北砦の戦い・4
北砦の戦いに参戦した鹿郡領軍の兵士に、あの戦いの話をたずねると、兵士は暗い顔で答えた。
「俺は必死で逃げてたから良く分からないんだ……あの魔物が暴れだして……人が目の前で踏み潰されて……バナン隊将の逃げろって声がして――――」
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全ての準備を終え、北砦と牛郡領軍が見渡せる丘の上で、鹿郡領主レオンは鹿郡領軍の中央陣の前へに徒歩で進み、腰の黒い長剣を鞘から抜いた。
その長剣はレオンが冒険者時代に地下迷宮都市の魔人を倒して入手した一振りで、刀身から赤黒い霧のような光を放ち、その剣が魔力を帯びた剣だと誰が見ても分かった。
鹿郡領軍全兵を背にし、鈍く赤い光を残しながらレオンは長剣を掲げ、そして振り下ろした。
攻撃開始の合図。
その合図に右陣の隊将バナンは機械甲冑隊に向けて腕を回す。
「近くにいる奴は耳ふさげ〜!」
「回せー!」
「起動ー!」
合図を見た整備師達は五機の機械甲冑の背に挿した、ゼンマイ回しを一斉に回し始めた。
それを見ていた、動く機械甲冑を生まれて始めて見る、岩遺跡村の若者がマルティにたずねた。
「機械甲冑てゼンマイで動くんすか?」
「あれはゼンマイ回しに見えるがそう見えるからそう呼んでるだけ、機械甲冑の心臓を起すもんだからな」
「心臓? それってなんすか?」
「良いから今は耳塞いどけって」
マルティは答えず自分の両耳を指で塞いだ。
カァァァァァァン!!!
「うわっ!?」
キイイイイイイイイン!!!
「うっせ!?」
「耳塞げっていったろ!」
「機械甲冑てこんな音デカイんすか!?」
「デカイからここまで持って来たんだろが!」
通常の手順では、起動してから甲冑の固定具を外すが今回は既に外されており整備師が機械甲冑の背からゼンマイ回しを抜いて中の乗り手に知らせる為に、装甲をバンバンと二回強く叩いて急いで離れる。
整備師がもしもの転倒に巻き込まれないよう、十分離れるのを待ってから機械甲冑は動き出した。
荷台に乗る全長五メートルの機械甲冑は片足を地に付け、ゆっくりと上半身を起こし、二本の足で大地に立ち、白い蒸気を吹き出した。
起動には機体差はあるが、七番機から魔素を取り込むための呼吸する機械音が鳴り始め、他の四機の機体も次々に起動して立ち上がり、最後に二番機が立ち上がった。
「お、おお〜……」
岩遺跡村の若者達のように、始めて動く機械甲冑の姿を見る兵士達から声がもれる。
鹿郡領の機械甲冑隊は、領都から南に離れた大森林の入口、森林砦に配備され、動かしても領内では無く大森林側で活動するので、例え近くのリリーナの町に住む者でも滅多に見る機会は無く、こうして動く様子を民や兵士に見せるのは初めてだった。
五機ある機械甲冑の中で、最も注目されたのが東方製のような武者の姿をした八番機だった。
八番機は二本の角が生えた朱色の武者兜と両肩に盾のような二枚の装甲がある武者鎧、両腰に二本の太刀、右手には大薙刀を持ち、空いた腕を上げて他の四機に前進のアームサインを送り、ズシン、ズシンと重量のある足音を上げながら歩きだした。
その後ろを影のように続く黒い機体、七番機は八番機と違い細く、胸甲と頭部、手足に最低限の装甲しか無く、全身を黒装束を纏うように黒色の生地で包まれ、その上に投擲用の短剣を多く付けたベルトを巻き付け、腰のベルトには横と後に長剣と小刀を二本差していた。
残る三機は装備している武器以外の見た目は変わら無いが、それでも並んで進むその姿は迫力があり、兵士達には頼もしく見えた。
「運んでたあのでっかい鎧、ほんまに動くんやな……」
「ウチにもあんなんあったんやな……」
「ちょっとやかましいけどな……」
兵士達はボケ〜と、右陣から前進する機械甲冑を見送っていると。
「全隊にいいいい! まえー!」
隊長の号令に、ハッと我に返った。
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鹿郡領軍後陣。後陣といっても二十人程の集団。
