25-3
相変わらず王都は人が多い。
これが嫌で、シュナイツに向かったと言っても過言ではない。
往来する人々をかき分け、ギルドへと向かう。
「よお、お姉さん!美味しい焼き菓子買って行かない?」
「帝国製の敷物、上等品だ。今だけ三割引き!」
「乾物、まとめ買いなら安くするよ!」
市場付近は売り込みの掛け声がひっきりなしに聞こえる。
やっとギルドに到着。
「受付は確か…」
ここは初めてじゃない。
シュナイツが魔法士の募集をしていたのを、見つけた所だから印象に残っている。
「こんにちは」
「こんにちは~」
「古書店は外町にありますか?」
「こしょう…ですか?」
「いいえ、古書店です。書物を取り扱っている店」
「あー、なるほど」
わかっているのかどうか、わからないが、何かの台帳をめくっている。
「そうですね…」
受付嬢の表情を見るかぎり、いい印象ではない。
外町になければ、城下町に行く事にするが、城下町ほうがないと思われる。
城下町で店を構えるにはそれなりの儲けないと、経営の許可が出ない。
古書店はそれほど儲かるものではない。というが個人的な印象だが…。
「一応、一軒だけ登録されてますね」
あった!…一軒…。
「その店は、どのあたりにありますか?」
「えーと…ここからは離れてますね…王都北東部になります」
詳しい位置を教えてもらい、すぐにギルドを後にした。
しかし、一軒だけとは…。
書物の取引自体が少ないという事だろうか。
魔法書は、さらに少ないだろう。
まずは行ってみない事にはわからない。もしかしたら、大きな店の可能性もある。
「…」
数時間かかって見つけた店は、シュナイツにある私や執務室と変わらない広さだった。
大きな店ではない。確実に
客は、私一人だけ。
「お邪魔します」
店の奥、向かって左角に小さなカウンターがあり、向こう側にお爺さんが座っている。
特に何も言わず、頷くだけ。
店内には棚がいくつも並んでおり、そこに書物が並べられていた。
というよりは、詰め込まれていると表現したほうがしっくりくる。
通路は、人一人が通れる幅しかない。
書物は、絵本や物語、基礎教育のたぐいのがほとんどだった。
どこかの学校からの払い下げられたものだろうか。
難しい論文や高等教育ものあるが、魔法関連は見当たらない。
「ダメか…」
私は小さく息を吐く。
「いらっしゃい!」
突然、威勢よく声をかけられた。
私は小さく会釈する.
「ごゆっくりどうぞ」
入ってきたのは、若い男性。
両手に書物のいくつも重ね、紐で縛った束を抱えている。
それをカウンターに置く。
「爺ちゃん。これ、仕分けしといてくれ」
「構わんが、売れるものを持ってこんかい」
お爺さんは、カウンターに置かれた書物を荷解きしながら話す。
「一応、仕入れてるよ。頼まれたものだし」
「ほんとか?」
「うん」
「誰が、苔とキノコの辞典なんぞ買うんだ?」
「頼まれたものだから」
「肉と魚を使わない料理レシピ集」
「そういう肉類を食べない人達が一定数いるらしいんだよ」
そうなのか、と二人の会話に聞き耳を立てる。
「絵本が子供に人気あるぞ」
「うちは絵本屋じゃないし、そればっかりじゃあさ…」
お孫さんの方は納得していないらしい。
「まあいいから。頼むよ、爺ちゃん」
「任せろ」
お孫さんが出て行く。
私も出て行こうとした時だった。
「待ちなさい」
「はい?」
お爺さんに呼び止められる。
「何の書物をお探しかな?お嬢さん」
そう尋ねられた。
「魔法に関する物を探していたのですが…」
「ほお」
「しがし、ここにはありませんでした」
と言った私に向かって、お爺さんは笑顔を見せる。
そして、ある方向を指差す。
カウンターある左角の逆側。
指差す方向を、私も指差しながらそこへ向かう。
「こちらですか?」
「うむ」
すでに探し終えた所だが…。
「一番奥の棚。最上段の右端」
言われた所を重点的に探して見た。
これか?…。
いくつか抜き取り確認する。
魔法の歴史考察。魔法の起源について。高位魔法における魔力の圧縮に関する考察 等。
圧縮に関するものはいいとして、他は今必要なものでなかった。
もっと初等のものがあれば…。
知っていて当然で、書物する必要性はない、という事か。
その他全て内容を確認したが、転移に関するものはなかった。
「はあ…」
思わずため息が漏れる。
一応、城下町にも行ってみようか。
「すみません。私が求めているものはありませんでした…」
「そうか」
「失礼します」
「うむ。またよってくれ」
「はい」
と、返事をしたものの、二度と来ないであろう。
一礼し、戸口へ向かった時だった。
「ノアール様!」
「まーた、来よった…」
お爺さんが、あからさまにため息を大きく吐く。
戸口には、中年の男性が立っていた。
私と同じよう服装。
魔法士?
