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ノアール様の発言に戸惑い、言葉を失う。
「言っている意味はわかるな?」
「は、はい。それで成功したのですか!?」
私は身を乗り出す。
「だから、言ったであろう。大失敗したと」
「…はい」
「失敗した結果、多大な魔法力を失った…」
ノアール様は、大きく息を吐く。
「しかし、魔法力は回復します」
「と、わしも思ったのだがな…最初の限界突破前程度しか戻らんようになってしまった」
「そんな…」
今のノアール様は、リサ達とさほど変わらない魔法力しかない。
「こんな失敗したわしが、人に教えるなど…恥ずかしくてできんわい」
「…」
私は何も言えなかった。
もしかしたら、私も同じように魔法力を失っていたかもしれない。そう思ったから。
「まあ、研究だけはひっそりと続けていたがな」
そう言って分厚い本を叩く。
「そこでだ」
「はい」
「この本をお主に託そうと思う」
「私に、ですか?」
ノアール様は頷く。
いきなりで意味がわからかった。
初対面である私に、研究の成果を託そうするノアール様の考えが。
しかし、この本の内容には興味ある。
かつて、魔道士まで上り詰めたノアール様が書かれた本。
私の知らない魔法が書かれいるはず。
私は生唾を飲み込んだ。
「何故、私に?先程の魔法士でもいいのではありませんか?」
「あいつでは、読み解く事はできん。宝の持ち腐れだ」
「私が読み解ける証拠もないと思いますが?」
「お主はわしと似てる。同じ失敗をしているし。それにシファーレンの研究所にいた。あそこは容易には入れん。ということは相当な才能があると見た」
「過剰評価です」
ノアール様は笑うだけ。
「まあいいから、ちょっと読んで見ろ」
「はい。少しだけ…」
私は研究本の表紙をめくる。
そこには魔法陣が描かれており、その下に文章がある。
「汝の魔力により封印せしめし…封印の魔法陣、ですか」
「うむ。やはり古代語は、読めるようだな」
「はい」
古代語とは古い言葉の一つ。
今広く使われているものとそう変わらない。
古代語を簡略化したものが、広く伝わった。
研究論文は古代語で書くのが慣例となっている。
わざわざ習う必要ないが、魔法士であれば習うのが普通である。
「この魔法陣に、お主の魔力を注げば、お主しか本を開く事はできない」
「今はどうなっているのですか?」
「今は誰でも読める」
封印しなければいけないほどの論文なのだろうか?。
「少し読んでも構いませんか?」
「構わんよ」
私はそっと一枚ページをめくり、目を走らせる。
「え?これは!?」
内容に驚き、すぐに本を閉じた。
「どうした?」
「どうした?…これは禁忌の魔法です!」
「いや、違う。禁忌ではないのだ」
「いえこれは…」
私は禁忌な魔法として習った。
「何をもって禁忌とする」
「何を…危険だからでは?」
「何がどう危険か、考えた事はあるか?」
「禁忌の魔法はどれも強力で、扱いが難しく、ともすれば世界そのものを破壊してしまうものと。それ以外にもありますが、人が扱ってはいけないもの」
「うむ。戒めだな」
しかし、ノアール様は禁忌の魔法を研究し論文として記した。
「禁忌だからと、遠ざけては得るものはない。禁忌を理解し、読み解く事で、違う見方ができるのではないか?」
「禁忌の中からですか?」
「わしは、禁忌の魔法を推奨してるわけではない」
当然である。
「禁忌の魔法がどのようなもので構成されているかを、研究してきたのだ」
なるほど。
「それがこの本に?」
「この本に書いたものは、ごく一部に過ぎん」
「一部…」
一部というが、相当な量だ。
「禁忌を扱っているから、封印が必要なのですね」
「さすがにな…見せびらかしていいものではない」
「そのようなものを、私に預けるのもどうかと思いますが…」
「お主は、魔法を扱う上での難しさや危険を理解している」
それは、身を持って知っている。
「だから、お主に預けたい。わしは人を見る目があるから心配せんでもよい」
「…」
ノアール様の表情は真剣。
初対面である私を理解し、その上で預けるという。
「燃やそうとも考えたのだが…」
そう言いながら、本を撫でる。
「愛着が湧いてしまってな」
長年かけて研究してきたものだ。
愛着が湧かないわけがない。
「わかりました。私でよければ…」
「うむ。頼むぞ」
「はい」
私は封印の魔法陣に、自分の魔法力を注ぎ、本を閉じた。
これで私にしか本は開けない.
