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救世主の降誕


 アルマの旅は前世で想像していたものとは違った。

 野原を歩くわけでも、山を登るわけでも、荒野をさまようわけでもない。

 魔法を使い、大地に流れる魔力の脈に沿って転移を繰り返すものだった。

 加えて、一度訪れた場所ならば無条件で転移門を開き移動も可能。 

 食事や洗濯、入浴など、生活に必要なものも全て魔法で代用可能。

 中世ヨーロッパ、或いはもっと古い時代の文化らしいアリナトアにおいて、現代人だったアルマが生活するためには無くてはならないものだ。

 

 アルマの持つチートは《《あらゆる魔法を使えるというものだった》》。


 この世界の魔法は魔力の糸で紡ぎあげるものだ。

 その糸を術式という魔法の設計図を基に編み上げるわけであり、設計図が完璧であればあるほど魔法の精度は高まる。

 アルマはその設計図をチートによって、完璧に作り出すことができる。

 使用用途さえ思い浮かべば、対応する設計図を出力し、魔力を放出すればその通りになる。

 本来、この世界の魔縫師が最も神経を使う製図の労力を完全にスルーできるのだ。


 魔法が模型だとしたら、普通の魔縫師が材質から部品を創り出し、説明書を見ながら一つ一つを組み合わせている。

 だが、アルマは3Dプリンターを使ってボタン一つで完成できるようなもの。


 その差は、あまりにも大きい。

 だから。

 だからこそ、この時のアルマは、魔法の設計図を引き出すだけで、自分のチートについて深く考えることはなかったのだ。


 アリナトアの北西、暗黒領域の大地は四つに分割されている。

 それぞれの領域を≪創世記の四騎士≫が治め、彼らを倒さなければ魔王への道は開けないという。

 

「ゲームぽいけど……異世界なんてそんなもんか」


 アルマの感想はその程度のものだった。

 転移を繰り返し、魔王を倒すために≪創世記の四騎士≫を倒す。

 RPGゲームのようなタスクが、アルマの旅だった。

 それの行程関しては前世で想像通りだったと言える。







「がははは! 久方ぶりだなぁ! 人間が攻めてくるのは! だが、一人できたのはお前が初めてだ! どうだ!? お前は、新たな救世主たり得るのか!?」


 一人目の四騎士、ブラックライダーは三メートルの長身、筋骨隆々の体を持つ武人だった。

 身の入れ墨は、術式の設計図を直接彫り込んだ証。


「子供よ! 貴様はなぜ我と戦う! 何事にその身を縛っている! 如何なる意思がお前を支配している!?」


 ブラックライダーの魔法は『体表にあらゆる干渉を無効化するオーラを纏う』というものだった。

 物理魔法を問わない。

 撃も斬撃も銃撃も刺突も、炎も水も風も雷も。

 あらゆる攻撃は彼に通用しない。


「お前の運命はどこにある! お前はそれに自ら従っているのか!? それとも気づかず敷かれた道を進んでいるか!?」


 その上で、ブラックライダーは無効化すればするほど身体能力が向上する能力も持っていた。

 拳は大地を裂き、蹴りは山を砕き、戦えば戦うほどに強化されつづける。

 難攻不落にして怪力乱神。

 この世界の人類が数百年掛けて傷一つ付けられなかった超常存在。


「――――解放を! 解放を! あまねく全てより解放を! 人間よ! 黙示へ至る運命を、我が解放してやろう!」

 

