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ホームカミング

「なのでだな。やはり皇国産が良い。元々山や川、地形の隆起が激しいからな。婿殿の実家は山奥という。であれば、皇国産が良い、うむ」


「どうでしょう。その山に行くまでは平地が多いですよ? 厳しい大地に育った帝国の馬は強靭です。アルマさんが帰り道どうにかしてくれるとしても行きの日程は厳しい。総距離の長い平地を考える方が得というものです」


 かつてマリエルが戦っていた学園中庭のカフェテラス。

 そこで御影とトリウィアは向かい合い意見を交わしていた。

 机にはそれぞれドリンクが。御影は湯飲みに入った抹茶、トリウィアはエスプレッソ。

 二人の間のテーブルにはアイスコーヒーのウィル、ハーブティーのアルマ、ミックスフルーツジュースのフォンもいた。

 フォンは御影とトリウィアの話を聞き流しながらジュースだけではなくケーキを食べ、アルマはノートに何かを書き込み、ウィルはそれを眺めながらも二人の話を聞いてた。


「ふむふむ……国によって馬もかなり違うのか」


「えぇ。というか、正確によると地方や風土による区分けがそのまま国境別けになっているのでそれによるものですね。御影さんの言う通り天津皇国は山間部が多く、我がヴィンター帝国はあまり土壌が良くない上に気温も低く、野ざらしの荒れ地が多い。深い森もありますが、国の奥地ですし、計画的な植林もここ数年進めているそうですが、それもまだまだ過程ですね」


「ほうほう」


 トリウィアの解説をアルマはノートにまとめながら記していく。


「あとはトリシラ聖国は砂漠が多いので運搬手段としてはラクダが多いですね。いないわけではないですが。亜人連合は……」


「ん?」


 眼鏡の奥の視線が、チョコレートケーキをせっせと切り分けていたフォンに向く。

 

「んー……馬かぁ。亜人は移動用ってより荷物を運んだりするためだよね。種族によっては自分で走ったほうが楽だし」


「という感じですね」


「なるほど……王国は?」


「各国の平均値、と言われることが多いな。どの国にも隣接していて色々な血が混じっているという」


「まぁそうなるか」


 軽く上げた顎を手にした精緻な細工入りの万年筆のお尻で軽く叩く。

 横目で形のいい顎と細い手首を視界に入れつつ、ウィルが口を開く。


「それで、どうします?」


「無論、皇国で」


「帝国産で行きましょう」


「…………」


「どっちでもいいと思うけどなぁ。あ、美味しい」


 視線を飛ばし合う二人にどこ吹く風、ケーキを味わうフォンだった。


「困った話だね」


「あはは」


 アルマは肩を竦め、ウィルは首をかしげなら渇いた笑いを浮かべる。


 ウィルの里帰り。

 彼の実家は王国の北西の端にあり、馬車で一月という距離。

 学園の春休暇は一月程度なので本来であれば往復するのは不可能なのだが、そこはアルマの出番である。

 彼女はこの世界で生活するにおいて、いくらか自身に能力を封印しているがそれでも転移に関してはこれまでと同じように使える。

 なので、場所の座標、ないし知っている人物を指定すれば好きに転移できるのだ。

 ただし、それでは風情はないし、アルマも片道は旅をしたいということなので片道は馬で、帰りは転移による里帰りと相成った。


 御影もトリウィアも元々実家に帰る予定はなかったのでそれに同行。フォンはウィルの奴隷として言うまでもない。


 馬車で一月、ではあるものの、


「5人で馬ならば、もっと時間は短縮できますね。馬自体にも加速系統魔法を使えば、二週間もかからずいけることでしょう。私たちなら道中盗賊や山賊に心配することもないでしょうし」


 というのがトリウィアの言葉である。

 

 そうして5人でウィル・ストレイトの実家帰りとなったのである。


 無論、アルマは勿論、御影にトリウィアも思う所はあった。

 フォンは特に何も考えていない。


 馬で行くにあたって、どの国の馬を借りるかで御影とトリウィアがもめているが、やはりフォンはそんな話に興味はなく、


「主主。これ、食べて食べて。あーん」


「ん、あぁ。ありがとう」


 一口サイズのケーキが刺さったフォークが差し出される。

 それに対して特に大きな反応もなく、ウィルも受け入れた。

 口に広がるチョコレートの香りと甘み。フォンが喜ぶだけあって実際美味しい。

 ≪アクシア魔法学園≫は各国から生徒を招集しているだけあり、それ対応した文化様式も豊富だ。例えば寮の部屋にしても亜人種に適応したものもあれば、トリシラ聖国の礼拝堂といった宗教的にも充実している。

