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ショートショート集

それは、さよならじゃなくて

作者: 青樹空良

「もう、会えるのは最後だね」


 夕暮れの教室で君は言った。それはそれは、神妙に。

 泣きそうな声で、泣かないように我慢した顔で。

 今にも泣きそうに震えながら、セーラー服の裾をぎゅっと握って。

 その姿があまりにも辛そうで、僕も黙ってしまった。

 僕はそっと手を伸ばす。

 そして、ぽんぽんと軽く彼女の頭を撫でるように叩いた。

 これくらいは今だって許されるだろう。

 部活をしている生徒たちのざわめきが遠く聞こえる。


「だって、もう行っちゃうんでしょ? 明日になったらさよならなんでしょ?」


 彼女はそう、信じてる。


「確かに、ここではね」

「明日になったらいなくなっちゃうんでしょう? そうしたらもう会えなくなるんだよ」

「そうだね、最後だね」


 僕は言う。

 そう、最後だ。


「ねえ、それなら最後にキスくらいしてよ。それくらい、いいでしょう?」


 本当に彼女はしょうがない。


「だから、ダメだって。俺たち、まだ先生と生徒なんだから」

「……バカ」


 彼女が涙目になる。

 そんな顔をされても困る。本当にキスしたくなるから。

 だけど、今はダメだ。

 それに、お別れのキスなんて悲しすぎる。


「もう会えなくなるなら、それくらいしてくれてもいいのに! バカ!」


 とうとう涙目になった彼女は教室を出て行ってしまいそうになる。


「待て、って!」

「なんで!?」


 俺は彼女の腕をつかんで止める。


「誤解だって。まだ、ダメって言っただけだよ」

「え? どういうこと?」


 彼女がきょとんと俺を見上げる。


「ん、そうだな。今はさすがにまずいけど、教育実習終わったらLINE教えるから。そしたら、外で会お」

「……え。先生、生徒には絶対教えないって」

「実習の期間が終われば別。そしたら、俺なんてただの大学生だから」

「あ」

「だからさ、そしたら先生はやめてくれる?」

「……うん!」


 彼女の顔がパッと輝く。


「それからなら、キスなんていくらでもするから。最後の、なんて言わないでさ」

「バカ!」


 今度は彼女が顔を真っ赤にする。自分から言い出したくせに。

 本当は今すぐにでもしたいけど。

 抱きしめてしまいたいけど。

 今は、彼女の幸せそうな笑顔だけで充分だってことにしておこう。


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