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戦のルール

登場人物紹介


蟲騎士

〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……


ナナジ

蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無くこの世界の言葉は理解できるが話せないので蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して会話する。


シズカ……前鹿郡領主の次女。赤竜乙女のあだ名がある男女問わずの色欲魔。暗闇が苦手で人と触れて無いと夜眠れない。


マチルダ……元山賊。シズカの父親ヴォルケと結婚した。シズカの色欲が苦手。


レオン……現鹿郡領主。シズカの義兄。元冒険者。


ガイ……マチルダに雇われていた傭兵。大剣使い。


ヤマ……シズカが雇った傭兵。過去の勇者が作った武器ライフル銃を使いこなす。


デイブ……元山賊。マチルダの腹心(自称)

『ガイ君、さらに二千が来た』

「見えたか?」

『いや足音だ』


 バナンに言われた通りに任務中だったマチルダ山賊団と合流した蟲騎士は、その巨体を地面に這いつくばって木々に擬態し、頭だけを丘から出して隠れながら北砦の様子を見ていた。

 その頭と繋がるナナジは、ミスリル製の戦闘ドレスが光を反射して発見されないように緑色のローブをかぶって腰を長く伸ばし、同じように緑色のローブをかぶるガイの近くにとぐろを巻いて座り、過去の勇者が発明した鉛筆と呼ばれる筆を持って紙に模様を描いていた。


「上げている大きな旗が見えたらその印を描いてくれ」

『わかった』


 ガイはナナジの口から蟲騎士の返事を聞いて、視線を左の牛郡領のある方角から、正面の一千の兵に包囲された北砦の方へと戻した。


 ーーーーーー


 数日前、ガイは籠城の準備をする兵士達にマチルダから預かったヴォルケの紋章を見せ、正体と任務を話し、中には入れないが兵士が一人付いて砦を近くから見学させてもらっていた。


 北砦は、森林砦のように道を防ぐ砦では無く、穏やかな丘が続く土地に一本線を引いたような鹿郡領と牛郡領を繋げる道を、魔物では無く牛郡領を、道を通る人を見張るように建てられた砦だった。

 登るのは不可能そうな岩山を背にし、高い見張り塔と城壁、その城壁にそって裏に回らないと中に入れない城門、尖った砦柵が砦を囲み、道と砦を唯一繋ぐ渡ろうとすれば弓矢が降り注ぐ深い堀に架かる細い一本橋。


 見学を終え砦の外にある休憩所で、この砦は傭兵の経験から小さいがとても攻めにくそうだと素直に言うと、兵士は嬉しそうに茶を入れたコップをガイに渡し、砦の歴史を話してくれた。


「元々この砦は牛郡の連中が建てたんスよ」


 砦は百年前の牛郡領と虎郡領との、現在鹿郡領になっている土地の領有権闘いで前線拠点として建てられた城跡だったという。

 城は激しい戦争で何度も持主を変え、最終的に闘いを仲裁した西方王が取り上げ、そして三十年前に鹿郡領の物になった。


「激しい戦いだったそうス。今は穏やかスけどここら一面焼け野原になったとか、今でも地面を掘ると穴が開いた骨が見つかる時があるス」


 兵士は自分の頭を指でトントンと突きながら話した。


「なる程、ここは古戦場なんだな、そんな城は牛郡も取り戻したいだろう」

「今は俺達の城ス!」     

「そうだな、すまないあんたらの城だ」


 兵士は力強く言うのでガイは同意し、それから心苦しくなった。


「手助けしたいんだが……」

「いいスよ! 領主様が俺達を見捨て無いって事を教えてくれただけで最高の援軍ス! 任務、頑張って欲しいス!」


 それから兵士は笑いながら別れを言い、砦に戻って行った。


 ーーーーーー


「生き残れよ」


 ガイは隠れながら、あの兵士の為に祈った。


 今、ガイ達が隠れて居る場所は、その北砦から真西に離れた場所で森が伐採されてない丘の上に居た。

 ガイには北砦は豆粒ぐらいにしか見えないが、蟲騎士にはスキルを使って兵士一人一人がはっきりと見え、牛郡の軍が幾つも掲げる旗を見てナナジはその旗の模様を紙に描いている。


