中編 五寺さんとクレープを食べたかった
女の子に風船を取ってあげた俺と五寺さんはその後、目的地のグルメイベント会場に無事到着した。
イベントの会場は、街中の中央公園の広場を利用して行われている。普段は子供たちがキャッチボールをするであろうグラウンド、その外周に沿うようにたくさんの店が並んでいる。
店で売られている料理も様々だ。たこ焼き、焼きそば、カレーといったB級グルメはもちろんのこと、五寺さんが好きそうなスイーツ類も数多い。ラーメンを売っている店まである。
俺は横一列に並んだ出店を眺めながら、五寺さんに話しかける。
「色々な店があるなぁ。さっそく何か買ってこようか」
「あ、佐藤くん……ちょっとごめん、私は、今はちょっとパス……」
「えっ?」
予想外の台詞に、俺は思わず五寺さんの方へ振り返る。
もともと彼女の要望でこのグルメイベントに来たのに、それをパス?
「いったいどうしたの? 期待外れだった?」
「あ、ううん! 違うの! どれを食べようか今から楽しみだよ! けど……」
「けど?」
「さっき私、女の子の風船を取って上げるために木に登って、それで足を滑らせちゃったでしょ? その時にびっくりしちゃって、まだちょっと気分が良くなくて……」
「あぁ、なるほど……それならゆっくりした方が良いね」
「うん、ありがと……。あの落ちる時のフワっとした感覚も怖かったなぁ……。まだ胸がドキドキしてて、お腹の子にも影響が……」
「そっか、それは大変……待てえええぇぇぇぇぇええいっ!!?」
ちょっと待て今なんつった!?
お腹の子!? お腹の子って言った!? 言ったよね!?
嘘でしょ俺まだ五寺さんに何もしてないよ!?
でも五寺さんはいま確かに「お腹の子」って……!
「こ、この事実が五寺さんの両親にでも知られてみろ。ヴラド三世よろしく鍬で串刺し刑にされるぞ……!」
「ま、待って佐藤くん! 違うのっ! 今のは違うのっ!」
「い、いや、逃げの心配をするより、五寺さんたちを守ることを心配しなければ! なにせ俺ももう一児の父だ! 高校は退学になるだろうけど、なんとか仕事を見つけて二人を養っていかなければ!」
「佐藤くんっ! 今のは誤字! 誤字だからっ!」
「安心してくれ五寺さん! いや、優花! 俺が必ずお前を幸せに……
……え、誤字?」
「そ、そうだよっ! 『お腹の子』じゃなくて『お腹の調子』って言いたかったの!」
「…………ああー」
一瞬、マジで目の前が真っ暗になりかけました。
これから先の未来どうしようって、本気で思いました。
「五寺さんの誤字って、結構えげつないものが多いよね……」
「う、うん。ごめんね、ビックリさせちゃって……」
「大丈夫だよ。これはこれで楽しいから。五寺さんはこれからも遠慮なく誤字ってね」
思えば、五寺さんと付き合うと決めたあの日も、俺はそんなふうなことを思ったっけ。五寺さんの誤字はきっと、俺の人生をさらに楽しく彩ってくれるぞって。きっと、いま俺の背筋を流れているこの冷や汗も、しばらく経ったら良い思い出になるだろう。
今世紀最大の誤解が解けたところで、五寺さんが再び俺に話しかけてくる。なにやら、やたらと緊張した面持ちで。
「ところで佐藤くん……殺気のさ……」
「さ、殺気!? 殺気の、なに……?」
「……じゃなくて、『先ほどの』って意味の『さっき』で……」
「あ、ああ、そっちか。それで、さっきの……何かな?」
「う、うん。さっきのは無しで……」
「あ、うん、そりゃもちろん。俺たち健全な高校生だもん。子供なんてまだまだ……」
「……じゃなくて、『さっきの話』って言いたかったのっ」
「ご、ゴメン。でも今のは自然過ぎた。それで、さっきの話って?」
「……ごめん。チャット、また跡出は茄子ね……誤字ラが非道すぎるcolor……」
