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前編 砂糖くんと風船を取っ手上げたかった

 私の名前は五寺優花いつでらゆうか

 どこにでもいる花の女子高生。


 ……ごめんなさい嘘つきました。

 私はちょっと、他人とは違う特徴があります。

 緊張すると、言葉にやたらと誤字が混ざるのです。


 もちろん、好きでこんな風になったワケではありません。生まれつきなんです。私の母の家系がとある古い神社を管理しているのですが、どうもその神社の神気が私に言霊の力を与えているとかなんとか。けれどその神気が強すぎて、私の言葉をゆがめているとかどうとか。


 伝えたいことがあるのに、肝心な時に違う言葉が出てしまうこんな自分を、何回もイヤになりました。「何言ってるんだコイツ……」という冷ややかな視線を向けられたことも少なくありません。そのせいで最近は、人と話す時はいつも緊張してしまいます。


 けれど最近、一人の男子と出会いました。彼は私の誤字にいつも良いリアクションをしてくれて、いつの間にか私は、彼に誤字ってしまうのが楽しみにさえなっていたのです。


 その彼こそ、私のボーイフレンド、佐藤敏夫さとうとしおくんです。

 一緒になるなら彼しかいない、と私は直感しました。


 ……で、現在。

 私は、そのボーイフレンドとのデートに遅刻しています。


 だってしょうがなかったんです。

 出発の数分前に、リビングの時計がまさかの電池切れ。

「あ、まだ出発の時間まで五分もあるじゃーん」とか思ってたら、このザマですよ。


 私は今、待ち合わせの場所まで必死に全力疾走しています。

 あの先の曲がり角の先に、ボーイフレンドの佐藤くんがいるはずです。


 この場面、もし私が制服を着てて、今日が学校の入学式とかだと、ラブコメの典型的パターンになりますね。食パンくわえながら「いっけな~い、地獄地獄~」なんて言っちゃったりして。


 ……「地獄地獄~」ってなんなのよぉ……。

「遅刻遅刻~」って言いたかったのに……。


 なんてことを考えているうちに、待ち合わせ場所に到着。

 佐藤くんはちゃんと時間通りに来てくれていました。

 待たせてしまったことを謝らなくちゃ。


「さ、佐藤くん……遅れてごめんね……。よりにもよって、家を出る数分前のタイミングでリビングの時計が止まっちゃって、出発の時間に気付かなかったの……」


「…………。」


 私が呼びかけても、佐藤くんが返事をしてくれない。

 とはいえ、これは佐藤くんに取って割とよくあることなんです。

 彼、ときどき見えない何かと交信しているような様子があるんです。


 私はめげずに、もう一回佐藤くんに呼びかける。


「ね、ねぇ、佐藤くん……聞いてる……?」


「ちょっと待って俺の名前がなんか特殊部隊みたいになってるんだけど……」


 どうやら私は、また何か誤字を言ってしまったらしい。

 私はちゃんと「佐藤くん」って呼んだはずなのに、会話が噛み合わない。

 それにしても「特殊部隊」って……。

 私、なんて誤字っちゃったんだろ……?


「……じゃなくって、ごめん、何の話だっけ?」


 佐藤くんが改めて私に尋ねてきました。

 気を取り直して私は、遅れてしまったことを佐藤くんに謝る。

 佐藤くんは「気にしないで」って言ってくれました。

 よかったぁ……許された。


 私たちは今日、街のグルメイベントで美味しいものを食べ歩く予定です。カレーや焼きそば、フランクフルトにアメリカンドッグ。いろいろ食べたいけれど、よく考えて食べないとすぐにお腹いっぱいになっちゃう。


 中でも一番楽しみなのは、やっぱりクレープ!

 私、スイーツだとクレープが一番好きなんです。

 あのふわふわの生地……それに包まれるトッピングたち……。

 ふふ。楽しみだなぁ。食べるのが待ちきれない。


 そんなことを思っていると、佐藤くんが話しかけてきた。


「五寺さんは、何か食べたいものはあるの?」


「うーん……私ね、()()()()が食べたいな」


 そう言って、私はハッとしました。

 今のは分かった。見事に誤字っていた。

 見れば、佐藤くんも少し困惑している。


「……それは、どっち? カレー? それともクレープ?」


「く、クレープっ!」


 慌てて訂正。


 私が言ってしまう誤字は、自分で気付くものと気付かないものがあるんです。先ほどの特殊部隊は前者。今回のカレープは後者です。


 私と佐藤くんがお話をしながら歩いていると、道の真ん中に一組の親子がいました。どうやらお子さんが風船を放してしまって、すぐ側の木の枝に引っかけちゃったみたい。


 女の子はどうしても風船を取ってほしいらしく、その場に座り込んでお母さんを困らせています。


 ここだけの話、私は木登りがけっこう得意なんです。

 だから、私が木に登って風船を取ってあげても良い……のだけど……。


 小さい頃、木登りが得意だった私は、同じクラスの男子に「サルみたい」とからかわれたことがあるんです。それを気にして、木登りとはすっかり疎遠になっちゃいました。


 もし、佐藤くんからも「五寺さん、まるでサルみたいだったよ!」なんて言われたら……うう、ダメだ。やっぱり登りたくない。せっかくなのでここは、佐藤くんに頼らせてもらおう。佐藤くんのカッコいいところが見れて、女の子も風船を取り戻せる、みんなが幸せになれるプランです。


「ねぇ、佐藤くん。風船、取ってあげたら?」


「うーん、取れるかな……? 俺、何かに登るのは昔からどうにも苦手で……」


 みんなが幸せになれるプラン、終了っ!!

