エピソード25 魔法を探して 前編
シュナイツは冬を迎えた。
相変わらず私は、転移魔法の研究をしている。
研究を初めてからどれくらい経過した?。
ウィル様が来たのは、春先だったはず…。
冬が開けたら、一年になる。
「なんこと…」
こんなに時間がかかった研究は初めて。
しかしながら、完成まで後一歩の所まで来ている。
あともう少し…。
「なぜこれで正常に発動しないのか…」
転移魔法は発動するにはするのだが、安定しない。
転移先にて、胸まで地面に埋まっていたり、腰くらいの高さの空中だったり…。
体が横に、地面と平行だった事もある。
幸い軽い怪我ですんだが…。
「あのエレナ様?」
「なに?カリィ」
「どこかに行かれてたのですか?」
「別に、どこにも…」
「服に土埃が…」
私は何事もなかったように土埃の払い落とす。
魔法に失敗したとは言いにくい…。
「洗っておきますね」
「ええ。ありがとう」
カリィは、訝しげに去って行く。ということが最近あった。
転移先は間違っていない。
え?転移先の座標をどう決めるのか?
自分の魔法力の痕跡を頼りに転移先を決める。
これは偶然発見した方法。
千里眼を使った時、私にしか見えないモヤがあった。
あれは、自分の魔法力がそこに残っていると判明。
それを頼りに転移先を決める魔法を構築。
当然ながら、行った事のない場所には転移はできない。
千里眼ほどの鮮明な視界は必要ない。
自分の魔法力を感じる事ができて転移先の状況が分かればばいいので、千里眼の機能を最低限なものに削ぎとした。
そして、自分の現在地と転移先の、二点間の距離をゼロにする。
正確には、対象物を一時的に魔法力で包んで消し、転移先に召喚している。
もっと複雑な過程を踏んでいるが、簡単にいうとこのような方法。
他にもアイデアがあったが、これが一番負担が少ないと判断した。
それでも、魔法力の消費が著しい。
私が扱うぶんにはそうでもないが、今の隊員達に無理だろう。
できるだけ魔法力の省力化を目指しているが、こちらも研究課題をなっている。
私は、魔法の研究だけをしてるわけではない。
午前中は隊員達に講義と実習。
午後に研究。
というのが日課になっている。
魔法士としての仕事もある。
発光石の作成や小麦を挽いたり、木を伐採して材木にしたり、その他諸々…。
冬はそれに加え、もうひと仕事ある。
暖を取るための石焼きである。
火鉢に入っている拳二つ分くらい石を高温に熱する。
この作業は、当初私だけがしていた。
隊員達の能力では、一個作るのが限界だったためである。
今は、数個作れるようになったので、私の作業量は減った。
私が全てを請け負ってもいいのだけれど、彼らの成長を促すために、一部任せている。
が、ナミだけが魔法士としての成長の遅れが目立ってきた。
ナミとそれ以外の隊員との差が広かっているのだ。
「やっぱり、才能ないんでしょうか?…」
「才能は関係と思う」
確証はない。
「でも、いくら頑張っても火球一つが限界なんですよ?…」
ナミは悲壮感を込めて話す。
「しかし、補助魔法はうまくできている」
「補助魔法ってあまり必要性がないじゃないかって…シュナイツでは」
「そんな事はない」
補助魔法こそ必要だと、私は考えている。
先の襲撃事件では、確かに攻撃魔法が役に立った。ライアの翼に関しては別にして。
その後は魔法が役に立ったかというとそれほど貢献はしていない。
発光石や小麦、木の伐採はいつもの事。日課だ。
「あなたの成長に歯止めがかかっているのは、何か理由がある思われる」
「何かってなんでしょう?」
「わからない…」
こんな現象があるとは、想像してなかった。
成長速度に差はあれど、訓練である程度成長するものと、私は踏んでいた。
成長しないとは…。
正直、どうしていいかわからない。
「ナミ」
「はい」
「とりあえず、訓練は続けて」
「はい…」