「お、おう。まぁ、落ち着いたらまた話してね」
なぜか五寺さんはやたらと緊張しまくっており、いつにも増して誤字だらけ。壊れたコンピューターみたいになってしまっている。
確かにこれではマトモな会話にならない。こんなに緊張して、何を話そうとしていたのかは大変気になるけど、五寺さんが落ち着くのを待った方が良いだろう。
五寺さんの体調と緊張が回復するまで、俺たちは近くのイスに座ってくつろぐことにした。この広場には現在、今回のイベントのために野外用のイスやテーブルがたくさん設置されている。座る場所には困らない。
丸形のテーブルに向かい合うように、俺と五寺さんはイスに座る。
俺の正面の五寺さんは、ちょこんとお人形のように姿勢よくイスに座っている。はいかわいい。俺死亡。
黙って座っているだけなのも退屈なので、俺は五寺さんに話しかけてみる。何か、良い感じの話題はあるかな……。
「……そういえば俺、五寺さんの趣味とかってあまり聞いたことないなぁ。五寺さんは何か趣味とかあるの?」
「私の趣味? んー、けっこう色々なことに挑戦して、一つに定まらない感じかな……」
「五寺さん、多趣味な人なんだ。なんか意外。じゃあ、今ハマっているものはある?」
「うん、あるよ。最近は……その、ネット小説とか……」
お、ネット小説かぁ。俺もときどき読んでるなぁ。
知ってる話題が来てくれたことで、俺は頭の中で舞い上がる。
これは楽しいお話ができそうだ。
一方の五寺さんは、なぜかちょっと恥ずかしそうな様子だ。
自分の趣味を開示して、少し気まずくなっているのだろうか。
これは、話の引き際を見極めるのが大事だな。俺のトーク力が試される。
「五寺さん、ネット小説読むんだ! 何読むの? 異世界転生とか?」
「そ、そうそう。あとは、あのー、あれ。爆薬令嬢とか」
「ば、爆薬!? なんだそれ新手のテロリストか!?」
「……じゃなくって、悪役令嬢っ!」
「あ、ああ、なるほどね。……けど、爆薬令嬢もそれはそれで面白そうかも。婚約破棄(爆破)とか」
「ふふ、なんだか本当に面白そうだね、それ。
……次の作品のネタになるかな……?」
「え? なんか言った?」
「う、ううん、なんでも」
やはり少し気まずそうに苦笑しつつ、五寺さんは首を振った。
この話題は、踏み込むのはここまでにした方が良さそうだ。
また今度、推しの小説のお話でもしよう。
さて、少し時間を潰したところで、五寺さんの体調も快復してきた。俺たちは満を持して出店へと向かう。
「佐藤くんは、何を食べるの? 私はクレープにするつもりだけど……」
「五寺さんはいきなりデザートか。それじゃあ、俺もクレープにしようかな」
「え? そ、そんな、悪いよ。佐藤くんは男の子なんだから、お腹空いてるでしょ? まずはちゃんとしたご飯を食べて、それからクレープにしたほうが……」
「やだ。最初の一品くらい、五寺さんと同じものを食べたい。そして感想を言い合ったりしたい」
「あ、それ面白そう……」
「だろ? クレープにしよう」
「ごめんね。次は佐藤くんが好きなものにしようね」
「うん。ありがとう」
その後、俺たちは出店に並び、無事にクレープを二つ購入。自分たちのぶんをそれぞれ持って、俺たちは先ほどのテーブルへと戻る。
だがその途中で、正面からガラの悪そうなおっさんが歩いてきた。しかもそのオッサン、わざとらしく五寺さんにぶつかりに行く。
そして、そのオッサンと五寺さんの肩がドンッとぶつかり、五寺さんはクレープを落としてしまった。
「あ……ああ……クレープが……」
「なんや。なんか文句あるんか」
なにやら雲行きが怪しい展開になってきたところで、公判へ続く。
間違えた、後半へ続く。




