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「工場ですか…費用がかかるのでしょう?自分で作れば、生地と糸とボタン代だけですみます」
費用だけを考えたら、オーベルさんの主張は正しい。
「仕事しながらですよね?時間がかかりますよ」
「わかっております。作る事も仕事の内ですから」
「作ってもらったら?楽するわけじゃないのよ。費用は出すんだし」
「ですが…」
この人、根っからの仕事人間なのね。
わたしもそうだから、彼女のの気持ちがわかる。
オーベルさんと話をしてる時に、シンディさんが入ってきた。
「ウィル様が、領民も一緒に商品を選んでもらってほしいと」
「そう。じゃあ、サンプルを見て」
「これよ」
リアンがサンプルについて説明してくれた。
メイド達と領民の女性達が、楽しそうに会話をしながらサンプルを見てくれてる。
わたしは、オーベルさんの腕を引き、テーブルから離れた。
「費用がかかっても、その分オーベルさん達の負担が減ります」
「確かに…そうです」
「そもそも費用もさほどかかりません。工場で作ってるのは、宮殿にいる使用人や事務方の制服なんです。デザインやサイズは決まっていて、数が増えたところでやることは同じ.。工場の負担にはなりません。むしろ注文数が多いほうが安くすむこともあります」
商魂たくましいわね、わたしも。
「なるほど…」
と、彼女は言うが、雰囲気から手応えはない。
やはり費用がネックか。
費用は、当然オーベルさんが出すわけではない。
シュナイツの財布からだし、負担をかけたくない気持ちはわかる。
「生地代だけで、お作りします」
「生地代だけでですか?損するのではありませんか?」
「損はしませんが、さほど儲かりもしません。トントンですね」
「そうですか…」
オーベルさんの態度は変わらない。
ここまで推してダメなら、一旦引いたほうがいいわね。
「わかりました。とりあえず、話はなかったこと」
「申し訳ございません」
「いえいえ。わたしのほうこそ、無理に話を進めてしまってごめんなさい」
わたしはオーベルさんから離れ、サンプルを見ている領民とメイド達の輪に入る。
「ダメだった?」
リアンがオーベルさんのほうを見ながら話しかけてきた。
「今のところはね…」
「私は良いと思うんだけど。私が言っても渋るでしょうね」
「彼女なりの、こだわりがあるんじゃないかしら」
良く言えば真面目で、言い方を変えれば頑固者かしら。
「マリーダさんのお店の制服って、オーベルが宮殿いたころにも納品してたんでしょ?」
「してたはずよ。わたしが今のお店に入った時には、もう納品してたし」
「なら、いいじゃない?」
「そうね」
オーベルさんような人は初めてではない。
好条件を提示しても、商談が成立しない事なんてざらにある。
「ウィルに頼んで見るわ」
「ウィルにどうにかできる?」
リアンと小声で話す。
オーベルさんはシンディさんと話をしていた。
「そこは領主権限で」
「領主がいいと言ったら、何も言えないじゃない?」
「そうなんだけど、そうなる前にうまくやるはずよ」
彼女は自信を持って話す。
「初対面の相手じゃない。知った仲なんだから」
「手の内は知ってるのね」
「うん。そういうとこ何度も見てきてるから。私も協力するけど」
なら、ウィルに話してみるか。
商談自体はうまく進んで、大方の注文は出揃った。
メイド達の制服は別にして、予算内に収まっている。
「結構な量じゃない?」
「いいのかしら…」
領民の女性達が心配そうだ。
「いいのよ。必要だからお金を出したんだから」
「でも…補助金からですよね?」
「ということは王国からということになりませんか?」
「元を辿ればね。補助金はシュナイツに与えられたものだし、どう使おうと勝手。贅沢するわけじゃないんだから、気にする必要はないわ」
とはいえ、それなりお金が動く事に怖気づく事はある。
わたしだって、最初の大きな契約で及び腰になった。
責任がぐっと増すのよね。
ティオとの商談はグレム達に任せ、多目的室へと戻った。
多目的室では、メイド達と領民の女性達で会話が弾んで盛り上がっていた。
「盛況だね」
「当たり前でしょ」
マリ姉は得意気に笑う。
「ここで盛り上がらずに、どこで盛り上がるのよ?」
「確かにそうだね」
