お茶会
シズカ……前鹿郡領主の次女。赤竜乙女のあだ名がある男女問わずの色欲魔。暗闇が苦手で人と触れて無いと眠れない。
ヨーコ……シズカの使用人。シズカの武術の師であり恋人。
マチルダ……元山賊。シズカの父親ヴォルケと結婚した。シズカの色欲が苦手。
ウルリカ……レオンの妻。レオンの冒険者時代の仲間で元盗賊。
あの日のウルリカ奥様は、領主館から少し離れた場所にあるお屋敷のお庭で、二人のお客様を招いてお茶会を開いておりました。
お庭は不思議な事に冬が近い今でもお花が満開に咲き、お休みの日には良くご夫婦でお茶とお花を楽しむ、奥様のお気に入りの場所でございました。
お庭はココ様がお世話をし、ココ様はエルフだからなのか、それとも不思議なお力があるのか、一年中、様々なお花が咲いていて新人の頃の私はとても驚きました。
ただ困った事に、ココ様はお庭の中心から見えない端では、絶対に踏むな、引き抜くな、と注意書きがある怪しげな草花をお育てになり、お庭近くでお住みになってる小屋には、我々メイドは絶対に近づかないようにと教えられました。
ああ、ご挨拶が遅れました!
私、ウルリカ様の専属メイドのエリーと申します。以後お見知り置きをお願い申し上げます。(ペコリ)
さて、お仕事です。
「奥様、お呼びでしょうか?」
私の主であるウルリカ様は、ご領主様のレオン様と一緒に冒険者をしていたそうです。
今年で二十六歳とお若く、少々癖のある茶髪で茶色い瞳の中央人、整ったお顔ですが目つきが鋭く、左頬にはレオン様を庇って傷つき、痕が残ってしまった大きな傷痕があり、初めの頃は怖い方だと思っておりました。
ですがとてもお優しく。可笑しい事があればお声を上げてお笑いになる方で、レオン様があの方では無く、ウルリカ様を選んだのも納得です。
……あ! あの方が魅力がないとは申しません! あの方も、大変、その、魅力がある方です。……はい、とても……
「エリー急ですまないんだけど客を二人呼んだから庭に茶会の準備をしておくれ、簡単な物で良いからね」
「かしこまりました」
女は軍議には入れないという事で、奥様は二人の女性のお客様の為に、お茶会にお誘いになったそうです。
私は言われた通り、お庭にお茶会の用意をし、奥様に確認をしていただきました。
奥様は準備したお茶会の席に満足そうに頷き、お菓子を一つ取ってお食べになり、私を褒めてくださいました。
……ですが、私は顔を上げる事ができませんでした。
奥様は、裸でいるのとそう変わらないと思う程、肌にぴったりとした真っ黒な生地で出来た、つなぎのお召し物を着てお出になったからです。
「奥様……そのお召し物は……」
「これ? アハハハ! 久しぶりに引っ張り出してね! 不安だったけど入ったのよ! あたいもまだまだイケるね!」
そう言って、ご自分のお尻をパシン! とお叩きになりました。
そのお召し物は冒険者時代に愛用していた戦闘服で、胸や背中、腰と手足に沢山ある革ベルトに、今は付けておりませんが、身を守る為のプロテクターや武器を止めるのだと教えてくれました。
履いているブーツは特別製で足音を消すのだそうです。
「これなんか面白い仕掛けがあってねえ。ここから短剣が飛びだすんだよ。こうして、武器を持ってないように見せて背後から近づいて――」
奥様は笑いながら腕輪の仕掛けを見せて使い方を教えてくれますが、お召し物の前止めを下げて胸元を大胆に大きく開き、下には肌着も無く、私は顔を上げる事ができませんでした。
ですが顔をふせたままではお仕事になりません。
「お客様はどちらのお方ですか?」
私は意を決して顔を上げ、今からおいでになるお客様についてお聞きしました。
「ああ言って無かったね。シズカさんとマチルダさんだよ」
私は思わず声を上げそうになりました。ここでは知らぬ者が居ない程、有名なお二人だったからです。
ーーーーーー
「また花が増えてるわね!」
シズカ様がお庭の花々を見て喜んでいます。
シズカ様は元々ここにお住みになっていた方でした。
現在はリリーナの町の近くにあるお屋敷にお住みになり、領都滞在中は町で一番のお宿にお泊りになっています。
「ここはいつ来ても凄いわね」
マチルダ様も喜んでいます。
マチルダ様は最近お屋敷にお住みになってる方です。
何と前領主様のヴォルケ様とご結婚された方です!
