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北砦の戦い・2

 北砦から南へ、領道沿いに進むとある村、大きな村だが流石に一千人の兵は入りきれないので、その村の外に鹿郡領軍本陣があった。


  

 陣地の設置、村の防柵の修理と整備、あと何故か村のお婆さんに頼まれ、家の壊れかかった扉の修理を終えた鹿郡工兵隊は、遅めの食事を取っていた。


「ふ〜やっと食えるぜ。腹ペコだ」

「少しだけなら酒もやって良いらしいが飲むか?」

「あ〜、いや、止めとくわ本番はこれからだしな。酔って自分の指を打ちたくねえ」

 

 工兵は陣地中央に兵に案内されて歩く軽装騎馬兵に視線を向け、金槌を手で回しながら言った。


 陣の中央を幕で覆い、鹿郡領主レオンが中心に立ち、その前にはマチルダ山賊団が直接地形を見て描いた地図、その地図の上には村の子供達から借りたのか北砦の位置に玩具の砦を置き、その正面に赤で塗られた細長い長方形の積木が三つ、少し離れて自分達が居る村の位置には青で塗られた同じ形の積木が一つ置かれてあった。

 その地図を中心に、十数人の隊長クラスの将が集まり、偵察から戻って来た軽装騎兵の報告を聞いていた。


「報告します! 北砦にて戦闘が開始されました!」


 その報告を聞いた途端、隊長達の中から老将ヘンリーが籠城から全軍出撃のきっかけとなったバナンを睨んだ。 


「そらみろ! 何が敵は引き返すだ!」


 ヘンリーと地図をはさんで迎え側にいるバナンは頭を掻きながら謝罪した。


「いや〜全く申し訳無い!」

「貴様!? 本当に悪いと思っているのか!」

「はい! とても悪い事したな〜と思っておりま〜す!」

「それが本当に悪いと思っとる顔か〜!?」  

  

 今にも笑い出すのを我慢するような表情を指さして怒鳴る。


「(こいつ戦になると本当、楽しそうだな)」 

  

 この中でバナンと一番付き合いの長い、いつの間にか機械甲冑隊副隊長になっているハチは、その変な表情を見て思った。  


「あ、あの〜」


 偵察兵が声を上げた。


「お二人とも少しお待ちを、まだ報告の途中です。どうぞ」


 テオドール神官が偵察兵に続きを促す。


「え〜っと、その〜……戦闘の発端になったのは、ノスケ砦将が牛郡領の領主を挑発したのが原因のようでして……もし挑発しなかったら、牛郡領軍はそのまま引き返す……様子でした」


 その報告に、この場にいる長達の視線はノスケ砦将と冒険者仲間だったレオン領主に集まる。


「あ〜……彼ならしそうだね」

  

 まだ二十四歳と若い領主は、その報告と視線に苦笑で頬を指でかき、その後ろでは共に冒険者の仲間であった、側近の四人が天を仰いでいた。  


「まただよ! あいつこれで何度目だい!?」


 宝箱等の罠解除を担当した元盗賊のウルリカ。

         

「だから僕はあいつを北砦の砦将にするのは反対だったんです!」


 神聖魔法で回復と守りを担当した勇者神官のテオドール。


「アハハハ! あれの運の悪さは一種の魔術だね!」

   

 仲間達を大迷宮の最下層まで導いたエルフの魔術師ココ。


「お前達止めろ! 言いたい事は分かるが後にしろ!」


 リーダーのレオンを支え、仲間達のまとめ役だった戦士のルイス。


 五人の様子で、侍のノスケ砦将は昔からやらかす事が多いのかと全員が察した。


「オホン! 始まったのなら仕方無し! 我ら戦士は敵を討つのみだ! そうじゃろ!」


 このままではレオンの任命責任になると思ったヘンリーは話しをガラリと変え、隊長達は「お、おう」と、声上げる。

 

「バナン隊将! 貴様はあの魔物を勝手に使い、何か策を講じていただろう! その策を説明しろ! 勝てるんじゃろうな!?」 

「そうだ、あの魔物は何処に行った?」

「策とは?」

「え? 勝てるのか?」


 ざわつく隊長達。 


 隊長達の中で数名は、あの巨大な魔物が領都の南門の陣で、バナンに何か命じられると頷いて立ち上がり、ピョン! と、魔物のサイズでドカン! と、陣を飛び越え走って行ったのを見ていた。

