後編 五寺さんと悪漢を成敗したかった
引き続き、グルメイベントの会場にて。
なにやらコワモテのおっさんが五寺さんにぶつかってきて、その拍子に五寺さんはクレープを落としてしまった。明るい黄色の生地のクレープが、砂にまみれてしまった。
「ああ……クレープ……私のクレープが……」
涙目でクレープを拾い上げる五寺さん。
一方のオッサンは、全く悪びれる様子が無く。
「ふん。イチャイチャしてよそ見しとるからや。前見て歩けや」
そう吐き捨てて、おっさんは立ち去ろうとした。
……ざけんな逃がすワケないだろうが。
俺はオッサンの肩を捕まえて、オッサンを止める。
「おいコラちょっとオッサン――」
だが、そのオッサンは振り向きざまに右フックを繰り出し、俺の頬を殴りつけてきた。
「じゃかあしゃあ!」
「痛ったぁ!?」
「さ、佐藤くん、大丈夫!?」
「ワシはパチンコに負けて気分が悪いんや! 引っ込んどれボケッ!」
地面に倒れる俺に向かって怒鳴り散らすオッサン。
今どき、こんな腐った人間がいたとは……。
周りの人たちもこの騒ぎを聞きつけ、人だかりができ始めている。
このオッサンの口ぶりから察するに、恐らくパチンコに負けて腹いせに、五寺さんに八つ当たりしてきたのだろう。ここはひとつ、五寺さんに手を出した制裁を与えなければ。
観衆が見守る中、俺は殴られた頬を手で押さえながら立ち上がる。
そして、渾身の眼力でオッサンを睨みつけてやった。
「なんや。やるんかコラ」
「……この佐藤敏夫は、いわゆるリア充のレッテルをはられている……」
「は? なんやいきなり」
「五寺さんとの仲を必要以上に自慢して、いまだに俺から距離を取っている男友達もいる……」
「そらお前が悪いわ」
「食堂で五寺さんとイチャイチャしながら飯を食べ、その熱にあてられてしまった非リアたちは、もう2度と食堂へ来ねぇ」
「まぁ、お前が悪いわ」
「『五寺さんってどんな子なの?』と聞いてきた女子のクラスメイトに、五寺さんの素晴らしいところを百二十項目ほど説明してドン引きされる、なんてのはしょっちゅうよ」
「どう考えてもお前が悪いわ」
「だがそんな俺にも、はき気のする『悪』はわかる!!
『悪』とは……五寺さんを泣かせるやつのことだ!!」
「さっきから何なんやお前!! 最初から最後までノロケやないかい!!」
「きさまがやったのはそれだ! だから、おめーは俺が裁く!」
オッサンの意識がツッコミに向いたところで、俺は一気にオッサンに殴りかかる! 普通ならこんな不意打ちは罪悪感が伴うが、五寺さんを泣かせたてめーにゃあ一片の憐みもねーぜ!
「じゃかあしゃあ!」
「痛ったぁ!?」
だが、俺の不意打ちも虚しく、オッサンは俺を返り討ちにしてしまった。
このオッサン、コワモテの見た目に違わず強いぞ……。
「はんっ、口ほどにもないガキやな。もうええわ」
などと勝手なことを言って、オッサンはその場を立ち去った。
周りの人たちも、どよどよと困惑している。
ああ……俺はしょせん、頑丈なだけのノーマルな高校生。
あんなヤクザもどきみたいなオッサンに、勝てるワケなかったのだ……。
……だが、その時だった。
この場を去ろうとしていたオッサンの前に、五寺さんが立ちはだかった。
……って、五寺さん何してるの!? 危ないよ!?
「なんや女コラ。やるんか」
「……私」
「ああ?」
「私、あなたのこと、機雷です」
そう言って、五寺さんはどこからともなく機雷を取り出した。
ちなみに機雷とは、いわゆる海に浮かべる爆弾だ。
敵の船の船体に穴を開けて、沈めてやるための兵器だ。
形状としては、人間の身長より大きい鉄球みたいな感じ。
……いや待って待って待ってぇぇぇ!?
五寺さん、なんつーモノを召喚してるんだぁぁ!?
五寺さんの身長よりデカい球体が、五寺さんの背後に鎮座しているぅぅ!?
見れば、あのオッサンも腰を抜かして仰天している。そりゃそうだ!
