ウィー・ウィル・ロック・ユー
王国高級街の一角に張られた結界の中。
その境界ギリギリのある建物の屋根の上。
「全ての神はローマに通ず……全ての道はローマに通ずのもじりか。ヘファイストスがウルカヌス……ふぅん。ギリシャからのローマ神話かね。それは……ふむ」
「蛸か……懐かしいな。茶で茹でてやると柔らかくなって美味いんだよな。生で刺身にしても良いが」
「え? あんな生物食べるの? しかも生で? ほんとに正気?」
アルマ、御影、フォンの3人は並んで遠く、ウィルとトリウィアの戦いを眺めながら喋っていた。
3人とも制服ではなく、それぞれの戦闘装束であり、御影を背後に突き刺した大戦斧もあり、戦闘自体はいつでも可能な装備ではあるが、会話からはその様子はなかった。
「ん」
ふと、アルマが振り向く。
視線の先にいたのは、
「………………お前たちは、何をしている?」
「おや、マキナ」
「おっ。この前の舞台振りか。簡単な挨拶しかしてなかったが」
「どもー。……ってうわ、何そのシャツ」
「脳髄Tだ。着るか?」
「え、やだ」
「残念。それはそうと、改めて婚約おめでとうございます」
「おぉ、これはどうもどうも」
「あとアルマ! 屋根の下に足を投げ出すんじゃあない! はしたないわよ! パパさん許しませんわ!」
「誰がパパだ! あとなんかもうパパなのかママなのか分からんことになってるぞ!」
お決まりのやりとりをこなし、御影とフォンからそうだったのか……という顔をされ、アルマはしっかりと訂正することを決めて。
マキナ、遠くウィル達に視線を向ける。
「こうしている、ということはだ。加勢する気はないと?」
「そうだね」
アルマは小さく顎を上げながら同じように視線を向けた。
訝しむようなマキナに反応したのはフォンだ。
「ほら、やっぱ助けに行った方がいいんじゃないかなー。そりゃ主たちが負けるとは思わないけど、ここで見てるだけってのもなんだかなーって感じだよ?」
「そう言うな、フォン」
その豊満な胸の下で腕を組み、支えつつ御影が笑う。
「無粋だろう、それは。今回の一件、先輩殿が裏から手を回していたんだ。なら、最後までやってやらせてやればいい」
「そんなもん?」
「うむ。それに、私なら」
琥珀の目が細められる。
その先は、揃いの恰好で並び立つウィルとトリウィア。
「あれに横やりを入れられるのはごめん被る」
「御影の私だったらはほんとに御影だけなんだよね……」
「わはは! こいつ、言うようになったな!」
「うわちょ、頭を胸で挟むなぁー!」
「………………アルマ?」
「御影の言う通りだ」
彼女は肩を竦めてからマキナに言われた通りに立ち上がり、
「色々バックアップはしたが、トリウィアの想定の最悪がトントン拍子に進んでいる。ここまでこれば彼女にやらせればいいさ」
「だが、D・E関連だ。アルマが手を出さなくていいのか」
「ふむ」
アルマは一度息を吐き苦笑した。
「必要ならいくらでもするし、いつでも手を出せる様に今だってしているが――――アレ、要らないでしょ」
●
秋雨が明けた空、晴天の下に二人と一人は対峙する。
「揃ったところでェッッ―――!」
八腕が蠢く。
伸縮さえ自在なその腕は振り下ろされ、瓦を砕きながら握りこんだ。
瓦礫は手の中で即座にキューブに変貌し、再構成されて新たな形を生む。
二本づつ、四対の腕がそれぞれが握りこんだのは、
「ガトリングを教えてあげる……!」
この世界では未だ設計すら生まれていない六本の銃身を携えた小型機関銃。
秒関数千発の鉄火の暴力が四つ。
人が受ければ痛みすら感じる間もなくバラバラになるだろう。
即座に引き金が引かれる。
蠢く触腕は全て強靭な筋線維であり、反動は軟体的な体が吸収し、一秒後に訪れる暴虐の結果を待ち望む。
そしてそれは実行された。
銃撃の雨はわずか数秒、宿の屋根どころか最上階を爆砕させ、粉塵を舞わせる。
転生者であるウィルはそれを知っているだろう。
だが、アース111の人間であるトリウィアはそれを知らない。
この世界の火器原則を大いに上回る故に、対処をしきれないということは明白だ。
「――――?」
だがその破壊の中には。
人から流れるはずの赤い血は全くなかった。
破壊と暴虐はしかし建物を砕くに終わり、
「―――大したものですね。その技術は」
「!?」
声は、背後から。
振り返り、
「がっ―――――!?」
顔面と胸部。
トリウィアの蹴りとウィルの掌底が叩き込まれた。
