アンサー・タイム
トリウィアが吐き出した白い煙が部屋の中に漂う。
「ふぅぅ……」
「……っ」
ヘファイストスは身体に魔法の鎖で拘束されて床に跪き、トリウィアはその正面で足を組み椅子に座っていた。
背後、ウィルがディートハリスを介抱しているが、ヘファイストスはその様子を確認する余裕はなかった。
「……っどこ、から」
「ふむ」
問いに、彼女は小さく頷き、
「いつから幻術だったかといえば、あの心中まがいの直前。水煙を上げたところからですね。或いは、いつから貴方を疑っていたかと言えば最初から。根本的にどこから間違えていたかといえば」
彼女は肩を竦めて言う。
「貴女は、この世界の人間を舐め過ぎましたね」
「――――はぁ!? な、なにを……! いえ、最初から!? あの時、なにも……!」
「えぇ。商談自体はまっとうでした。正確に言うと違和感を覚えた時ですね。貴方が見せてくれた打鍵印字機―――あれ、別の世界の技術をこの世界の魔法で再現したものでしょう?」
「……!」
ヘファイストスの顔色が変わる。
「正確にどうやったのかは分かりませんが、別のアースそのままだとアルマさんが気づきますしね。やはり再現というべきでしょう。後輩君で、術式さえ組めれば別世界の技術を系統魔法で再現できるというのはとっくに証明されています」
ウィルの≪全ての鍵≫のように。
ヘファイストスの≪鐵鋌鎬銑≫もまた同じだ。
「それにここ最近しばらくアルマさんからマルチバースの力を教えてもらっていたので、一目見て、アレが別の世界技術の魔法で作られたと気づいたわけです。だから言ったでしょう?」
『《《再現するべきはこちらでは》》』
「―――ぁ」
言葉を思い出す。
量産ではなく、再現と彼女は言った。
違和感はあった。けれどその後の彼女の長文の独り言と怒涛の質問責めで忘れてしまった。
いや、しかし、
「それだけで!?」
「まさか。これに気づいた時は別に敵だと思いませんでしたよ。転移なのか転生なのかは知りませんが、普通に貴方もそういう人なのかと思っただけです。そういう人が多くいることを私は知りましたし、後輩君やアルマさん以外にこの世界にいても全くおかしくない」
ただ、
「小さな違和感はありました。例えば……そうですね。貴方の爪。整えて伸ばされていますね。それでディートハリスさんを麻痺させたんでしょうが」
そもそも、
「あんな打鍵印字機を作る様な職人が、そんなに爪を伸ばすわけがないでしょう。手に油染みも傷もない、それはただの女の手です」
肉感的な妖艶の女。
髪からつま先まで、男を誘惑するような彼女がそんな傷を残すわけがない。
商人としては良いだろう。
だけど彼女は打鍵印字機を自分で作ったと言っていたが、手を見ると違和感がある。
「これも違和感程度ですが、私が明確に疑ったのは商談の最後ですね。貴方は最後に私にある要求をした」
それは、
「年明け。私の通年発表が終えたら一時的にも帝国に戻ってきてほしい―――ってやつですね」
魔法書普及の研究のために研究員として学園に滞在している彼女には当然定期的な報告会がある。
研究員の試験は年末だったし、細かい報告会はあるが大きなものとしては年末、建国祭の前。
ヘファイストスの要求は、それが終われば帝国に帰還というものであり、
「ここが、謎だったんですよね」
「それはちゃんと説明したでしょう……?」
「えぇ。諸々の施設の確認というものでしたね。しかしディートハリスさんからは婚約が成立しても卒業まで帰ってこなくていいと最初に聞いてました。なのに、彼の後援を受けている貴方がその意図に反する? 事業としての必要性? まさか、それよりも七大貴族である彼の機嫌を損ねることの方が大きい。むしろ、普及のための準備はどうせ簡単には終わらないですから。やはり商談の一つにいれるのは僅かな疑問が残る。態々私を帝国に呼び出して何がしたいのかわからない」
だとしたら、
「私を帝国に戻したいのではなく―――――《《私を王国から引き離したい》》?」
「――――」
目が、見開かれた。
端正な顔が青く染まる。
図星だと、言わんばかりに。
「となるとまぁ……あまりいい予想はしませんよね。別のアースの技術を持ち、明確な嘘をつき、なおかつ私を一定期間王国から引き離したいのなら。――――その間に、何かをやらかすつもりなのでは?」
仮にそうだとしたら、トリウィアを王国から追い出したい理由なんて簡単だ。
