その男、狂人につき
牛郡領は魔物の巣窟である大森林の伐採と開拓で拡がった領地である。
その為開拓村への魔物の襲撃が日常的に起こり、中には大きな村でも一日で消滅する事など珍しくなかった。
その村は、滅ぶ寸前であった。
村を守る守備隊が全滅し、逃げ惑う村人達が森オークの群れに襲われていた。
本来は村をすっぽりと囲み魔物から守るはずの防柵は、村の中にオークが侵入し、村人達の逃げ道を塞ぐ檻になっている。
一人の村娘が、泣きながら丸太で出来た丈夫な防柵の間から出ようとするが、間が狭く出る事が出来ない。
「出れない、出れないよお……っ!?」
「おんな、おんな、いた、わかい!」
後ろから一匹の森オークが現れた。村娘を見つけ、喜びの声を上げる。
「わかい、おんな、やわらかい、にく、たのしむ」
「嫌……嫌……」
村娘は腰が抜けて座り込み、スカートに恐怖が漏れ出て出来た染みが広がる。
オークは村娘に近付き、濡れたスカートに鼻を付けて匂いを嗅ぐと口からボタボタと涎を流しながらブホブホと笑う。
「あは……はは……」
村娘は泣きながら、目から光が消え、オークに釣られるように力無く笑う。
森オークの臭く長い舌でベロリと顔と涙を舐められても、村娘から反応が無かった。
「うんまい、おんな、たのしい!」
森オークは村娘の衣服を掴み、引き裂く。
轟音。
すぐ側の、オークでも破壊するのが難しい丈夫な防柵が、轟音と共に吹き飛んだ。
砕け開いた防柵から子供のような子柄な人影が入ってくる。
オークと、轟音で心が戻った村娘はそれを見て唖然としている。
「楽しむ前にすまんな。死んでもらう」
子柄な人物はフードで顔隠し、男の声で右手に持つ棍棒をオークに向けて言った。
「じゃま! たのしむ! きえろ!」
「言葉をお勉強したのか? 偉いな」
「しね! つぶれろ!」
森オークはフードの男に飛び掛かった。普通の人間はオークの怪力には叶わない。
ゴッツン!
鈍い音と共に、オークの頭が異様な形に潰れて倒れ、動かなくなった。
フードの男はポタポタとオークの血と脳液が滴り落ちる棍棒を肩に乗せている。
「あ……ああ……!」
村娘は男の纏う装備に牛郡領軍の紋章に気付き、喜びの涙が流れた。
助けが来たのだ。
「ありがとうございます! ありがとうございます! このご恩は、ひっ!?」
だが感謝の言葉は途中で悲鳴に変わる。
男のフードがずれ落ちて素顔が見えたのだ。
男は頭の潰れたオークを見ながらニタリと笑っていた。
「いやあああああ!」
男は村娘の悲鳴にハッとしてフードをかぶり直す。
「いやあああ! いやあああ! 助けてえええ! ここにも魔物が居るううう!」
悲鳴を上げ続ける村娘の側で、男は棍棒で肩をトントンと叩きながら溜息をついた。
「保護しろ」
「はっ!」
ゾロゾロと十数人、地面に伏せて隠れていた人間の兵士達が、身の上にかぶっていた土色と草色の斑模様に染められた布を捨てて立ち上がり、数人が村娘を外へと連れ出していく。
村娘は最後までフードの男に、オークを見るのと変わらない、怯えた目で見ていた。
「分隊長……」
フードの男は分隊長と呼ばれた。
「奇襲は失敗したが作戦通り正門から突入する本隊とでオーク共を挟み撃ちする。行くぞ!」
「はっ!」
「分隊長殿! 本隊から伝令です!」
防柵の外から呼ばれた分隊長は振り返り、息を切らせた伝令から話しを聞いている部下にたずねた。
「本隊はどうした? 小隊の突入は?」
「それが、突入前に将旗を上げて無い所属不明の騎士隊が正門から突入したと」
「何だと?」
正門のある方角から金属がぶつかる音、そしてオークの悲鳴が聴こえた。
戦闘はもう始まっている。
「その騎士隊はオークと戦っているのだな」
