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軍議・裏側

登場人物紹介


シズカ……前鹿郡領主の次女。赤竜乙女のあだ名がある男女問わずの色欲魔。暗闇が苦手で人と触れて無いと夜眠れない。


アーダム……シズカの配下。帝国から連れてきたシズカの愛人。


ブラッツ……シズカの配下、元帝国近衛兵。シズカの愛人。


ヨーコ……シズカの使用人。シズカの武術の師であり恋人。


バナン……元東方軍の騎士。帝国東要塞の生き残り。鹿郡領の中で岩の砦騎士団を作り隊将に任命される。


アベル……シズカの小姓として雇った少年。シズカの騎士になる事を目指してバナンに弟子入りした。


タルン……武器屋の商人。事故で困っていた所をシズカに助けられ旅の手伝いをする。



 ヘンリー老の先鋒隊が村の側に築いてくれた陣地で、兵士達は皿代わりのパンに肉と野菜と豆を一緒に炒めた物を乗せて黙々と食べている。酒も少量なら許可されたが誰もが初陣の緊張から無言だった。

 その中で、隊将のバナンは紋章官に、ナナジが描いた牛郡領軍の部隊紋章を見てもらっていた。


「間違い無いですね? この紋章の中に工兵隊が無いのは?」

「ええ、この中に描かれた物には工兵隊の旗はありませんでした。描かれている部隊紋章は牛郡領主護衛騎士団、牛郡領都守備隊、これと、ここまではわかりませんがおそらく町か村の守備隊、ここからは牛郡第二傭兵隊、牛郡第三傭兵隊、牛郡ウイリアム騎士団第――」

「あ〜ええと、なるほど、ありがとうございました紋章官殿」


 紋章官がスラスラと部隊名を言い出しバナンは知りたい事は聞いたので適当に切り上げようとした。


「お師匠〜どこですか〜?」


「は〜い! ここで〜す!」


 紋章官は大事そうに紋章が描かれた紙の束を持って一礼して行った。


「お師匠、最後の機械甲冑が到着しました」 

「うん、エリス隊長には隊員達を良く休ませるように言っといてね。ただし、彼らには飲酒は許可しない」

「はい! ……あの〜敵は本当に砦を包囲するだけで引き返すんですか?」

「うん? う〜ん半々かな? 戦だからね、何が起こるか分からないし」

「でも、どうしてあの知らせだけで敵が引き返すって解ったんですか?」

「あ〜あれね……あれはね……そう! 情報と状況、そして分析と判断! 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に! そんでもって!――」


 まだ若いアベルはバナンが難し言葉を使って話し出したので半分も分からないが自分の師は凄い人だと思った。


 ーーーーーー 


 ――数時間前。  

 アベルは軍議が行われてる会議室の外で、他の従者達と待っていた時。

 そこに疲れた顔をしたブラッツがフラフラとやって来た。


「ブラッツ様? どうされたのですか?」

「アベル君か? 少し会わない間に見違えたな! バナンはもう中か? すっかり遅れてしまっ……フワァ〜……」

「眠そうですね」

「……ああ、数日徹夜で調べ物してたからな……バナンにこの用紙を渡したら少し休ませてもらうよ」

「重要な知らせですか?」

「急いで欲しいとは言っていたが……」    


 また大あくび、とても眠そうだ。    


「僕が渡して来ましょうか?」

「軍議中だろ? 良いのか?」

「僕はお師匠の従者として居ますから知らせを渡すぐらいなら……」


 チラリと軍議室の入口に立つ衛兵をみる。

 近衛兵は普通、重要施設内での警護任務では食事やトイレ休憩以外、その場を彫刻のよう動かず言葉を発したりしないのだが、彼はアベルとブラッツの話しが聞こえていたのか右手を上げ、人差し指と親指でちょっとならと示していた。