商売する側からしたら、今が売り時だ。
そのためにシュナイツまで来たんだから。
「ウィル。そっちは、終わったの?」
「グレム達に任せてきたよ。任せたというか、後は任せてほしいって」
「そういう事。こっちもだいたい終わったわ」
「そう。リスト見せてもらえる?」
買い取りリストを見せてもらう。
「予算内に収まってるね」
「超えるのはマズいんじゃない?収めておかないと」
「予算はあくまでも、予算だから。必要ならそれ以上出すから」
「必要ならね。今回は予算内でいいみたいよ」
「ほんとに?皆さん、これでいいですか?」
僕はそう呼びかける。
「大丈夫です」
「これ以上は気が引けてしまって。ねえ?」
「悪い事してるわけじゃないのにね」
領主からいいですか?と、言われたら、はい と言わざるを得ないか。
「わかりました。これで、商談成立という事で」
予算書と買い取りリストをシンディに預ける。
「すぐに計算いたします」
「今じゃなくていいよ」
「よろしいのですか?」
「これは仮で、後で細かい交渉をするから」
「承知いたしました」
「それじゃ反物を仕分けるから、みんな手伝ってもらえる?わたし一人じゃ、時間がかかっちゃう」
「もちろん、手伝いますよ」
「ありがとう。裁ち鋏かナイフあったら持ってきて。それと、買った物が汚れにないように、使い古しの麻袋や麻布もね。外で落ち合いましょう」
「はーい」
メイド達と領民達が一斉に多目的室を出て行った。
「マリ姉は、行かないの?」
「行くわよ。けど、その前に…オーベルさん、ちょっといいですか?」
彼女はオーベルさんを呼ぶ。
「はい」
「さっきの話、もう一度考えてもらえませんか?」
ん?さっきの話?
「悪い話じゃないと思うんです」
「わたくしも、悪い話ではないと思いますが…やはり…」
何の話だ?
「リアン。僕がいない間に、何かあった?」
「大した事じゃないのよ。オーベルは自分達の制服を作り直したいの。でも、大変でしょ?」
「うん」
「それでマリーダさんが、うちの工場で作りましょうか?って」
そういう事か。
「オーベルは断った」
「え?何で?」
「制服を作るのも仕事内だってさ」
オーベルさんらしいといえば、らしい。
「マリーダさんは、生地代だけでいいとまで言ったのに…」
生地代だけとは、破格だ。
マリ姉の所の工場の制服は宮殿に収めてる。
そのへんで売ってるものとはわけが違う。上等なものだ。
生地自体の質の違いはあるだろうが、それを差し引いも破格であるのは間違いない。
「オーベルさん。僕は、いいと思いますよ」
「ですが…」
マリ姉に制服を依頼することは、怠慢ではない。
「後はあなたに任せるわ」
「え?ああ、うん」
マリ姉は、僕の肩を叩くと多目的室を出ていってしまった。
マリ姉が出て行ってどうするんだよ…。
商談するのはマリ姉なのに…。
「メイドとしての仕事の合間に作業しますので、ウィル様方に迷惑はおかけしません」
「仕事の合間という事は、休まなければいけない時間ではないでしょうか?お体を障りますよ。そうなったら、メイドとしての仕事に影響すると思います」
「ウィルの言う通りよ。オーベル、あなた自身やメイド達の体を考えて」
「はい…」
オーベルさんが悪いわけじゃない。
メイドとしての仕事ぶりは完璧だ。完璧すぎるんだ。
それが、彼女の才であり難点でもあった。
領主として命令すれば、事は速やか解決する。
だけど、僕はしたくなかった。
「まずは、紅茶を一杯いかがですか?」
マイヤーさんがティーセットとともに多目的室に入ってくる。
「紅茶を飲んでいる間に解決するやもしれません」
そんなわけないでしょ、とリアンが小さく呟いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
マイヤーさんからティーカップを受け取る。
受け取った時、彼の服が目に入った。
彼の服もメイド達の服同様、くたびれている。
補修の跡にも気がついた。
「マイヤーさんの服も作り直しましょう」
「わたしの服もですか?」
「はい。メイド達の制服のついでにさ。シンディ、君も」
「わたくしもですか?」
「そう。オーベルさん。使用人すべての制服を作り直す。ということならどうです?」
僕は、そう彼女に提案した。
Copyright©2020-橘 シン




