中編 佐島くんとクレーンを食べたかった
女の子に風船を取ってあげた私と佐藤くんはその後、目的地のグルメイベント会場に無事到着しました。
砂の地面の広場に、美味しそうな料理を売っている屋台がずらーっと並んでいます。どのお店の料理も本当に美味しそうで、次々と目移りしちゃいます。
……けど、私は現在、先ほど木から落下した時の心臓のバクバクがまだ止まっていないんです。こ、こんな気分じゃ、せっかくの料理も美味しく食べられない……。
ここはいったん落ち着いて、気分を快復させるのが得策と判断。
私は佐藤くんに、今は気分が優れないことを伝えます。
……と思ったら、佐藤くんから私に話しかけてきました。
「色々な店があるなぁ。さっそく何か買ってこようか」
「あ、佐藤くん……ちょっとごめん、私は、今はちょっとパス……」
「えっ? いったいどうしたの? 期待外れだった?」
結果として、いきなり断りから入ってしまった形となり、佐藤くんを困惑させてしまいました。私は慌てて補足説明。
「あ、ううん! 違うの! どれを食べようか今から楽しみだよ! けど……」
「けど?」
「さっき私、女の子の風船を取って上げるために木に登って、それで足を滑らせちゃったでしょ? その時にびっくりしちゃって、まだちょっと気分が良くなくて……」
「あぁ、なるほど……それならゆっくりした方が良いね」
佐藤くんも分かってくれたみたいです。
感謝しつつ、ちょっと言い訳のようにさり気なく説明を追加します。
「うん、ありがと……。あの落ちる時のフワっとした感覚も怖かったなぁ……。まだ胸がドキドキしてて、お腹の調子にも影響が……」
「そっか、それは大変……待てえええぇぇぇぇぇええいっ!!?」
えっ? えっ、えっ!?
私の話の途中で、佐藤くんがいきなり盛大なツッコミ。
な、なんだろう? たぶん誤字のしわざなんだろうけど、この凄まじいツッコミ方は……。私、何をどう誤字っちゃったの!?
「お腹の子!? お腹の子って言った!? 言ったよね!?」
お、お腹の子ぉぉぉぉ!?
い、言ってない言ってないっ! まだ何もされてないしっ!
今からたくさん料理を食べるために、むしろすっからかんだよ!?
中に誰もいませんよー!?
……はっ。そ、そうか! 私が「お腹の調子」って言った時、「調」が抜けちゃったんだ! それで佐藤くんには「お腹の子」って聞こえたんだ! 私じゃ誤字をコントロールできないとはいえ、なんて誤字り方……!
「こ、この事実が五寺さんの両親にでも知られてみろ。ヴラド三世よろしく鍬で串刺し刑にされるぞ……!」
そうこうしているうちに、佐藤くんは一人で勘違いしたまま話の先に進んじゃってるし! い、今すぐ訂正しないと!
「ま、待って佐藤くん! 違うのっ! 今のは違うのっ!」
「い、いや、逃げの心配をするより、五寺さんたちを守ることを心配しなければ! なにせ俺ももう一児の父だ! 高校は退学になるだろうけど、なんとか仕事を見つけて二人を養っていかなければ!」
「佐藤くんっ! 今のは誤字! 誤字だからっ!」
「安心してくれ五寺さん! いや、優花! 俺が必ずお前を幸せに……」
はうあっ!? いきなり不意打ちで名前呼びはずるいっ!?
私、佐藤くんを止めることも忘れて思わずフリーズ。
……でも、佐藤くんもここで、ようやく誤字に気付いてくれたみたいです。
「……え、誤字?」
「そ、そうだよっ! 『お腹の子』じゃなくて『お腹の調子』って言いたかったの!」
高鳴る心臓を無理やり抑え込みながら、私は佐藤くんに手短に説明。佐藤くんは「……ああー」と気の抜けた返事をして、ようやく止まってくれました。
「五寺さんの誤字って、結構えげつないものが多いよね……」
それについては、おっしゃる通りで……。
このえげつない誤字のせいで、他人から誤解されることも数多く。
このお話のタイトルだってそうだよ。
「クレーンを食べたかった」ってなによ。食べれるワケないでしょっ!
「ご、ごめんね、ビックリさせちゃって……」
私がそう謝ると、佐藤くんは……。
「大丈夫だよ。これはこれで楽しいから。五寺さんはこれからも遠慮なく誤字ってね」
と、心から微笑みながら、そう言ってくれました。
ああ、やっぱり私の直感に狂いはなかった……。
彼こそ私の運命の人……っ!