 佐藤くん……木登りできないんだ……。


「けど……風船が引っかかってる場所は、そこまで高くないな。何か、長い棒とかで風船を引っかければ、なんとか取れそうかも」


 長い棒……それなら都合できそうかも。

 例のすきを召喚できれば、あるいは。

 ちなみにすきとは……いや、佐藤くんが説明してくれるかな……?


 さっそく私は、佐藤くんにぎゅーっと抱き着いて、彼に対する「好き」の感情を増幅させます。このエネルギーを練り固めることですきを作り出すことができるんです。「ちょっと何言ってるか分からない」と思われたそこのアナタ。それが正常です。


 私は、できあがったすきを佐藤くんに手渡しました。


「はいっ、これ使って」


「アッハイ。……そもそも、今のハグ、すきを召喚するのに必要だったの?」


 あー、そういえば、すき召喚のメカニズムを、佐藤くんに説明したことはなかったっけ。私が抱き着いている間、やたら困惑してると思ったらそういうことだったのね。


 ……なんだか、事情を飲み込めていなかった佐藤くんの初心うぶな反応を思い返すと、私まで恥ずかしくなってきちゃった……。私はドキドキしながら、佐藤くんに事情を説明。


「ひ、必要だったの。このすきは、佐藤くんへの『好き』の気持ちを固めて具現化してるものだから」


「そ、そーだったの!? ここに来て明かされる衝撃の真実!

 つまりこのすきは、俺たちの愛の結晶……!?」


 あ、ああああ愛の結晶……!?

 言われてみれば、そうなのかもしれない……!

 つまり私のすきは、私と佐藤くんの子供だった……!?


 お、落ち着け私。

 今はほら、女の子の風船を取ってあげないと。

 佐藤くんに、風船を取るように促すのだ。


「ほ、ほら、それより早く、風船取って()()()っ」


「あっはい、了解。ちなみに俺は主役だと思うの」


 主役? いきなり何の話だろう?

 それより今、地味に「取ってあげて」が「取って()()()」になってたんだけど、まぁ些細ささいな言い間違いよね。さすがの佐藤くんも、特に気にしないはず。


 ……なんて思ってたら。

 佐藤くんはすきで風船を動かし、さらに高い木の枝に引っかけてしまった。


「よっしゃ。上げたよ」


「…………へ?」


 私、絶句。

 女の子のお母さんも絶句している。

 そして女の子はというと……。


「あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ふ”う”せ”ん”か”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”!!!」


 そりゃそうなるよね!

 うちの佐藤くんがごめんね!

 油断して訂正しなかった私にも非はあるけどね!


 私は佐藤くんに「上げて」じゃなくて「あげて」だったことを説明。佐藤くんはあまりに激しい自身の思い込みっぷりにショックを受けているようだったけれど、まぁいつものことです。


 ともかく、このままじゃ終われない。なんとしても風船を取ってあげないと。でも佐藤くんに木登りは期待できないし、その風船はもうすきが届かない高さまで上がっちゃったし……。


 ……仕方ない。私が本気を出すしかないかぁ。

 私は佐藤くんに荷物を預けて、パッパッと木を登る。

 そして、あっという間に風船のヒモを掴んでみせました。


 木の下で、佐藤くんが驚愕しながら見上げているのが見えます。あ、こうやって驚かれるのはちょっと楽しいかも……。


「よしっ。佐藤くん、風船取ったよー……きゃっ!?」


 私が木の下の佐藤くんに呼びかけたその時。

 うっかり足を滑らせて、木から落ちてしまいました。


 薄気味うすきみ悪い浮遊感が私の全身を包みます。

 ああ、私飛んでる。あいきゃんふらーい。

 飛んでるんじゃない、落ちてるんだ。

 あいきゃんのっとふらーい。へるぷみー。


 その下では、佐藤くんが私を受け止めようと、両腕を開いて待っていました。そして私は佐藤くんの胸の中に落下して、私を受け止めてくれた佐藤くんはその衝撃で潰れたカエルみたいになってしまいました。


「あ痛たたたた……ごめん佐藤くん、大丈夫……?」


「だ、大丈夫、ゴホゴホ。身体が頑丈なのが取り柄だから俺」


 結果的に、私たちは二人(そろ)って無事だったようです。このままもう少し、倒れている佐藤くんに抱き着いていたいところですが、ここは人々が行き交う通り道。イチャイチャするのはまたの機会に。


 その後、私は女の子に風船を返してあげました。

 女の子との別れ際、「カッコよかった」と言ってもらえました。

 木登りでそんな風に言われたの、久しぶりだなぁ。嬉しいなぁ。


 それから私は、木登りが得意なことを佐藤くんに驚かれながら、グルメイベント会場へと向かいました。ちょっと、落下した時の心臓のバクバクが続いてて気分が優れないのだけれど、到着するころには良くなってる……よね?

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五寺さんと佐藤くんの馴れ初めを描いた前作はこちら。
同じクラスの五寺さんは緊張すると誤字る
― 新着の感想 ―
[良い点] お互いに嗜虐心を持っているのが面白いですね。 視点の違いが綺麗に描かれていてお見事です。
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