最後の騎士と北砦のサムライ・下
ウイリアム騎士団の騎士が全員女性なのには理由がある。
領内で戦闘スキルや才能を持つ殆どの男子は軍が引き抜いてしまい、ウイリアムが登用出来た騎士は女性しか居なかったのである。騎士団で男は、ウイリアムとは別でアイザックが結成した四式隊の歩兵達だけだった。
ローラが十六の時、騎士団に五つある部隊の一つ、三式隊の隊長を任せられた。
三式隊は入団出来る最低年齢の十四歳から十六歳までの女子達の見習い部隊で、十五前後で親が決めた婚約などで辞めやすくする為に作られた隊だが、騎士団は出来たばかりなので他の隊と同じ厳しい訓練を受けていた。
ローラはその隊を率いて鍛錬に鍛錬を重ねた。
ウイリアムの騎士として、彼の美しい横顔を見ながら、友でありライバルのフレイヤと競い、騎士団が出来て二年間、その日々は黄金の日々だった。
……
ローラが十七歳の誕生日の日に、牛郡領で魔物の大進行が起きた。
ローラはウイリアムから偵察任務を受け、フレイヤとこの戦いが済めば二人で誕生日を祝おうと約束し、その日とフレイヤの料理を楽しみにして出陣した。
しかし。
その日は、永遠に来なかった。
ーーーーーー
飛来したドラゴンの攻撃によって、ウイリアムとフレイヤは戦死。
一式隊、二式隊は全滅。
任務で無事だった三式隊は騎士団本部に戻され。
四式隊、術式隊は未だ魔物によって荒れた東の領地から戻って来ない。
誰も居ない宿舎でローラは毎日泣いて過ごした。
副官のメルルが街で噂を聞いて来るまでは――
メルルの聞いた話しは、あの魔物は鹿郡領のシズカ姫の支配する魔物だと。そして領主の座をウイリアムの弟、ロジャーが引き継ぎ、鹿郡領への侵攻の為に兵を集めていると聞いた。
噂の真偽は考えなかった。
今なら人が殺せると思った。
ウイリアムとフレイヤ、そして仲間達を殺した鹿郡領に、シズカ姫に牙を突き立て、爪で引き裂くとウイリアム騎士団最後の騎士は誓った。
ーーーーーー
「ウイリアム騎士団三式隊! 私に続け〜! 突撃ー!」
「ローラ!? 止めよ! ローラ!」
ローラは止める父親の声を振り切り、腰にある弓を取り、北砦に向けて愛馬を走らせた。
「ローラ様に続けー!」
「「「「はーい!」」」」
いつも支えてくれるメルルが牛の角笛と三つの鈴が描かれた旗を掲げ、ここまで付いて来てくれた仲間達が続く。
「(この日の為に! この日の為に鍛錬してきたんだ!)」
もうこの世界に居ない、皆の為に。
騎兵が攻城戦で有効では無いのはローラも分かっている。だが三式隊は城壁の上にいる兵を弓で容易く討ち取れる騎射術を持っていた。
弓矢を持ち、馬で駆け、馬上で狙い、的に当てる。馬が駆ける時は当たり前だが激しく揺れる、そのままでは矢を的に当てるのはとても難しい。
だがローラ達は馬を走らせ四本脚が地から離れ空中にある瞬間は静止状態であり、その一瞬に矢を放って的に当てる。
ローラの指導と猛特訓で習得したこの騎射術で、三式隊は騎士団で騎馬弓一番の命中率を誇っていた。