シズカとマチルダ、そしてレオンの妻であるウルリカの目にも右陣から前進する機械甲冑隊が見えた。
ウルリカは領都出発前、冒険者時代以前から盗賊として動きやすくて愛用していた、裸で居るのと変わらないような身体の線がはっきりと出る黒いボディースーツを着て兵の前に現れ。夫と昔の仲間達から、兵の目に悪い、立場を考えろ、歳を考えろとガヤガヤ言われ。
スーツの上に、動きづらい厚いコートを羽織った姿で、隣にいる冒険者仲間だったテオドールに話しかけた。
「あの甲冑隊にエリスお嬢ちゃんが居るんだろ? 大丈夫なのかい?」
「何がです?」
見た目よりも体力があるテオドールは、ガチャリと金属鎧を鳴らしてウルリカに振り向いた。
冒険者時代に魔物の血を大量に吸ったメイスを腰に止めているテオドールは、侍のノスケがパーティーに入る前までは前衛もこなしていた神官戦士だった。
「戦の最中に、父の仇討ちでテオを殺しに来るんじゃない?」
「僕は彼女の父親を殺した事なんてありませんよ。利用はしましたけど」
レオンが養父のヴォルケから領主の座を譲る話しが出た頃、レオンは養子でありその若さから反対の声も多く、その反対派筆頭の重鎮が自宅の邸で突如死亡した事件があった。
調査により階段を踏み外して転落し、頭部を強く打っての事故死と分かったが、テオドールは自分の暗殺だと噂をあえて流し、レオンの為になら暗殺もすると言ってのけ、残る反対派を脅して黙らせた事があった。
「そうだけどさあ、テオの噂を信じてたりしたらどうすんのさ?」
「心配ありません、邸の階段から足を踏み外して転んだと証言したのは彼女で――」
調査中に分かった事で、死んだ重鎮は娘のエリスに酷い虐待を行っていた。
「まさか……」
「どうしたのさ?」
「……いえ、今はそんな事よりも戦いの勝利を祈りましょう」
丘を下りて行く三番機の背を見送りながらテオドールは言った。
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「よし波が立っている! 奇襲は上手く行ったぞ!」
丘をゆっくりと下りる八番機から、隊列を組んだ牛郡の兵士達が、水面に波が立つように慌てる様子を見たハチは、戦の勝利を確信し愛機に話しかける。
「勝てるぞ! あとは俺様とお前がアレをしっかり片付けれるかだ! だが慌てるな! 深呼吸して落ち着け! お前ならやれる! もう整備棟の置物じゃないお前の力を! 動き回っていた後の連中に見せつけてやれ!」
オオオオオオオオン!!!
鹿郡機械甲冑隊は丘の中頃で、突如ハチは前のバイザーを下ろし、駆け出した。
機械甲冑の基本操術教巻では、「登り、もしくは降る道では慎重に歩き、転倒に注意して進むべし。」と記されている。
だが幼年期から機械甲冑に触れ、弟と共に乗り回していたハチからすれば、このような緩い下り道は機械甲冑なら問題無く走り抜ける自信と経験があった。
八番機の後に、クルトの操る七番機も駆け出して続き、他の三名の機械甲冑は一度足を止め、慌てて追いかけるように駆け出す。
この鹿郡機械甲冑隊の坂落としに、最も驚き、慌てたのが牛郡機械甲冑隊だった。
彼らは丘の上から鹿郡の機械甲冑が五機現れて驚きはしたものの、前衛で立つ自分達四機と、後方で待機状態の六機が加わればこちらは十機なのだと数の優勢で冷静になり、敵機が丘から下りて来るまでまだ時間があり、合流の為に背を向けて下がろうとした。
だが梯形陣の端、丘から最も離れて見ていた一機が、下る三機に「待て、見ろ」のアームサインを慌てて送る。
三機が振り返った時には、東方製のような朱色の機械甲冑が既に丘を下り終え、戦闘距離にまで迫っていた。
「一番槍いいいい!」
八番機は丘を下りた勢いのままドカドカと駆けながら薙刀を振り上げ。
「我が八番機が獲ったりいいい!」
鹿郡戦記録に、後年の戦記録翻訳者達が、西方領から遠く離れた当時の東方領で、機械甲冑を製造するムラマサ工呪衆の当主と同じ名前に困惑する事になる一番槍手柄、「ハチロウ・ムラマサ」の名が記される。
ハチの攻撃を受けた牛郡の機械甲冑には背に盾と腰には剣もあったが、抜く隙も無く、両腕を上げて守ろうとした。
