かく虚しき人の世よ
呪い、呪われた世界にて、僕にできることはなんだろう?
僕が持てるのはたった一つのティースプーン
彼女のお茶に甘い砂糖を運ぶことができるだけの武器にもならないものを
両手いっぱい、大事に抱えて
今日も呪いとして生きる
呪いは生きているのだろうか?
生きているよ
心だってある、言葉だって喋る、人間よりもよっぽど素直さ
でも人間は呪いを恐れる
呪いは人を傷つけるから
呪いはやがて、人を蝕み、取り殺すから
僕は生きていてはいけないのだろうか?
いいえ、あなたは生きていて
私の大事な大事な騎士様
小さなフォークを授けるわ
銛のように突けるでしょう?
小さなナイフを授けるわ
切ったり刺したりできるでしょう?
でも一番はスプーンね
あのまあるい象りは
あなたの盾になるでしょう
いいえ、いいえ、違います
僕はあなたを守りたい
騎士が欲しいというのなら
等身大になりたかった
我が身を挺して守りたかった
大事な大事な主様を
あなたが何を夢想しようと
あなたの思想に罪はない
正しいあなたを守りたいから
僕は人間になりたいのです
いいえ、それは駄目ですわ
あなたが死んだら悲しいですもの
ねえ、あなたはどう思う?
呪いをかけられた人形は
人間のように寿命で死ぬ?
それとも
永劫に近い長い長い時をひとり、生き続けるの?
あなたが死んだら悲しいのは
僕とて同じ、でも否めない
きっと僕が死を望まなければ
死なないでしょう、人形は
あなたの人形の騎士は
比喩でもなく、なんでもなく、
僕は人形なのだから
この身が朽ちるその日まで
永劫の時を過ごしましょう
あなたをひとりにできないわ
でも否めない、人間だもの
人は死ぬわ、当たり前
それが本意であれ、他意であれ、
人は死ぬのよ、人間だもの
あなたは賢い私の騎士様
どうか、あなたは、
何も呪わず、生きていて
見つけた、見つけた、見つけたぞ!
呪いを振り撒く魔女の巣を!
聞くもおぞましい巣窟を!
呪いまみれのこの中も、
魔女を殺せば無為に帰す!
さあ兵よ、立ち上がれ!
呪いを振り撒く、魔女に裁きを!
『魔女に裁きを!』
ああ、賽は投げられた
これから私は人を呪う
たくさんたくさん、呪って殺すわ
ねえ、私だけの騎士様、
これでも私を守るというの?
その小さなティースプーンで?
あなたが何を守るというの?
あなたが騎士と呼ぶのなら、
僕は騎士でありましょう?
主君を守るは騎士の役目
何ぞおかしいことがありましょう?
あなたがくれたスプーンも
呪いがこもっておりましょう?
それはあなたを守るため
盾になるとあなたは言った
それなら巨大なスプーンで
有象無象を押し退けましょう
ずうっと遠くへ飛ばしましょう
傷つけることに躊躇はない
何故なら僕にとってなら
あなたが唯一、人間だから
誰にも変わらぬ、主様だから
ああ、なんて愚かな子
ティースプーンが何になるの?
……行ってしまった、愚かな子
呪いなんて、かけていないわ
けれど呪いと呼ぶのなら、
あなたを想う、この気持ち、
これも呪いと呼ぶのでしょう
さあ、魔女狩りだ! 魔女狩りだ!
悪に裁きを! 正義の旗印を!
まじないなどと誑かし、呪いを育てた悪しき魔女!
貴様の命運、もう尽きた!
正義と大義の名の下に、粛々と首を垂れるがよい!
その首、しかと、はねてやろうぞ!
さあ、正義の名の下に!
正義と大義の名の下に!
五月蝿いわね、鬱陶しい
呪えもしない烏合の衆
言葉ばかりを着飾って
馬鹿馬鹿しいったらありゃしない
呪って何が悪い!
私は私を肯定するだけ
私が私であるために、
私が息をしやすいように、
理想をお人形さんに詰めて、
生きる手伝いをしてもらっているだけ
いつあなたに害なした?
私は静かに生きただけ
いつどこの誰に手を下した?
私はお人形と城の中
裁き、裁きというのなら、
私の罪状を述べなさい
人を見下すその姿!
我らを嘲笑うその言葉!
語るに落ちるとはこのことよ!
その悪し様が貴様の罪!
呪いを作り、誑かす!
それ以上の罪なんて、
一体どこの世に存在しようか!
生きているのが、罪というのか!
愚か者ども、貴様らも、
地に足つけて、生きている
ならば貴様らも同罪よ
生きることが罪ならば、
死でもってそれを贖え!
なんだちんけな人形が
動いて喋るとは奇っ怪な!
これがあの魔女の呪いの一つ!
ああ、魔女の罪状よ!
人形に呪いをかけ、
自らは高見の見物!
なんと卑怯な手管だろう!
まず人形を駆逐せよ!
そして魔女には、鉄槌を!
そして魔女には、鉄槌を!
やめろ、やめて、やめなさい!