体が浮き、一瞬吹き飛び、
「逃がしませんよ」
彼女の胴体にいつの間にか変形していた刃鞭が巻き付き、引き込まれた。
本来、体に纏う粘液が刃や拘束を無視するはずだが、直前のウィルの掌底による衝撃がそれを吹き飛ばしていた。実際、顔面への蹴りも吹き飛びはしたがダメージはなかった。
「―――ハァ!」
だからこそ、引き戻された顔面にぶち込まれた、待ち構えていたかのように繰り出されるウィルの足刀の威力は十全に通った。
「ぶべっ……!?」
上がる汚い声。
「女性を足蹴にするのは気が引けるんですが―――」
「――――貴女のせいで実に面倒なことをさせられたので仕方ないでしょう」
頭から屋根床にめり込み、その声がどちらのものなのか聞き取れなかった。
ただその瞬間、彼女の頭を占めていたことは一つ。
「よくも、私の顔をおォォォ――――!」
吠え、めり込んだままに触腕を屋根に叩きつける。
そして、高級宿全てを丸ごとキューブに変換した。
●
「……何を言うかと思えばそれですか」
呆れつつ、トリウィアとウィルはぬかるんだ地面に着地する。
五階建ての建物丸ごと変換したが、先刻の雨による水は適応外らしかった。
酒倉や調理室も巻き込んだのだろうか、いくつかの液体の、特にアルコールの匂いも漂っている。
宿屋の礎ごと消え去り、晒された泥を踏みしめる。
「まぁ美人なのは確かですけど。……何同意してるんですか後輩君」
「……いえ、客観的にぼんやり思っただけです。先輩が言ったんじゃないですか」
「そこは」
「先輩の方が御綺麗ですよ」
「…………いいでしょう」
「何を妙な会話を!」
彼女が四本づつの腕を使って握っていたのは二本のハンマーだった。
先ほどよりも数は減ったが、それは宿丸ごと圧縮した超密度の鉄槌。
振り下ろせば人間なんて簡単にひき肉になる。
「どうやって避けたかは知れないけど、銃がダメなら直接ぶちのめしてあげる……!」
「できもしないことしか言えないのですか?」
「ぶっ殺す!!」
八腕双鎚が迫る。超高密度、数トンはあるであろうそれを腕四本で持ち上げるのは流石と言える。
「でも――」
「――それだけ」
二つの口で、一つの言葉。
揃った足並みで一歩踏み出した。
そしてウィル・ストレイトとトリウィア・フロネシスのダンスが始まる。
ウィルは再び無手掌底。トリウィアは双剣に。
ヘファイストスを中心にして彼女の破壊を流れる水のように二人は受け流す。
「――――あはっ」
僅かでも掠めれば、死ぬであろう状況においてしかしトリウィアから笑みがこぼれた。
だって、今この状況があまりにも未知で、楽しくて、幸福だったから。
その気持ちがウィルと同じだと解ったから。
『≪外典系統≫・|我ら、七つの音階を調べ合おう 《 ἀ ν δ ρ ε ί α ・ σ υ μ φ ω ν - ί α 》』
言うなればそれは『調和』であり『共鳴』だ。
アンドレイア家の直系として素質を秘め、ディートハリス・アンドレイアの外典系統を受けたことによって覚醒したウィル・ストレイトの外典系統。
即ち、彼にとって大切な、幸福と定めた相手との意識共有。
対応する相手は天津院御影、フォン、アルマ・スぺイシア、そしてトリウィア・フロネシス。
「――――」
頬の緩みが抑えられないし、思わず顔が火照る。
今、何考えているか全てお互いに伝わってしまっているから。
彼が自分を幸福と定めてくれたことが嬉しくて、その嬉しさが彼に伝わっていることが照れくさくて。
今トリウィアはウィルの全てを知ることができた。
でも、なぜだろう。
不思議だな。
あれだけ知りたいと思っていたのに。
いつもなら、知ってしまえば満足してたのに。
なぜか満足できなくて。
これ以上ないはずなのに知りたくて。
知れなくても、それはそれでいいのかな、なんて思ってしまって。
知らなかった。
「知りたい」の先に、こんなものがあるなんて。
ただ、彼と溶け合ったこの瞬間があまりにも暖かい想いに溢れていた。
この思考も全て筒抜けなのに、やっぱりそれでいいかなとか思っている。
彼に婚約を持ちかけたのは失敗というのは後から気づいたが、成功の方法はあまりにも簡単だった。
全く本当に自分は要領が悪い。
何度も失敗しないと成功に辿りつけないのだ。
「――あはは」
「……ふふっ」
二つの蒼と黒の視線が交わり、トリウィアは笑い、ウィルも苦笑する。
「何を気持ち悪い笑いを……!」
