グレートボールズ・オブ・ファイア
ウィルは自分が完璧に飛べないということを自覚していた。
自身の特権を応用した属性特化の形態変化。
そのうち、ルビー、サファイア、ペリドットは、それぞれ御影、トリウィア、フォンの戦闘スタイルを模したもの。
かつてゴーティアとの戦いの時に咄嗟に使った模倣を彼なりに発展させたものだ。
未だ未完成であり、名前すら決まっていない形態変化ではあるものの、その三属性を主体することにより一先ず暫定の形となっている。
勿論、聖国にてアルマが推測した通りワンアクションごとに属性を絶え間なく切り替えた方が戦闘力的には高まるのだろうが。
それでも、ウィルは三つの模倣属性形態を気に入っていた。
例え御影、トリウィア、フォンと一緒に戦っていなくても、一緒に戦っている気がするし、一緒に戦っているのならウィルの≪外典系統≫も相まってお互いの強さは飛躍的に高まる。
それでも―――目指すべき高みはまだ遠いのだが。
究極の名を関するにはまるで足りない。
その上で≪ペリドット≫に関しても完成度が高くない。
フォンのように自在に空を舞うには、何もかもが違い過ぎる。
それは技術であり、経験であり、そもそも骨格や肉体構造の違いだ。
人種、或いは他のどの種族であろうとも鳥人族のように空を己の場とすることはできない。
だから、彼には彼なりの空の飛び方がある。
「ビフレスト、お願いします!」
ウィルは≪龍の都≫の空に身を投げ出した。
眼下に森は広がるが、しかしまだ佇む岩壁を超えることはない。
背にある紋様の翼で加速を生み、同時に戦輪状のビフレストを先行させる。
異なる世界の精霊が宿ったそれには、確かに意思を持つ。
言葉は交わせずとも、ウィルに応えようと半ば自律駆動し、最適行動を取る。
この場合、機動の変更と調整だ。
翼による飛翔は、実の所細かい動きはできない。
だからそれを風輪にて制御するのだ。
「―――!」
真下から攻撃が来た。
本体ウィルの飛行では避けれないタイミングと速度。
だから残る風輪がそれよりも速く疾駆する。
中空に固定され、それが機動変更のためと足場になった。
蹴りつける。
体を捻ることで回避。
地上であれば不安定な体勢だが、ここは空中だ。
風輪がウィルの足元に統べる様に収まり、
「もっと……!」
跳躍のための足場とし、それらの行為を連続させる。
攻撃も同じく連続してきたからだ。
それは三日月状の斬撃だった。
一つ一つがウィルの身長と同じほどの大きさのものが一斉に襲い掛かってくる。
だからウィルは空を掛けた。
背の翼で加速を生み、風輪で軌道を変えて行く。
≪エアリアル≫は常にウィルを中心に旋回し、動きに合わせて彼のための道を作っていった。
空を飛ぶというよりも空を走る動きだ。
「……!」
急制動による機動操作は魔法で軽減してもなお、強烈な荷重をウィルに齎す。
それでも彼は駆けた。
飛来する月閃は絶え間ないが、止まるわけにはいかない。
≪エアリアル≫がウィルの道標だ。
それはアース・ゼロのある歌劇において、主の意のままに働き、仕える風の精霊の名だ。
冠した名前の通り、致命の月光から彼を守る。
いつも、ウィルのために羽ばたいてくれる少女のように。
「――ん」
月閃八つを潜り抜けた瞬間、風輪がそれまでとは違う機動を示した。
ウィルは躊躇わなかった。
「っづ……!」
翼の加速を最大として風輪に跳ぶ。
荷重に苦渋の息が漏れるが構わない。
跳んだ先の風輪は加速に押され空を迸りながら軌道を描いた。
「空中ドリフト……!」
自動車というものに良い思い出がないウィルだが、言っている場合ではない。
ドリフトで描いた弧の中央に、閃撃がぶち抜いたからだ。
「っ!」
「はっ! 兄貴のパクりかよ!」
「いえ貴女のお兄さんなんて知りませんが!」
抗議の声を上げ振り返った先。