「ノアール道士!今日こそはよい返事をいただけると…」
男性魔法士は、私にも目もくれず、通り過ぎカウンターに手をついてお爺さんに迫る。
この人はお爺さんを道士と呼んだ。
道士は位の高い魔法士に対する敬称。
シンシア先生も研究所では道士と呼ばれていた。
このお爺さんが道士?
「ノアール道士。どうか研究所に来てくれませんか?」
「それは断ったであろう。しつこいぞ」
「道士とあろうお方が、このようなみすぼらしい店にいてはなりません」
「みすぼらしいだと?ここは、わしの孫の店だぞ!馬鹿にするな!」
「は!も、申し訳ありません!」
男性はカウンター下にひざまずく。
「お許しを!」
「さっさと出て行け!商いの邪魔だ。客が来てるのが、貴様にはわからんのか?」
「しかし…」
男性は、私をチラチラと見る。
「しかしもお菓子もないわ!」
「ふっ…」
私はお爺さんの言葉に、思わず吹き出しそうになってしまった。
「やっと見つけたのです。こんな近くにおられたのはつゆ知らず。お迎えがおそくなり申し訳…」
「お迎え何ぞ頼んでおらん!」
そう言ってカウンターを拳で叩く。
「ひっ!お許しを」
「許してほくしば、今すぐ帰って所長に、ハーシュに伝えよ。わしは、戻らんとな!」
「はいぃ!」
男性魔法士は尻尾を巻いて店を出ていった。
ハーシュ…ファンネリア・ハーシュ様の事だろうか?。
「全く、近頃の若いもんは…」
お爺さんはそう言ってため息を吐く。
「あの…」
「ん?あー、お嬢さんの事ではないからな」
「はい…」
彼はお孫さんが持ってきた書物の整理を始めた。
「お嬢さんは魔法士か?」
書物も整理をしながら、立ちすくむ私に話しかけくる。
「え?あ、はい…」
そう答えつつ、カウンターに近づく。
「限界突破は何度しておる?」
「二度、しています」
「ほお」
驚きの表情で私を見る。
「若いのに優秀だな」
「いえ、そんな事は…」
優秀では、ない確実に。
「あなたも魔法士のようですが…先ほど 道士 とも」
「昔はな…」
昔?
どういう事だろう?。
今は違う?。
魔法士であることに今も昔もないと思うけど…。
「どんなものを探していた?」
「転移に関するものを」
「転移じゃと?探すほどの魔法でないと思ったが」
「ええ、まあ…」
やはり、知って当然なものらしい。
「何か訳ありのようだな」
あり過ぎて困るほどに。
私は、恥を忍び理由を話した。
シファーレンの魔法研究所にいた事。
不祥事、追放、シュナイツにいる事。かなり、省略した内容だけれども。
「なるほど…」
お爺さんは、苦笑い浮かべるだけで、それ以上は聞いて来なかった。
「見せてくれんか。お嬢さんの作った転移魔法を」
「はい。その前に、お嬢さんという呼び方は止めてくれませんか?」
「そうか?まだ、名前を聞いてないんでな」
「すみません。申し遅れました。私はエレナ・フォートランともうします」
名前を名乗り、一礼する。
「うむ。わしはインバス・ ノアールだ」
「よろしくお願いします。ノアール様」
「様なんぞつけんでくれ」
「はあ…はい」
魔法士として私より先輩、いや大先輩である。
敬意を持たなければいけない。
こんな古書店にいるのは、謎だけど。
「では、見せてくれんか。フォートランよ」
「はい」
私は手のを上にして、転移魔法の魔法陣を展開する。
展開するだけで、魔力は込めない。
「ほう…うむ…」
ノアール様は魔法陣を覗き込み、数度頷く。
「転移はできるが、転移先で困った事にならんか?」
「はい。その通りです」
説明する前に指摘された。
ノアール様には、私が作った転移魔法の不備が言わずともわかっている。
「不備の修正について、どうか是非ご教示ください」
「うむ…」
私の頼みに、ノアール様は腕を組み、顔を見つめる。
「教えても構わんが、おぬしのためにならん」
そう言って首を横に振った。
「だめですか…。転移魔法の研究に、一年かかっているんです…。これ以上は…」
「それはおぬしのせいであろう?」
「はい…」
自業自得そのものだ。
「わしも偉そうな事を言える立場でないがな…」
ノアール様はそう言いながら何かを取り出し始める。
そして分厚い本をカウンターに、どん、と置く。
「これは…」
本に触れようする前に、ノアール様が本に手を置いた。
「まあ、待て」
「はい」
彼は咳払いを一つ。
「おぬしには、わしをどんな風に見ている?」
「どんな…」
そう問われ、考える。
「長らく魔法の研究してこられたお人かな、と」
道士と呼ばれていたし。
「確かに魔法の研究をしてきた」
やはり。
「だがな。わしは大失敗をしてしまったのだ」
「大失敗ですか?」
「うむ。おぬしは系統の違う攻撃魔法を同時に扱う事の難しさは、知っておるな?」
「はい。もちろん」
それでシファーレンを追放され、ベッキーが怪我をした。
「わしは系統の違う攻撃魔法全てを一つにまとめ、新たな系統を作り出そうとしたのだ」
「…はい?」
Copyrightc2020-橘 シン