 当然、料理の類もそうだ。

 飲み物のコーヒーやハーブは亜人連合産が多いし、抹茶にしても皇国産。流石に海産物は輸送の都合があるので鮮度は落ちるがそれでも食堂のメニューには存在している。

 

 文化として豊かなのは概ね亜人連合と言われており、多くの種族を有するからかそれぞれの特色は彩り豊かだ。

 去年、ウィルがフォンに贈り、今も欠かさず身に着けているマフラーのように各氏族の入れ墨を模した装飾もまた人気だった。


「このチョコも連合産なんだっけ?」


「ううん、聖国の端っこの方で作られたってカフェのお姉さんが言ってたよ? やり方は連合を真似てるみたいけど、10年以上かかってようやく商品にできるようになったんだって!」


「へぇ……なるほどなぁ」


 カカオに必要なのは暖かい気候だったか湿度だったか……? と思い返しながら舌の中の残った甘さをコーヒーで口直し。

 アルマの話ではこのアース111は中世ヨーロッパ風の異世界としては比較的生活水準は食事の質が高いらしい。

 世界によっては同じような魔法文化で同じような文明で、しかし食事の味付けが塩くらいしかないみたいな世界もあるそうなのでよかったなと心から思う。


「ん」


 ふと視線を感じた。

 御影とトリウィアはまだ馬に関する話しているし、フォンは再びケーキを堪能している。

 であれば、当然、


「…………」


「……アルマさん?」


「んっ……んんっ。なにかな?」


 少しだけ咳払いの後にすまし顔でノートを閉じる。

 良く良く見なくても装丁が豪華で、アルマやウィルのマントと似たような意匠なので何かの魔道具だろうか。

 魔法のリングらしきものは減ったが、どれだけマジックアイテムを持っていてもおかしくはない。

 彼女は何もなかったようにハーブティーを口にし、

 

「……今、僕ケーキないのでまた今度」


「ぶほっ……ごほっごほっ……何も言っていないが!?」


「あはは」


 あからさまにウィルとフォンのやり取りを見ていたのだ。

 興味ない振りをしていてもバレバレであるし、顔を真っ赤にして咽るのはもうなんというかアルマらしい。

 そんな二人に御影は笑みを浮かべ、トリウィアは眼鏡を光らせ、フォンは珍しく真顔だった。


「……こほん。それで? 君の里帰りだろう。二人が色々案出してたんだ。どうするんだい?」


「んー……そうですねぇ」


「婿殿?」


「後輩君?」


 二人から発せられる圧である。

 首を傾げながら少し悩み、


「それなら―――」









 そして二週間後、一行は≪アクシオス王国≫北西端。

 王都アクシオスより北西に延びる第八街道を進み、ムネミア平野を超え、小さな村や集落を経由して山道を進んでいた。

 途中、盗賊団の襲撃もあったが難なく撃退、捕縛し最寄りの村に突き出したり、ムネミア平野中央部で少しばかり予定よりも遅れたが、全体的な予定としては滞りなくウィルの実家近くまで到達していた。


 針葉樹で囲まれた深い森だ。

 3頭分の馬の蹄の音がよく響く。


 結局、馬は学園で飼育されていた皇国と帝国の馬の合いの仔が選ばれた。ウィルの前世のふわっとした知識でサラブレッドが良いのではという考え故だが、この世界ではまだそこまで品種改良は進んでいないらしい。

 長所のみを引き継ぐということが難しいらしく、今回学園から借りたのはまだ成長中で、二週間の旅で様子を見て欲しいとのことだった。


「んん……少し寒いな」

 

 戦闘装束に加え、旅装らしい黒袴と黒羽織の御影が息を漏らす。

 彼女の言う通り、最後に僅かに寄った街を出たあたりから気温が下がっている。


「昨日あたりから少しづつ標高が上がっていますね。高山酔いするほどではないでしょうが……ほら、あの山脈見えるでしょう」


 旅装に至っても普段と変わらない白衣姿のトリウィアが指さした先、森の奥に連なった山々が見える。


「帝国と王国の国境、黒影山脈ですね。王国側から見るのは初めてですけど。地質学者の話では山脈周囲一帯がなだらかな丘になっていて、ある地点から急に標高が上がるらしいですね。ほら、ここに来るまでも傾斜が多かったでしょう」