だが攻城戦の主力である傭兵達が北砦前に殺到すると、騎兵の邪魔になり、動き辛くなる、その為に先駆けしたのだ。
三式隊百騎は、北砦に弓矢が届く距離まで接近する為に馬を走らせ、途中左翼に展開していた牛郡領軍の主力第二傭兵団、行進するだけで金が貰えると聞いて参加した五百人の傭兵達の側を通った。
「おい、本当に戦うのか?」
「攻城の準備も何もしてないぞ?」
「誰かあの騎兵止めろよ!」
「どうすんだ隊長?」
傭兵団の一隊を預かる傭兵隊長は三式隊に唾を飛ばした。
「死にたいなら、自分達だけで勝手にくたばりやがれ!」
三式隊は更に接近、もう北砦から矢が飛んできても良い距離だが、まだ向こうからの攻撃は無い。
更に接近、深い空堀の手前で向きを変え、空堀を左に馬を走らせる。
もうお互い顔がはっきり分かる距離まで接近してもまだ砦からの攻撃は無く、北砦の兵は油断をしているのか矢もつがえていない。
「チャンスだわ!」
ローラは矢を数本取る。彼女はスキルを使って一度に複数の矢を同時に放てる。
旗を掲げるメルルから「よーい!」と声が上がり三式隊は自分が矢を放てば仲間達も攻撃する。
「《奥義》!」
集中し、スキルを重ねがけする。
「《黄金の矢羽》!」
ローラが持つ最大の攻撃スキルを放とうとした。人に向けて放つのは初めてだ。
「《鳳凰う、っ!?」
ガクンと馬が沈み込んだ。
「――――っ!!」
声にならない悲鳴を上げて馬から落ち、集中していたためにまともに地面に叩きつけられ、世界が回り、止まった時には手にあった弓矢は無かった。
「ううう、はぁ……クッ!」
ようやく息が出来た、と同時に痛みが走る。おそらく何本か骨が折れている。
「い、ッウ! ……いったい何が?」
悲鳴を上げ続ける倒れた愛馬を見ようとして、激痛に耐えながら起き上がる。
「網!? こんな罠に!?」
馬の脚に絡む、巧妙に土と草で隠されていたそれは、地面を掘りそこに細かい丸石を敷き詰め、その上に網や縄を張った単純な罠だった。
馬の蹄が丸石を踏めば重さで沈み込み、網や縄が脚に絡む。
東方領やニホン領では良く見られる拒馬柵の一種だがローラはそれを知らなかった。罠を仕掛けたり見破る仕事は自分達では無く、アイザックと歩兵の四式隊の仕事だった。
「……ローラ様」
「メルル!? ……あ、ああ!!」
副官の声で振り返り、メルルを心配する声は悲鳴になった。
「ううう……」
「痛いよお……」
「隊長ぉ……」
「ローラ様……大丈夫ですか? ローラ様、今行きます」
足が折れたのか這って近づくメルル。
三式隊の殆どが落馬していた。避けようとして衝突したり、後ろからの味方に踏み潰された者も多く見えた。
「わ……私の三式隊が……ハッ! このままではいけない! メルル! 撤退を! 逃げて!」
自分達は、敵の口の中にいる。
ゾワッ!
ローラの背筋に寒気が走った。
昔、アイザックから受けたあの寒気だ。
苦労して北砦の上へと顔を上げた。
――ギリリリリ!
城壁の上であの武者鎧姿のサムライが弓を、西方では見た事が無いとても大きな弓を引き、ローラに向けて真っ直ぐに殺気を飛ばしている。
――ビュン!
