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北砦の戦い・1

登場人物紹介


蟲騎士


〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……



ナナジ


蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無くこの世界の言葉は理解できるが話せないので蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して会話する。

 南部で唯一、魔物の大進行の混乱で鹿郡領に使者を送らなかった牛郡領の領都に、とある吟遊詩人と歌姫の二人組が居た、吟遊詩人の演奏と歌姫の美しい歌声、曲の間に二人で小芝居を入れたりと領都で人気があった。


 二人はシズカと蟲騎士の物語を、誰が聴いても分かりやすく、派手に面白くする為に一部を変更していた。


「――大森林の中頃、シズカ姫は邪龍の六つの首に囲まれ――」


 シズカ姫を襲った六匹のワームを六つの首を持つ龍に変更し。


「――シズカ姫の祈りは天に届き、一匹の竜が舞い降りる――」


 ワームを倒した蟲騎士を竜に変えた。


 その日も二人組は大通りの一角で曲を披露し、多くの人が足を止め、演奏と歌声に聞き惚れる。

 幼い娘の手を握って通りを歩く父親は、娘が手を引っ張ったので足を止めた。


「どうしたんだい?」 

「おっとさん、このおうたてなーに?」

「ん〜何だろうね、お父さんも始めて聞くよ」  


「――シズカ姫の魔物は南の村で、今も姫と共に暮らしている――」 


 曲の終わりにそれは起きた。


 吟遊詩人達の背後にある建物に、空から降ってきた何かが天井を突き破り、悲鳴が上がる。


「なんだ!?」

「おっとさん! こわい!」


 父親は娘を守る為に抱える。最近重くなったと思った娘が軽く感じた。妻を亡くしてから娘を守るのは自分しか居ない。  


 落下物は一つだけでは無く、まるで領都の中央を横断する様に幾つも降り注ぎ、領主館の屋根も突き破った。

 落下して来た物を確認する為に兵が集まる。


「狼狽えるな! 奥方様と姫様を安全な場所に!」

「兄上、これ何だと思う?」 

「う〜ん? 角かな?」


 それは牛の角のように尖った先が地に突き刺さり中間で奇妙に膨らみその中で黄色に点滅し……赤色になった。


 牛郡領都は爆風で二つに割れた。 


 ……


 父親が瓦礫を退けてよろよろと立ち上がる。


「―――! ―――!?」  


 一緒に居た筈の幼い娘の名を叫ぶ、だが声が出ない、いや耳が聞こえない。

 思い出した。娘はずっと抱えていた。


 黒い影が側を横切り、空を見上げる。


 一匹の竜が羽を広げ、領都の上空を飛んでいた。


 何かを待つように旋回した後、何処かへと飛んで行った。


 竜の姿が消えた後、父親は先程まで聞いていた歌が頭に浮かんだ。


「竜……シズカ姫の……鹿郡の……シズカの魔物が……うううう……ぁぁああああああああああああああ……あー!!!!」


 憎しみと怨みは、真実と事実を駆逐する。



「何と……何という事だ……」  


 竜の攻撃で戦死した牛郡領主の弟、クリフ弟爵が到着した時の領都は、瓦礫の山と鹿郡領とシズカ姫への怨みの声で充満していた。


 クリフの視線の先では、肉片を抱え、奇声を上げて暴れる男が兵士達に押さえられていた。


 ーーーーーー


「ロジャー様の為に鹿郡領内を行進する」


 都民の救助は兵達に任せ、ほぼ吹き飛んだ領主館にあった庭の瓦礫を退かして天幕を張り、各地から集まった長や将軍、幸運にも生き残っていた僅かな文官達は、中にはまだ牛郡領主と、その後継者だったウイリアムの戦死を知らなかった者達が落ち着いた後、唯一生き残っている前領主の男子、ロジャーを緊急の代理領主とする事が決まり、全員が息を付いた後のクリフの言葉に驚いている。


「魔王軍の脅威が迫る中での侵攻は女王陛下に反乱と見なされますぞ」

「侵攻ではない行進だ」

「行進?」

「なに故に?」


 クリフは瓦礫の領都を指差した。


「諸君も都民達を見ただろう、何故か竜の攻撃を鹿郡領の攻撃と思いこんでいる、いくら違うと教えても聞かぬ、兵の中にも鹿郡の攻撃だと言い出す者も出始めるぞ」

「それは……」


 確かに兵の一部から鹿郡討つべしの声は出始めていた、だが反乱と見られるような戦が出来ない事も分かっている。


「これは戦では無い、だが兵を集め、ここより鹿郡の北砦まで行進し、口状を叩き付けて帰還するのだ。鹿郡を恐れず堂々と行進する我らを見れば都民、領民は気力を取り戻し、南部でのロジャー様の名も上がるであろう!」