何もない中空に、天地逆に着地したアルテミスがいた。
中空に固定された弦糸だ。
ウィルが風輪を足場にするように彼女も自らの能力を用いている。
だが、違いはある。
「はっ――なら、オレの弓から知っておきな!」
アルテミスが身を屈めながら僅かに震えた。
小さく、ギリギリと何かが引き絞られるような音がする。
言うまでもなく彼女の弦糸。
ウィルとの違いは中空固定の仕方だ。
風輪はそれ自体が意思を持ち、自らが中空に留まっている。
対して弦糸が固定されたのは両端のみ。
それ故に糸自体が緊張し、アルテミスがその足場に突っ込めば当然張力が生まれる。
まるで弓矢だと、ウィルは思った。
引き絞られる弓のように。
ならば矢は―――というのは言うまでもない。
「オラァッ!」
アルテミス自身だ。
軽装の上半身とは対照的な重装装備の脚甲。
蹴撃に弦糸を乗せることで衝撃と斬撃、或いは刺突を両立させていた。加え、連続して弦糸を射出台にすることで連続し、累積する加速を生む。
放たれる。
大気をぶち抜き、ソニックウェーブが生まれるのをウィルは見た。
「―――!」
反射的に体が動いた。
それに応じるかのように風輪も。
体を真横に飛ばし、
「遅いなぁ!」
「っ……!」
掠っただけで左肩が浅く裂けた。
地上の時のそれとは殺傷力、速度ともに比べ物にならない。
「それが……本来の戦い方ですか!?」
「バニーなんだからなぁ! そしておめぇはよぉ、こう思ってたんじゃねぇか!?」
アルテミスは水色の髪を棚引かせながら中空に着地。
さらに溜めを作った。
繰り返せば繰り返すほどに速度と威力は加算されていく。
「ヘファイストスをぶちのめしたからオレにも勝てるってよ―――生憎、あいつは裏方! オレみてぇなバトル専門と同じと思ってもらったら困るぜ!」
自らが矢となったアルテミスが縦横無尽に空を弾む。
「そんな油断はしていませんが……!」
そう、油断はしてない。
単純にアルテミスが強いのだ。
加えて、決して本領とは言えない空中戦闘。
加速を蓄積する彼女の動きはウィルの目を以てしても追いつけないほどだった。
「っ!!」
事実、ウィルの視界からアルテミスが消えた。
最早彼はどこにいるか、というものを確認しない。
自律し、次に行くべき場所を示した風輪に従う。
だが、
「遅い―――!」
狩人は、その動きを見据えている。
「月神、即ち狩猟を司る……!」
アルテミス。
ディアナ。
ルナ。
それぞれが月の女神であり、処女の女神であり、魔術の女神であり、同時に狩猟の女神とされ、そして同一視される神性だ。
故に彼女は異世界の概念を術として扱い、獲物を狩る狩人だ。
その凶手ならぬ、凶足に弦糸が集う。
螺旋を描くそれはドリルのようであり、獲物の心臓を撃ち抜く鏃でもある。
突っ走った。
「≪月天神・弓射一刻≫―――!」
●
肉が抉れ、血が飛沫を上げる音をウィルは聞いた。
一際強力なアルテミスの一撃。
命中すればウィルの胸に風穴が開いていただろう。
概ねその通りになった。
ただ、風穴が開いたのは、
「ぬぅぅ……!」
「シュークェさん!」
翼から炎を噴出させ飛び込んできたシュークェだった。
「ちっ……いつまでもしつけぇなお前は……!」
吐き捨てるアルテミスの言葉は、ずっと追われていることではない。
≪弓射一刻≫を放ち、十数メートル離れた辺りに張った糸に着地しながら傷を見る。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ……! ――――復活!」
傷が炎に包まれて、修復された。
シュークェの特性。
尋常ならざる再生力によるものだ。
「フハハハ! 見たかウィル・ストレイト! これこそエウリディーチェ様より賜った≪不死鳥≫の由縁よ!」