 元帝国近衛兵だったブラッツは鹿郡の衛兵に一礼し、一枚の小さい用紙を取り出した。


「じゃあアベル君、頼めるかい?」

「はい! じゃあ行ってきます!」


 ブラッツから用紙を受け取り、会議室の扉を開いてくれた衛兵に一礼し、会議室の中にいたバナンに渡された用紙を見せた。

 バナンは用紙を見て突然手を上げて、レオン領主に全軍進撃を進言、レオンも北砦と周辺の村々を救いたいと口にし、軍議は籠城から全軍で出陣する事にひっくり返る。

 アベルはちょっとどころか軍議が終わるまで室内に居てしまった。


 自分が渡した用紙は余程の知らせだったのだろうかと手にある用紙を見る。         

 だがそこには「牛に釘は必要無い」と一文だけが書かれていた。


 ーーーーーー


 ――十日前

 武器商人のタルンは鹿郡領都の新居兼新店の仕事部屋で沢山届いた手紙に全て目を通し、返事を書いていた。

 西方中央領で、代々ミスリル製武器の製造で財を成し、タルンの兄が引き継いだ実家に預けていた家族と、ミスリル細工職人達を鹿郡領に呼び、共に運んだ中央や帝国で仕入れていた最新の武器、武具のその多くがレオン領主に売れた。

 そのお金で鹿郡のミスリル鉱山町の近くに土地を買い、工場の建設が進んでいる。長年の夢だった武器ではなく装飾品、美しく銀色に輝くミスリル製装身具の、鹿郡に呼んだ細工職人達が働ける工場が完成するまでは商人組合の古い友や昔の取引相手に挨拶の手紙を書き、読み、返事を書くのがタルンの仕事だった。

 一部の手紙が手違いでリリーナの町近くの村、家族が来るまでしばらく滞在していた宿、岩の砦亭に送られたそうだが宿の従業員になったアレックスが預かってくれているだろうと安心していた。


 手紙を読み、返事を書く、また別の手紙を取り出して読む、すると牛郡領都にいてドラゴンの襲撃から無事だった行商人の手紙に、当時の混乱と領内に広まる噂の事が書かれていた。


 ――この、牛郡領を襲ったドラゴンは鹿郡領のシズカ姫が支配する魔物だとか――この襲撃は鹿郡の攻撃であるとか――


「そんな馬鹿な」


 手紙を出した行商人は噂を一笑しているが、領民の中には信じてしまっている人もいるのではないか?


 噂が拡がった時期は、牛郡領の関所での態度が変った時期と重なっていた。


 タルンは手紙の返事には彼の無事を喜び、シズカの魔物については、魔物はドラゴンではない事、自分がシズカ姫と同行し大森林で一緒に会った事を自慢と冗談も加えて手紙に書いた。 

 別の手紙を取り出す、牛郡領に店を出してる同じ武器商人から、彼の手紙には最近代理領主から武器の注文が急に多くなっている事が書かれていた。

 同じく牛郡領にいる車輪職人の手紙から、火事で店と道具を失ったが家族は全員無事で、軍からの仕事で何とかやっていると書かれていた。

 被害の無かった牛郡領都近くの町で傭兵宿を経営している宿主人の手紙から、最近竜郡領から来る冒険者が増え、傭兵も増えて忙しいと書かれていた。


 手紙を読みながら汗が流れた。


「牛郡領は戦仕度をしている? 武器を揃え、輸送用の馬車を整備し、兵を集めている。攻めるのは……まさか、本当に戦を……いやいやそんな、こんな大変な時に……」


「……様、……様! ……旦那様!」

「わぁ! ど、どうしたんだい? そんな大声で」

「何度もお呼びしました。旦那様、お客様がお待ちでございます」

「タルンさん、忙しい中すいません」

「バナン君?」


 使用人の後ろに、村の若者達を鍛えているはずのバナンがニコニコと笑顔で立っていた。


「いやいや! 良く来てくれたねえ! 君、彼にお茶を」

「はい、ただいまお持ちいたします」


 使用人は部屋から出ていた。


「ところで急にどうしたんだい?」

「実はタルンさん宛の手紙が宿に届いたので、シズカ夫人に挨拶しに行く前に届けようと思って〜、と」


 バナンは背負っていた荷物袋を下ろし、ガサゴソとする。


「手紙……」


 手紙と聞いてドキッとする。


「その手紙にいくつか緊急の赤印があったから急いで届けた方が良いと――」

「その手紙はもしかして牛郡領からじゃないかい!?」

「――え、ええ、はい」         


 バナンの荷物袋から出された沢山の手紙を、震える手で受け取ったタルンは、赤い印の入った牛郡領からの手紙だけを取り、普段ならけしてしない他の手紙を捨てるように置き、一つ一つ読み始めた。