ヴォルケ様がマチルダ様をお屋敷にお連れになった時は大騒ぎになりました。
ですが殿方達が騒いでい間にマチルダ様が元山賊だと聞いてご興味をもったウルリカ様は、このお庭で歓迎会を開いてお迎えいたしました。
マチルダ様がお館で暮らし始めた頃は、マチルダ様の側には常に身体の大きな、専属のメイドだと名乗り、今もマチルダ様を護衛するように後ろに立つ屈強な女戦士様を連れ、更に山賊の男達が後ろに続くので誰も近寄ろうとしませんでした。
ですが、その山賊のお一人のお方がヴォルケ様の透明化魔法を見抜くと聞かされ、実際にヴォルケ様を捕らえ縄でぐるぐる巻きで運ばれるの見て、ヴォルケ様のいたずらとのぞきで困り果てていた、お屋敷で働く女達全員から大歓迎されました。
今では文字も読めて頭も良く、上品で優しく、その凛々しい男装姿はメイド達から大変人気があり、マチルダ様のお姿を見ると仕事の手を止め、後をつけて遠くから眺め見惚れる者が続出しました。
お恥ずかしながら私もその一人でした。
奥様からお叱りを受けたのはその時が始めてでございました……
お茶会でのマチルダ様のお召し物はまるで騎士のようなお姿です。ミスリル製の鎖帷子の上には鹿角の紋章があるサーコートを纏っておられました。
銀の籠手のまま器用にティーカップを持ち、お茶を少し飲んだ後、戦の話しを始められました。
「バナンの部隊と戦える者をかき集めて何とか戦ができる千人程の数になったそうだよ」
「さっきバナンが頼みに来たわ。ナナジを貸してくれって、砦の戦いが見える近くに隠れて敵の情報収集をして欲しいって」
「ナナジを使って北の砦を助けるんじゃないの? 砦の守りは二百人程だってヴォルケ様は言ってたわよ? 二百対三千じゃ相手にならないわ」
「それが要らないって言うのよ。良く分からないんだけど、砦は守りきれるって」
「どうやって?」
「さあ、集結が済んだら直ぐに出発するから馬上で説明するって言ってたけど」
「あいつ……山賊の時みたいにやる気無いんじゃないの?」
「あ〜……何か心配になってきた。負けたら滅ぶのうちなんだからしっかりして欲しいわね!」
そう言ってシズカ様はお茶を飲み干しました。
「それもなんだけど」
ウルリカ様がお声を上げました。
「敵の狐が近くに居るね、こちらの情報を集めて敵に渡してる奴が。そうで無いとこんな冬近くの時期に攻め込んだりしない筈だよ」
私は戦の事は分かりませんが可愛い狐さんなら近くの林に最近住み着いてます。後で奥様にお教えしようと思いながら空になったシズカ様のカップを取りました。
シズカ様は私の事など覚えてなどいないでしょう。お茶を淹れながらちらりとシズカ様のお召し物を見ました。
シズカ様は帝都で愛人からのプレゼントだという戦闘服、いつも連れているお二人の殿方のどちらかでしょうか、ドレスとも鎧とも見える御髪の色と同じ、真っ赤な戦闘ドレスを着ておられました。
あの恐ろしい大森林を越えた旅の間は防御力が高いという理由でその戦闘ドレスの上に、後ろに控ている南方人の女性の方と同じミスリル製の鎖帷子を纏っていたと聞きました。今はドレス本来の美しい模様や飾りの付いた金色の防具をドレスのあちこちに身に付けておられました。
私はこの戦闘ドレスは身を守るよりもその派手な見た目。戦場で殿方を女の戦姿で鼓舞するのが本来の役目なのだろうと思いました。
「失礼しま……っ!」
私はお茶を淹れたカップを置くとハッとしました。シズカ様の美しい青い瞳がじっと私を見ていたからです。
「あ、あの、何か御無礼でも?」
「……貴女、前に会った事があるわね」
この場に居る全員の視線が私に集まりました。
「あら、エリーはシズカさんと会うのは今日が始めてだって言ってたよ。ねえ?」
そう言って確認するウルリカ様。
「は、はいっ! 今日が始めで――」
「いえ、確かに会った事あるわよね? 何処だったかしら?」