「その様です」
「なら良い、このまま行く。後から来た連中に手柄を横取りされるな!」
「はっ! 分隊長に続けえ!」
分隊長は棍棒を肩に乗せ、兵達を引き連れ、戦いの音がする戦場に向かった。
ーーーーーー
日の高い内にオーク共の掃討が済み、村の中を歩きながら俺は愚痴りまくっていた。
「ふざけるなよあの女! 泥だらけになりながら柵に近づいたのに悲鳴で奇襲を台無しにしやがって!」
本当なら静に柵を切り開いて村の中に侵入し、本隊の小隊と戦う森オークの背後から奇襲する筈だった。
それが柵の目前で、村の女がやって来てあの騒ぎだ。
愚痴を聞く部下が、一応は警戒しながら続く。
「奇襲もなにも、分隊長殿が柵をあんな音を立てて打ち破った時点で失敗しています。近くに他のオークが居なかったのが幸運でした」
「ちっ!」
ムカつくが優秀な部下の言う通りだ。
だが柵を打ち破ったのは森オークのお楽しみを見せられ、……世の中には喜ぶ奴も居るそうだがそんな変態はうちの隊には居ない、戦う前から兵の士気が下がるのは、奇襲が失敗するよりも最悪な事だったからだ。
そこへ、村の中に隠れたオークを探していた班の班長が報告しに近づいて来た。
「ぶんたいちょ〜スキルも使い、確認してきました〜もうオーク共は居ないみたいですよ?」
「良し、小隊副隊長殿に報告する。お前の班はもう一度確認のため一軒一軒見て回れ、地下室も忘れるな」
「え〜? もういいじゃ無いですか〜」
班長の間延びした声の不満を聞いて、俺はフードの中で目を細めた。
「ほお、早く終わらせてお前もオークの片付けと村人の遺体回収をしたいのか、仕事熱心で結構な事だ」
「あっ! ゆっくりじっくり村を見て回ります!」
「良し、行け」
「はっ!」
班長は仲間に手で合図を送りながら離れて行く。
俺と部下の二人は報告の為に歩いていると、村の真ん中にある通りに出た。
俺達がいる場所から通りを挟んだ反対側に、戦闘に乱入して来た二十人程の騎士達が、生き残りの村人達に囲まれ、村を救ってくれた感謝の言葉を受けていた。
その中から一人の騎士が俺達に気付き、こちらに向おうとするが、その前を村の若い娘達が塞ぎ、お礼のキスを贈られ動けなくなる。
その中には俺が助けた村娘も居た。
「全く村人達が羨ましい、騎士様に村を救って貰えるとはな」
「挨拶に行かなくてよろしのですか?」
「小隊副隊長殿に押し付ける。俺が行くと間違えられて殺されかねん」
顔を隠したフードを掴んで引っ張り、深くかぶり直した。
「逆でしょ」
「何だと?」
「いえ、何でもありません!」
窓の無い民家の一室で休んでいた髪の薄い小隊副隊長殿に報告を済ませた。
「村の中に隠れたオークの掃討が済みました。我が分隊に損害は無しであります」
「ご苦労、全くうちの小隊は優秀だな、二十二匹のオークの群れを相手に、五十人の小隊で負傷者はあっても戦死者無しとは。……ああ小隊隊長殿が単身で逃げたオークを追い、行方不明だったな」
「あの男が?」
村と小隊を捨てて逃げた男が名誉の戦死かよ。
「そう報告しないとロメロ閣下が納得せん。捜索班は出した」
見つからない物を探しに行く班には悪い事をした。
「死体が発見出来れば良いですな」
「全くだ。そうそう実は小隊長殿のゴミを拾ってな。済まんが捨てといてくれ、ゴミは燃やして捨てるに限る」
そう言って小隊副隊長殿は机の上に、手で持てるサイズの包を置いた。
「了解しました」
包みを受け取る、軽い、中は紙、手紙か? 抜け目の無い小隊副隊長殿の事だ、金品はもう抜き出したに違い無い。
部下を見ると自分は何も見ていないと言わんばかりに、壁の方へ顔を向けていた。
全く、本当に優秀な部下だ。
「副隊長殿、もう一つ、あの騎士隊の事ですが」