 タルンの顔色は彼の目が手紙の一行読み、動く事に赤くなったり青くなったりしている。

 一つを読み終え、別の手紙を開ける。

 彼は使用人がお茶を持って部屋に戻っても読む事に集中し気づきもしなかった。


「後はやりますから」


 バナンは苦笑し、困惑している使用人を部屋から下げさせ、タルンが手紙を読み終えるまで菓子や茶を飲みつつ待つ。



 バナンが帝国東要塞にいた頃、魔王軍への嫌がらせ作戦で必要な物資を、要塞に出入りする武器商人のタルンに良く相談していた。

 他の商人と違い彼だけは相談を真剣に聞き、今のように周りが見えなくなるまで一緒に考えてくれた。

 要塞は墜ちたがシズカ夫人の私兵として旅を始めた頃、タルンの馬車が事故で立ち往生しているその横を通った時、彼に気づいて彼がミスリル製の武具を多く持つ商人である事をシズカに教えたのは自分だった。

 殺して略奪を考えてた自分と違い、シズカは武具の購入をタルンに提案し、恩を仇で返す我ながら全く酷いと思うが今は言って良かったと思っている。



「何て事だ……」 


 全ての手紙を読み終えタルンは力なく呆然と呟いた。


「何が書いてありました?」

「え? バナン君?」

「はい?」

「あ! そ、そうか、そうだった! 申し訳ない!」


 タルンは部屋にバナンが居ることも忘れていたようだ。 


「でも大変なんだよバナン君! 北の牛郡領が! 冬の前にここを攻め込もうとしているんだよ! この手紙は全部、急ぎ鹿郡領から避難しろって! 牛郡領はこんな事してる場合じゃないのに! やっと店をここに建てたのに! また!」


 戦争で全て失う!

 ――そう言おうとした時、ピタリと言葉が止まった。

 戦の話しをした途端、目の前の青年が表情を変え、その表情を見てどっと背中に冷たい汗が吹き出し、そして冷静になって思い出した。

 ここ、鹿郡領にはこの彼と彼女、そしてあの魔物が居る。自分はこの日の為に準備をしていたでないか。


「バナン君!」

「は、はい!?」

「シズカ夫人に会うって言ってたねえ!」

「え、ええこの後、彼女達が泊まる宿で会う予定を――」

「私も行くよ! 案内して! 早く! ほら! 急いで!」      

「ちょっと待ってくださいよ! 俺この町は初めてなんですよ〜!」


 突然目が覚めたようなタルンにバナンは引っ張られ、領都出身の使用人にシズカが泊まる豪華な宿まで案内させた。


 タルンはシズカに、自分が手紙で知った情報を話すと、彼女と、共に大森林を渡った仲間達の動きは速かった。


「おそらくテオドール神官かヘンリー老が牛郡領の侵攻情報は掴んでるわ。でも動きがゆるいのは侵攻は春か夏だと思ってるのかも、私から義兄上とウルリカさんに言ってみるわ」 