先ほどのウィルとの戦いがそれを証明している。
アース111最強の女。
それがいては邪魔になることをする。
「―――かもしれない。だから、調べました」
「…………なに、を?」
「貴女を。ヴァルカン商会を。どんな活動をして、どんな取引をして、どんなものを売ってたのか」
「そんなことできるわけがない! ここは帝国じゃない、王国よ!?」
「アホですか。帝国の商会ギルドに載っているなら、ギルドが発行する年鑑に記録はあります。それなら王国内の帝国領事館にだってあります。私が知りたがりなので、色々帝国の情報を送ってくれますしね」
その話を聞いてウィルはあることを思い出した。
王城のパーティーの時、トリウィアは挨拶をしなければならないと姿を消したタイミングがあった。
社交界嫌いの彼女が態々相手をしなければならない相手。
つまり、王国内の帝国関係者。
大戦以降、各国の親交は深まり、特に王国は学園がある都合上各国関係者は領事館として存在していた。
「なので、まずは公式なヴァルカン商会の売り上げの確認をしました。勿論それだけでは分からなかったので――――お母様に聞きました」
「……?」
母親に聞く、という言葉に彼女は困惑した。
「やれやれ」
対し、むしろトリウィアは呆れたように肩を竦めた。
「帝国におけるフロネシス家の役割を、知らないわけではないでしょう」
ヴィンター帝国七大貴族、フロネシス家。
七大貴族には明確な役割がある。
アンドレイア家は軍務。
デュカイオス家は治安維持。
ソフロシュネ家は司法。
フィスティス家は宗教。
アガーフェ家は医療。
エルフィース家は教育。
そして、
「《《フロネシス家は貴族社会の監視と抑制》》」
ウィルは付いていけているだろうか。
いい感じにかっこよく、例の掲示板とかで解説をしてほしい。
「何分、貴族というものは冗談のように金を使います。日々の生活に掛かる費用だけで平民が何か月、或いは年単位で暮らせるでしょうね。概ね帝国の貴族はそれぞれの領地から税金を徴収していますが、貴族が遊べば遊ぶほど、財源は税金に負担されることになる」
貴族の金の使い方と稼ぎ方なんて上げて行けば切りがない。
皇帝という絶対者がいるが、彼が全ての法律を作るわけではなく、名家のしかるべき教育を受けたものが帝国の為に法律を作り、そして当然のように貴族の為の法律を作り始める。
もしもそこに箍がなかったら。
平民から財を搾り取れるだけ搾り取るというシステムが生まれてしまうのだ。
実際にヴィンター帝国では300年ほど前にそれで国が崩壊しかけた。
貴族の為の国となってしまった帝国は、際限なく税を搾り取り、それを貴族は消費し、物価は冗談のように上昇し、平民は飢え、生活がままならなくなった。
食べるものがあるのに、物価が高すぎて買えないという状況があったという。
場合によってはそのまま国が力尽きるか、革命だって起きただろう。
実際、アース・ゼロでは18世紀のフランスで似たような状況に陥り、革命が勃発したのだが。
アース111の場合、破綻直前に即位した皇帝が物理的にめっぽう強く、粛清を繰り返して事なきを得たのだが。
その際、力を貸したのが当時は帝国内の歴史を記録していたフロネシス家であり、それによってフロネシス家は大貴族となった。
トリウィアの先祖はまだ腐敗していなかった貴族らを選出し、それぞれの家に役目を割り振り、それが今日の七大貴族の原型である。
「なので、フロネシス家の役割は変わらず帝国内の全ての貴族の財源を管理・監視し、横領や改竄がないかを調べ、見つけたら皇帝陛下に奏上する。全ての貴族は財源をフロネシス家に報告する義務がある。だから私の家は他の貴族から疎まれているわけですが……私はそれを見て過ごし、母も当然のように全てを把握している」
「…………」
ヘファイストスの額に汗が滲む。
全てと言ったのなら、
「帝国で商売をするなら貴族と関わらないのは不可能です。なのに、《《母はヴァルカン商会の名前を知らなかった》》。つまり貴女は実際に取引をしたわけではなく、商会ギルドの誰かしらに情報を改竄してもらっただけ」
「そんな……のは! 貴女の母が忘れていただけではなくて!?」
「ありえませんね。《《私の母親ですよ》》?」
断言されて、ぐうの音も出なかった。
世界最高の才女、その母親。
彼女が品種改良の最高傑作だとしたら。その母親もまたそれに近い性能を持っていても不思議ではないのだ。