「これでやっと肩の荷がおりたわい」
そう言って自分の肩を揉む。
鞄を持ってきてよかった。
兄に買ってもらった両肩に背負うもの。
それとフロシキ。
私は鞄からフロシキを取り出し、魔法書を包む。
そして、鞄にしまった。
「いくら払えばいいでしょうか?」
「金なんぞいらんよ」
「しかし…」
さすがにただというわけにはいかない。
「あまり、持ち合わせはありませんが…」
今は、値をつけるような代物でない。価値が出るとすれば、お主が全て読み解き、さらに高みを目指す時であろう」
「高み、ですか?…」
「うむ」
魔法士と高みとは?…。
「今はわからずとも、いずれ分かる時が必ず来る」
想像できない。
将来、私は魔法士としてどんな生き方をしてるのだろうか。
どんな事を伝える事ができるのだろうか。
鞄を背負う。
なかなかの重量だ。
「ではな」
「はい。ありがとうございます」
「うむ」
ノアール様は笑顔で頷く。
「実は気になる事がありまして、お聞きしてもよろしいですか?」
「答えられる範囲でなら」
「はい。禁忌魔法の資料はどこから手に入れたのですか?」
「お主、なかなか痛い所に気がつくのう」
そう言いながら笑う。
「すみません」
「いや構わんよ。…実はな…研究所の書庫から拝借してきた」
そう笑顔で話す。
「拝借…それは盗んだというのでは…」
「そうともいう」
ノアール様は昔、王立の魔法研究所に所属しており、所長も務めていた。
やっぱりすごい人だった。
帝国とも戦争で混乱する中、どさくさに紛れ、書庫から資料を盗み…拝借し、誰にも行き先言わず研究所を出たのである。
「戦争には参加したくなくてな」
「それとこれとは違うかと…」
「まあな。研究所の仕事に飽きていたし、いい機会だなと。ごく一部だから、たぶんわからんだろう」
なんて事を…。
シファーレンなら重罪、死刑だ。
王国でも変わらないだろう。
もしかして、先程の魔法士は、禁忌魔法の資料を取り返そうとしていたのでは…。
でも、そんな事は話していなかった。
「お主は、転移魔法について調べてるのだろ?」
「はい」
「なら、所長宛に一筆書いてやろう」
「よろしいのですか?」
「いいぞ。今の所長は教え子だしな」
ノアール様は紹介状を書き始める。
よかった…。
ヴァネッサとノアール様の紹介状。これで確実にハーシュ様に会える。
「ほれ」
「ありがとうございます」
「それと、これを返しておいてくれ」
そう言って、重厚な革袋に入った何かを受け取った。
表面に擦り切れてはいるが、出庫厳禁と書かれている。
「あの、これはもしかして…」
「…」
ノアールは何も言わずに、口の前に人差し指を立てる。
「わかりました…」
禁忌魔法の資料の返却。
私はお使いを頼まれたのである。
「すまんの」
「いいえ…」
紹介状を書いてもらった手前、断る事ができなかった。
「では、失礼します」
「うむ。また機会あったら話そう」
「はい」
「ハーシュに会ったら、高い酒を持って来いと伝えてくれ」
「はい…」
良い方なのか、悪い方のなのか、分からない人だった。
古書店を後にし、城下町へと向かう。
まさか、こんな大荷物になるとは思わなかった。
北門は混んでおり、人の流れの乗る。
入場料を支払い城下町へ入った.。
何年ぶりかの王都城下町。
懐かしさと、辛さが私の胸に去来する。
Copyrightc2020-橘 シン