その判断は正しい。金属の塊である機械甲冑を斬る事は難しく、西方製の機械甲冑の武器は剣の形であっても刃に意味は余り無く重みで断ち切る為の物で、分厚い装甲がある篭手ならへこませるか傷を付けるぐらいしか出来ない。
機械甲冑で機械甲冑を倒すには、魔素を呼吸する呼吸機関を、西方製の場合頭部を破壊するか甲冑の隙間に剣を通して内部を、乗り手を直接殺すしか方法は無い。
――だが、ハチの攻撃は、火花と血が飛び、機械甲冑の両腕を斬り飛ばした。
瞬時。
振り下ろした薙刀の刃を返し、下から突き払う。
分厚い胸甲の装甲を火花を飛ばしながら縦に、喉元まで、乗り手が前方を見るための溝穴があるバイザーを切り裂き、敵機は仰向けに倒れた。
中の乗り手は連続の斬撃と、目の前の装甲が裂けて火花が飛び、倒れた衝撃でパニックを起こしたのだろう、先を失った両腕と、両足をバタバタと出鱈目に動かしている。
八番機は倒れた敵機の頭部に、薙刀の尖った石突きを突き刺し機械甲冑の呼吸機関を破壊して行動不能にした。
「ふううううう……良し! 出来るじゃないか! その調子で次だ!」
ハチのような東方出身の機械乗り達は、剣の刃にノコギリのような細い刃が付いた武器で、「斬る」事に鍛錬を重ねる。
二、三度切れば刃は折れたり曲がるので、東方の機械甲冑乗り達は複数の武器か、刀身を捨てて交換式の武器を多く用いる。
頭部に突き刺したまま、刃が曲がった薙刀から手を離し、腰の太刀を抜いて次の敵を探した。
敵はまだ三機居る。すぐに見つける。自分と八番機に向って三機の機械甲冑が迫る。
「さっき戦って分かったが、奴らも俺様達と同じ駆馬四式だ、性能差は互角、あとは乗り手の腕と……」
敵三機のうち後方の二機に、手筈通りエリス達の三機が飛び掛かる。
三番機が構えた大盾で一機を撥ね飛ばし、もう一機に一番機が腰を落し小剣ごと突っ込んで脇を刺し、二番機が滅茶苦茶に槍で、突くのでは無く殴りつけている。
「……戦術しだいだ!」
ハチの口の端がつり上がった。
残った一機は一度後方を見て、それでも長剣を構え、八番機と向き合う。
この状況になっても怯んだ様子が無く、その肩に他の機体には無い紋章があった。
「こいつが隊長機か」
八番機も太刀を構え睨み合う。
「できる……いや! これは良き敵! いざ!」
スコン。
「あ」
敵隊長機の頭部に一本の短剣が刺さった。呼吸機関までは届かなかったが驚いた隊長機は攻撃のあった方向に機体を向け。
スココン。
「ちょっ! おま!」
続けて二本の短剣が刺さり、一本は今度こそ頭部の呼吸機関を破壊したと同時に、喉元のバイザーにも短剣が刺さり、隊長機は前のめりで倒れた。
「お前空気読めよおおおお!」
機械甲冑で「物を投げて当てる」という、簡単そうで高度な操術が必要な攻撃で隊長機を倒したクルトの黒い七番機を、八番機のハチはこれまた高度で細い操術が必要な「指差し」という操作をして怒っている。
声はお互い聴こえないが七番機は「何だ? 敵は倒しただろ?」と左の手のひらを上に向けて返事をし、まだ戦ってる味方の方向に機体を向けた。
ハチも思い出しエリス達を見た。
一番機と二番機は、一機の敵を二機掛かりで組伏せ、その頭部に小剣を突き刺していた。
一番機は立ち上がろうとしたが二番機と絡まったのかまた倒れた。不格好だが勝ちは勝ちだ。
三番機は撥ね飛ばした敵機に馬乗りになり、大盾を捨て、ハチが譲り渡したミスリル製の小刀を抜いて頭部を刺そうとしているが、敵も必死で腕を押さえて抵抗している。
エリスの援護にと七番と八番機は駆け出そうとしたその時。
背後で一瞬の赤い光と、自機の影が長く伸びた事にハチは驚き、背後を振り返った。
狭い視界でも分かる。
衝突している鹿郡領軍と牛郡領軍の更に奥、火の玉を放てるという鉈を構えた巨大な化物、蟲騎士の姿が見えた。
「ナナジか? 何処を撃っている?」
だがバナンの作戦通りだと機体の向きを戻し、三番機の戦う方向に向ける。
エリスの三番機は。
敵機に体勢を返され。
喉元のバイザーに剣が突き刺さっていた。
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