「何か分かったか?」
「いえ、もうこちらから挨拶をしに行った方が速いかと」
聞いて小隊副隊長殿は嫌そうな顔をする。
「手柄を横取りした貴族様に挨拶しろと?」
「自分が行って良いなら行きますが?」
そう言いながら小隊副隊長殿にフードを上げ、顔を見せる。
「ああ分かったよ! お前はゴミの方を頼むぞ」
「了解しました」
小隊副隊長殿と別れ、部下に班長の様子を見に行かせ、一人村の中を歩いた。
民家を見て歩いていると、一軒の煙突のある二階建ての建物が目に入り、家の玄関前には家主だろうか顔の半分が潰れた男性の死体があった。近くには古い手斧が落ちている。
逃げようとして殺されたか、それとも家族を守ろうとして踏みとどまったか。
「この者の次の生に、良き役割が与えられますように……」
祈ってから家の中に入った。
家の床には真新しい泥の足跡が多くあった、班長達の物だろう。
だとすれば家の中にはもう誰も居ないしオークも居ない。
火が小さくなった暖炉に目を向け、さっさと済ませる事にする。
フードを下ろし、薪を暖炉に足し、中身を確認せず包みを暖炉に放り込んだ。
包と中の手紙のような紙の束が燃える。
燃える様子を見ながらフウと息を吐いた時だった。
「どうすれば良かったのかな?」
突然男の声が聴こえて驚く。
魔物達に襲われ、家主も死んでいた家に人が居るとは思いもしなかった。
フードで顔を隠す。
まさか見られたのか? 目撃者は殺さなければ……
真新しい血のシミを付けた棍棒を握り、気配を消し、足音も立てず二階へと上がる。
居た。
女騎士が一人、いや待て、さっき聴こえた声は男だった筈だ。
壁が崩れ、外が見える廊下で、銀に輝く鎧を纏った、女と見間違える程の美形の男が伸びた金髪を風で揺らし、崩れた壁から外を見ながら立っていた。
あの真銀の鎧には見覚えがある。オークの討伐中に乱入して来た騎士隊の先頭に居た奴だ。今は顔を隠す兜をかぶっていない。
「本当どうしたら良かったんだろう」
崩れた壁から外を観ながら、女みたいな顔の騎士は首をかしげまた独り呟いた。
どうやらまだこちらに気が付いていないようだ。
ふと悪戯心が擽り、顔を隠すフードを外し、気配を消すのを止めて銀の騎士に話しかけた。
「騎士様、この様な場所で、どうかされましたか?」
「え? ゴブリン!?」
こちらを見て驚きの声を上げ、貴族のお坊っちゃんにしては中々素速く、腰の細剣を抜き、構えも様になっていた。
そして、その反応には慣れている。
自分は醜い。
目はギョロリと大きく、眉は無く、鼻は顔の真ん中で二つの穴があるだけ、口は獣のように大きく、そして背丈はドワーフのように低い。
この役割の世界でゴブリンと呼ばれる下級魔物に似ている。
この顔を見てどんな反応を返すか。
その女のような顔が怒るか、怯えるか、それとも泣いて助けを呼ぶか。
部下達に聞かせる笑い話しがまた一つ出来ると期待した。
「騎士殿、どうかされましたか?」
期待で笑いそうになる顔の筋肉を押さえようとして失敗し、ニタリと笑ってしまう。
笑うと見える全ての歯が犬歯のように鋭く尖っている。
だが返ってきた反応は予想外のものだった。
「あ〜びっくりしました喋って笑うゴブリンが居るのかと。あ、大変失礼しました」
「は?」
始めての反応だ。しかもペコリと頭を下げた。
「なっ!?」
頭を下げられとは思ってもいなかったのでこっちが慌てた。
「頭をお上げください!?」
最初は貴族に対しての言葉を選んだが。
「いえ! 例えゴブリンのような顔で産まれただけで友達には虐められ、父君は家族を捨て、子のせいで母君は村で孤立し、さぞ苦労されたと思う程の不細工な顔に驚き、剣を抜くなって! 僕は何て失礼な事を!」