「いえ、助かったのはそうなんですけど……っ」
それでも。
無視できないことがあった。
「流石にこれ以上はシュークェさんの体が!」
そう、庇ってもらったのはこれが初めてではない。
ウィルの機動性と速度はアルテミスに劣る。
ある程度は避けられるが限界があり、月の狩人はそれを見逃さない。
そして放たれる必殺の度に、シュークェがウィルを庇っていた。
「ふふふ……! 舐めるなよウィル・ストレイト! このシュークェこの程度で朽ちることなど……ない! 多分なぁ!」
「顔色めちゃくちゃ悪いですけど! 多分じゃなくて大丈夫じゃないですよ!」
「ふん……ん? ……ふっ」
口から零れてきた血に気づき、それを拭いながら男は嗤った。
「構うな、ウィル・ストレイト」
「どうして―――」
「どうして? 愚問だな」
シュークェは翼で空を掴み、アルテミスを睨み付け、
「お前は我等鳥人族の恩人だ」
それに、
「フォンには、お前が必要なのだろう。ならば、このシュークェが命を懸け守るのには十分だ」
「――――それは」
「それに、肉盾は出来てもおそらく相性的に倒せんからな。まぁある程度の手傷くらいは負わせて見せよう」
意気揚々と不死鳥は笑う。
再生しようとも蓄積するダメージにも、身を蝕む呪いも構わずに。
そして、
「さぁ行くぞ、我が不死の炎を焼きつけるがいい!」
行った。
●
シュークェは己の翼から炎を放出した。
羽ばたいて飛ぶのではなく、翼を加速器として推進力を進むシュークェにとって、それは攻撃と同義だ。
双翼の付け根から強く炎を吹き出し、外側にて軌道制御を行う。
それによる飛翔の加速を、そのまま拳に乗せて打ち出すのだ。
「ホアチャーッ!」
「暑苦しいぜほんとによぉ!」
苛立たしげにアルテミスは宙を跳ねて避け、それをシュークェも追う。
「フン……! 言われるまでもない――――よく故郷で言われたからな!」
「威張っていいのかよそりゃあってうお!」
言われたのだから仕方ない。
途中でアルテミスの言葉が途切れたのはウィルが彼女のツッコミの隙間を縫う様に風輪を放ったからだ。
風輪が三つ寄り合って回転する手裏剣のような攻撃だ。
上手いのは彼女に回避されたとしても、弦糸を断ち切って動きのテンポをずらしている。
流石だなと思った。
そして、それでいいとも。
「あぁ、そうだ―――。このシュークェは、これでいい……!」
●
シュークェは思う。
自分はいつだって鬱陶しがられていたなと。
故郷ではそうだった。
飛ぶという鳥人族の本能への向き合い方の折り合いが悪く、故郷を飛び出し放浪していた時もそうだ。
暑苦しいとかよく言われた。
翼から出るから仕方ないだろうと言っても、微妙な顔をされたのでそういうことではないらしい。
良く分からない。
久しぶりにあったフォンもそうだった。
数年ぶりにあった親戚の少女は成長して、
「よもや奴隷とはな……!」
「アァ!?」
大丈夫なのだろうかと思った。
思ってウィルに喧嘩を売った。
そして結論から言えば大丈夫だったのだ。
カルメン・イザベラは彼を中心に強い絆があると言った。
天津院御影はフォンのためなら命を懸けられると行動した。
ウィルも今、そうしている。
自分には無い繋がりだ。
故郷で誰よりも自由に空を飛んでいた少女は、遠い所へ行ってしまった。
いや、近いと思っていたのは自分だけだったが。
それもまぁいいだろう。
そういうこともある。
別に傷ついてない。
勘違いを訂正されることもよくあるのでそこに迷いや躊躇いもない。
迷っているのはフォンの方だ。
その上で彼女のこれからに必要なのはウィルたちだ。
「ならば……是非も無し!」
兄でも許嫁でも親戚でも家族でもなかったけれど。
それでも故郷を同じくした。
同じ空の中にいた。
自由に笑う彼女の笑顔を見た。
きっとその表情をシュークェは気に入っていたのだ。