シズカ様はピシャリと言い、私の顔を見たままう〜ん? と思い出そうとしていました。
シズカ様の後ろに控える南方人の美しい女性が私を睨むように目を細め、マチルダ様の後ろに控える女戦士様が組んでいた腕を外しました。
あの太い腕に捕まっただけで私などバラバラに千切られるのではないかと思いゾッとしました。
「エリー? どうなの?」
私は怖くなり正直に話す事にしました。
「申し訳ございません。昔……お休みを頂いてリリーナの町へ旅行に行った時です。その日は丁度お祭りで……偶然シズカ様にお声をかけて頂いて――」
「ああ〜! 思い出した! 良いわ! もう良いわ! 完璧に思い出したから! あ〜! 思い出してスッキリした!」
シズカ様が私の声を遮るように大きな声をお上げになり。全員の視線が、私からシズカ様に移りました。
「シズカ様……」
「流石だねシズカさん」
「シズカさんよぉ……」
「え? え? 何?」
この中でマチルダ様だけご理解していないようでした。
私は抑えていたあの日の夜の事を思い出し、顔がみるみる赤くなっていくのが自分でもわかりました。
お祭りの雰囲気と酔った勢いだったとはいえ、とんでもない経験でした。
「お、奥様、お茶が冷めてまいりましたので入れ直して参ります」
「うん? ああそうだね……エリーは少し冷やしてきなよ」
「はひん!? ……んっん! ……はい、失礼いたします」
私はウルリカ様から許可を貰い皆様にお辞儀をしてからお庭から離れました。……少し早歩きになってしまったかもしれません。
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「シズカさんは、うちのメイドにまで手を出してたんだねえ」
「だって可愛いかったんですもの」
「確かにエリーは可愛いけどねえ」
自分のメイドが居なくなってすぐ、ウルリカは微笑みながら行儀悪く足を組んで座り直し、黒い戦闘服の前止めを更に下げて私に見せつける。
七歳年上のこぼれ見えそうな、白く大きな傷痕があるが美味そうな肌を目で追ってしまう。
ヨーコとマチルダ達が居なかったら義兄の妻に噛り付く所だった。
彼女の悪戯と分かってはいるが、これはどうしようもない。
私が底無しの色狂いだった事はここでは有名で鹿郡に住む者は誰でも知っている。
今はかなり治まってはいるが、あの病気になり、ヨーコと出会うまではまだ自分を押さえきれず、町で好みを見つけては連れて帰り、女は愛でて楽しみ、男は貪り楽しむ物だった。
子を授からないのは奇跡だとも言われ、自分でもそう思っている。
「シズカさんが帰ってくると聞いた時は男共がちょっとそわそわしてたんだけど、貴女があの男達だけで済むの?」
「今はこの愛するヨーコが居るから必要ありません」
「っ! ああああ……! 嬉しいですシズカ様!」
「ちぇー振られたかねえ」
ウルリカは戦闘服の前止めを上げ、見せていた肌を隠した。
惜しかったな? と思いつつ。先程エリーが淹れてくれたお茶を一口飲んだ。
お茶はとても美味しく、充分に温かった。
マチルダは先程の話しの意味を理解したか、それともウルリカの肌を見たからなのか顔を真っ赤にして動かなくなり、アンナに顔をぺしぺしと叩かれていた。
父様はマチルダといつもどうしているのか気になるが、今はそれよりも……
「……所で、あのメイドだけど殺して良いの?」
「ん〜そうだねえ。エリーは良く働く娘で惜しいけど狐なら仕方ないねえ」
「そう……」
シズカはウルリカから許可を貰い、青い瞳を細くして指をパチンと鳴らすと庭に隠れていた影が動き出した。
「死体はどうする」
「隠して、ウルリカさんから漏れただなんて解らないように」
「分かった」
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