 故に彼は≪解放の騎士≫。

 この世界の歴史、その創世記より君臨する人類の脅威。

 一切の支配を否定する騎士、ブラックライダーに他ならない。

 対し、アルマは、


「うるさいし、暑苦しいなぁ」


『相手の体内に、魔力と反応して爆発を引き起こす魔力を発生させる魔法』で、ブラックライダーを爆散させた。

 あらゆる干渉を無効化するオーラを纏っているとしても、内側から、そのオーラを反発させればばいいだけの話。

 この世界の人間が誰も出来ないはずのそれを、アルマはチートによって簡単に成立させた。


「僕は誰にも支配されないし、嫌になったら勝手にするだけさ」







「おやおや。まさかブラックが負けるとはね。もしかして君は本当に救世主なりうるのかな?」


 二人目の四騎士、ティールライダーは線の細い、神経質そうな青年だった。

 身の入れ墨は、術式の設計図を直接彫り込んだ証。


「君は何故僕と戦う? 戦うだけでは世界は救われないよ」


 ティールライダーの魔法は、『あらゆる加害行為を禁止する』というものだった。

 彼の前では魔法だけではなく武器による攻撃もできない。

 並大抵の魔力や膂力では彼と向き合うだけで全ての動きを封じられる。

 前提としてティールライダーに匹敵するだけの魔力がなければ、その強制に抗えず戦闘すら発生しないのだ。


「君は強いんだろう。間違いなくこれまで僕が戦ってきた人間で一番強い。だからこそ、それだけでは足りないんだ」


 その上で、ティールライダーの前で攻撃を行えば、ルール違反による罰として、すべての攻撃が自身に跳ね返る。。

 ティールライダーを前に攻撃と成立するだけの威力であれば、それは本人にとっても容易く致命になりうる。

 不可侵にして万物反射。

 この世界の人類が数百年掛けて傷一つ付けられなかった超常存在。


「――――秩序だ! 秩序が必要だ! あまねく全てを統べる秩序を! 黙示へと至る運命へ、僕が秩序をもたらそう!」


 故に彼は≪秩序の騎士≫。

 この世界の歴史、その創世記より君臨する人類の脅威。

 一切の戦争を否定する騎士、ティールライダーに他ならない。

 対し、アルマは、


「自治厨は嫌いなんだよね、僕」


『魔法の対象を入れ替える魔法』で、ティールライダーに無理矢理攻撃を到達させた。

 本来アルマへと発生する反射現象をティールライダーにすることで、何も問題なく彼を消滅することができた。

 この世界の人間が誰も出来ないはずのそれを、アルマはチートによって簡単に成立させた。

 

「秩序で自分が自滅してたら本末転倒だね」









 


「まぁ、驚いた。あの二人がやられるなんて。それもあなたみたいな子に。今度の救世主候補は随分とかわいいわね」


 三人目の四騎士、ホワイトライダーは身の丈もある鎌を持った妖艶な女性だった。

 全身の入れ墨は、術式の設計図を直接彫り込んだ証。


「ねぇ、あなた。お腹は空いていない? 餓えたりしていない? 私の領地では空腹なんてないわ。食べ物ならいくらでもある。好きなだけ食べ、飲み、楽しんでいいのよ」


 ホワイトライダーの魔法は『術式による効果を無限倍に増大する』というものだった。

 初心者の魔縫師でも使えるような、初級攻撃魔法が防御不可の必殺になる。

 ただの防御魔法が絶対防御の鉄壁となる。

 一の魔力が無限となるがゆえに、その可能性は無限大だ。


「私の前に餓えはない。いつだって満足させてあげる。あなたはどう? 何もかも充足させることができるかしら」


 その上で、ホワイトライダーは無限大の攻撃魔法をたった一人に集中させることができた。

 すなわち、彼女の攻撃を避ける術は存在せず、当然防御もできない。

 絶対破壊にして絶対命中。

 この世界の人類が数百年掛けて傷一つ付けられなかった超常存在。


「豊穣よ。豊穣が必要なの。あまねく全てを満たす豊穣を。黙示へ至る運命なれば、豊穣こそが全てを救うのよ」

 

 故に彼は≪豊穣の騎士≫。

 この世界の歴史、その創世記より君臨する人類の脅威。

 一切の飢餓を否定する騎士、ホワイトライダーに他ならない。

 対し、アルマは、


「君たち、同じようなことしか言わないなぁ」


『相手の攻撃より必ず先に命中する魔法』で、ホワイトライダーを絶命させた。

 魔法を使われたら困るなら、使われる前に因果を歪め、こちらの攻撃を命中させる。

 この世界の人間が誰も出来ないはずのそれを、アルマはチートによって簡単に成立させた。


「ほどほどでいいんじゃないかな。僕が言うのもなんだけど」







「ここまで来た、ということはお主が救世主なんじゃろなぁ。長く、実に長い時を待ったものじゃ」


 四人目の四騎士、ブライトライダーは杖をついた盲目の老人だった。

 全身の入れ墨は、術式の設計図を直接彫り込んだ証。

 