いつか嫁に貰おうと思うくらいには。
その笑顔にウィルが必要ならば、
「燃えろ、我が魂……!」
仙術とは、己という存在を通して神に通じる技だ。
即ち、自らの根底を見つめ、語り合うということ。
そういうものだとシュークェは認識している。
細かい理論はエウリディーチェから聞いたが良く分からなかったので忘れた。
「おおっ……!」
大気を燃やしながら、轟音と共にシュークェは飛ぶ。
「死ぬ気かてめぇ!」
「愚問、我は不死鳥!」
迫る月閃を避けはしない。
再生力と推進力任せに突き進む。
鳥殺しの呪いは込められており、受ける度に筆舌に尽くしがたい痛みと脱力感が襲うが、仙術による再生がそれを消し、さらに呪いが来て無視をするというサイクルを引き起こす。
全て無視した。
「不死鳥とは、何度でも蘇るのだ……!」
傷を受け、それを塞ぐために炎が全身を覆う。
夜空を巡る彗星のようにであり。
自ら燃える火の玉のようであり。
彼の言葉通りに不死鳥のようでもあった。
止まらない。
止まる気もない。
「仙凰・絶招―――!」
そして吠えた。
仙術の奥義を。
己の推進力をそのままぶつける、ただそれだけ。しかし最も強力なそれを。
自己という世界を燃やし飛翔する炎の翼。
「―――――≪三界火翼≫ッ!!」
●
「シュークェさん!」
ジェットエンジンのような轟音と炎と共に突っ込んだシュークェに、ウィルは声を上げた。
それはこれまでとは格が違った。
おそらくウィルたちにとっては≪究極魔法≫に匹敵するものであり、亜人連合では種族特性を最大限生かした≪絶招≫と呼ばれるもの。
雪空に炎の花が咲いていた。
叫んだ思いは二つだ。
捨て身染みた特攻に対して無事なのかという心配。
もう一つは少しだけ非難があった。
アルテミスの攻撃からシュークェが庇い、ウィルが隙をついて攻撃する。示し合わせたわけではないがそういう構図があった。
だが、今の≪絶招≫はウィルの援護も追撃も想定していなかった。
彼が言った通り。
鳥殺しの呪いがある故、倒れる前に傷を残そうとしたのだ。
それは―――ダメだ。
彼の献身は、しかし犠牲だ。
そんなことを、ウィルは認めない。
認めたくない。
ウィル・ストレイトとはそういう人間なのだ。
シュークェと仲が良いわけではないけれど。
それでも彼がフォンの心配をしていたのは知っているから。
「…………シュークェさん!」
「――――――――うるせぇな」
「!」
声があった。
爆炎の余韻が晴れていく中から。
現れたのは―――健在のアルテミスだった。
彼女、1人だけ。
シュークェの姿は、ない。
「っ……!」
「流石に今のはやばかったが、残念だったなぁ」
深い傷はなく、あるのは身体に纏わりついた煤くらい。
それを払いながら彼女は嗤った。
払う手に、漢字を崩したような文字が浮かんでいる。
「≪火鼠衣≫。龍を相手にするんだぜ? 兄貴は≪バルムンク≫だけで良いと思ったらしいけどな。オレはこう見えて準備は過剰にするタイプだ。そりゃ対策するだろ、炎くらい」
≪火鼠衣≫。
それはアースゼロの日本において現存する最古とされる物語で描かれる物だ。
曰く、その皮衣は炎の中にあっても燃えず輝くという。
彼女が使ったのはそれを再現した概念術式。
対火性能だけに割り切ったものは、しかしシュークェの≪絶招≫から身を守っていた。
アルテミスとは狩猟の神であり、処女の神であり、月の神であり――――魔術の神だ。
それを示すかの如く、彼女は多種多様な、それぞれに対する専用術式を携えていた。
「さぁ―――僚機は落ちたぜ。後は次はアンタだ」
シュークェ
自分が思ったよりフォンとの関係は薄かったけれど。
それでも彼女が笑えるならそれでよかったのだ。
間男三銃士、最後の1人に相応しい男になれたでしょうか。




