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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

千手像

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、「千手像」の話を聞いたことあるかい?


 ――千手観音の間違いじゃないかって?


 ううん、千手像で合っているし、観音様とは関係がないんだって。

 久々に、甥と話をする機会があってさ、甥が通っている学校でも、けっこう怪談話が流行っているみたいなんだ。

 その中でも、根強いのが千手像の話で、最近もまたそれ絡みの事件があったとかなんとか。

 ここからだいぶ離れたところの話だから、こーちゃんも取材に行くのはちょっと手間かもねえ。ここは僕から取材してみるっていうのはどうだい?

 千手像。それは文字通りに千の腕を持つ像らしきもの、とされるのだけど……。



 甥の通っている学校で、千手像を見かけたという話が出たのは数ヵ月前だった。

 通学路の候補として挙げられる、長大なバス通り。その途中の停留所のひとつが最初の目撃ポイントだったそうだ。

 雨をよけるための屋根がついていた停留所。その屋根の上へちょこんと、千手像が置かれていたらしいんだ。

 大きさ20センチ程度、全身を灰色に染める千手像は、遠目には羽を広げた孔雀を思わせる見た目をしている。しかし頭、胴体、足に至るまでは人のそれと大差がない。

 背中に扇を負っているかのような広がりを持ち、目を凝らしたならば、羽らしきものはすべてが小さな腕が集まったものであるとわかるんだ。

 像の肩から腰にかけて、枝のごとく無数に生えるそれは、ときにまっすぐ、ときに曲がりながら身を寄せ合って、見事な羽の広がりを表現しているんだ。


 そして動く。

 あくまで「像」というのは見た目からついた通称であり、そいつは生き物らしいんだ。

 人の足に当たる部分をそろえたまま、ぴょんぴょんと跳ねていき、背中に広げた千本の腕をたくみに動かし、鳥もかくやという動きで空を滑っていく。

 その奇妙な姿に興味を持って、過去に捕まえようとした子供もいたけれど、大人たちはそれにいい顔をせず、かえって注意を促すのだという。


「千手像は、異常の象徴。見かけたならば、なにか穏やかならざることが近づいているから、自らの心身やまわりに神経を張り巡らせたほうがいい。千手像に関心を寄せるなど、もってのほかだ」


 そう伝わっているものだから、その屋根の上に千手像を見かけた面子も、足こそ止めたが、千手像に手出しをすることはしていなかったそうだ。


 そのときの千手像は、広げた腕のうち、向かって左側を白く染めていた。

 ヨーグルトを思わせる白い軟体めいたものが、千のうちの数十本の腕の先、手のひらへたっぷりと握られていたんだ。

 像はしばし静止していたものの、やがて人のような胴体部分をゆっくり傾がせるや、ぴょんと屋根から飛び立つ。

 歩道を横切った土の斜面を支える、フェンス向こうへ、そのまま消えていってしまったとのこと。


 千手像を目撃したという話は、たちまち校内にも広がった。

 迷信めいたことゆえ、先生方は表立っての注意こそしなかったものの、それぞれの授業において、脱線話のついでに千手像へ触れていく。

 先生たちによって話はまちまちだが、20年前に見かけた千手像は緑色の軟体を握り、やがては体中を緑に染め上げていったのだという。

 そうして汚れきった像になってからほどなく、学区で超巨大ないもむしの死骸が発見されたらしい。

 おとな十数人で囲い込めるほどの、小さな山ほどもあるいもむしは、身体のあちこちに穴を開けられ、そこから緑色の体液を流し、見つかったときにはすでに息絶えていたのだとか。


 今回の千手像は、白く染まっている。そのことは、大人たちにも経験のないこと。

 もし見かけたとしても、いたずらするなど考えずに、無視して普通に過ごせばいいと、先生方の誰もが語ったのだとか。

 日が経つにつれて、千手像を見たという人の数は増えてきて、当初はさほど気にしていなかった甥も、ちょっとずつ興味が湧いてきた。

 これまでの話を聞き、目撃されたとされる場所をめぐることもしたが、あいにく会うことはできなかったらしい。

 ただ、目撃者によると千手像の汚れ具合は、どんどんとそのひどさを増している模様。

 向かって左側のみだったのが、やがて右側も。そして正面の身体もまた白く汚れていき、このまま白孔雀がごとき見た目になるのも時間の問題と思われたとか。


 それから何日か経った放課後。

 下校途中の甥は、ついに千手像を拝むことになる。

 通学路途中の信号機。目の前こそ赤だが、あまりにも車どおりがないものだから、信号無視して渡ろうと思った矢先。

 赤く光る信号へ、ぽたりと白いしずくが落ちる。とろりと、粘り気をもって表面を垂れるそれはヨーグルトを想起させ、ふと甥は顔をあげた。

 信号を支える電柱。そのてっぺんから各所へ渡る電線の一角に、話に聞く千手像が鳥の仲間のように、足をかけていたというんだ。


 でも、そこにばかり目を向けてはいられなかった。

 大きな塊が、目前に降ってきた音とともに、横断歩道の白色と黒色の交互に横たわるべき線が、白一緒に埋められてしまっていたからだ。

 そのうえをほどなく、猛然とスピードを上げた一台の車が通り過ぎていく。

 タイヤが触れるや、今度こそびしゃりと大きな音を立てて、白い粘液が道路のそこかしこにまき散らされた。栓をしたまま、たっぷりと中身が入った牛乳パックが、踏みつぶされるのとそっくりだったとか。


 間違いなく、あそこには何かがあった。大人たちの語るイモムシのように、白いものをまき散らす何か。千手像によって、穴を開けられて叩きのめされた何かが。

 そのときからまた、ぱたりと千手像は姿を見せなくなったみたいなんだ。役目を果たした、といわんばかりに。

 千手像は身を潜めている間も、その千の手で次に撃滅するべき獲物を見定めているのかな?

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