」
「お店のほうは?」
「大丈夫よ」
どうするのかと思えば…。
休憩中の札を下げるだけだった。
マリーダさんともに、お店を離れる。
「ヴァネッサも来ているんです」
「そうなの?どこに行ってるの?」
「城です」
「ちょっとぉ…普通、友達の所が先じゃない?」
「私も古書店が先でしたけど」
「それは外町でしょ?ヴァネッサは、城下町を通るんだから、こっちが先でも…ね?」
「そうですね…後で来るのかもしれません」
「来なかったら、もう手紙送らないわ」
ヴァネッサ…来ないと友人を失う。
マリーダさんと一緒に昼食を食べた店は、穴場らしい。
「城下町で、この価格で食べられるのはあまりないのよ」
彼女曰く、コスパがいい、と。
確かに美味しく、量もすこし多めな気がする。
奢られるつもりはなかったが、アスカの言葉を思い出す。
(向こうは好きで世話しとるさかい、甘えとけばええねん)
「わたしが奢ってあげるね」
「はい。ありがとうございます」
「ずいぶんと素直じゃない?」
「アスカが、マリーダさんには甘えておけばいいと」
「そう」
彼女は嬉しそうに頷く。
「でも、いつかはお返しをしたいです」
「ええ。待ってるわ」
食事が終わり店を出る。
大きな通りの手前で足を止めた。
「ここで」
「うん」
「ごちそうさまでした」
「いえいえ。これから宮殿に?」
「いえ…兄の所に行こうかと…別に行かなくてもいいんですが」
「そういう事言わないの」
そう言って頬をつまむ。
「たった一人の肉親なのよ。色々あったけど、あなたを助けてくれたんでしょ?」
「はい」
「それで御破算。これからいい関係を築かないと。それをできない人もいるんだから…」
マリーダさんには肉親はいない。
私は幸運なのかもしれない。
「わかりました」
「うん。じゃあね」
「はい」
「ウィルとリアンによろしく」
「ヴァネッサには?」
「知らな~い」
そう言って手をヒラヒラさせて、マリーダさんは去っていった。
兄の自宅へと足を向ける。
私がいた時と、ちょっと風景が違う気がする。
あったものがなく、ないかったものがある…気のせいか。
いつまでも同じではないのは、人を同じようだ。
「…」
自宅前。
ここだったはず…。
この辺は似たような集合住宅があり、たまに間違える事があった。
部屋番号は合っているが、来る事は言っていない。
まあ、いなければ立ち去るだけ。むしろ、そのほうがいい。
何を話せばわからないし。
私はノックもせずに、ドアをそっと開けた。
カギがかかっていない…という事は…。
「いっらっしゃいませー」
突然、女性の声が聞こえた。
「え?…」
「はい?」
「すみません。部屋を間違えました」
「いえいえ。この辺似た建物がありますから」
私は会釈し、外へ急いで出る。
いやいや、誰?。
部屋は間違っていない。
そもそも部屋番号のしたに名前がある。フォートナーと。
若い女性だった。私とそう違わない。
私はもう一度、中へ入った。
中に入ると、女性が不思議そうに見る。
「なにか御用ででしょう?」
「あなた、誰?何故ここにいる?」
「え?…えっと…私は店番で…」
店番?。
兄が雇った人?。
「ここの店主…」
問いただそうとした時、誰かが入ってきた。
「どうも~」
「いらっしゃいませ。あら?」
「いつもの、お願いね」
「いつもありがとうございます。裏口に用意しておきます」
「ごめんね~」
入ってきたのは中年男性。
この人どこかで…。
「ん?よお!妹ちゃんじゃねえか」
「あ。お久しぶりです」
兄の知り合いだ。おやっさんと呼ばていたはず。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「はい…まあ」
「あの…お知り合いですか?」
店番の女性がおやっさんに訊く。
「知り合いもなにも、レニーの妹だぜ?なあ?」
「はい」
「ええ!?そうなんですか?」
女性はカウンターを離れ、こちらに来る。
「はじめまして。クレスタといいます」