あ、どうしよう。そんなこと考えていると、またさっきの名前呼びを思い出してきちゃった……。あれ良かったなぁ……また「優花」って呼んでくれないかなぁ……。
よし。お願いしてみよう。
私はもう一度、佐藤くんに話しかける。
「ところで佐藤くん……殺気のさ……」
「さ、殺気!? 殺気の、なに……?」
「……じゃなくて、『先ほどの』って意味の『さっき』で……」
「あ、ああ、そっちか。それで、さっきの……何かな?」
「う、うん。さっきのは無しで……」
「あ、うん、そりゃもちろん。俺たち健全な高校生だもん。子供なんてまだまだ……」
「……じゃなくて、『さっきの話』って言いたかったのっ」
あばばばばば。ダメだ、いざ頼もうとすると、緊張しすぎてまともな会話にならない。ここは一度退いて、仕切り直した方がよさそうです……。
「……ごめん。チャット、また跡出は茄子ね……誤字ラが非道すぎるcolor……」
「お、おう。まぁ、落ち着いたらまた話してね」
もはや、まともな会話どころか、まともな言葉にさえなっていません。佐藤くんの思い込みが発動する余地すら無いレベル。ここまで誤字がひどくなるのも滅多にありません……。
それから、私の体調が快復するまで、しばらく近くのテーブルで休むことにしました。
私の正面に佐藤くんが座っています。
こっちをジッと見つめています。
意外かもしれませんが、佐藤くんは私の誤字に対するリアクション以外の時は、割と落ち着いている印象です。静かで、けれど爽やかでクールな感じ? なので、ちょっと感情が読みにくいところがあります。今の私、佐藤くんにどう思われてるのかなぁ……? 少しくらいは、かわいいって思われてると嬉しいな……。
なんてことを考えていると、佐藤くんが話しかけてきました。
「……そういえば俺、五寺さんの趣味とかってあまり聞いたことないなぁ。五寺さんは何か趣味とかあるの?」
「私の趣味? んー、けっこう色々なことに挑戦して、一つに定まらない感じかな……」
これは本当。私、けっこう多趣味なんです。
皆からは「意外だ」って、よく言われるんですけど。
「五寺さん、多趣味な人なんだ。なんか意外」
やっぱり言われちゃいました。
そんなに意外かなぁ……?
他人がやっているものを見て「あ、あれ面白そう」と思い、自分も真似してやってみて、けれど理想と自分の実力のギャップに打ちのめされて長続きしない、というのがお決まりのパターン。これまでに料理とか、スポーツとか、鳥の観察とか、あとはギターにも手を出してみたことがあります。
「じゃあ、今ハマっているものはある?」
「うん、あるよ。最近は……その、ネット小説とか……」
これも本当。私の現在の趣味は、ネット小説。
それも、読む側ではなく、書く側なんです。
……け、けれど、自分でお話を書いているなんて佐藤くんに知られるのは、まだちょっと恥ずかしい……! 私の作品なんて、どれもまだブクマ10もいかないのに!
佐藤くんには悪いけれど、私が書き手だということは、今日のところは秘密にさせてもらおうと思います。もっと、他人に見せられるような作品になってから教えたいです。
「五寺さん、ネット小説読むんだ! 何読むの? 異世界転生とか?」
「そ、そうそう」
あわわ、勢いで返事しちゃったけど、私は俗に言う、あーるぴーじー系?の作品はあまり読まないんです……。佐藤くんの食いつきが意外と良くて、返事を間違えてしまいました……。
私がよく読むのは悪役令嬢モノなんです。自分で書くのもそのジャンルです。なので、さり気なく話題をそちらに移そうと思います。よし、落ち着いて……。
「あとは、あのー、あれ。爆薬令嬢とか」
「ば、爆薬!? なんだそれ新手のテロリストか!?」
こっちが聞きたいよぉ!!
それもう貴族令嬢というよりマフィアの令嬢じゃんイメージ的に!!
「……じゃなくって、悪役令嬢っ!」
「あ、ああ、なるほどね。……けど、爆薬令嬢もそれはそれで面白そうかも。婚約破棄(爆破)とか」
「ふふ、なんだか本当に面白そうだね、それ。
……次の作品のネタになるかな……?」
「え? なんか言った?」
「う、ううん、なんでも」
危ない危ない、思わず書き手メンタルが表出しかけました。
待っててね佐藤くん。ブクマ100達成できたら、その時はちゃんと佐藤くんにも教えてあげるからね。
その後、私の体調が快復したので、私たちはいよいよ出店を回ります。
私の最初の獲物は、やっぱりクレープ。そして佐藤くんは、てっきりちゃんとしたご飯モノを選ぶかと思いきや、私に合わせてクレープにしてくれました。こういう気遣いができる人って素敵だな、と個人的に思います。
あとはテーブルに戻って美味しくいただくだけ。
……けれどその途中で、私は前から来たオジサンにぶつかってしまいました。
ぶつかった拍子に、私はクレープを落としてしまいました。
「あ……ああ……クレープが……」
「なんや。なんか文句あるんか」
せっかくのクレープが、砂まみれになってしまいました……。




