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ムテキノヒト  作者: ざるそば
1/1

滅んだ黄金の国


·····

黄金の国ジパング かつてこの国が呼ばれていた名だ。

13世紀にどこか遠方の国の商人が名付けたらしい。名前の由来は多くの金を生み出し、宮殿や民家は黄金で出来ているからとのことだ。

そのジパングに生まれ現在もそこに住んでいる私は表現の可笑しさとその時代に行ってみたいという願望で笑みが零れてしまう。

黄金の国と呼ばれていた時代、つまり今から800年前は源頼朝という武士が作った鎌倉幕府という大きな政治組織が国の明日を決めていた。当時は武士が握った政権に対して、貴族や天皇が暫し反乱を起こし近隣の外国がこの国に攻め入った。

とても平和な時代とは言えなかったが、遠方の国から見ると未踏の地というだけで輝かしく見えたのかもしれない。

そんな時代から数百年のときが経ったが、今はどうだろうか。まだ輝いているだろうか。

残念ながら私が今名付けるなら、赤色の国ジパングだろう。この国は現在より2年前の2050年に社会的弱者達、所謂「ムテキノヒト」達の反乱により滅びた。現在は複数の政治組織こそあれ、どこも十分に機能していない。そこら辺に死体が転がっていて治安も悪く、女性が1人で歩けるような国ではない。

例えるなら、複数の担任の先生がいて生徒が誰も言うことを聞かない学級崩壊したクラスのようで、先生同士の仲も険悪だ。


元々この国は大きな問題を抱えていた。少子高齢化による働き手の不足、それにより起こる長時間労働。働き応じた給料が支払われない環境、沈静化してく賃金上昇率。これに絶望して海外へ逃亡する職務能力の高い労働者達。この国は逃げることを恥とする美学、皆同一であれという同調圧力、そして同調しない人間を徹底的に排除する村社会という特徴を有していた。勿論そうした同調出来なかった人たちの生活を保護する福祉的な制度もあった。この国は他国よりも経済的弱者に手厚い保障制度があり、仕事もクビになりにくく仕事も探しやすい。所謂生きていき易い国なのだが世間体を危惧して受けない人、そして本当は必要なのに受けられない人も少なくない。制度自体は他国と比べてもしっかりしているものの、その制度を使うことはこの国民のなかでは軽蔑の対象となりうる。

そんな環境であるのでこの国の人間は自ら命を断つものも多いのだが、自ら命を捨てるつもりの人間の中にごく僅かだが命に替えても世の中に一矢報いようとする人たちがいた。

それが「ムテキノヒト」だ。この国では7歳の年度になると学校という教育施設で学問と集団行動を習い、志あるものは高校そして大学等へと進学する。

その後一斉に就職活動という働き場所を探す旅に出るという「生き方モデル」が存在する。そして数ヶ月の旅の後、自分の能力が発揮できる場所で働くのだ。

反乱を起こした彼らはこの国が設定している

「生き方モデル」から外れた者たちだ。

このモデルに適合出来なかった者は適合できた者たちに軽蔑され馬鹿にされ生きていたが、その不平不満やコンプレックスを行動力の源として従来より度々殺人事件や傷害事件を起こした。そして何時しか徒党を組み組織を作り大規模な戦争が始まった。


そして彼らはありとあらゆる武器を使い10年の戦争の末、2050年9月24日に黄金の国を完全に滅ぼした。勿論国も彼らに対して平和的に解決する策を何も講じなかったわけではない。しかし如何なる解決策や懐柔策を講じても、状況が変わらなかった。もしかすると反乱を起こした彼らが最も欲していたのは解決策や懐柔策ではなく、自尊心を満たしてくれるような自分だったのかもしれない。


いずれにせよ、この国がかつてのような平和な国になってくれることを願うばかりだ。

2052年 7月23日 田村 ジョセフ 晋作

·····


「おい、何読んでるんだ? 俺にも見せてくれよ」

ハッと振り向くと3人の男が立っていた。

3メートルほど手前で武器を持ちながらこちらを見ている。どいつもこいつも漫画の悪役のようにニタニタと笑っている。

俺は道の途中に落ちていた紙きれに夢中になって彼らの接近に気づかなかった。

真ん中で立っていた男が口を開く。

「持ってるもの全部置いてけよ。」

「…盗賊か」


俺はとっさに自分の腰に差している刀に手を触れた。

自分が立っているこの場所は荒れ果てた田圃に囲まれた一本道だ。どこを見渡しても遠くには草木が生い茂った緑溢れる森がある。

視認できる範囲に他の盗賊はおろか人っ子一人居ないようだ。

今の世は目の前のような奴らばかりだ。今まで何度も何度も彼らのような連中に遭遇してきた。

彼らは自らの社会的信用や地位も顧みずに、欲望に生に飢えている。勿論俺も例外ではない。

元々大切な物を持っていた俺はこの何も無くなってしまった世の中を憎くも愛していた。

人は何かを持っているより、何も持っていないほうが人間らしく自分らしく生きていけるのかもしれない。


もう今の俺に失うものなど何一つないのだ。





「こいつらの持ち物はこれだけか…」

夕日に照らされ鮮やかな紅に染まった肉片を見て俺は呟く。

俺はこの10年間人殺しと略奪しかしていない。金もなく、職もなく、飯も食えない。

だから全て奪ってきた。相手がどれだけ金を持っていようが社会的地位があろうが殺して奪えば良い。そうしなければ俺は生きてはいけぬのだ。

殺しを罪に問うことがそもそも間違っている。資本主義は弱肉強食。経済的強者が経済的弱者を殺すのは認められるのに、肉体的強者が弱者を殺すのがなぜ駄目なのだろうか。


俺には分からなかった。



この盗賊の仲間達からもあらゆるものを奪っておいたほうがいいだろう。盗賊は彼らだけじゃなく仲間がいるはずだ。彼らを殺せばまたお金と服と食料が手に入る。今日は良い日だ。


そうとなれば、暫くは田圃の端に隠れて待機だ。 もう時期夕日が沈む。徒歩で歩いてきた盗賊たちがうろついているとこを呑気に散歩するやつはいないだろう。拠点もそう遠くない筈だ。

数時間後に盗賊は提灯を持ち帰りが遅い仲間を探す為に探しにくる可能性が高い。彼らの跡をつけて行けば、彼らの拠点を見つけることが出来る。

想像するだけで自分の中から何かが湧き上がってくる。

これは恐らく誰しもが心の奥深くに持つ本能なのかもしれない。

そんなことを考えていた俺は田圃と呼吸を合わせ林檎をかじりながら、新たな盗賊達が来るのを待った。

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