 ーーーーーー


「(……どうしてこうなった)」


 クリフは血に染る北砦の地を見て顔色を青くしながら思った。


 口状を終えて今頃は牛郡領へ帰還しているはずが、現実は鹿郡領の北砦と戦争状態になっている。しかも攻城戦の準備を全く行っていなかったので三千対二百の、十倍以上の戦力差で負けていた。


 傭兵五百人からなる第二傭兵団は、第一こと旧牛郡傭兵団を、前牛郡領主と共に竜の攻撃を受けて大損害を受けた傭兵団の生き残りと、新たに雇った傭兵達で編制した第二傭兵団は、北砦からの攻撃を受けつつ城門前にたどり着きはしたが、槌も梯子も無いために手に持つ武器で門を叩き破ろうとしている。

 上から降ってくる投石や矢を盾で防いでいたが、突然その盾が割れた。


「いかん!」


 何かが盾を砕いて傭兵達を貫き、血飛沫が上がる。


 恐らく城門櫓に弩兵が隠れて居たのだろう、それも普通の弩では無い。盾を割り貫く威力、そしてクリフの目には連射して放たれたようにも見えた。


 戦意を失った傭兵達は逃げ出し、堀にかかる一本しかない橋を渡ろうとして、その背に矢を浴びる。



「弩隊! 各隊出ろ〜!」


 城門櫓から車輪の付いた大型の弩を数人がかりで幾つも運び出され、城壁上に設置した金具に固定している。


「あれは……連弩か! あんな物を隠していたのか!?」


 それは弩を縦にして横に幾つも繋げたような形をしていた。

 機械仕掛けの強力なバネと弦で、機械甲冑の装甲おも突き破る威力の矢弾を発射する兵器。


「中央部の軍でも数が少ないあの兵器を鹿郡が持っているなど聞いていないぞ!」


 北砦の弩隊は、運び出した連弩の設置を終え。


「副官殿! 各隊固定完了! ご命令を!」

「右翼にいる長弓隊を狙うス!」 

「了解! 目標! 敵右翼の弓取り! しっかり狙え!」

()()()ってどっち側でした?」

「右のおてての方!」

「あっちか! よっこいしょ〜!」


 北砦弩隊は命令通りに大型連弩を、敵の長弓を持つ隊に向けて狙う。


「放てー!」 


 号令と共に、北砦の長弓隊と弩隊の矢が、牛郡領軍の長弓隊に降り注いだ。


 

「報告! 長弓隊が壊滅! 攻撃手段を失いました!」


 伝令が北砦の攻撃で受けた損害をクリフではなく領主のロジャーに報告する。青白い顔を更に青くしてロジャーは守備隊長に言い放つ。


「連れて来た守備兵も弓を持ってるいるじゃないか! 何故射たない!」

「装備が違います、あれは魔物から町や村を守る防壁上や防柵から射つ小弓です。ここからでは城壁の上まで矢がとど来ません」 

「届く距離まで前進させろ!」 

「あの兵器の前に前進すればこちらの損害が増えるます。機械甲冑を前衛に出して貰えれば――」

「機械甲冑一機がどれだけ価値があるか知ってて言ってるのか! あれを一機失うより兵百人を失う方がまだはるかに安いんだ!」

「なっ……」


 隊長はロジャーの言葉に絶句し、それから視線をクリフに向け、その目が「この馬鹿を何とかしてくれ」、そう訴えていた。


 何とか出来るなら既にしている。もはや何を言ってもロジャーは意地になり話しを聞かない。


 クリフは離れた場所で両膝を付いてうずくまる先鋒隊将を見た。

 彼は七人いた自慢の息子達が、領主館の護衛騎士として付いていたために竜の攻撃で全員失ったうえに最後の子を、北砦のサムライに射たれ、傭兵達が回収した娘の遺体を前に気が落ちて使い物にならなくなった。


「(どうしてこうなった!)」


 性格と趣味に問題があるロジャーだが、けして愚かな男では無かった。

 身体が弱く運動が出来ない代わりに勉強を、とくに数学を良く学び、何でも完璧にこなすウイリアムが唯一苦手な、騎士団の事務作業を弟に頼み、ロジャーも兄の頼みに喜んで協力し、魔物と戦うウイリアムを後方で、書類に埋もれながら支えていた。