「ついでに学園内には帝国の商会ギルドの重役の子供もいますしね。そちらの方々にも聞いたが誰も知らない。1年生にはアルマさんが直前にディートハリスさんについて聞きまわってたので不思議そうな顔されましたけどね」
この一週間はその裏付けに時間をかけてしまった。
去年フォンの一件でエルフ族の歴史を調べた時よりは楽だったもののそのせいで、ウィルとゆっくり話せなかったのだが。
なにはともあれ。
「さっき言った三つに加え、名前だけしかない商会。これで疑念は4つ。――――いいえ、まだありますね。ヘファイストス・ヴァルカン。ゼウィス・オリンフォス、ゴーティアの支援を受けたもの。おや、異世界の技術と繋がってしまいますね。何か言うことは?」
「…………っ」
何も、言えない。
そもそも≪鐵鋌鎬銑≫を看破されたのが想定外であるし、記憶力と調査だけで商会が架空のものだと判断するなんて。
そんなことを、彼女は全く想像しなかった。
「……えぇと、先輩」
「はい、なんでしょうか後輩君」
「だとしたら……僕と戦ったのは。今の流れからは、あんまり関係ない気がするんですけど」
「あぁ」
頷き、彼女はいつの間にか短くなっていた煙草を携帯灰皿に捨てる。
新しい一本を咥え、今度は自分で魔法で火を点けた。
再び、紫煙が漂う。
「疑念を上げましたが、この段階ではただの疑念だったんですよね。確実に黒だと断ずるにはより詳細な調査が必要になり、それには時間が足りない。私の考えすぎかもしれない。となると、明確な反応がいるわけですが」
だから彼女は考えた。
仮定に仮定を重ねて。
いつも新しい知識を調べようとする時のように。
彼女がゴーティア、魔族信仰派で、自分やウィル、アルマたちの敵だとしたら。
「なので、あえて貴女が喜ぶようなことをしてみました」
即ちそれは、望み通り自分が消えるようなことで、
「その為の後輩君との決闘ですね。例によって最近学園に変な鳥がいて、調べたらやはり打鍵印字機と同じ術式を使っていたし、王都を日々飛ぶフォンさんも見たことない鳥だと言っていて、アルマさんもそれが別の場所に映像を送っていると確認してくれました」
「…………ん?」
ふとウィルが声を上げた。
その言い方に気になるものがあったから。
「後は見た通りですね。《《後輩君に対して婚約なんて望まないけど仕方ない》》、なんて言い方をしたら、黙っていられないのは解っていました。そういう人ですからね。いきなり戦いをけしかても戸惑うでしょうけど、アルマさんが背中を押してくれるのなら戦ってくれると思いましたし、その通りになりました」
「あ、あの先輩!?」
「はい」
「その言い方だとアルマさんとフォンには話を通していたって感じなんですけど!?」
「はい。なんなら生徒会の面子とアレス君には言っておきました。先生方にも模擬戦は申請していましたし。だってそうじゃないとあんな戦いしたら止められるじゃないですか」
「……………………」
ウィルの頬が引きつる。
つまりそれは、
「なにも知らなかったの、僕だけ……ってことですか?」
「はい」
「……ひ、一言言ってくれても」
「後輩君、嘘苦手でしょう。先に言われて真面目に戦えました?」
「……………………」
何も言い返せなかった。
ウィル・ストレイト。
誰よりも真っすぐ故に、彼は嘘も我慢も苦手だ。
「じゃあ、さっきの戦いをしかけたのは、僕の我がままを止めようとしたんじゃなくて……」
「はい。私の婚約の問題は、全く別ですし」
そっちは、《《どうにかする方法をもう考えてある》》。
そして彼女はやれやれと肩を竦めて息を吐いた。
「全く―――――私が本当に、知識欲だけで君に究極魔法をぶっ放して、殺し合い紛いの戦いをするとでも?」
「えっ」
「えっ」
「……ぇっ」
「……………………え?」
上からウィル、ヘファイストス、まだマヒしたままのディートハリス、そしてトリウィアである。
しばらく、微妙な空気が流れ、
「後で後輩君には個人的にお話があります」
「…………あ、はい。…………はぃ」
全く、実に心外である。
そりゃあ確かに、自分を知ろうとしてくれる彼に興奮しちゃって、必要以上の戦いをして、途中から本気だったけれど。
「そんな……頭、おかしいんじゃないの、貴女……」
「失礼ですね。誰のせいでこんなことになったと思っているんですか」
「あの戦いで、そのウィル・ストレイトを本当に殺したらどうするつもりだったの!?」