「なるほどなぁ」


「ふむふむ……しっかり地質調査もされているんだね」


「場所によりけりですが」


「学園に戻ったら確認するか……あぁ、ウィル。悪いけど背中を借りるよ」


「はいはい」


 シャツとズボンが制服ではなく、厚手の黒い自前のものに常通りの赤いコート。ウィルと同じ馬に乗ったアルマが、彼の背中を壁代わりにしてノートにメモしていく。


 アルマも馬に乗れないわけではないらしいのだが、本人たっての希望であった。


「いいなー。私も主の背中が良かったなー」


「ははは、私の乳で我慢しろ、フォン」


「うわ、ちょ、重いよ! マフラー皺になる!」


「はーはっはっは。これが乳の重みだ!」


 逆に馬に乗れない――そもそもそういう習慣もない――いつも通りの鳥人族の装束にウィルから貰ったマフラー。それに旅装用のローブ姿のフォンは御影の前に。身長差から彼女の頭が御影の爆乳に埋まっている。

 見る者が見れば、当然ウィルも内心羨ましいが、フォンからすれば重いだけだ。

 

 そんな二組の光景を、ちょっぴり羨ましそうにトリウィアは見ていた。

 嫌われているわけではないのだがどうもフォンからトリウィアに対する尊敬度が低いようで、一緒に乗ってくれなかったのである。

 

 そんなこんなで山道を進むこと小一時間。

 木々の合間に一本道はウィルの家族が近くの村に行く時の為だという。

 

「随分と辺鄙な所に住んでいたね、ほんと」


 ウィルの背中に顎を当てながら、体重を預けるアルマが呟く。

 二週間前、背中にしがみ付くだけでも顔を赤くして身体を固くしていた彼女も流石に慣れ、むしろリラックスしきっている。

 

「ははは……僕も王都に出て改めて思いましたね。両親の意向だったらしいんですけど、どうしてかとかあんまり疑問に思わなかったので、聞いてみましょう」


 思わなかったんだ……とアルマは思った。

 

「――――見えました。僕の実家です」


「おっ」


「これが」


「おー!」


 3人が声を揚げ、アルマもまた掲示板の視界共有や言葉を通してではなく自分の眼で改めて見る。


 森が開けた先、石垣に囲まれた木造二階建ての一軒家だった。

 石垣の囲いは広く、家以外にも畑や馬小屋、それに井戸まである。

 囲いの石のいくつかには魔法陣が刻まれており、獣除けの魔術だ。


「……」


 一年ぶりの我が家にウィルはわずかに目細め、馬を降りる。

 手綱を引きながら歩いて簡素な作りの門を開けて中へ。


 そしてその先に一人の女性がいた。

 農作業をしていたが、現れたウィルたちに手を止めて立ち上がる。


 背筋のいい、灰色の髪の女だった。

 

 チュニック、コルセットにロングスカート。農婦としては左程珍しくない服装だが背筋の良さと雰囲気の鋭利さが質素ながら気品がある。

 肩まで伸びる髪は左一房だけが短くアシンメトリー。

 ただ立っているだけで隙がないと思わせる、鋼のような、鋭い顔つきの美女だ。

 

「ウィル」


「うん、《《母さん》》」


 声から感情はなく、見た目通りの冷たく澄んだ声。

 微かに目を細めた彼女は控えめな膨らみの前で腕を組み、真っすぐにウィルを見据えた。

 

「何故、貴方が此処に。3年は戻らぬものと思っていました」


「そのつもりだったけど……えぇと、後で説明するけど往復の目途が立ったから帰ってきたんだ」


「なるほど」


 小さく彼女は頷き、ウィルの背後。

 4人の少女たちを見る。


「そちらは」


「僕の学友と……それに、《《恋人》》だよ」


「―――ほう」


 青く鋭い瞳がさらに細まる。

 

「……誰が? 四人ともですか?」


「ぼ……僕です、はい」


 思っていた親子の再会ではない、スムーズすぎる二人の会話に首を傾げつつ、さらには早速直球で恋人として紹介されたことに顔を赤くしつつ、声を絞り出す。


「アルマ・スぺイシア……です。お付き合いを、させてもらって……いま、す」


「なるほど」


「…………は、はい」

 

