ミラー・ミラー
「さて、素行の悪い娘に躾をくれてやろうかのぅ」
軽く両手を広げながらヘラは楽しげに笑う。
腰と後頭部から伸びる漆黒のベールが揺らぎ、形を得る。
それは合計十六本の、影の槍だった。
「躾と言えばそう、妾は串刺しが好みでな」
「おや……? 躾という言葉の意味をご存じないほど耄碌されていたのですか……?」
「生まれ変わってやり直せという意味じゃ!」
影の槍が、高速で射出される。
十六の影槍はさらに中空に分岐し、数を五倍に増やした。その上で屈折を繰り返し、ヴィーテフロアを全方位から囲むように伸び、
「≪一実恋愁≫!」
すべての攻撃が、停滞する。
ヴィーテフロアの偽神兵装による攻撃の無力化。
それは確かにヘラの攻撃にも通用するものだ。
だが、
「文字通り時間稼ぎじゃの」
停止は一瞬、直後に再射出される。
ヴィーテフロアの無力化は強力だが、その力が正しく発揮されるのは彼女と対象の概念強度次第だ。
ゴーティアの眷属ならば問答無用で無力化できるだろう。
≪ディー・コンセンテス≫の子供たち相手でも、大半の大技以外を静止させられる。
だが、
「ヘスティアがゴーティアの残した資料を元に再構築した≪偽神兵装≫と、そのゴーティア本人によって補強された妾では、その強度に天地の差がある。主の力で稼げるのはせいぜい一瞬じゃよ」
「その一瞬もあれば十分です!」
ヘラの言葉に、ヴィーテフロアは叫びと動きを重ねた。
聖女を中心に無数の閃光が、線となって無数に放たれ、影槍を斬り飛ばす。
「ほう?」
ヘットギアの奥、表示されたHUDにヘラは目を細めた。
ヴィーテフロアが左右の手に握るのは、科装の二刀細剣だった。
峰は科装装甲であり、刃は黒紫乳白のマーブルカラーの光で構成されている。
「≪光と闇の境界・|其は交わらず、断ち切るもの《ディバイテッド》≫……!」
「究極魔法の応用か、器用じゃが…………名前、もうちょっとどうにかならんか?」
「かっこいいでしょうが!」
叫び、ヴィーテフロアは前に出る。
ヘラもまた背後と腰から影の槍を伸ばせば、先程と同じことが繰り返された。
ヴィーテフロアに到達する瞬間、ほんの僅かだが全てが静止し、二刀によって断ち切られる。
「ふむ」
名前はともかく、ヴィーテフロアの究極魔法、二属性同士の対消滅による対象の破壊は強力だとヘラは思考する。
恐らく、細剣二刀に宿しているのは≪偽神兵装≫によって強化もされている。ヘラの影槍は強度的にも性質的にも簡単に断ち切れるものではないが、ヴィーテフロアの究極魔法に対しては真価を発揮できていない。
「まぁ、良いか。さして変わらんとも」
軽く掲げた手、人差し指と中指を軽く振るえば背後から、それまでの倍の数の影槍が射出され、
「――――≪光と闇の境界・|其は駆け巡り、描かれるもの《オービット》≫」
呼気と共にヴィーテフロアは双剣を奔らせた。
二色の双剣が、二色の軌跡を描き、それが斬撃として彼女の周囲に広がる。
彼女の究極魔法が切っ先の軌道に残ることで、双剣とは別個の斬撃として成立しているのだ。
強制停滞によって、一瞬遅れて迫る影の槍に対し、斬撃を置くことで攻防一体の一手とする。
結果、無数の影槍に対して疾走の速度を落とさない。
迫る彼女に、ヘラは両手を緩く広げつつ、
「上手く使っているの。思えば、≪ディー・コンセンテンス≫の面子でそうやって究極魔法と≪偽神兵装≫を上手く使っている子はおらなんだが……一つ聞きたいことがある」
首をひねりつつ問いかけた。
「究極魔法を起点としているなら、魔法名の前半のツインカラーのとこはわざわざ口にせんでもいいのではないか?」
「技名はフルで言わないとかっこよくないじゃないですかー!」
ヘラには理解できないことを叫びつつ、十四才の少女は双剣を叩き込んできた。
対し、ヘラは息を吐きつつ、
「名を告げる重要さはわざわざ説くまでもないが……」
両手に影を纏わせ、
「―――無駄が多いのぅ」
手刀を延長させた影の双刃で迎え撃つ。