 もし、ウイリアムが生きていたら、ロジャーはその頭脳でウイリアム領主の強い支えになっていただろう。


「(……失敗した)」


 クリフは肩を落とす。


 時間はかかるだろうがロジャーのその頭脳で内政に力を入れていれば、牛郡領の良い領主になったかもしれない。

 だが、牛郡領で求められる領主は強さであり、戦士であり、勇敢な男であった。その為クリフ達はロジャーに強い領主の役割を演じさせようとしてしまった。


「(急がせすぎた、もっと小僧を、ロジャーを見てやれていれば……我が野望も……)」


 クリフの野心――子の出来ないロジャーを支え、牛郡領を再び豊かにし、いつか自分の子か孫がロジャーを継いで領主にする夢が失われた気がした。


「報告します! 第二傭兵団と第三傭兵団が離反! 戦場を離れ牛郡領に向って行きます!」     

「なんだって!? 急ぎ連れ戻すんだ!」

「りょ、了解しました!」


 ロジャーは護衛騎士団に命令し、騎士達が傭兵団を追って行く姿を見てクリフは呟く。


「連れ戻しても使える物か」


 第三傭兵団は正確には傭兵団では無い。二百名程の、竜郡領の冒険者ギルドで救援活動クエストを受けて牛郡領にやって来た冒険者達だった。

 ロジャーと牛郡領の名を広める為に連れて来たが、こうなっては牛郡領軍の無様な戦いぶりを西方中に広めるだろう。


「どうしてこうなったのだ……」


 答えは解っている。自分の責任だと。


 ――ピキーン。


 クリフは、突然感じたその感覚に、悩みを頭の隅に押し込んだ。 


「間違いない! 見ているな!」


 戦い続けた人生で、何度も経験した感覚、これを感じた時は一番危険な時だった。


「どうかされましたか?」


 クリフに長く仕える騎士が訪ねた。


「魔物だ、何処からかこちらを見ている」


 騎士は驚く。主君の感の良さには何度も命を救われていた。 


「何と! もしや鹿郡の魔物では?」

「かもしれん」

「かの魔物は遠く南のリリーナの町に居ると情報が」

「その筈だがその情報はずいぶん前の物だ、もしもあの竜のように空を飛べるなら、数刻でここに到着する事も出来るやもしれぬ」


 ――魔物を覗く時、魔物もまたあなたを覗いている―― 

 その言葉通り、こちらが魔物を発見し、見ている時はまだ良い。

 だが魔物が姿を見せず、こちらを見ている時、それは死を意味する。


 辺りを見回す。 


「何処だ? 何処から見ている? 南の丘か? 西の丘の森か? それとも――」


 ーーーーーー


『あの人間、危険探知系のパッシブスキルを持っているな』


 西の丘の森の中で、全身を森に擬態している蟲騎士は言った。

 丘から顔だけを出して戦場を覗き、視力強化で敵将を一人一人を見ていた時だった。

 蟲騎士が今居る位置は牛郡領軍の背後に当たるためその人間の背中を見た瞬間、キョロキョロと辺りを気にし始めた。

 森にも顔を向けるが、人間の目ではこの距離で、森の木々に擬態する蟲騎士を発見する事は不可能であろう。


『あのように感の良い人間が稀にいる。前にも話したが地下の宝玉神殿でも――』

「そんな話し、……今はいいよ、……バナン達はまだなの?」

『まだなようだ』

「も〜はやく来いよ〜!」


 ナナジは戦場を見て、自分の中に湧き上がる破壊の衝動を、蟲騎士のモフモフの羽毛のような毛に包まれた頭に自分の顔を突っ込み、衝動を押さえていた。


『下手に今出ると、我々がここにいる事を知らない北砦からも攻撃を受けかねんからな、それにバナン君の作戦もある。我慢だ』

「あ〜も〜はやくううう!」


 ぐりぐりしてる。


 今この場には人間達は居ない、山賊達はマチルダと合流する為に村へ向かい、ヤマは一人、ライフル銃を持って何処かへと消えた。


『やれやれ……痛っ!?』

「はやぐだだがいだい〜!」


 ナナジが蟲騎士の毛を噛んで引っ張った。

 蛾の表情は分からないが痛そうだった。


 ーーーーーー 


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