「シズカ様、この牛郡領の速い動き、おそらく領内に情報収集してる影が入り込んでます。僕とヤマさんで排除しようと思います」

「アーダム、頼むわね。気をつけて」

「はい、お任せ下さい」

「夫人、俺はマチルダさんに報告して指示を仰ぎます」

「デイブ、後で会うと思うけどマチルダと父様に宜しく言っておいて」

「へい! では!」


 アーダムとマチルダの代理として来ていたデイブは部屋を出ていった。


「バナン、貴方の騎士団を全員領都に連れてきて」

「え〜? あいつらまだ戦えませんよ? それに三十人程しか居ませんし……」

「良いから全員連れてくるの! オットーにも頼んで兵と甲冑隊も出してもらって! それからナナジも連れて来て、彼女には大いに暴れて貰うわ」

「着いたばかりなのに引き返すのかぁ、ああ分かりましたよ! 命令書は急ぎ出して下さい、それからあの魔物の使い方に一計があります」


 次々に動き出す仲間達を見て、タルンは自分も何かしなければと思った。  


「シズカ夫人、私も手伝うよ」

「あら、貴方の持って来てくれた情報だけでも十分よ?」

「いやいやこれは私の為でもあるんだ、商人のやり方で調べてみるよ」

「タルン殿、調べるとはどうするのですか?」


 興味を持ったブラッツがたずねた。


「ブラッツ君、軍が侵攻する中で一番大事な物資とは何だと思う?」

「……食料でしょうか?」

「食料も大事だけどもっと大事な物だよ」

「……いえ、わかりません」


 ブラッツはタルンの答えを待った。


「それはね。釘なんだよ」

「釘……ですか? あの小さい?」

「うん」 


 あんな物が? とブラッツは思う。


「そう、家を建てるのにも、陣地を作るのにも、投石機を組立てるのにも、何かを建てて作るのに釘は必要な物なんだ。牛郡領都は今復興中で大量の釘を消費している。新しく作り、例えば鉄釘は材料になる鉄屑を仕入れ、鍛冶職人達が生産し、納入された釘を牛郡領軍が輸送する、それらを知る事が出来れば、彼らが何処まで侵攻する気なのかが見えて来るんだよ」

「お、おお! なるほど!」


 釘は消耗品だ。使い回す事もあるがおそらく牛郡領は北砦の近くに大きな前線拠点を作るだろう。いちいち潰し、回収してまた運ぶ事は無い。放置され崩れた陣地から釘を抜き集めて鉄屑として売る野盗も実際いる。

 鹿郡領内に侵攻していけばその途中に同じ陣地を作りながら進むはずだ。 


「シズカ様、私はタルンさんの手伝いをしたいのですが宜しいでしょうか?」

「許可するわ。タルン、ブラッツをこき使ってやって」

「感謝します夫人、一人では大変な作業ですからねえ」


 男達が部屋から出て行った後、シズカはヨーコを呼んだ。


「領主館に行くわ。着替えを、あの赤いドレスを」

「かしこまりました」


 ヨーコに指示した後、シズカはポツリと呟いた。


「牛郡領が……あいつ何を考えてるのかしら」



 皆と別れ、タルンとブラッツはシズカの宿を出たその足で領都内にある商人組合の門を叩いた。

 ここにある資料で数ヶ月、牛郡領内での鉄と釘の相場を調べ、軍に流れた釘の量を調べようとしたのだが……


「どう調べても全く動きが無い……」     


 十日間、全く成果が無かった。


「鉄は良く取引されてるのに釘は無いのは何故なんだ? 見落としか? 資料が間違えてる? 大量の備蓄があったのか?」


 商人組合に国境は無い。全ての情報は全て共有される。

 二人は商人組合員なら誰でも入れる資料室に泊まり込み、ここに集められた南部での取引資料、組合が関わった釘の取引票をめくる。釘の生産は頻繁にされているがそれは復興の為に消費され、軍に流れてる形跡が全くなかった。


「資料に不備はない筈なんだよ〜」


 連日徹夜のタルンがヨレヨレの顔で言った。


「先程アレックスが差し入れを持って来てくれた時言ってました、バナンが軍を率いて到着ししたと」

「そうなのかい? 時間切れかぁ……ブラッツ君には無駄働きをさせてしまったねぇ……ごめんねぇ……」

「いえ、そんな事はありません」


 実際勉強になった。この経験がいつかシズカの為に役に立つ時があるだろう。

 鹿郡が残っていればの話しだが。


 タルンは眠ったのか動かなくなり、ブラッツはアレックスが差し入れしてくれた袋を開けた。

 奇妙なパンが二つあり食欲は無かったが一つを取って一口齧った。


「!?」


 美味い! 〈ヤキソーバパン〉と言ってたか? これは売れるぞ!


 あっと言う間に一つ食べてしまい、もう一つに手を伸ばしかけた。


「おっといかんいかん。これはタルンさんの分だな」

「あああ! そうか!!」


 ガバッ! と突然タルンが目を覚ましブラッツは食べてません! と言いかけた。       


「無いんじゃない! 必要無いんだ! これは侵攻じゃないんだ!」 


 埋まっていたメモ用紙の束を引っ張り出し、何か書いてビリッと破り、ブラッツに突き出した。


「ブラッツ君! 君なら領主館に直ぐ入れるだろ!? バナン君にこれを急いで届けて知らせてくれ! 彼なら理解してくれる!」

「は、はあ分かりました……」


 ブラッツは渡された用紙を見る。   


 その用紙には「牛に釘は必要無い」と一文だけが書かれていた。   


 ーーーーーー

 

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