「あっ――」
それは幻覚では無かった。ローラは腕を上げて防ごうとした。
だが上がらない、落馬した際に両腕が折れていた。
「そんな」
サムライの放った矢は。
「まだ」
兜を容易く貫き。
「何も」
ーーーーーー
兜が割れ、額に矢を受けた女騎士はその勢いで後ろに倒れ、潰れたゴム玉のように頭が鈍く跳ねた。
「っしゃ! 敵将討ち取ったり!」
北砦のサムライ。ノスケは拳を握る。
「あの弓で一発で当てた!」
「凄え!」
「お見事!」
「さあさあ! 皆もどんどん射つでござる! 取り放題でござるよ!」
ノスケは二射目をすぐに放つ。
その矢は最初に討ち取った女騎士を抱き起こそうとして泣き叫ぶ女の首に命中し、首が半分に千切れ、血を吹き出しながら女騎士に覆い被さっるように倒れた。
「え、えぐいス……」
副官はその光景を見て呟くが。
「よ、よ〜し俺だって!」
「俺も!」
初めは人を射つ事に怯えた兵達は、俺も俺もと、罠にハマり落馬した女兵士達に向って矢を撃ち始めた。
「イヤァァ! こんな所で死にたくない!」
逃げ惑う女兵士の一人に矢が降り注ぐ。
多くは鎧がカンカンと弾くが数本の矢が背に突き刺さり、肩を貫通し女兵士は倒れた。
「あ、あ、誰か、たすけ……て……」
「俺の矢が当たった!」
「ありゃ俺の矢だ下手くそ!」
「何!? じゃあどっちがあの女に当てるかで勝負だ!」
副官は兵士達が狂っていくのが目を見て分かった。
「……これで良いんスか?」
だがそうなって貰わねばこの砦は容易く落ちてしまう。
「ノッポ殿!」
「はいっス!」
ノスケ砦将が副官のあだ名を呼び、呼ばれたノッポは条件反射で返事した。
「弩隊の指揮を頼むでござる! 見ての通り両手が塞がってるでござるからな!」
ビュン! と大弓が鳴る。また女の悲鳴が上がった。
その大弓はシズカ姫の共をして大森林を渡って来た武器商人からレオン領主が買った物で、補給物資と共に最前線の北砦に届けられた物だった。
普段兵士達が使う長弓よりも、人の身長よりも長く、大きく、何層にも違う素材を合わせて作られた複合弓で、数人がかりでないと弦を張る事ができず、放った矢は狙った的から逸れてとても戦で使える物では無かった。
弓の得意な兵士が、これはスポーツ用か鍛練用ではないかと言った、だがノスケ砦将はこれを一目見て、「故郷の弓」に似ているとその帝国製の大弓を気に入った。
誰も当てる事が出来なかった的代わりの鉄兜に向けて、弓が大きければそれに合わせて長く重い矢をつがえた。
皆が見る中で放たれた矢は真っ直ぐに飛び、鉄兜の後頭部に命中した矢は貫通し――
――口から鏃が飛び出して逃げる女兵士を殺した。
「さ〜次でござるよ!」
平気で女を射殺すノスケ砦将は普段と変わらないように見えた。
ノッポは突然理解した。
「(この人は、いやこのお方は始めから狂ってるス)」
牛郡代理領主を逆上させた噂話を教えてくれた手紙を運ぶ事を専門に冒険者をしている友人から、ニホン領からやって来るサムライという戦士は皆どこかがおかしいと、酔っ払いながら話していたのを思い出した。
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「あいつらよ〜生魚の切身とかタコを嬉しそうに食べんだよ〜」
「ヒック! あ〜確かにそれは変スね! 最近来た僕の上官もそのサムライで頭おかしいス! 訓練の的に使うからて、浮浪者とか死刑犯とかを補給に頼もうとして慌てて皆で止めたスよ!……」
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「……あれ? あっ! 承知! 弩隊の指揮を取るス!」
「任せたでござる! 敵が門に取り付いたらッ――!?」
ガギリン! と一本の矢がノスケの武者兜に命中し火花が飛んで倒れた。
「御大将!? ヒッ!、ヒーラー!」
ノッポは治癒魔法が使える神官兵や包帯や回復薬を持ち運び医療スキルを持つ者を中心に編制される衛生班の名称を叫ぶ。
飛んできた矢は一本だけでは無く、多くは城壁の上まで届かず壁を叩いたが。
「いっ!?」
「ぐっ!」
「ヒーラー!」
先程競い合っていた二人の兵士の肩と腕に矢が突き刺さり側の仲間がヒーラーを呼ぶ。
「負傷兵を下げるス! ヒーラー! こっちに!」
「心配無用でござる」
ノスケは頭を振りながらむくりと起き上がた。
「わあ!? 生きてるス!」
「兜が防いだでごさる。状況! 報告するでござる!」
「敵軍本隊が前進を開始!」
ノスケはそれを聞いてニヤリと笑う。
「そうでなくては! さあさあ皆の衆! 戦の本番はこれからでござるよ! 気張るでござる!」
「「「「おお〜!」」」」
北砦の兵士達は負傷した兵士も揃って声を上げた。
彼等はここで、牛郡領軍に地獄を見せる働きをする。
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