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一日に五十九秒の天の川

掲載日:2021/07/07

 今日は、七月七日である。七夕である。

 俺、天宮流(あまみやながれ)は、今日も五十九秒だけ好きな人に会える。この電車で、駅と駅の距離が一番近い駅。その一駅の間だけ、好きな人と電車に乗っていられるのだ。


 それにしても織姫と彦星って、会える時間的には俺より恵まれているのではないだろうか。一年に一日会えるらしいが、丸一日会えるのだろうか。仮に二十四時間丸々会えるとしたら、俺より長いぞ。

 俺は一日に五十九秒しか会えないわけで、一ヶ月で三十分。いや、休日なんかは会えないし、平日も必ず会えるわけではない。そうすると一ヶ月に二十分もない。一ヶ月に二十分ということは、三ヶ月で一時間だから一年で四時間。しかも、繋がった四時間ではなくぶつ切りだから、会話は続かない。――などと下らないことを考えていたら、好きな人が乗ってくる駅まであと二駅となってしまっていた。


 いけない、頭が混乱しているし、弱気になっている。これではいつもと同じく、ろくに会話なんて出来やしない。大好きなあの人、川島七海(かわしまななみ)さんに、今日こそ元気に挨拶をするんだ。恥ずかしがらずに、川島さんみたいに明るくおはようって言うんだ。


 川島さんを好きになったきっかけは三年前、中学一年の七夕の日。クラスで七夕の飾り付けをしているとき、たまたま川島さんの願い事を見てしまった。


『泳ぐのが早くなりますように』


 その時に偶然、川島さんが隣にいた。目が合って、話し掛けてくれた。

 そして、川島さんが泳ぐことが好きなこと、川島さんが水泳部なこと、水泳部のある中学を目当てに越境入学してきたことを知った。

 好きなことがある。やりたいことがあって中学をえらんだ。それだけで俺には大人に見えて、いつも目で追うようになっていた。気付いたら好きになっていた。


 だけど、俺は筋金入りの暗いやつ。

 そのまま告白も出来ず卒業したし、通う高校も違う。もう会うこともないと思っていたら、高校に通って三日目、電車の中で川島さんに声を掛けられた。

 嬉しかった。それだけで幸せだった。


 だけど昨日、自転車でスリップして、俺は死にかけた。なにしろ、車が服に触れる距離まで近付いたのだ。

 七夕の前日に、天の川に旅立ってしまうところだったわけだ。

 当たり前の話だが、死んだらその後は何も出来ない。一日一日の大切さに、改めて気付かされた。

 もう少し積極的になろうと決めた。そう、決めたんだ。


 そもそも、俺のことが嫌いならわざわざ挨拶をしてくれるわけない。隣の車両に乗ったりすれば良いわけで。だけど、俺がこのままそっけない態度をとり続けていたら、川島さんは遠慮して挨拶をしてくれなくなるかもしれない。


 楽しいって顔をするんだ。絶対に楽しいって顔をするんだ。


 俺は、噛んでいたガムを包み紙にくるむと、ペットボトルのお茶を口に含んだ。これで口臭も大丈夫、喉も渇いてない。話せない言い訳は、もう出来ない。


 もうすぐ、あの人が乗ってくる駅に止まる。ホームに川島さんはいるだろうか。俺は窓からまだ小さいホームを眺める。

 いつも、川島さんに先に見つけられて手を振られるのだけど、今日は先に見つけて、俺が手を振ってやる。手を振るのはちょっと恥ずかしいけど、先制攻撃だ。

 ――見つけた! よし、こっちを見てくれた瞬間に手を振るぞ。二、三秒後、川島さんも気が付いた。俺と同時に、川島さんも手を振った。引き分けか。せめて挨拶は先にするぞ。


 電車の扉が開くと、嬉しそうに川島さんが入ってくる。


「おはよう!」


「わー、おはよう。先に言われちゃった」


「今日は先に言いたくて」


「なんで? 手も振ってくれたよね」


「実は、昨日自転車で滑って、死にかけて」


「ええっ!? 大丈夫なの?」


「怪我とかは全然ないんだけど、車のタイミング悪かったらヤバかった」


「良かったー。でも、気をつけてね。怪我したら大変だよ」


「そうだね、気をつける。ありがとう。

 ……それであの、考えてみたらいつ死ぬか分からないんだから、川島さんに元気なとこ見せておかないとって思って。毎日もっとちゃんと挨拶しようと。迷惑じゃなければ」


「うん。迷惑なんかじゃないよ」


「それで俺、天宮さんに……」

 俺はそこで、言葉に詰まった。涙が目から溢れて、話せなくなってしまったのだ。


 電車のドアが開く。俺が降りる駅だ。五十九秒はなんて短いんだ。


「ごめん川島さん、また今度」

 俺な精一杯の笑顔を作って川島さんにそう言うと、慌てて電車を降りた。振り返る。川島さんも一緒に電車を降りていた。


「川島さん、なんで!?」


「だって、まだ遅刻しないし。天宮君の話、途中だし。話の続きしてよ」


「続きは、別にないっていうか」


「本当にー? いつも少ししか話せないんだから、何か言うなら大チャンスだよ?」

 全てを見透かしたような目で、川島さんは微笑む。


 川島さんの言葉に、俺は再び勇気が出てきた。川島さんがこういってくれてるんだ。ずっと電車の中で言いたくて言えなかったことを、告白してしまおう。

「じゃあ俺、川島さんと遊びに行きたい」


「良いよ。どこ行こうか?」


「プール行きたい。海でも良い」


「あ、私の趣味に合わせてくれてる? 優しい」


「いや、俺が行きたくて。ずっとすごく行きたかったから」


「へー、私とプールにずっと行きたかったんだ」

 川島さんはからかうように微笑んだ。


「だっ、ダメなら別に……」


「じゃあ、これから夏休みまで毎晩電話してくれたら、プール行こ」


「電話して良いの?」


「むしろ、しなきゃダメ」


「するよ。絶対する」


「私、天宮君がいつ死ぬか分からないって言った時、心配になって泣きそうになっちゃって。だからこれからは、毎晩声を聞かせて安心させて。お願い」


「分かった」


「私ね、天宮君に泳ぐの頑張ってって言われたの、すごく嬉しくて。覚えてる?」


「中一の、七夕の日だよね?」


「そうそう。偉いと思うって言ってくれたよね。懐かしいなあ……」


「あれからピッタリ三年だね」


「そっか、今日って七夕だもんね! なんかすごくない?」

 川島さんは子供のように喜んだ。こんな一面もあったのか。


「分かる。なんかすごいよね。七夕に縁があるっていうか」


「ねえねえ、天宮君の高校って七夕飾った?」


「うん、昨日飾った。川島さんのとこは?」


「飾ったよ」


「川島さん、願い事なんて書いたの? 早く泳げるように?」


「ううん。『好きな人と仲良くなれますように』って」


「うわ、同じだ。俺も『好きな人と仲良くなれますように』って書いた」


「叶った?」


「叶ったよ、今」


「私も今、叶っちゃった」


 二人は、涙を流しながら笑い合って、ベンチに座ってしばらく手を繋いで話をして――ふと時計を見て慌てて別れて学校に向かうも、残念ながら遅刻してしまった。

 織姫と彦星も、遅刻の面倒までは見てくれなかったようである。

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