「嫌味なっ……!」
「嫌味だからの」
ヘラの双刃はヴィーテフロアの双剣とほぼ同じ刃渡りと太さ。
違いは科装と光の刃ではなく、漆黒の影のみで構成されているということ。
互いの刃はぶつかり合い、
「……!?」
空間が歪み、重く低い音と共に弾かれ合った。
「かかか、おもしろいの。主の対消滅と妾の影、ぶつかり合うとこうなるか」
一歩、互いに下がりながらもヘラは感心するように笑った。
「妾の≪影謳契寓≫は純粋に、妾自身の魔法の強化での。影で飲み込み、虚数分解する。概念強度に差があれば、問答無用で消滅できるんじゃが」
「私の≪光と闇の境界・|其は溶け合わず離れ合わぬもの《アナイレイション》≫とは拮抗する、というわけですね」
「いちいちフルの技名聞かされるこっちの身にもなってほしいのぅ」
嘆息しながら、ヘラは前に進み、ヴィーテフロアと斬り結んだ。
剣戟に伴い重低音が連続していく。
その中で、
「ヘラ! 私からも問いたいことがあります!」
「ほう? 聞こうかの」
ヴィーテフロアの連撃を捌きつつ、ヘラは聞いた。
「貴方は―――」
それは、
「貴方の愛する人が、ゴーティアでいいのですか?」
●
問いを投げかけながら、このままでは勝てないとヴィーテフロアは悟っていた。
対消滅の双剣と虚数分解の影刃は拮抗しているが、ヴィーテフロア自身は必死で食らいついているのに対し、ヘラには余裕が滲んでいる。
影槍は強制停止で対処できるとしても、斬り結んでいる状態と重ねれば押し負けることは目に見えている。
だから、言葉で動揺を引き出せれば最善。怒るなり悲しむなりして攻撃が勢いを増すのは良くはないが隙ができれば御の字だ。
そう思い、ヴィーテフロアは剣を振るい、聞いた。
「――――くっ」
フルフェイスの装甲の奥から、ヘラの苦笑を。
「若いのぅ、ヴィーテフロア」
剣が、振るわれる。
淀み無く、それまでと変わらず。
「その若さ、愛おしくなる」
自愛に満ちた母親のように優しい声で、彼女は言う。
「やはり、お主は妾に似ているのぅ」
●
ヘラ―――ルキア・オクタヴィアスは、かつて小さな国の王女だった。
もう五十年以上前のことだ。
現在のアクシオス王国の領土では小国同士による紛争が多発し、興亡が繰り返されていた。
ルキアの国も、そうやって歴史から消えた国の一つだった。
それ自体は歴史の一幕としては大した話ではない。
亡国の王女となった幼少期のルキアは、文字通り泥水を啜り、掃き溜めのような場所で日々を過ごし、冒険者として日々の食い扶持を稼ぐためにその場しのぎの生活をしていた。
幸い、魔法の才能はあったために、うわ冒険者としてはある程度成功した。
そこそこの平穏、そこそこの平和、そこそこの幸福。
一国の王女、女王になる者として得られたはずのものとは程遠いが、それでも大きな不満はない中途半端で、惰性の日々。
そんな日々が壊れたのは、魔族大戦が始まってすぐの頃。
魔族の侵攻に対し、冒険者としてルキアもその戦いに参加していた。
当時、それらの戦いは苛烈を極めた。
聖国から始まった第一次魔族侵攻に続き、後に第二次魔族侵攻と呼ばれた戦い。
現王国領にて起き、多くの小国が被害を出し、後にアクシオス王国が生まれたきっかけにもなった歴史の一幕。
そんな、血と死に塗れた戦場。
彼女自身、あと一歩のところで上級魔族に殺されかけた時。
ルキアは出会ったのだ。
彼女の、英雄。
ゼウィス・オリンフォスと。
『よぉ、あんた。俺の秘書やってくんね?』
それが、彼の第一声だった。
当時すでに『二つ名』持ちだったルキアでも敵わなかった上級魔族を一瞬で蒸発させ、ゼウィスはルキアにそう語りかけた。
死にかけで会話をする余裕がなかったルキアに、彼は言葉を続けた。
『や、俺ぁ傭兵団してるんだけどよ。秘書つーか副官が欲しくてな? ダンテとベアトリス……うちの若いのは有能は有能なんだけど、ダンテはすぐ勝手なことして女ひっかけるし、ベアトリスはそれにめっちゃ厳しくてさぁ。あ、ちなみにベアトリスは帝国の有名なお貴族様で、魔族と戦うためにうちに参加しててくれてな。ダンテには超厳しいが俺にもわりと厳しくて、だからいい感じに仕事ができて、美人の秘書を探してたんだ。つまり、そういうことだな』