「ネエ、コノハタノモヨウハナンノタメニアルノ?」


 ナナジが何か言っているがガイには彼女の言葉が分からない。


『説明しただろう軍旗だ』

「それは聞いたけどさ、何でこんなに種類があるの?」

『今描いてるのは将旗だ』

「将旗?」

『説明してなかったか』

「あの時、蟲は捕まえた動物を食べるのに夢中になって話して無い」

『むう、そうだったか……すまない』


 彼女は一つの口で交互に会話している。男の、蟲騎士の声で彼が彼女に軍の旗について説明している事が分かった。


『軍旗は所属している国を示す、その鎧にも付いている鹿の角の紋章でナナジは鹿郡領の兵だと分かるようになっている』

「ふんふん。それは聞いたね」

『もう一つが将旗だ、これは部隊を指揮する個人を示す旗だ』

「個人?」

『将旗に同じ物は無い。人間には紋章官という仕事がある。紋章官は各国の将旗を記録し、旗の持主を言い当てるんだ』

「へ〜」


 蟲騎士の声で話しの流れが見えたガイが会話に入った。


「戦場で(われ)ここに有り、と周りの敵味方に知らせる戦のルールだ、旗印から何処の誰と戦ったか分かる様にな。傭兵には敵将を討って手柄を立てた時に重要になる」

「へ〜じゃあ名前を名乗って教え合わなくても良いんだね」

『名前を教え合う? 敵とか?』

「名前を教える? 何だそれは?」


 蟲とガイに言われてナナジは筆を止めた。 


「あれ? しない?」

『わざわざ敵と自分の名前を言い合うのか? 殺し合い、矢が飛び交う戦場で?』

「そんな事をする奴は今まで見た事無いぞ? 居たらそいつはただの馬鹿だ」

「あれ〜?」


 そもそもどうしてそんな事を思ったのだろう。

 ナナジは首をひねり考えるが自分でもよく分からなかった。


『手が止まっている』

「ハイハイ」   


 ナナジは蟲騎士の目で見える旗の紋章描きを再開し、描いた紋章は自分でも良く描けていると思っている。


「要するにバナンが知りたいのはその将旗で敵の隊将を知りたいんだろう」

『そんな事を知ってどうする』

「俺には分からんが、……敵を知るって事は兵法の基本だそうだ。手の内が分かる敵だと戦いやすいだろ? それと一緒だ」


 商人のタルンが手に入れた情報は牛郡領が鹿郡領に侵攻準備をしている事までは分かっていたが、それを指揮する者が誰か分からなかった。

 前牛郡領の領主とその跡取りはドラゴンの攻撃で戦死しているので、敵の隊将は臨時領主を操れる相当上の人物と思われるが、牛郡領は宣戦布告の使者も無く、奇襲に近いこの侵攻に鹿郡領主のレオンは急ぎ冬の前で休暇中の兵を呼び戻し、北砦の守りを固める事しか手段が無かった。


『なる程。……本隊が見えた、二千、後続の音は無い』

「情報通り全軍で三千か」


 ガイは再び視線を左へ、牛郡領の方角へと向ける。

 彼の目には兵と旗は見えないが、僅かに行軍の土煙が見えた。


 ーーーーーー


 マチルダの山賊団は、丘にあった猟師達が休憩場所に使う小屋にお邪魔していた。

 合流したヤマからまだ温かい、アレックスが作った人数分の弁当と水筒に入った茶を受け取り、喜んで食べながらデイブは、ヤマに自分達がここで見てきた物を紙の束に細かく描かれた地図を出して説明した。