カッキーン! と礼儀は何処かへとかっ飛んで行った。それも合ってるでムカつく。
「結構グッサグッサくんな!? いいからその女みたいな面を上げろや!」
騎士はそう言われて涙目で女のような顔を両手で押さえながら上げた。
「ひどい! 僕が一番気にしてる事を!」
騎士は本当にショックを受けたように青い瞳を潤ませている。ちょっと色気があるのが余計に腹立つ。
「そんな綺麗な顔で酷いと言われても全然悪い気がしないですな!」
「無礼な! 謝れ! 僕は謝ったのに君も謝れ! 命令だ!」
「あ〜あ〜それはそれは申し訳ございませんでしたお姫さま〜」
「姫って呼ぶなー!」
逆鱗に触れたのか逆上し、細剣で突き掛かってきた。
何時もなら地に叩きつけるのだが。
「速い!?」
刹那、棍棒で防ぐ。
「防がれた!?」
お姫様はその攻撃に自信があったようだ、今までのが演技だったのか。
「てめー! やりやがったな!?」
その綺麗な顔を殴り飛ばそうと棍棒を顔めがけて横に振ったが、僅かに残っていた廊下の壁を叩く。
轟音。
「躱した!? こいつ!」
「壁が!?」
銀の騎士は粉々に砕ける散る壁を見て、驚きつつも怯む事無く再び剣で突いてくる。
その突きを防ぐ。
棍棒を振り下ろす。
これも躱される。
今度は連続突き。
全て防ぎ、躱す。
お互い、本気になった。
戦いながら穴の開いた壁から隣の屋根へ移り、地上に飛び降りながら叩きつけた棍棒は地面を大きく砕く。
騒ぎを聞いて、班長達と銀騎士の部下達が駆け付ける。
「嘘だろ! ぶんたいちょ〜が本気になってまだ生きてる!?」
「若様と互角に戦っている!?」
「おい! あんたらアレを止めろよ! 騎士だろ!」
轟音と共に一軒の家が崩れ落ちた。
「無茶言うな! アレに飛び込むとか自殺するようなもんだ! 雑兵の貴様らが止めろ!」
「ああん!?」
「やるか!?」
結局、更に集まった分隊と騎士達の壮絶な殴り合いの末。
「騎士殿、中々やりますな」
「ハハッ! お前こそ」
何故か気が合ったのか団結した。
「「「「うわあああああああん!」」」」
班長達と騎士達は、死を覚悟して泣きながら、まだ戦っていた俺達二人に飛び掛かかってきた。
突然視界に飛び込んできた、涙と鼻水を流した班長と騎士の二人を殴り、蹴り飛ばしてから我に返り、兵達に押さえ付けられた。
「その女面の皮を剥いでやる! こっちに来い!」
「何て野蛮なんだ君は! それが誉ある牛郡領軍の戦士か!?」
「そんなもん始めからあるか!」
「不細工な狂人め!」
「ぶっ殺してやる!」
押さえ付けられても、俺達は暫く罵りあっていた。
「若様! 挑発しないで! こいつまだ……押し返される!?」
「アイザック分隊長殿! 落ち着いてください! 相手は次期領主のウイリアム様なんですよ!」
「下手したら死刑に! 連帯責任で俺達も死刑になります! 止まって! お願い止めて〜!」
ウイリアムと始めての出会いは九年前、魔物の襲撃を受けた村の中での大喧嘩だった。
ーーーーーー
「だんちょ〜起きて下さい……閣下が……だんちょ〜!」
「うっ……?」
クソ、眠っていたようだ。それも昔の夢を見る程。
「だんちょ〜起きて下さいよ〜」
俺を起こした男は分隊長時代からの部下の一人だった。
「ああすまん、タイラー」
「だ、だんちょ〜が謝った!?」
「何を言ってる? うん?」
ここで待てと案内された部屋にあった、柔らかなソファーに座り、疲れが出たのかぐっすりと眠ってしまったようだ。
迎え側のソファーには、顔色の悪い太った男が、汗をハンカチで拭きながら座っていた。
「誰だこのデブ?」
「ロメロ閣下ですだんちょ〜!!!」
寝起きの頭にタイラーの悲鳴が響いた。
ーーーーーー