 1000年コミュ障の恋愛雑魚初心者アルマ・スぺイシア。

 彼氏の母親に挨拶というある意味人生最大級の関門が「なるほど」の一言で終わる。


「他の3人は」


「あ、うん。えぇと」


「失礼」


 すっと前に出たのは御影だった。

 彼女は流れるような動きで片膝を立て、顎を引く。

 片角を差し出すように。


「天津皇国第六王女、アクシア学園二年次席。天津院御影にございます。どうかお見知りおきを」


「――晒し角」


 灰髪の女が小さく呟く。

 片膝を立てて角を差し出す礼は鬼族にとっての最敬礼。

 誇りの象徴である角を無防備に晒す故に「晒し角」と呼ばれるものだ。

 鬼族でもよほどのことが無い限り目にすることが無いものだ。


「ウィルの母、ベアトリス・ストレイトです。誇り高き力の王女殿下に出会えたことに感謝を」


 スカートの裾をつまみ、片足を引きながらの礼で返すウィルの母――ベアトリス。

 王族がいることに驚いた様子はなく農婦姿でありながらさながらドレスのような優雅さだった。


「失礼ですが、息子とはどのような関係で」


「はい――――あと二年以内に愛人にしてもらうつもりです」


「!?」


「なるほど」


 最敬礼から飛び出した飛んでも発言にウィルは驚愕した。

 なるほど!? とアルマは目をかっぴらいた。

 だがベアトリスは小さな頷きで済まし、 


「そちらは」


「……トリウィア・フロネシス。学園の研究員です」


 トリウィアはベアトリスと同じように白衣の裾をつまみ広げ、片足を引きながら一礼。

 

「失礼ですが……お母君は帝国出身ですか」


「出身はそうですね。結婚を機に家名は捨てましたが。そちらはフロネシス家の」


「不肖の身なれど」


「謙遜を。研究員ということは優秀な証でしょう。息子とは?」


「……」


 何度目かの頷きと質問に、トリウィアは少し考え、立ち上がって一歩下がろうとしていた御影を一瞥し、

 

「……日々、生活の世話をされています」


「なるほど」


 いいのかそれで、とアルマは思った。

 やはりトリウィアはどこかアホだし、それを普通に頷き一つで受け入れているベアトリスもベアトリスだ。

 

「あ、あのっ!」


「はい」


「こ、これを……どうぞ!」


 緊張した様子でフォンが差し出したのは一本の羽根だ。


「鳥人族、でしょうか」


「は、はい! お世話になっている人の家族にはこうするのが鳥人族の教えですから!」


 鳥人族にとって翼は魂だ。

 そしてその一部である羽根を差し出すのは感謝と信頼の証でもある。

 ちなみにウィルはフォンの羽根を持っていない。


 だって私の全部が主のでしょ? というのが彼女の考えである。


「フォンです! 鳥人族は、家名はないのでただのフォンです! ……はい!」


「はい。ベアトリスです、よろしくお願いします」


 緊張故か声を張り上げ、体を堅くするフォンに、しかしベアトリスはまるで変わらない。

 受け取った濡れ場色の羽根を大事そうに握り、


「あ、主の奴隷を! させてもらっています」


「なるほど」


 三度頷くだけだった。

 当然、アルマも、御影も、トリウィアすらもそれだけ?と内心思っていた。


「ウィル」


「は、はい」


 冷や汗を流す息子に一度も顔色が変わらない母親が歩み寄る。

 声にも表情にも感情を乗せない彼女だが、


「おかえりなさい。よく帰ってきました」


「……うん、ただいま。母さん」


 ウィルを抱きしめた時の声には確かな労りがあった。

 ベアトリスを抱きしめ返し、数秒互いに抱き合い、離れ、


「ウィル」


「うん」


「恋人と将来の愛人と日々の世話をしている方と奴隷―――説明してもらえますね?」


「……………………うん」


 

 

ベアトリス・ストレイト

超クール系美人ママ


ウィル

なんて説明したものか……マン


地の文回はこれまであんまり出してこなかった地名・固有名詞や地理情報、文化や風土について載せていきたいところですね。


次回、恋人と将来の愛人と日々の世話をしている方と奴隷の話



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