 ちなみにその際、魔物の見学に集まっていた都民の上をも飛び越えて行ったので悲鳴が上がり、驚いて腰抜かしたりと大騒ぎになった。

               

「ヘンリー隊将」

「はっ」

 

 突然女性の声で名を呼ばれたヘンリーは声の主に向けて返事をした。

 レオン達の隣で椅子に座り、手に持つ扇でパタパタと風を送って赤い髪を揺らし、赤い戦闘ドレスを纏う貴族の女、前鹿郡領主ヴォルケの次女、二の姫のシズカが椅子に座っていた。

 彼女の隣にはヴォルケの新妻、マチルダが場違いそうに座っている。

 二人は同い年の十九歳、もちろん血の繋がる親娘では無い。

 彼女達の父、夫のヴォルケは増援の集結と援軍の虎郡領軍と合流した後に、こちらに向かう予定ではあるがこの後の一戦には間に合わない。


「バナンは、このわたくしが命じて動き、わたくしの魔物を動かす事も許可を出しています、勝手ではありません」


 普段の彼女を知っている者には驚くぐらい、現に隣でマチルダが驚く程、凛とし目を鋭く細め、貴族らしく見下すような態度でピシャリと、ヘンリーを注意した。

 

 ヘンリーは頭を下げる。


「はっ! 失礼しました。バナン隊将も失礼した」

「いえ、こちらこそ老将軍閣下に数々のご無礼をお許し下さい」       


 双方ふざけた様子は消え、信仰する鍛冶の神、額に拳を当てる一礼をする。


「ではバナン隊将、君の策を話して貰えるかな?」

「はっ、では説明させて頂きます」   


 レオンに一礼したバナンはシズカにも一礼し、地図を見下ろした。  


「ですがそんな難しい策ではありません。至極簡単、半包囲の一戦で牛郡領軍を驚かせ、追い返す。子供でも思い付く策です」

「半包囲?」 


 レオンが聞き返した。 


「はい、牛郡領軍は北砦を西より攻めております。そしてナナジさ、シズカ様の魔物は更に西の、この丘の森に隠れています。魔物には合図と共に掛かるようにと命じています」


 シズカの魔物と言い直しながら、怪物の玩具を森のある丘に置いた。


「これで西と東の両方から牛郡領軍を挟んでおります」

「だがバナン隊将、北砦には例の新兵器があり半包囲として十分な打撃を与える事ができるだろうが、魔物一匹で半包囲の一翼を担えるのか?」

「ルイス将軍閣下はもし、あの巨大な魔物が突然、ガオ〜! と、飛び出してきて、その魔物に掛かれと命令された兵のお気持ちはお分かりになりますか?」


 ルイスは少し考えるように間を開け、そして笑みを浮かべた。

  

「……なる程、とても嫌だな。俺達はこのまま南から全軍で当たれと言う事か」

「その通りです。ですがここ、この丘の上を迅速に、何が何でも取って頂きたい」 


 バナンは三つの赤い駒の直ぐ南を指した。

 その位置には緩やかだが高い、北と南から上れる丘がある事が地図に記され、北砦に赴いた事がある者達の記憶にもあった。


「この丘を? 牛郡領軍にかなり近いが何故じゃ?」


 ヘンリーが聞く。

 丘の側には登らずとも砦まで領道が通っており、この道を使った方が進軍は容易い。

  

「この丘は村より出た我らを牛郡領軍から隠し、機械甲冑をぎりぎりまで接近させて起動する事が出来るのです。牛郡領軍からすれば突然自軍では無い機械甲冑の呼吸音が目の前で鳴り響くのです。考えるでしょう戦うのか、退くのかと」

「なる程のぉ。おいお前!」


 ヘンリーは偵察から戻った軽装騎馬兵を呼ぶ。

 

「はっ!」

「連中はこの丘を陣取っておるか?」

「南の丘?……あ、いえ! 自分達はその丘の上から偵察をしておりました!」

「近づけたのか?」

「はい! 顔を出すと余りにも敵が近く、慌てて隠れましたが」 

「起動している敵の機械甲冑の数は?」


 今度はバナンが聞く。


「数は十機、あ、ですが立ち上がってるのは四機、他は輸送馬車に寝たままです」


 バナンはそれを聞き、レオンに向き直る。


「レオン閣下、この策は牛郡領軍がこの丘の価値に気付く前に迅速に動かねばなりません。どうか出撃の許可を」

「分かった。バナン隊将、君には感謝しきれない、これで勝てそうだ」

「勝つ?」


 レオンの言葉にバナンはキョトンとしている。


「勝つも何も、我々はもう既に勝っております。今の北砦を攻める牛郡領軍は三千人の野盗の集まりでしかありません。追い返すだけで十分です」


 バナンの言葉を聞いた全員が目を丸くしした。


「だが戦はこれから――」

「閣下、我々は既に勝っております。我が主君、シズカ様のお働きによって」

「シズカの働き?」


 レオンは義妹を見る、この場に居る全員の視線がシズカに集まった。 

                 