それに挟まれてたまったものではないのはヘファイストスだ。
当たれば肉塊に変えられるのに。
八本の腕を使っているはずなのに。
至近距離で立ち回りながら、何度振るっても当たらない。
意味が解らない。
そして、どうしていいのかヘファイストスには解らなかった。
一心双体となった二人への対処方法なんて解らない。
解らないということは。
知らないということだ。
「今すぐにそのニヤケ面をぶち壊して……!」
「あぁ、まだそんなことを言ってるんですか―――貴女はもう、終わりですよ」
「っなにを―――――!」
何度目かの叫び。
そして答えはすぐに表れた。
ウィルとトリウィアが同時に離れ、
「!?」
幾筋もの水流がヘファイストスを包み込んだ。
それら彼女に纏わりつき、粘液を剥がし、巨大な水球となって包み込み、浮かんでいく。
「がぼっ……!」
≪鐵鋌鎬銑≫は――――発動しない。
それをウィルとトリウィアは知っていた。
「それは、固体にしか適応されない。宿を丸ごと変換したのに、液体は変わっていない。単純な、観察眼ですね」
水球は二つ、リボンのように繋がる場所があった。
トリウィアの銃と、いつの間にか手渡され握っていたウィルの銃、それぞれの銃口。
ウィルの右手とトリウィアの左手。
そして空いた手は、
「――――」
まず五本の指同士が触れ合った。
「さぁ、ウィル君。私たちで―――」
「――――あっと言わせて見せましょうか」
それから指を絡め合い、握りしめ、
『――――共鳴魔法!』
銃を水球に囚われたヘファイストスへと突き付ける。
ウィルの外典系統による恩恵は意識共有だけではなかった。
互いの魔法の融合。
溶け合う蒼と黒は究極魔法にも劣らない。
蒼と黒の衣がはためき、言葉が重なる。
『蒼き深淵よ! 深き知性よ!』
十字架の双眸が、輝いた。
『≪十字刻みし蒼玉の叡智≫―――――!』
引き金を引く。
繋がれた水が溢れ、螺旋となって水球に届く。
最早身動き一つ取れない水圧にヘファイストスは飲まれ、
「―――!」
二人はそれぞれの銃を真横に引いた。
刹那、圧縮された膨大な水量が爆散する。
超圧縮からの解放。爆散による衝撃。
後に残ったのは二つ。
空の色を反射する一面の水浸し。
その中央、人の姿に戻り―――スーツは破けていたので全裸―――気絶し、倒れたヘファイストス。
「……見てはダメですよ、後輩君」
「あ、はい」
完全に伸びた肢体を見て、トリウィアは少し考えて、
「まぁこれでいいでしょう」
「………………なんだかなぁ」
適当に首から下を泥で埋めた。
なんとも惨めな姿だ。
「ふぅ…………やれやれ。やっと終わりましたね」
「ほんとですよ。先輩には後で話がありますから」
「えぇ、解っています。……私も話したいことがありますから」
そう言って、笑みをこぼしつつ、彼女は煙草を取り出した。
箱が防水にでもなっていたのだろうが、かなり濡れたのにも関わらず渇いている。
「後輩君は」
「あぁ……貰います」
首を傾げながら微笑む彼に、手渡し、そして一歩近づく。
魔法で手早く自分の煙草に火をつけつつ、彼女は当然のように顎を上げた。
彼もやはり当然のように身をかがめ、
「―――」
二つの煙草が触れ合い、熱を灯す。
反射する水面が空の蒼さと煌めく虹と共に、その灯りを映していた。
シガーキスってえっちですよね(3回目
『≪外典系統≫・|我ら、七つの音階を調べ合おう 《 ἀ ν δ ρ ε ί α ・ σ υ μ φ ω ν - ί α 》』
ウィルが幸福と定めた相手との意識共有、および魔法の融合。
戦闘スタイルや魔法の模倣により完璧なコンビネーションを生む。
≪十字刻みし蒼玉の叡智≫
膨大な水流で相手を拘束後、宣言による圧縮、それからの爆散。
溺殺、圧殺、爆殺の三段重ねなのだが、今回は加減された模様。
名前はトリウィア考案。
ウィル
先輩の方がキレイですよ
トリウィア
知りたいの先を知ることができた
宣伝ですが、配信勇者ちゃんのスピンオフを始めました。中編予定。
https://syosetu.org/novel/302398/
無垢な水連と穢れた泥のお話。
これだけで独立していますが、こっち読んでから読むと色々楽しめることもあるかと思いますので、よろしければこちらもお楽しみください。
配信勇者ちゃんのオネショタ。
>1の相手がロリババアと思うとなんかおもろいですね。
先輩編は次でおしまいです




