24-9
マリ姉達が来た翌日。
商談の細かい詰めの交渉が行われる。
詰めのとは言うものの、さして時間がかからなかった。
初対面ならいざ知らず、付き合いの長い者達ばかり。
お互いの腹を読むなんて事はせず、ほぼ流れ作業となる。
「では、契約書にサインをお願いいたします」
シンディが契約書を差し出す。
普段は契約書は用意しないが、今回は売買金額が大きいので用意した。
「支払いは主に金券を、端数を現金にしたいんだけど、いいかな?」
「わたしは構わないわ」
「俺も大丈夫だ。ティオとキースも大丈夫だよな?」
「ぼくも問題ない」
「おれは半分づつがいいな。適当でいいから」
「わかった。半分づつ用意する」
お金の用意は、シンディとリアンに任せる事にした。
次は、使用人達の制服を作るためにサイズを測る。
これに関してはマリ姉主導で行なわれた。
「メイド達から行くわ」
彼女は紙とペン、それからメジャーを鞄から取り出す。
「オーベルさんから」
「はい」
マリ姉は慣れた手つきで、オーベルさんの肩幅や腕や脚の長さを図り、メモしていく。
「完全なオーダーメイドなのですか?」
「いいえ、違います。ある程度サイズは決まっていて、それを着ていただく事になります」
「なるほど…。確かにそうでしたね。今、思い出しました」
オーベルさんは笑顔で頷く。
「今測っているのは、サイズを決めるためです」
「マリ姉。みんなそれぞれ体格が違うと思うんだけど、大丈夫?」
「サイズは数種類あるし女性の場合、体格に差はあまりないから大丈夫よ」
「あたしみたいな体格でも大丈夫なわけ?」
そばで興味深く見ていたヴァネッサがそう話す。
「あなたの場合は特注かもね」
「やっぱ、そう.」
「胸のあたりは特に」
「あー」
ヴァネッサは心当たりがあるのか、何度も頷く。
「胸に合わせると袖と裾が長すぎるし、腕に合わせたら胸がきつい」
「羨ましいわ」
「そうかい?」
「羨ましいわよね?」
マリ姉はメイド達に話しかける。
話を振られた彼女達は苦笑いを浮かべるだけ。
「はい。次~」
オーベルさんが終わり次のメイドを呼ぶ。
メイド達は全員揃っていない。
仕事の合間に測ることになっていた。
「名前は?」
「カリィです」
「カリィちゃんは、ここ長いの?」
「五年くらいだと思います」
「へえ」
マリ姉は飽きせないように、話しかけながら測り続ける。
「制服って、宮殿で使ってる物と同じって聞いたんですけど、本当ですか?」
カリィの次にサイズを測ってもらっていたメイドが、マリ姉にそう尋ねた。
「本当よ」
「なんか、すごくない?」
順番待ちしてるメイドが、制服の話で盛り上がる。
「生地は若干劣るかもしれないけど、デザインは同じ」
「フリルはないから、すっごいシンプルよ」
宮殿にいた事ある年上のメイドがそう話す。
「確かに可愛さはないかも」
僕も思い出していた。
「あたしは、もう少しおしゃれでもいいと思うけどね」
「君が着るわけじゃないよ」
「着ないから余計にさ。それくらいしてもいいじゃない?ここでは」
「まあ…うん」
多分、オーベルさんが許可しない。
「竜騎士って制服ないの?」
「あるよ。儀礼用だけど」
「儀礼用か…今でも持ってる?」
「一応、持っては来た。来たけど、一回も着てない。着る状況がないんだよ」
「確かにないね」
儀礼用制服を着ないといけない客人は来ないだろうな。
「はい、終わり」
「ありがとうございました」
メイド達が終わり、次は料理人達だ。
「ウィル様。いいんですか?おれ達のまで」
「ああ。いいんだ」
「エプロンか前掛けだけ新調してくれるだけで、よかったんですが…」
「ついでに新調しようよ。こういう時じゃないとできないから」
「…わかりました」
そう会話してる間に、マリ姉はグレムのサイズを測っている。
「そもそも料理人達は、制服ないんだよね」
ヴァネッサの言う通り、料理人達には制服ない。
白を基調としてるだけで、デザインはバラバラだ。
「そうなんだよ。だから、今回制服を作ろうと思うんだ」
「お金の方は大丈夫なんですか?」
「大丈夫。臨時収入があったから」
「臨時収入?」
「グレム。あんた知らないの?賊の死体を漁ったらそこそこのお金持ってたんだよ」
