遭遇。そして逃走
狩人は泣きながら少し前の事を思い出していた。
ずっと追っていた角馬が突然消えた。
足跡を発見し。糞を拾い。二日かけて追い続けていた獲物だった。
賢い奴だった。きっと暗くなってから川で水を飲むだろうとここで張っていたのだ。
昼間に交代で休み。夜の闇に目を慣らす。三つ月の明かりを頼りに潜んで友は川の上流を、自分は下流を見張っていた。
だが突然暗い森に巨大な足音が響く。木々をへし折る音。鈴のような鳴き声も聴こえた。
狩人は友の顔を見た。
「なんだべ?」
「人食い鬼か? いや、この足音。もっとでかい。まさかドラゴンか!」
もしそうなら、なんてこった最悪だ。森の動物達が全て逃げ出し獲物が無くなり狩りが出来なくなる。ドラゴンも獲物を探して街に向かうかもしれない。
「川のあっち側、上流の、あの高台の向こう側だべ」
友は耳と感が良い。山でこれほど頼りになる奴は居ない。だが少々臆病なのが玉に瑕だ。
「なぁ ドラゴンはやべえよ 帰るべ」
「クソ! わかっている」
友といつものように周りを警戒しながら慎重に隠れながら帰路につこうとした。そして忌々しい丘を見た時、その丘にずっと追っていた愛しい人が居たのを偶然発見した。
美しい! なんて立派な角馬なんだろう!
狩人は慌てて伏せる。前を進む友に発見の合図をする。友は別の方向を見てて狩人を見てなかった。チッチと小さく口を鳴らし。友がハッとこっちを見たので手で合図して角馬発見を知らせた。
目で会話する。どうする? やるか? しゃがみながら自分に近づく友は首を横に振る。今はまずいと。
狩人は愛しい人に視線を戻す。
角馬は丘の上からこちらに尻尾を、首を丘の向こうへ向けて何かを見ている。
「ドラゴンがいるのか?」狩人は囁くが角馬は答えない。
角馬の体が揺れた。そのまま走り去るだろう。狩人は走るその姿も美しいと思っていた。
だが次の瞬間に角馬の頭が吹き飛んで倒れた。同時に聴いた事のない音が耳をかすめる。
「バッッ!」馬鹿な! と顔を上げそうになった。友に頭を押さえられ顎に土が付く。
殺された角馬は遠くにあるのに自分達の鼻に肉が焼けた匂いと山火事のような空気が焦げる匂いがする。そして風が、顔に当たる風が松明を近づけたように熱い。
心臓が跳ね続ける。呼吸がうまくできない。ドラゴンが火を吐いたのか? 目が頭が吹き飛んだ角馬から離せない。愛しい人が殺された。狩人の目に涙が浮かぶ。
木の根を踏み潰す足音でハッとする。鈴を転がすような鳴き声が聞こえた。ドラゴンが仕留めた獲物に近づいていると思った。息を止める。顔を地面につけながらそれを見た。
森の間から見えたのは手。手のような。手に見える。人間の手じゃない。巨大な手が。頭のなくなった角馬を手で掴み。丘の向こう側へ持っていった。
手が丘の向こうへ消えて見えなくなり。足音が離れていく。友を見た。口が開いてる。多分自分も同じ顔になってる。
苦労してやっと声が出た。
「見えたか?」と。