ボーイ・ミーツ・ガールなんて呼ぶにはずいぶんと年を重ねてしまったけれど。
そんな風に、女は男と出会ったのだ。
よく喋る男、というのが彼に対する第一印象。
結果的にゼウィスの部下となり、改めて魔族大戦に参加した。
その時からルキアにとって、遅くなった青春が始まった。
亜人連合での第三次魔族侵攻。
ヴィンダー帝国での黒き森の越冬戦線。
天津皇国での切っ先山脈の追走劇。
アクシオス王国建国の日における国王暗殺未遂事件。
ムネミヤ平野における最終決戦。
数年足らずの日々は濃厚で、あっという間だった。
世界中をゼウィスの補佐として駆け巡り、その間に当時傭兵団の主要メンバーだったダンテという青年はあちこちで女に惚れられ、いつの間にかアクシオス王国の次期国王のユリウスが身分を隠しつつ参謀になったり、竜人族の神であるエウリディーチェも前線で剣を振るっていたりするなど多くのことが起きた。
そして、人類は魔族に勝利したのだ。
英雄の死と―――――世界を食らう者の誕生と代償に。
『安心しろよ、ルキア』
ゼウィスが最後の魔族と相打ちになった瞬間、生きて、見ていたのはルキアだけだった。
彼に、瘴気が乗り移ったのも見た。
『俺は、俺のままだ。何も変わらない。お前と過ごした日々のすべてを覚えている。ただ、やることが変わっただけさ』
彼ではない彼は、彼の声と彼の喋り方で語りかけてきた。
ルキアの人生に稲妻のように現れ、すべてを変えた彼の英雄の笑顔で。
『俺にはお前が必要だ。なぁ――― 一緒に来てくれるよな?』
そうやって、女はもう一度、男と出会ってしまった。
●
「二十年じゃ」
ヴィーテフロアはヘラと刃を重ねながらその言葉を聞いた。
交わされる剣戟は数十を超え、重低音と共に一定のリズムを刻んでいる。
「二十年前から去年まで、共にいるゼウィスがゴーティアであることの是非を。この一年、ゼウィスを呼び戻すとしてもそれがゴーティアであることの意味を、考えなかったことはない」
彼女は言いつつ、
「二十年は言い過ぎか。せいぜい十……いや……五……?」
「四倍は盛り過ぎじゃないですかねぇ!?」
「くくく、そう言うな。その五年はそうさな、それくらい感じるほど長かったということじゃ」
苦笑しつつ、
「っ……!?」
ヘラの速度が上がる。
それまではヴィーテフロアでも全て対処できたものが、僅かに反応が遅れるような速度に。
「想像してみておくれ」
そして、
「愛する人が偽物だと、頭では分かっている」
速度がさらに上がり、
「だが、声は、仕草は、言葉使いは、性格は、外見は。何もかも、愛する人本人のものじゃ」
また斬撃の速度は上がり、
「なぁ、ヴィーテフロア。それは、偽物と言えるのかのぅ」
「っく……!」
ヴィーテフロアに、言葉を返す余裕はなかった。
剣戟の速度は最初より、三段階は上がり、すでにヴィーテフロアには対応できないものになっていた。
感情の起伏による加速ではない。冷静に、彼女がテンポを上げただけ。
だから、対応しきれないし、ヴィーテフロアには付け入る隙がない。
「妾も、始めは心の中で否定していた」
刃が、聖女の科装を斬り裂いた。
虚数の影によってできた傷がどうなるか、考えると恐ろしいが≪偽神兵装≫の防御機能が通常の傷までスケールダウンしてくれている。
それでも、肉が裂かれ、血が流れる。
「その時はゴーティアなんぞ知らなかったから、ただ不安だっただけだが。ゼウィスは妾の知るゼウィスのままだった」
ヘラの言葉は続く。
「妾には、何もできなかった。大戦の英雄が、よくわからない何かに乗っ取られているなんて、信じるはずもない」
聞きながら、心の奥が疼きを覚えた。
「誰にも言えぬ。ゼウィスは妾をずっと見ていた。妾は、一人悩むしかなかった」
その語りに、覚えがあったから。
