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古い友人・下

 

 ーーーーーー 


 鹿郡領都ヴォルケ。


 一代で鹿郡を築き上げた前領主を称えて同じ名を、本人はとても嫌がったが領民達の賛成多数に圧されて、名を付けられた領都である。

 鹿郡領の最も北に位置する場所にある町で、南門から南にはリリーナの町まで続く領道があり南西には、鹿郡の領地内ではあるが、現在も西方女王から派遣された代官が管理しているミスリル鉱山町に続く道がある。

 西門は虎郡領、北は牛郡領と繋がり経済の中心であった。


 バナンの率いる増援部隊が蟲騎士と共にその領都の外に居るのは、リリーナの町と森林砦から二百人の兵士が到着すると前もって早馬で連絡が届いていたので、レオン領主は二百人の兵を寝泊まり出来る宿所を準備させていた。

 だが実際にバナンが率いて到着した数は、倍の四百人を超えていて慌てた。

 更に到着が予想以上に速く、リリーナの町よりも大きな領都と言っても大慌てで空いている宿や冒険者宿を探させたが、更に二百人の人間を入れられる施設など直ぐに見つかる筈が無かった。


「バナン隊将、すまない。まだ全員分の宿所を用意出来ていなくてね……」

「い、いえ、そんな事をお気になさらずに」


 バナンは領主の館に到着の挨拶に訪れるとレオン領主から直に謝罪されて困惑していた。


 長く戦争に明け暮れていた東方人の彼からしたら、領主とその鹿郡もちょっとズレている。

 それとも、ズレてるのは自分だろうか? 鹿郡はもしかしたら戦争という物をまだ良く理解していないのかもしれない。

 戦が間近なのに領都民とここを守る守備兵達にも緊張感がまるで無い。

 リリーナの町から来た兵士達をまるでお客様のようにもてなそうとしている。

 

「(兵を上等な部屋で寝泊まりさせたいのなら、その辺りの住宅を接収したら良いいだ。住民を外に放り出して兵を入れれば二百ぐらい直ぐに……この領主さんに、そんな命令はまだ無理かな? 領主になって数年と聞いたが良くやっている。でも非常な命令がまだ出来ないようだ。平時には間違いなく領民に優しく、名君になるだろう。哀しい事だが非常識と邪道が、常識と正道になるのが戦争だ。税を上げ、領民の血をしぼり取るのも領主の仕事のはずだ)」


 この良い子ちゃんの領主に、先程の接収の案を進言しようか、配下が提案すれば行動しやすいだろう。上がしでかした泥かぶりは得意中の得意だ。


「閣下、進言しても宜しいでしょうか?」

「何かな? バナン隊将」


「はっ、進言を失礼します。それは(……いや、待てよ。俺はこの領主では無く、今はシズカ夫人に仕えてるんだから彼女の足下に泥を飛ばすのは得策じゃないな)」


 バナンは即座に案を変え、レオン領主に、元々用意していた二百の宿所には義勇軍として参加した民兵達や戦闘員では無い甲冑隊の整備師達を入れ、領都に親戚のある者はそこに頼んで泊めてもらい、それでも百人程余り、その残った者で野外陣地訓練として南門の外に天幕を張って宿所をつくらせる案を進言した。    


 ーーーーーー


 ナナジが蟲騎士の頭の上から警戒の為に後ろを見ると、陣地の向こう側にも人だかりは出来ていた。    


 その中に一人、トコトコと歩いて陣地に近づく者が居た。


「おやおや?」  


 近づく人物の役割は〈魔女〉とナナジの瞳には見えた。

 魔女は少女のように小柄で、透き通るような白い肌に青みがかった黒髪と水色の瞳、薄紫色の口紅を差し、杖と紫色のローブを着た魔術師風の姿で、少々濃く化粧をしてるが整った小顔の美少女……いや、違った。