 マチルダの命令で、山賊団の四人の任務は北砦周辺の地形確認だった。

 山賊時代から襲撃後の逃走路、追っ手をやり過ごす隠れ場所か待ち伏せをするのに有効な地形の把握は基本中の基本で、マチルダは戦の役に立つと思い、牛郡領の軍が領境をこえてくる間に調べさせていた。


「なるほど良く調べている」


 ジョンが弁当を、甘辛いソースを絡めた焼麺を何故か切目を入れたパンに挟んだ弁当を食べ終え、敵の様子について話しだした。


「それと、俺達ここでずっと砦の方を見てたんだが牛の連中ちょっとおかしいんだ」

「おかしい?」

「あいつら砦を包囲しただけで村に略奪しに行かないんだ」

「略奪? 何を言っている?」 

「ここらを食い放題なんだぞ? 一兵も行かないのはおかしい」

「待て、彼らは軍だ。軍には普通、略奪等を禁止する軍規がある」

「はあ?」 

「戦に行く奴の目的は略奪ですよ?」

「何? だが……」  

「命かけてわざわざ戦争行くのは金を稼ぐ為だろうが、できねえなら誰も(いくさ)なんて行かねえよ」


 まるで常識のように山賊達に言われて、ヤマは言葉に詰まる。


「そう……なのか?」

「あんた傭兵もやってたんだよな?」

「今まで収入どうしてたんですか?」 

「……」


 ヤマは黙ってしまった。

 デイブ達は傭兵のガイから、ヤマは傭兵達から伝説になる程の傭兵だと聞いていた。

 まさか今まで僅かな傭兵の契約金の(かね)だけで仕事をしていたのか? この腕で? 嘘だろ?

 ジョンがヤマに聞こうと口を開けた時。


「お? いい匂いがするな」


 入口を開けて狩猟小屋の中にガイが入って来た。


「ガイ、お疲れ、弁当、食べる」


 デクがガイに弁当の入った包みを渡した。


「おうすまん。ヤマさん、向こうはもう大丈夫なのか?」

「……ああ、領都に潜入していた影は潰し終わった」

「軍はいつ来る? 連中が本気ならそろそろ始まるぞ」

「もうすぐそこまで来ている。彼女は?」

「砦の方を見てる。デイブ、敵の本隊が来たようだ。彼女が見て描いてもらった連中の旗印だ」


 ガイから渡された十枚程の紙をデイブは受け取り、パラパラとめくる。

 紙には蟲騎士の目から見て、ナナジが牛郡領の部隊旗や将旗の模様を一枚にいくつも細かく描いてあった。


「これ全部こっから見えたのか? すごいな」

「その真ん中のが隊将旗だろう、領主とマチルダに知らせろ」  

「りょ〜かい……つうかこの旗……」

「この旗印は確か……」

「どうした?」


 ーーーーーー


「あ〜……うん。最初の旦那のだわ」


 デイブは鹿郡の、ヘンリー老が指揮する先鋒の横を通り、鹿郡本隊に知らせを届けた。


 レオンはデイブから話しを聞いて、道の順番を待つバナンが指揮する部隊にいる義妹のシズカを呼んで紋章を見てもらい。見てすぐシズカは答えた。


「やっぱり」

「シズカ様!」

「大丈夫よ。自分でも不思議なくらい落ち着いてる」

         