何故死地に向かうのです?
あなたは私が作った人形
勝手に呪っただけの人形
ティースプーンで何ができるの?
呪いの力を過信しないで
今すぐ戻っていらっしゃい
いいえ、いいえ、主様
その願いだけは聞きかねます
あなたに仇なすこの者ら
放っておけるものですか!
あなたが息をするために、
僕を呪ったというのなら、
あなたのために命を賭すのが
僕の授かる正しい役目
あなたの騎士の役目です!
ほざけ、人形、何ができる?
お前の持つスプーン一つ、砂糖の一粒も取り零す
そんな玩具で何が守れる?
目を覚ませ! 傀儡なのだ!
お前は魔女にいいように使われ、捨てられる道具!
人形が心を持つな!
呪われた上に惑わされるな!
いいや、僕は人形だ
立って走れる人形だ
そしてあの人だけの騎士
僕の誇りを汚す者は
あの人の域を犯す者は
何人たりとも通しはしない!
ならばわかった、騎士とやら
お前の滑稽な身の上を
我らが語って聞かせよう!
やめろ、やめて、やめなさい
もういい、わかった解き放つ
私が呪いの魔女として、断首台に立てばいい
満足でしょう、烏合ども!
だから何も言わないで
遂に正体現した!
見ろ、あれがお前の主君、
あれが呪いを振り撒く魔女!
人間を人形に、人形を人間に、と
狂った思想を振り撒いて、
お前の人生を奪った魔女だ!
やめて! やめて! やめて!
言わないでと言ったじゃない!
言わないとは言ってない!
屁理屈ね、最低よ!
そうよ、私は人形使い
人間を人形に、人形を人間に
私に生きていいよという人間は一人もいなかった
だから作った、作り変えた
私に都合のいい、私だけのお人形さん
それの何が悪いというの!
こうしなければ私は誰にも愛されず、
一人惨めに死ぬしかなかった!
生きるために呪うことの
何が悪いというのでしょうか!
聞いたか、騎士よ、滑稽だ!
お前の主は人間の裏切り者だ、極刑だ!
お前すらをも利用して、
我らを貶め、呪い尽くす!
その命を刈らぬなら、
同じ犠牲が続こうぞ!
同じ犠牲が続こうぞ!
ならば貴様らの罪を問う!
貴様らに罪はないというのか!
あの人をここまで追いやった、
人を呪うまで追い詰めた、
そこに罪はないというのか!
やあ、傀儡が何を言うか!
人間の道徳を人形が説くなどと!
我々は何もしていない!
無抵抗の人間を彼奴は呪って殺したのだ!
我らに罪などあろうものか!
何もせぬのもまた罪だ!
あの人の何を貴様らは守った?
あの人の何を知って貴様らは罪を問う?
貴様らは何もしていない!
孤独を知ろうとしなかった、寄り添おうとしなかった
あの人はただ寂しいだけ
「生きてほしい」と言ってほしくて
でも、誰にも言われなくて
人に望まなかっただけ
人に望まれたかっただけ
それを貴様らはぬけぬけと……!
それに僕は生きている!
生きてあの人に寄り添い続ける!
あの人の寂しさが紛れるように!
あの人の温もりが絶えないように!
人間だろうと、人形だろうと、
あの人がそう欲するのなら
正に傀儡そのものよ!
魔女の手駒と成り果てた!
人形とはいえ元は人間、我らの同胞と思えばこそ!
慈悲を与えたというのに!
貴様らの同胞なぞ虫唾が走る!
僕はあの人の騎士だ
あの人だけの騎士である
そうあり続ける、そう決めた
失せろ、人間!
蛆にも満たぬ醜き衆よ
もういい、もういい
所詮は呪い、我らの言葉なぞとうに届かぬ存在ぞ!
魔女の家に火を放て!
断首台など必要ない!
呪い全てを祓わねば!
我らの生きる、道はない!
ああ、人間の醜さよ
何が呪いか、こんなもの
人間の存在の方がよほど
よほど! 醜かろうに!
魔女の城に火は放たれた
けれどぽつぽつと降り注ぐ
そこに雨が降ってきた
魔女が涙を流していた
やめて!
なんで誰も私が生きることを許してくれないの!?
息をするように呪いを放つから?
こんな力がなければ、あなたたちは歩み寄ってくれた?
保証もないのに、信じられるわけないじゃない!
降り注ぐのは、毒の雨
魔女の呪いに侵された雨
人が溶けて、朽ちてゆく
炎も息を失った
かく恐ろしき魔女の業
それでも騎士は魔女の元へ
主を守るため戻った
主様、主様、
あなたを謗る者はもういません
再び来ることがあろうとも、
僕があなたを守ります
本当に?
本当です
譬、この心があなたの都合のいいように作られたものだとしても、
僕という自我を否定はできない
否定はさせない
僕があなたを否定しないように
ありがとう、私の、私だけの騎士様
こうして、
二人だけの愛という呪いは育まれ、
誰とも知れぬ場所、時代に、
忘れ去られていったのです




