4話
そして何事も無く教室に辿り着き、
「風見おはよ!」
「おはよう晴翔」
俺の席の前であり、涼香の右斜め後ろに座っている男にあいさつをした。
「おはよ、相変わらず渚の家に押し掛けているんだな」
その男の名前は風見晴翔。茶髪で長身の爽やかなイケメンだが、弟としての素質は無い。
「当然だよ。渚が一人暮らしだなんて心配だからね!」
「別に家で何もできない男じゃないだろ。それに毎朝平塚みたいなバ……」
「おい」
「バ?」
「何でもない。馬鹿に世話される程落ちぶれていないって言おうとしただけだ」
「私風見に言われるほど馬鹿じゃないんですけど!?この間の定期考査もう一回比べようか?」
涼香は顔を膨らませて怒りながら反撃をした。
「いや、すまん、俺が悪かった」
するとあっさり晴翔は両手を上げて降参した。
「どんぐりの背比べじゃない?」
確かに晴翔よりも涼香の方が順位は高い。
だけど300人中148位と150位は誤差だと思う。点差も700点満点で3点だけだったし。
「でも私の方が上だからね」
「それもそうだな。馬鹿って言うのは変だな」
「うっせーな。悪いっつってんだろ!」
「分かっているなら良し。今後は私を馬鹿と言わない事」
「分かったよ」
晴翔の反応に満足した涼香は一旦席に荷物を置き、女子グループに話しかけに行った。
「渚、助かった」
涼香が行った事を確認した後、晴翔は俺にそう言った。
「ほんとに気を付けろよ。同級生なんだからな」
「でも事実そうじゃねえか」
「んなわけあるか。まだ16だろうが」
「もう駄目だろ」
あの時、晴翔は涼香を馬鹿と言いかけて止まったわけではない。
本当はババアと言いかけていた。
「このロリコンが」
つまり、晴翔はロリコンなのである。
「ちげえよ。お前らのストライクゾーンが高すぎるんだよ。なんだよ同級生以上って」
「普通そういうもんなんだよ」
「分かんねえな……」
「俺もお前が分からねえよ」
重度のお姉さん好きである俺にとってこいつと女性の好みで分かりあうことはないが、そのお陰で女性関係とかで仲違いすることが無い点は安心だ。
「分からなくて良い。ライバルが増えると困る」
「誰がなるかよ」
ロリコンになる未来だけはあり得ない。
それから間もなくしてホームルームが行われた後、授業が始まった。
「ここはこう計算すれば終わりだ。はい、やれ」
1限目の授業は数学。
解説を冒頭に少しした後、演習問題を解かされるというよくある授業。
普通なら早々に解いてから暇つぶしをする、というのがこのタイプの授業の醍醐味なのだが、
「はい、終わり。正解は~」
解くための時間が最低限過ぎてそんな余裕はない。
「簡単だろ?次行くぞ」
なら問題を解かずにサボっていればいいのでは?となるのだが、
「この問題は佐藤、黒板に書け」
と時々生徒を当ててくる事がある上、この数学教師、身長180cmオーバーな上にヤクザみたいな見た目をしており圧が凄い。
だから皆必死こいて問題を解いているのだ。
当然俺の前に居る晴翔と涼香も必死である。
その様子を俺は楽しく観察していると、
『助けてくれ』
と晴翔が小さく書かれたルーズリーフを小さくたたんで俺にこっそり渡してきた。
別に恨みも無いし助けてやっても良いのだが、晴翔は姉じゃないからなあ……
と渋っていると追加で一枚の紙が。
『テイきゅーぶ!のブルーレイ全巻貸すから!』
どうやら報酬を渡すことで交渉を試みたようだ。
しかし、
『無理だ』
俺はNOを突きつけた。
お前のその報酬、単にそのアニメを語る相手が欲しいだけだろ。
流石に俺でも知っているぞ。ロリコン御用達のスポーツアニメだよな。
俺に地雷を押し付けようとするな。
NOを突きつけられ、期待が外れた晴翔は背中からも分かるくらいに焦っていた。
「次は風見、黒板に答えを書け」
「え」
「良いから書け」
そして偶然にも今回が晴翔の番だった。
「分からないです……」
「あ?後で課題を出すから職員室に来い」
「そんな……」
俺にロリで交渉するなんて愚行を犯すからだ。完全に自業自得である。
「じゃあ代わりに西園寺」
「はい」
代わりに当てられたのは西園寺美香といういかにもお嬢様な女子。
実際にお嬢様らしく、豪邸に住んでいるとかなんとか噂が立っている。
そんな彼女はすらすらと回答を書き上げた。流石テストで毎回学年一位を取っているだけはある。
「正解だ」
「「おおー」」
西園寺の正解に対してクラスの皆から感心の声が上がる。どうやらこの問題は皆には結構難しかったらしい。チェックしておかないとな。
こういう日々の積み重ねが校内順位30位以内を自然に逃すための秘訣なのだ。
以後の授業も、真面目にノートを取りつつ皆が難しいと感じる問題、分野を一つずつチェックしていった。
そして昼休み、
「じゃあ弁当買ってくるわ」
俺はいつものように弁当を買うために教室を出て1階の購買へ向かっていると、
「そこの後輩君」
という凛とした綺麗な声が。
聞き覚えはあるが、多分俺ではないな。購買に急ごう。
「私としては放送で呼び出しても構わないんだけどな」
……やっぱり俺だった。
「えっと、何ですか。志田先輩」