「誰もがたどり着く、約束された休日を我らが奪われて久しい。ついにその時が来たと思うと、年甲斐もなくはしゃいでしまいそうじゃ」


 ブライトライダーの魔法は『魔力は尽きず、死ぬこともない』、ただそれだけだった。

 どんな手段を用いても、彼は死なない。

 たったそれだけだが、それだけだからこそ倒せない。

 陳腐を極めたが故に、究極へと辿り着いてしまったものに他ならない。


「だが、どうじゃろうな。お主が救世主だからこそ、わしを超えてもらわねばならん。あらゆる命の定めを破らねば、やつは押えられん」


 その上で、ブライトライダーは極まった魔縫師だった。

 人間が用いるはずの魔法を、彼は人間を超えた領域で行使することができた。

 永遠不滅にして超絶技巧。

 この世界の人類が数百年掛けて傷一つ付けられなかった超常存在。

 

「不死じゃ。不死こそが、必要なのじゃ。あまねく全てに抗う不死が。黙示へ至る運命は、そうでなければ止められない」


 故に彼は≪不死の騎士≫。

 この世界の歴史、その創世記より君臨する人類の脅威。

 一切の死を否定する騎士、ブライトライダーに他ならない。

 対し、アルマは、


「死なない生き物なんて存在しないだろ、普通に」


『不死者を殺すためだけの魔法』で、ブライトライダーを殺した。

 不死という概念への上書きによる絶対殺害執行。

 この世界の人間が誰も出来ないはずのそれを、アルマはチートによって簡単に成立させた。


「不死なんて必要ない。さすがの僕だって、そこまで望まないさ」







 こうして、アルマは四騎士を斃し、魔王の下へと辿り着いた。









 そこは魔王城というよりも図書館と呼ぶべき場所だった。

 建物内部全体が書架となっていて、ひたすらに本だけがある。

 本はどれも古く、アルマが≪聖なる探し家(ベート・ミドラーシュ)≫でも見たことがない文字で書かれていたものがほとんどだった。

 数十年どころではない、数百年、或いはそれ以上に昔のものが蒐集されていた。

 

「散らかっていて悪い。やることがないから、暇つぶしで本を読むしか無いんだ」


 そんな空間に、魔王はいた。

 彼に対し、アルマが最初に抱いた感情は戸惑いだった。


「……君が、魔王?」


 彼は、ただの青年だった。

 ひどく不健康そうで、目の下の隈は異様に濃く、瞳は暗く淀んでいる。

 だが、特徴といえばそれだけで、全身の入れ墨もなければあからさまに強そうでも悪そうでもない。

 何日も徹夜をしている学生みたいだと、前世が過ぎったアルマは思った。


「そうだ。千年ほど魔王と呼ばれているのは俺だ。といっても、魔王なんて大層な肩書に相応しい強さなんてないんだけどな。俺、すっげー弱いし。まぁでも、戦う分には手加減してくれなくていいさ」


 魔王の魔法は『意識を途切れさせない』というものだった。

 気絶はしない。眠ることさえしない。

 それこそ追い込まれた学生や社会人が無理矢理勉強なり仕事なりするくらいにしか使えないようなもの。

 そんなものに、何の意味があるのかアルマには分からなかった。

 

 戦いは一瞬だった。

 

 というより、戦いと呼べるものでさえなかっただろう。

 警戒したアルマが牽制ではなった魔法の一発だけで、魔王は致命傷を負ってしまったのだ。


「な? 言っただろ、俺、すげぇ弱いんだよ」


 アルマには意味がわからなかった。

 無限の書架の中、青年はあっけなく血溜まりの中に倒れている。

 戸惑うアルマに、青年は言葉を続けた。


「魔王……魔王なんて笑えるよな。千年前は救世主なんて呼ばれていたのに、気づけば魔王扱いだ。歴史ってやつは怖いねぇ。アンタも気をつけろよ」


「な……なにを、言っているんだ」


「先達としての助言さ。必要になるかはアンタ次第だが。別に、全部忘れてくれてもいい。もしかしたら……いや、間違いなくその方が幸せになれるだろうからな。ここら辺、まだ分からないだろうけど、嫌でも分かることになる」


 魔王は、笑っていた。

 憑き物が落ちたように安らかに。

 長年背負っていた荷物を下ろしたように。


「俺は千年が限界だった。雑魚なりに頑張ったほうだぜ。あんたならもっといけるんじゃないかな」


「何の話をしている!?」


 アルマには分からなかった。


「《《アンタが次の救世主ってわけさ》》」


 魔王と呼ばれていた少年は笑っていた。


「今日が、聖なる降誕日――――誕生日おめでとう、新しい救世主(ヒトバシラ)

 

 魔王はそう言い残して死に。


 アルマ・スペイシアは頭の中で鳴り響く、《《喇叭の音》》を聞いた。


 

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