「は? 私の後輩君が簡単に死ぬわけがないんですが? 馬鹿にしてます?」
過去最速の早口だった。
ヘファイストスもウィルも頬を引きつらせる。
ディートハリスも反応をしたかったが、麻痺から回復していなかったので体を痙攣させるだけだった。
「話を戻しますが。監視をアルマさんに逆探知してもらって、反応をこっちも見て、楽しそうに笑ってる上に、ディートハリスさんに毒を打ったとこまで見たので途中で戦いを切り上げて、幻術を張って、アルマさんに転移してもらったら案の定貴方が明らかに背中を震わして笑ってたので銃を突きつけた―――というわけです。いや、流石アルマさんですね。また力を借りてしまいました」
「……あの、幻術は。ドローンみたいな機械を、幻覚でだませるはずが……」
「ふむ? ドローン? 気になりますが……」
言葉と共に彼女はヘファイストスに銃口を再び向ける。
そして、煙草を挟んだ指でリボルバーを弾き、回転させて。
――――銃口に白い火花が散った。
「《《アカシック・ライト》》」
それは現実を改変するマルチバースに通じる力。
アルマ・スぺイシアから直接学び、数週間前にその感覚を覚え、
「幻術だけ習得しました。まだアルマさんのように好き勝手できませんが、短時間のみ現実に映像を投影するだけなら私もできるようなので、さっそくそれを使ってみたわけですね」
なんて事のないように言うが、それは極めて偉大な偉業である。
アルマ・スぺイシアが十年かけたことを僅か数か月に縮め、幻術の習得にはさらに数十年かけたというのにたった数週間に縮めてしまった。
幻術を使えるようになったと彼女に報告した時の顔は中々思い出深い。
逆探知やら転移やらウィルに対する後押しやらを色々頼んだが、もはや呆れ気味に受け入れていた。
「………………えぇ?」
いい加減、ヘファイストスは頭が壊れそうだった。
仮定に仮定を重ねた上で、尋常ならざる能力でその仮定を推測として確立し、確定させる手はずを整える。
確かに思い返せば、自分の行動に違和感はあった。
だけど―――だからって。
こんなことをできるのだろうか。
「私もここまで上手くいくと思っていなかったんですけどね」
「……嫌味かしら?」
「いいえ。単なる感想です。推測は全て推測で、違和感はただの違和感で、もしかしたら本当に勘違いかもしれなかった」
「なら……どうして実行できたの?」
「トライ&エラーは基本ですから」
かつて、アカシック・ライトを学ぼうとした時、アルマに言ったことをそのまま言う。
そう、トリウィア・フロネシスは決して要領がいいわけではない。
一を知るために百を遠回りして、やっと一を知ったと言える。
時には全く違うものを調べるということを繰り返してしまうなんて何度もあった。
「だから、本当にただの杞憂だったら……」
彼女は一度大きく煙草を吸い、吐き出し。
「後輩君にほんとは凄い強くてかっこいい先輩の威厳を見せて終わり、というのもあったでしょう。えぇ。それでも全然よかったのですが」
「……」
返事はなかった。
仕方ないので話を進める。
「結局の所、貴女が雑だったんですよ」
「……そんな、はずは」
「いいえ、甘い。商会の改竄も、私に対する商談も、提示した印刷機や印字機も、監視の方法も、監視してる間の反応も。何もかも―――杜撰極まりない。異世界の技術があるから、現地の人間なんて簡単に思う様にできると思いましたか? だから、ダメなんですよ。もっと細かく、詳細を詰めれば違和感なんて全て消せたはず」
極めつけに、
「この状況まで来ても、弁舌で言い逃れできたかもしれないのに。言い訳一つしない。潔いというか、頭が足りないというか」
冷えた蒼と何もかも飲み込むような黒がヘファイストスを見下ろす。
アース111最強にして最賢の女が、異世界の技巧を握る女へという。
「言ったでしょう? そして言いましょう。―――――《《この世界を舐めないでもらえますか?》》」
トリウィア・フロネシス
私が知識欲暴走して後輩君を殺すなんて思っていませんよね??????
何も知らなかったと知ったウィルくん(16)
何もかも馬鹿にされたヘファイストスさん(26)
何も知らないしリアクションもできないディートハリスさん(20)
何でも知ってたけどそれはそれとしてトリウィアの学習速度に引いていたアルマさん(1000歳OVER)
星評価いただけるとモチベになります