 軍議で決まった道の順番を待っていた鹿郡の各部隊長も集まり、牛郡代理領主自身が攻めて来た事に驚きを隠せなかった。

 レオン領主も驚きつつも知らせを届けてくれたデイブに声をかけた。    


「砦の様子は?」

「睨み合ってます。ですが俺が出る前に本隊が着いた様子でした。今はどうなってるか……」

「いや、危険な任務、良くやってくれました。マチルダ夫人、本当に助かりました」


 鹿郡領主はデイブに頭を下げ、マチルダにも礼を言って頭を下げた。


「ちょっちょっ! そんな! 貴族様がそんな! 山賊なんかに礼何か言、ッグエ!?」


 貴族に頭を下げられた事にアワアワするデイブをマチルダは襟首を掴んで後ろに下げさせる。


「別にいいよ。それより、砦の守りは大丈夫なの?」

「はい、北砦を守る砦将は私が最も頼りにしてる将軍ですから」


 レオン領主は自信ありげに言った。 


()()()だと頼り無いねえ」

「我が君はもう少し人を見る目を持った方がよろしいかと」 

()()()のせいで砦が落ちたら一大事! 進軍を急がせましょう!」

「……て、言ってるけど?」   

「え〜と……」


 冒険者時代の仲間達から容赦無い言葉に、ルイス将軍が昔のようにたしなめる。


「少しは()()()を信用してやれ」  


 ーーーーーー 


 牛郡の軍の先鋒一千と鹿郡の北砦守備隊二百はお互い矢の届かない位置から睨み合っていた。

 二千の牛郡領の本隊が到着すると、今まで敵襲を報せる狼煙を上げる以外に、全く動きが無かった北砦の守備隊だったが――


 ――ドン! ドン! ドドン! ドン!


「……なんだあ?」

「奴らなにか始めたぞ」


 北砦から太鼓の音以外に、ここから見える砦を守る鹿郡の兵士達が盾を叩き、床を踏み鳴らし始めた。


「おい、あの真ん中に立ってる奴……」 


 命じられてやらされてる様子の兵士達の中心に、自分達の先祖の活躍を描いた歴史書や絵本などに描かれているような黒い武者鎧を身に着け、金貨を持って手招きする猫の飾りを乗せた武者兜をかぶり、三千の敵軍を前に武者の男は腕を組み、豪胆にも歯を見せて笑みを浮かべていた。 


「鹿郡の将か?」


 三千人の目が自分に集まると武者の男は右腕を上げ、鳴り響いていた音はピタリと止まり、男はスーと大きく息を吸った。


「やー! やー! 遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!」


「なんだ? なんだ?」

  

 武者が声を張り上げたので敵味方の兵士達は目を丸くする。

 中には素直に近付こうとした兵士が仲間に止められた。


「我こそは、北砦将ノスケと申す者! はるか遠く東の地、ニホンより参ったモノノフなり! 同じ祖をもつ牛郡領のモノノフ達よ! 我といざ尋常にしょうぶ〜! しょうぶ〜!」


 ーーーーーー


 木々に擬態し森に隠れていた蟲騎士とナナジは、聴覚強化スキルを使っていたのでその声を聞いた。


『今ニホン領から来たと言ったな? ナナジと同じ』

「言った。日本から来たって、あれが日本人?」


 見覚えがある気はするが、何か違うな〜とナナジは思った。


「あと名前言う奴いるじゃない」

『ああ、馬鹿だ』


 ーーーーーー


 牛郡領の兵士達は目が点になっている。

 旗を上げれば何処の誰かなど分かるのに、敵の砦将が姿を見せてわざわざ名乗り、声を上げる意味が分からなかった。


 一方、北砦の方でノスケ砦将は鼻息をムフー! と出して満足そうにしていた所に、彼の副官が大慌てで上がってきた。


「御大将!」

「どうしたでござる?」 

「勝負しちゃ駄目スよ! 援軍が来るまでここ守らないと! あと下がって! 砦将、総大将のあんたがやられたら負けなんスよ!」

「あ! そうでござった! 久々の戦働きでそれがしうっかり! やー! やー! 勝負はしないでござる! 牛郡の皆々様はお帰りくだされ!」

「何で敵の前で名前を名乗るんスか! そんな事いらないって教えたじゃないスか!」

「何を言うでござるか! 名乗りを上げるのはモノノフの決まり、戦のルールでごさる!」

「そんなルールは無いッスー!」


 先程まで北砦をつつむ殺気だった空気は、今はなんだか残念な空気が流れていた。 


 ーーーーーー 

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