そう言って右手を差し出す。
わけがわからないまま、握手をする。
「レニーはまだ帰ってないのかよ」
「昼食を買いにいったので、もうすぐ帰ってくると思います」
そう言った時、ドアが開き兄が帰ってきた。
「エレナ?」
「兄さん…」
懐かしさと嬉しさと、怒りが胸に渦巻く。
「元気みたいだな」
「ええ。一応」
やっぱり何を話せばいいのか、言葉が出なかった。
「そっけねえなあ!…」
おやっさんがため息を吐く。
「感動の再会じゃねえの?」
「あんたには関係ないだろ」
「まあ、関係ないわな」
そう言って笑う。
「あい、これ。代金ね」
「はいはい」
彼は代金を兄に渡し、出ていった。
「どういう事?説明して」
「え?どうって」
「この人は誰?」
「あー」
兄は何も言わず、頬を掻く。
「オレさ、結婚したんだ…」
「結婚?」
初耳である。
「という事は…この人は…」
「そういう事だな。ははは」
目の前に立つ、真っ白なエプロンを身につけた女性は、兄の妻だった。
「いつ?」
「三ヶ月くらい前だっけ?」
「うん」
女性、えっとクレスタは笑顔で頷く。
「あなたの結婚に興味はないけど…」
「そういう事言うなよ」
「一応、連絡は欲しかった」
「あー…すまん」
「したほうがいいと忠告したんですよ」
奥さんのほうが、兄よりも気が利く。
「彼女にあの薬を売ってるの?」
「ああ」
「あの薬は、公然と売るものでないと後から知った。非常に恥ずかしい」
「恥ずかしいって、あれを売って、お前を食わしていたんだぜ?」
「だから、恥ずかしいと言っている」
今は、精力剤ではなく、女性用の化粧品が主だと、彼が話す。
「女性相手だから彼女に接客を任せてる」
「さっきのは?」
「さっき?あー、おやっさんか?表じゃ売ってねえよ。声だけかけてもらって、裏口で渡してる。他の人もそう」
兄の化粧品が、そこそこ話題になってるらしい。
もう少し良い家に引っ越し考えていると言う。
そして、兄とクレスタの馴れ初めを聞かされる。
興味がないので覚えていない。
私のほうも自己紹介をしておいた。
魔法士だという事は、兄から聞いていたみたい。
シファーレン追放の件については話していないようだ。
「ところで、お前はなんで来たんだ?わざわざ、オレに会いに来た…」
「それはない」
「そうかよ…」
所用で、とだけ話しておく。
「所用ね。シュナイツからじゃ大変だったろ?」
「魔法で来たから、そうでもない」
ちょっとおしりを打ったけど。
「魔法で?マジか?」
「ど、ど、どうやって!?」
「秘密」
「おいおい。兄貴だぜ、オレは?」
「私は、まだ許していない」
「それはもういいだろう?」
良くない。大いに良くない。
「時間がないから失礼する」
「全然ないのか?オレはいいから、クレスタとちょっと話していかないか?」
「用事があるなら、無理強いはだめだよ」
「だけど…」
兄に会いに来たわけじゃないし、顔を見たらすぐに去る予定だった。
「ごめんなさい」
「いえいえ。いいんですよ」
「今度来たときは、必ず話す」
「はい」
彼女は笑顔で頷いてくれる。
「彼をよろしく」
「はい。任せください」
兄にはもったいないくらいの女性だ。
「それじゃ」
「ちょっと待ってください」
クレスタは、私を呼び止めてカウンターへと向かう。
そして、何かを持ってきた。
「いいよね」
「ああ」
兄に了解を得て、その何かを渡される。
「これは?」
透明な液体が、ガラス瓶に入っていた。
「精力剤?」
「じゃねえよ!」
「保湿オイルです」
「保湿?」
「お肌の感想が気になりませんか?これを使えば、プルプルしっとり、ですよ」
あまり気にしたことはないけど、一応もらっておく。
「朝晩二回少量を手のひらで伸ばして、顔や気になる所に塗ってください」
「わかった」
兄とクレスタに見送られ、その場を去る。
クレスタが、私が見えなくまで、手を降ってくれていた。
私は西の城門へと急ぐ。
Copyrightc2020-橘 シン




