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教師の悔恨

作者: 青林

 夢を見た。

 残念ながら、現ナマ、ポーン! うっひゃひゃひゃ!という夢では無い。


 よく昭和の青春ドラマで出てきそうな緑の丘の上に一本の木。眼下には主人公が住んでいるらしい町が見下ろせる。そして、横にはお決まりの角刈り体育会系の熱血教師が座っている。

 ああ、そうかおれはこれからお説教をくらうのか。勘弁して欲しい。会社でも怒られ、夢でもか。空気を読んで体育座りをして、身を縮こませた。叱られ役の中坊はこうして嵐が過ぎ去るのを待つしかない。


 いつもこうだ。親も教師も上司もだ。自分の思い通りにしたがる。思い通りにならないと俺の出来の悪いせいにする。言いたいだけ言うと「お前は、張り合いが無いな。だが、見捨てたりはしないぞ」と、ポンポン背中を叩く。いやいや、見捨ててくれよ、もう頑張りたくないから。そう思っているのに、雨に濡れてしょんぼりしている子犬よろしく「はい、次回は頑張ります」と小声で応えたりする。何故なら本当に捨てられると困るからだ。そんな自分が嫌だけれど仕方がない。飯も食いたい、スマホも布団も必要。あ~あ、宝くじ当たらないかなぁ。


「なぁ、おまえ、投資しとるか?」

「?」

 角刈りの突然の質問。シーンにそぐわない想定外の事態に返事ができない。

「俺はあれが性に合わんのだ。けれど、そういう勉強もしとけば良かった。生徒には苦手な勉強も頑張れって言っといて勝手なものだな」

 角刈りは少し顎を上げて空を見上げた。

「俺はさ、生徒が好きで好きで大好きで、出来のいいのも悪いのもみんな大好きで。幸せになって欲しいって本気で思っていた。この子らの将来が良いものになるための手助けをしているつもりじゃった」

 角刈りの目線の先では渡り鳥がくの字を描いて飛んでいる。その先頭の鳥を見ているのだろう。

「けどな、俺が教えた頑張ればできるとか、努力は報われるとか、そういうのは役に立たなかった。それどころか、彼らを追い詰めてしまった。社会に出て、会社の為、世の中の為、がむしゃらに頑張った彼らの中には、もちろん成功した子もいた。が、何人かは心を病み…」

 角刈りはここで下を向きぐっと下唇をかみしめた。泣きそうな声で、否、本当に泣き出した。

「死んじまった奴もいた…」

 体育座りの膝に顔をうずめ声を殺して肩を震わす。そこで初めて思い出した。ああそうか、ここは俺の生まれた町で彼は刈谷先生だ。

「俺がもっと世間のことがわかっとったら。世の中の狡さやお金の持つ力を理解して教えていたら。あいつは死なずに済んだかもしれん」

 その時、走馬灯が流れた。この試験が終わったら、この入試が終わったら、就活が、企画が、と次々追い立てられ、気が付けば結婚どころか彼女もいない。寂しい子供部屋オジサンの俺。

「ごめんなぁ、お前…」

 刈谷先生の声が遠くなる。体が浮き上がり眼下の町もどんどん小さくなる。


 そんな!俺はこんな、こんな人生だったなんて!

「いやだ!こんなところで死にたくねぇ!!!!!!」


 ガッと目が見開かれた。まだ、心臓がバクバクしている。習慣的に傍らのスマホを開く。LINEのアイコンに二桁越えの数字が見える。

「そうか、死んだのは刈谷先生か…」

 自分に聞かせるようにつぶやいていた。その時夢で最後に言った先生の言葉の続きが聞こえた気がした。

「ごめんなぁ、お前は自分を大事にして幸せになれよ」

「うん、ありがとう先生。俺、会社辞めるよ」

 先生の大きな温かい手が背中を押してくれている。そんな気がした。

 先生の告別式は、何故だか、柔らかく温かな空気に包まれていた。

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