 シズカは扇で口元を隠し、澄ましている。

 だが内心は……


「(え〜! こわいこわいこわい! 私何したの!? 知らない! ホント知らない! バナン説明して〜! バ〜ナ〜ン〜!)」


 自分のおかげで勝ってると聞かされ、焦りまくっていた。 



 ーーーーーー

           


 前牛郡領主の弟、クリフを筆頭に進めた戦略と計画を支えた牛郡領軍は非常に優秀だった。

 僅かな時間で兵を揃え、密かに準備し、鹿郡が最も兵の数が少ない時期を調べ上げて事を起こしたまでは良かった。


 だが当の本人は自覚していないが、戦略、戦術以前に、シズカの外交によって始めから敗北していた。



 羊郡領、羊郡領主の館。

 

「鹿郡の魔物は竜では無い事は皆の知っての通りだ、ならばこのような難癖で戦をしようとする牛郡領には反乱の疑惑がある。領境全ての関所を閉じ警戒せよ」


 竜郡領、領境砦の作戦室。 


「牛の連中、……ばあ〜かじゃね〜の〜?」  

  

 牛郡領に接する羊郡と竜郡の二人の領主は領境の関所を閉鎖してしまい牛郡領は孤立していたのだ。

 出陣していたクリフは全くその事を知らなかった。

 もし北砦を攻めず、無血で帰還していても反乱の疑惑で全ての支援を失い、牛郡領は自滅していただろう。


 しかし――


 ーーーーーー  


 牛郡領、領都から南へ、前牛郡領主の末弟、ロメロの館がある町、ここは魔物の大進行の損害と竜の襲撃もなく無傷であった。


「おお、我が町の南門が見えて来たぞ!」 

「まるで数年ぶりに帰ってきた気分であります」

「わははは! 私も同じ気持ちだよ!」

    

 部下の言葉にロメロは太りぎみの身体を揺して笑う。

 

 牛郡鉄槍の三兄弟。

 長男の前牛郡領主を、次男のクリフは軍事を、三男のロメロは内政で支えた人物だった。

 二ヶ月前、ロメロは魔物の大進行でこの町から出撃し、竜の襲撃によって崩壊した領都の救援、鹿郡領へ行進する甥のロジャーと兄のクリフを見送り、ロメロとその部隊はやっと帰って来れたのだ。


「帰れたがまだ休めんぞ、しばらくこの町が臨時の領都となるのだからな」

「忙しくなりますな」

「全くだ、兄上がお戻りになる前に主な……うん?」


 ロメロは言いかけるが南門の側に見えた物で言葉を止めた。


「何だあの陣は? 何処の部隊だ?」


 牛郡領軍の旗を掲げ、百人程の兵が寝泊まり出来る天幕が並ぶ。

 陣の前を通ると見張りの兵士だろうか、汚れで真っ黒な革鎧を纏う兵が、直立不動で目だけを動かし、ロメロ達を見ている。

 味方の軍だが正直かなり不気味だ。

     

「将旗は?」


 ロメロの部下が、軍旗に隠れるように上がっていたボロボロの将旗を見つけた。


「っ!?……角笛に、……四つの鈴、……閣下! この部隊は――」

「ロメロ閣下〜! 良くご無事で!」

「閣下! お帰りなさいませ!」 


 部下が呼ぶよりもロメロを呼ぶ者達が駆けてきた、ロメロが町の留守役を任せた者達だった。


「おお! お前達! 留守役ご苦労! 所であの部隊は何なのだ?」


 留守役の一人は声を細めて話しだす。

  

「その事ですが……閣下にお会いしたいと、ウイリアム騎士団、アイザック団長代理がお待ちです……」

「ア、アイザック?……あの、狂人アイザックがか!?」


 ロメロの顔色が見る見ると悪くなっていった。  


 ーーーーーー

           

  

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