「死体…そういう事ですか」
「あまり気にしないで」
「はい…」
グレムはなんとも言えない表情のままサイズを測り終え、次の料理人と交代する。
「マリーダ。あんたは気になる?」
「気にならないったら嘘だけど、仕方ないじゃない?お金に罪はないわけだし」
お金に罪はないか…。
まあ言い得てるかどうかはよくわからない。
「所有者は死んでるしさ。いいんだって」
ヴァネッサが何でもにないように話す。
この話はもう止めよう。
料理人のサイズは測り終え、今度はシンディとマイヤーさんの番になる。
シンディはお金の用意をしてるから、マイヤーさんから。
「いいスタイルしてますねぇ」
「ありがとうございます。初めて言われました」
マイヤーさんは僕よりも少し背が高い。
それでいて等身のバランスがいいように思える。
「昔、モテたんじゃありません?」
「そんな事はありませんよ」
謙遜なのか、マイヤーさんは笑顔のまま否定する。
「どこぞの貴族のお嬢様と駆け落ちしたんですよね。マイヤーさんは」
「なにそれ?」
「へえ。やりますね」
初耳のヴァネッサは驚き、マリ姉はさもありなんという表情だ。
「程なくお別れましたが」
「なんだい、そりゃ?」
事顛末を聞いたヴァネッサがため息を吐く。
「ったく。結局は金か…嫌だねぇ」
お金、お金言ってる僕らも、正直変わらないと思うけどね。
マイヤーさんが終わり、最後にシンディにサイズを測る。
「ウィル様。支払金の用意がもうすぐ終わりますので、後ほどご確認ください」
「うん、分かった。ありがとう」
そう話している間に、マリ姉がサイズを測っている。
「できるだけ凝ったデザインは控えてほしいです」
「そのへんは大丈夫。メイドと同じようにシンプルなデザインよ」
「そうですか」
シンディには、宮殿の事務方が着てる制服を注文した。
「シンディさん。終わりました」
「はい、ありがとうございます」
全員のサイズを測り終える。
「これ、かなりの数だね」
ヴァネッサがサイズが書かれた紙を覗き込む。
「注文量としては少ないほうよ」
「へえ」
少ないとはいえ、一人四着を作る。
夏用と冬用を二着づつ。そうすれば洗いがえが可能だ。
「出来上がった制服はどうするわけ?マリーダの店まで取りに行くの?」
「いや。リカシィのギルドまで送ってもらって、取りに行く」
「誰が?」
「ユウジとタイガに頼む予定」
「そう」
「わたしが届けに来てもいいわよ?」
マリ姉はそう言うが、断る。
「この辺は治安が良くない。一人で来るのは危険だから、ギルドに送ってほしい」
マリ姉自身の仕事が、制服の輸送で潰れてしまってはいけない。
リカシィまで仕入れに来るとしても、ついでにシュナイツまで…なんて距離じゃない。
「まずはメイド達の分ができたら、送るわね」
「うん」
ギルドに到着すると、シュナイツに到着したむねの手紙が送られてくる。
「やっと終わったわ…」
リアンが少し疲れた表情で多目的室に入ってきた。
「お疲れ様」
「うん」
彼女はどっかりと椅子に座る。
「じゃあ、確認してくるよ」
「いってらっしゃい」
シンディが作業に加わっていたし、確認する必要はないと思うが、一応しておこう。
「マリーダ。あんた達は、いつまでいるの?」
ウィルが多目的室を出て行った後、マリーダに尋ねる。
「明日、帰ろうと思う」
「そう」
「あら、寂しい?」
マリーダが、わざとらしくあたしの顔を覗き込んでくる。
「あたしは、大丈夫だけど、ウィルはどうだか」
「子供じゃないんだから」
「あんたは、どうなのさ?」
そう聞かれた彼女は、無言で冷めた紅茶を一口飲む。
「できれば、もう少しいたいけど…そんな暇はない。残念ながら。っていうか、制服の注文受けてるんだから、長居はできないわ」
「確かに」
商人だもんね。
何もしないで、生きてはいけない。
それはあたし達も同じ。
「今日は、ヴァネッサの部屋に泊まらせてもらうから」
「なんだい、いきなり」
別に構わないけどさ。
「昨日は、リアンだったから」
リアンを見ると、意味ありげに笑顔を向けてくる。
「わかったよ」
断る理由はないから、マリーダと一晩過ごすこととなった。
Copyright©2020-橘 シン