「それ、は―――」
「そう。この五年のお主と似たようなものじゃ。妾とお主の違いは、まぁわかるな?」
言葉を返す余裕は、ヴィーテフロアにはなかった。
「そう。お主とアレスは共にいなかった。だが、妾はゼウィスとともにいた。結婚もしておったからな」
だから、と息を吐きつつ、剣戟は止まらず、
「妾は、認めたのじゃ」
一際強い斬撃が、ヴィーテフロアを弾き飛ばした。
「ぐぅっ……!」
剣を床に突き立てながら数メートル滑り、しかし、ヴィーテフロアは立ち上がることはできなかった。
「はぁっ……はぁっ……はっ……!」
全身の切創から血は流れ、肩で息をしている。
「たとえゴーティアの再構築であっても、あれはゼウィスであると――――おい、聞いておるか? 今わりと重要な妾の心情吐露じゃぞ?」
「うるっ、さい、ですね……! 語りが一定すぎて、聴き応えがないんですよ……!」
「妾のトークを乱すには、些か鍛錬が足りんかったのぅ」
ヘラは苦笑し、肩を竦める。
「それなりではある。究極魔法と≪偽神兵装≫も上手く組み合わせておる。剣はまぁそこそこだが、その年にしてはようやっとるの」
だが、と彼女は言う。
「練度も経験も足りんな。それこそ後五年、いや魔法学園で三年も過ごしておれば、そうはならんかったであろう。頭の良さや腹芸は大したものじゃが、純粋に、弱かったのぅ」
「はぁ……はぁっ……うるさい、ですね……ほんと、痛いところ付きます、よ」
そんなことはないと、否定することはヴィーテフロアにはできなかった。
実際その通りで、今こうして膝を折っている現実があるのだから。
睨みつけた先、ヘラの顔は装甲によって隠されているが、余裕が有り余っている。
「舌戦を仕掛けるならもっと若い相手にすることじゃ。あるいは明確な瑕疵を抱えているものにのぅ。妾のように開き直って自分の世界を犠牲にして愛しい人と共にあろうとするタイプの人間には無意味じゃ」
「人間性腐ってますね……!」
「いやお主もそのタイプじゃろ」
痛いところを突かれたが、無視することにする。
「さて」
そして、ヘラはゆっくりとヴィーテフロアの前まで歩みを進めた。
「そろそろ終いにするとしよう。妾の助言は、そうさな。運が良ければ≪天才≫やウィル・ストレイトのように次の命があるかもしれん。そこで活かすといい」
影の刃を突きつけ、
「さらばじゃ。もう一人の妾よ」
虚数の刃が、振り下ろされた。
●
「―――――!!」
振り下ろし、その刃がヴィーテフロアに届く瞬間、ヘラは全ての行動を変更した。
≪偽神兵装≫のHUDが反応するよりも早く、全力が背後の飛び退いたのだ。
十数メートル距離を取り、両手の双刃を構え、
「…………ハッ。妾としたことが。ゼウィスと会えて失念していたのぅ」
見た。
ヴィーテフロアの前に立つ女を。
梟を模した≪偽神兵装≫の中科装。
頭部のヘッドギアは、顔面部分が開放され、顔の傷が露わになっている。
彼女を、ヘラは知っている。
「やれやれ……先ほどの会話が前フリになってしまったの」
思わず、苦笑した。
ついさっき、ヴィーテフロアに向けてあと三年、魔法学園で過ごせば、ということを言ったが、
「五年前かの。おったなぁ、学園の歴代生徒会長の中で《《唯一究極魔法を使えず》》、《《ゼウィスの再来とまで期待され》》、卒業後ヴィーテフロアの近衛になった者が」
「下らないな、ヘラ。英雄の再来になどなるつもりはもとより微塵もない」
「ほう? ならばお主は自らをなんと定義する?」
その問いに。
ヴィーテフロアを護り立つ女―――パラス・パラディウムは答えた。
「忠誠―――姫様の騎士だ」
ヴィーテフロア
小二病大爆発
ヘラ
BBAなので当然強い
パラス・パラディウム
みなさま、覚えておいででしょうか
グレード2始まって、急にポップした狂気の忠誠モブを
えぇ!? ラスボスの片割れとグレード2のヒロインの因縁バトルに急にポップしたモブが参戦を!?
アルマに瞬殺されたのに!?
できらぁ!!!