 長く尖った耳、種族名が〈シティエルフ〉

 見た目では本当の年齢は全く分からないエルフの女性は、微笑みを浮かべながら陣地に近づく者を止める兵士の横を通った。

 警備の兵は、通り過ぎるエルフをちらりと見ただけで止めなかった。 


『何と、こんな所に居るとは』

「どうしたの? お、おおっと!?」


 蟲騎士がナナジの目から見えるエルフを見て、慌てるように振り向いて屈み、顎を地に付けて歩いてくるエルフを向かえる。

 魔物が動いたので、弁当を食べてる領民達からざわめきがあがった。


 人の目も気にせず陣の中を歩いて来たエルフは、杖を持っていない方の右手を口元まで上げ、周りの兵士には聴こえない小さい声で話しかけてきた。


「やあやあ、久しぶりだね勇者殺し殿。七百年ぶりかな?」


 エルフの女性はそう言いながら上げた手を、蟲騎士の顔、白い毛に包まれるカイコ蛾の頬を撫でた。  


『四百年だ。久し振りだなココ殿、我々の事は蟲騎士と呼んでくれ』

「ハハッまた名前を変えたのかい? 騎士とはまた格好いいじゃないか」


 エルフは笑いながら、モフモフの感触を楽しむように手を動かす。

 ナナジは額に生える自分と宝玉の女神以外に、恐れず彼に触れる人物を見て驚いていた。 


「え〜っと? この人、誰?」

『彼女は……』

「エルフだね」 

『……そうだ、それもエルフの中でも老――』

「おっほん!」

『――失礼した……』


 咳をしたエルフは、ナナジに水色の瞳を向け。


「ふむふむ、これはまた可愛いい娘と同化したじゃないか」

『ナナジという、ナナジ、このエルフはココという。大昔、大変世話になった事がある。前のような事はするなよ?』

「う、うるさいなあ、私だって礼儀を学んでるよ! あの時は目覚めたばかりで分からなかったんだ!」


 宝玉の女神にしたような、無礼の無いようにと釘を刺してきた。 


「(こいつが女神以外にこんなに気にするって事は相当な人なんだろう。礼儀正しく行こう)」


 この世界での礼儀として、自分の信仰する神の礼をして挨拶をする。

 ナナジは両手の手のひらのを合せ、一応宝玉の女神とは姉妹の契を結んでいるのだから宝玉神信者の礼をして頭を下げる。 


「(彼女がヴォルケちゃんが言っていた……なるほど、なるほど……面白い……)」


 ココは蟲騎士に向ける微笑みとは違い、にんまりと笑って蟲騎士の顔から手を離し、自分の胸に当てて頭を下げた。


『むう? 勇者神信者の礼?』

「ああ気にしないで、信仰はしていないよ。君達と同じで人間に混じって暮らしていく知恵の一つさ」


 蟲騎士の知る昔のココは、右の手のひらを相手に見せるように向けて一礼する、同じエルフやダークエルフも知らない挨拶を良くしていた。

 不審がられても止めなかったのだが、四百年の間に何かあったのだろうか。


『人間達と共に住むとやはり苦労を?』

「いやいや、大変だったけど楽しんでたよ。本当の子育てとかしてみたからね」

『本当の子育て?』

「いやぁ〜それがね〜エへへへ。拾って育ててた人間とうっかり初めて子供を作ってね。出産があんなに大変だとは思わなかった。アハハハ」

『何と』


 照れるエルフに話しを聞いて驚く蟲騎士と同時に、前に聞いた変わった友人の話しをナナジは思い出していた。


「前に言ってた変人エルフてこの人か」


 どうせ自分の言葉は誰も理解できないと思い、口に出して話した。

 だがエルフはピクリと長い耳を動かし反応した。


「う〜ん? 言葉は分からないがこの娘は何かもの凄く失礼な事言ってないかい?」

「うっ!」


 エルフは半目になってナナジをじと〜と見つめてきた。


「(まさか言葉が通じてる!?)」


 ナナジは自分の口を慌てて押さえた。


『そんな事は言って無い、無いぞ』

「私をどんな風に紹介したが聞きたいな〜」

『教えて無い、全然、無いぞ』

「本当かな〜?」


 慌てる蟲騎士の黒い目にエルフは顔を近づける、彼の目から見えるココは微笑んでいた。

 このエルフは蟲騎士との会話を楽しんでいる。


「仲良いいなあ、昔の……友達か」


 その時、一人の兵士が走ってきた。


「失礼します! ココ様。お館様がお呼びです」

「わかった。直ぐに参ると伝えて欲しい」

「はっ!」


 兵士はちらりと、蟲騎士の方を見てから走って行った。

 走って行く兵士と、他の部隊長達と一緒に領主と会ってきたバナンとすれ違い。

 団長を出迎えたロカとマルティは、バナンから何か囁かれれると、ハッとした顔になり、頷き声を上げた。


「陣を片付けろ! 出発準備だ!」

「町に行った連中を呼び戻せ!」


 その緊張した様子の声と、周りの陣からも声が上がり、ナナジは興奮する。これから何が起こるか肌に感じた。


「本当に来たようだね!」

『やれやれ戦か』


 蟲騎士が溜息をつく。はいた息で、ココが着ているゆったりしたローブがなびいた。  


「では蟲騎士殿、私も勤めのようだ。行ってくるよ」

『ココ殿は鹿郡の領主に仕えてるのか?』

「仕えてるというか趣味かな? 今の趣味はね、私の子孫達を見守る事だからね」

「子孫? ……じゃあ静さんのご先祖様?」

『また妙な趣味を始めていたな』

「そうかな? 楽しいけどな〜」   


 そう言ってココは、フワリと紫色のローブを翻し背を向けた。


「じゃあまた今度、次はもっと昔話をしよう蟲騎士殿、御武運を祈っているよ」

『ああ、またなココ殿』


 それからココは、慌てた様子で蟲騎士に向かって歩いて来るバナンに、ローブの長い裾をスカートのように摘み上げ、膝を曲げて上品にお辞儀をしてから歩きだした。


「うん? 今の可愛い子はエルフか?」


 バナンは少女に道を譲った後になって、少女がエルフだった事に驚いていた。


『どうしたバナン君』

「あ、うん、敵が来たよ。北の領境にある砦が牛郡領の軍に包囲されたってさ」


 彼は離れて行くエルフの後ろ姿を見ながら答えた。

 

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