「ちょっ、待っ、な、なんやそれ!? ホンマになんやそれ!?」
「機雷です」
そう言って、五寺さんは機雷に付いている鎖を握り、それこそファンタジーに出てくる鎖付き鉄球のように機雷を振り回し始める。五寺さんより大きい球体がブンブンと回転し、周囲の砂が突風で渦を巻き始めている。
あのオッサンを見てみれば、もう顔面蒼白である。
これから自分が辿ることになるであろう運命を悟っている顔だ。
「わ、悪かった! お嬢ちゃん、悪かった! 謝る! 謝るから! そうだ、クレープも弁償する! だ、だから、それだけはやめてくれ! それだけはぁぁ!!」
「あなたなんか……大っ機雷ですっ!!」
そして五寺さんは、遠心力がたっぷりと乗ったその機雷を、思いっきりオッサンに叩きつけた。ドグォォォン、と爆発音。周囲のビルよりも高く、爆煙が空へと上がっていった。
その後、警察と救急車がやって来て、消し炭となったオッサンを病院へと運んでいった。このオッサンは方々で粗相を働いていたという暴漢で、その他の余罪も合わせて、そのうちムショにしょっぴかれることになるだろう、という話だ。
ちなみに、オッサンを派手に爆破した五寺さんだが、暴行罪や過剰防衛などで一緒に警察のお世話になる……ということはなかった。
というのも、この騒ぎを見ていた人たちが揃って『あのオッサンは謎のガス爆発に巻き込まれただけ』と口裏を合わせてくれたのだ。きっと皆も、あのオッサンには迷惑していたのだろう。
そして俺は、ここに誓う。
今後、五寺さんは絶対に怒らせないようにしよう。
ともあれ、これにて一件落着。
グルメイベントに、再び平和が戻ってきた。
さぁ改めてイベントを満喫するぞ、と思った矢先に。
五寺さんが何も言わずに、俺にひしっと抱き着いてきた。
「ご、五寺さん? いきなりどうしたの?」
尋ねる俺。
五寺さんは俺に抱き着いたまま、ぷるぷると震えているようだ。
そして俺の胸に顔をうずめたまま、涙声で返答してきた。
「こ……怖かった……ぐすっ……」
ん”き”ゃ”わ”い”い”。
俺はあまりのかわいさに悶え死にそうになりながらも、依然として俺の胸に抱き着いてくる小動物に声をかける。
「あ、怖かったのか。五寺さん、余裕でオッサンを圧倒してたから、五寺さんは怖くないのかな、なんて少し思ってたけれど」
「そんなワケないよ……超怖かったよ……怖くて緊張して、『嫌い』が『機雷』になっちゃったもん……」
「あ、あー。そういえば確かに、五寺さんの誤字は緊張すると発動するんだったっけ。ちゃんと緊張してたんだな」
「うん……。でも、佐藤くんが殴られたから、私、頑張って仇を取ろうと思って……」
「俺のために、あんな無茶をしてくれたのか……!」
「私、頑張ったんだよ……褒めて……」
「よしよし。えらいえらい。ありがとう五寺さん」
俺は五寺さんの頭を撫でる。
背中もさすってやる。
これたぶん一生こうしていられるな。
「それじゃあ、新しいクレープを買わなきゃね……」
少し残念そうに呟いた五寺さん。
ちなみに俺のクレープは落とされていないので無事である。
オッサンに殴られた時も、このクレープは死守してやったぜ。
これはもう、俺のクレープを五寺さんにあげるしかないでしょ。
「はい五寺さん。俺のぶん食べていいよ」
「え、そ、そんな、悪いよ。新しいの買えば良いだけだし……」
「もともと五寺さんがクレープ食べたいって言い出したんだし、今すぐ食べたいだろ? 俺はまた自分のぶんを新しく買ってくるから気にしないで」
「じ、じゃあ、私がお金出すから……」
「いいよいいよ。俺のおごりで。助けてもらったぶん、ここくらいカッコつけさせて」
「そこまで言うなら……うん、わかった。ありがとう佐藤くん」
笑顔でお礼を言う五寺さん。
その笑顔で百万円分のおつりが来るってもんだ。
ねんがんのクレープを手に入れた五寺さん。
可愛らしいお口を小さく開けて、端の部分をはむっと食べる。
「美味しい……!」
「それは良かった」
満面の笑みで感想を述べる五寺さん。
二度続けての五寺さんの笑顔に、俺は尊さのあまり肉体を消し飛ばされそうになった。
思えば、俺も昔、母からクレープを買ってもらったことがある。黄色い生地はふわりとした食感で、生クリームは優しい甘さで、こんな素晴らしいクレープを貰える俺は、きっと特別な存在なのだと感じました。
今では、俺は五寺さんの彼氏。
五寺さんにあげるのはもちろんクレープ。
なぜなら、彼女もまた特別な存在だからです。
どこかで聞いたような文だって? 気にするな。
一方、クレープを食べ終えた五寺さんは、途端に真剣な表情になって、しかし緊張気味な様子で俺に話しかけてきた。
「ね、ねぇ、佐藤くん」
「ん? どうしたの、五寺さん」
「さっきのさ、ほら、えっと……誤字がひどすぎて、私が中断した話……」
「ああ、あの話ね」
この公園に着いた時、「お腹の子」のくだりの次に出た話だ。五寺さんはひどく緊張していて、その話を中断せざるを得なくなったのだけれど、ようやく話せる精神状態になったのだろうか。
「そ、その……お、お、『お腹の調子』の話の中で……佐藤くん、私のこと『ユンボ』って呼んでくれた」
「いや呼んでない呼んでない」
「ごめん、今のは誤字。さっき……下の名前で呼んでくれたよね?」
「そういえば確かに、勢い余って五寺さん下の名前で呼んでしまったような……」
「ねぇ佐藤くん……もう一回、私のこと『ユッケ』って呼んで……?」
「ゆ……?」
五寺さん、自分のことを「ユッケ」って呼んでほしかったのか。
いや落ち着け俺。それは流石に有り得ないだろ。さっき五寺さんは「下の名前で~」って言ってたし。だからここは、こう呼ぶのが正解だよな? そうだよな!?
「じゃあ……優花」
「……ふふ。ふふふ……」
俺にそう呼ばれると、五寺さんはすごく嬉しそうに笑い始めた。
そして、花も恥じらうような素敵な笑みを浮かべて、返事をした。
「なぁに? あなた♪」
その一言と、五寺さんの女神のようなスマイルによって俺の魂は浄化され、光の彼方に消え去ったところで、このお話は終わりである。
俺の彼女の五寺優花さんが、数寄すぎて困る。