「日課も欠かさずに」
「わかりました…」
彼女の表情は重い。
肩を落とし、私の部屋から去っていく彼女の後ろ姿を見るのが、辛い。
「ナミさん、元気なかったですね」
「ええ、そうね」
ナミは真面目な性格で、講義での態度や物覚えも早い。
彼女なら魔法士じゃなくても生きていける。
しかし、成長が見込めないから、魔法士は諦めろとは、言いづらいし、やめてどうする?。
今更、メイドか事務官として鞍替えを勧めても、本人が納得してくれるかどうか…。
「この件も、なんとかしなければ…」
課題は把握してるものの、何も進展せずに時だけが過ぎていった。
年が明け、冬が過ぎて、寒さが和らぐ季節となってしまう。
転移魔法は完成せず、結局一年たってしまった…。
「あんたが来て一年になるのかい?」
「そうだね」
「早いねぇ。時が経つのさ…」
食事中の会話。
本当にそう思う。
「なんかヤル?」
「なんかって何をするんだ?」
ライアがミャンに聞き返す。
「ウィルが領主になって一周年記念イベント!」
「しなくていいから」
ウィル様は即拒否する。
「やる必要ないし、する余裕もない」
彼らしいといえば彼らしい。
財政状況を見れば、できないのは明らかである。
「僕としては、過去一年の反省を活かせる施策をやりたいな。向こう一年は」
「できる事ってあんまりなくない?」
「やれる事は少ないかもしれないけど、少しづつでいいからシュナイツを、いい方向に向かわせたい」
ウィル様は前向きだった。
多分、いい方向に向かう。彼が領主ならば。
そういう安心感が、彼の言葉から感じられる。
「ウィルならきっと、できるわ」
「ありがとう」
ウィル様はリアン様と笑顔を返す。
お二方の雰囲気が変わったと誰かが言っていた。
私には、さほど変わっていないように見える。
「エレナ隊長、どこか具合いでも悪いんですか?」
ソニアにそう話かけられた。
「いいえ。なぜ?」
「食事が進んでいないので…」
確かに半分食べてそのまま。
「問題ない」
私は再びスープ食べ始める。
一瞬、全員が私に注目したが、すぐに次の話題へと移っていった。
「ごちそうさまでした。わたくしは失礼します」
ジルが立ち上げる。
「ジル、体術と二刀流の訓練、付き合ってくれないか?」
「あたしも」
「はい、構いません。お待ちしております。では」
彼女は一礼し多目的室を出ていった。
ライアもヴァネッサも訓練を怠らない。
高みを目指す意識には感服する。
特に翼を失ったライアは自ら二刀流を編み出した。
本人曰く、まだまだ使い物にならない、と笑顔で語る。
使えないにも関わらず、彼女は楽しそうだ。
私のほうは、楽しくない。
研究とは、本来楽しいものではない。
それでも、好きな魔法を研究するのは苦しく辛くもあったが、充足感があった。
食事中の今も、転移魔法とナミの件が頭からずっと離れない。
気分転換に別の研究をしてみるが、やはり離れないでいた。
「どうしてっ!…」
私はスプーンを握りしめたままテーブルを叩く。
苛立ちを抑える事ができなかった。
「エレナ?」
ハッと我に返り、顔上げた。
「どうかしたのかい?」
「いいえ…別に…」
ヴァネッサが私を見つめいる。
彼女だけではない。この場の全員が私を見ていた。
「君が感情を表に出すとは珍しい」
「そう?」
そうかもしれない。
「何かに悩んでいるなら、話したほうがいいヨ」
「…」
悩み事がないミャンに言われるのことに、怒りが湧く。
しかし、ここで彼女の罵詈雑言をぶつけても、何も解決しない。
私は、残った食事を一気に食べ、紅茶を飲み干す。
「げほっ、げほっ…」
「何を急いでいるんだ?」
急がなければいけない事情がある。
私は勢いよく立ち上がった。
「ウィル様、王都へ行く許可をください」
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