古い友人・上
登場人物紹介
蟲騎士
〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……
ナナジ
蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無くこの世界の言葉は理解できるが話せないので蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して会話する。
ベアトリス……西方国の女王。魔王を倒す為に未だ姿を見せない勇者を探している。
バナン……元東方軍の騎士。帝国東要塞の生き残り。鹿郡領の中で岩の砦騎士団を作り隊将に任命される。
レオン……現鹿郡領主。シズカの義兄。元冒険者。
ココ……レオンに仕えるエルフ族の魔術師。
アレックス……シズカが雇った傭兵。現在は傭兵を辞め岩の砦亭の宿の料理人として雇われている。
西方南部郡から北に山脈を挟んである西方中央領、その首都にある女王が住む館の一室で、ベアトリス女王は南部で起きた騒動の報告を聞いて、寝所から飛び起きた。
「――も、もう一度言って!」
女王は報せを持ってきた側近に詰め寄り、女性側近の両肩をつかんだまま三度聞き返した。
「へ、陛下! 落ち着いて ……ベアト! 今、お茶を入れるから。ね? 座って」
「そ、そうね……お願い」
女王の顔色は蒼白で、長年の友でもある女性側近に支えられながら椅子に座った。
「なんで牛郡が鹿郡に……反乱? 魔王軍の調略? 工作員はどっから? 東部の国境は固く閉じて守り、防諜も上手くいってた。……まさか大森林から? 南部から反乱が拡がって東方領のように……クッ!」
女王は魔王にしてやられたと思った時、目の前にカップが置かれた。
「まだ魔王の調略による反乱とは分かりませし、明日にも詳しい戦の詳細も届くでしょう。首都にいる牛郡領の大使からも話しを聞――」
「近衛長!」
「はい!」
側近が言い終わる前に女王は、常に自分の側に控える女性近衛兵を呼んだ。
「ここに牛郡大使を連れてきい! 逃亡したらかまわへん! 斬――!」
「陛下! ……ベアト、どうか冷静になって……」
他国では信じられない事だが、女性近衛兵は主君である女王の言葉を遮り、女王もピタッと、命令を止めた。
女王は、大きく息を吸って吐き出してから、改めて命令した。
「皆を集めて〜、それと牛郡と鹿郡、両大使にこの件について話しが聞きたいと伝えてえ〜」
「承知しました。ただちに」
近衛長では無く側近が返事をし、二人は主君であり、古い友である女王が普段の様子になっている事に安堵し、側近は部屋を出て行った。
残った近衛長と二人だけになった女王は礼を言う。
「ありがとう。王が兵を使って大使を捕らえれば、もう後戻りできなくなる所だったわ〜」
「ご無礼をお許し下さい」
「貴方の全てを許します。だからもっと無礼をなさい。それよりも大森林からの工作員の侵入も考えないといけないわねえ〜」
女王は近衛長に微笑んでから、自分の部屋の壁に掛けた大陸地図を見る。
「あの人の娘が通れたのなら魔王軍も……」
壁の地図には様々な情報が地図に直接書き記してあり、中央には赤いピンを刺し、帝国の国旗には✕を付けて消され、地図を埋めるようにびっしりと情報が書かれたメモ用紙を貼り付けていた。
「魔王軍が帝国大道を無傷で手に入れたとしても、この長い補給線……主力がここ」
女王は立ち上がり、地図の記されてる東方領から地図の中央、赤いピンが挿してある帝都の位置まで指を付けてなぞる。
「大森林……南部郡の牛郡と鹿郡は……」
女王は、ブツブツとつぶやきながら、指を西南へと、地図には広く緑色を塗られただけで何も無い空間を過ぎ、牛郡領までなぞる。
地図には、牛郡領地のある位置にメモが貼ってあり、そこには。
「ドラゴン襲撃」
「領主、長子共に死亡、次男だけが生存」
「領民死者多数」
「救援、物資、大至急!」
と、大至急の部分に二重丸を付けて書かれ、その南に位置する牛郡領よりも小さい鹿郡領地の位置には。
「赤竜乙女は無事帰還。良かった!」
「赤竜乙女が魔王と同じ魔物を?」
「色ボケ爺!!」
と、書かれたメモがあった。
「東方から伸び切る補給、魔王軍の主力の位置、大森林を通って南部の牛郡領に、守りを固め西方から出て来ない我々の背後から……」
女王はペンを持ち、地図にカリカリと矢印を書き記していく。
「ベアト、魔王軍はどんな手だと思う?」
地図に印されていく矢印を見ながら近衛長がたずね。
印は帝都から始まり大森林を通って南部郡の牛郡領まで伸び。
「もし魔王軍に大森林を速やかに通れる手段があるのならあの野郎の手は……」
女王はペンを置き、壁から離れ、地図を眺めて呟く。
「キツツキセンポウ、ね」
「キツツ……何?」
女性近衛はベアトリス女王が話した言葉の意味が理解できなかった。
「フ……フフフ」
優れた統治者だが策略家でもあるベアトリス女王の、先程まで蒼白だった顔には笑みが浮かんでいた。
「牛郡と鹿郡の領民には悪いけどこの騒ぎ、泥沼化した方が良いわね」
「へ、陛下!?」
「フフフ、冗談よ〜」
そう言って優雅に、側近が淹れてくれたお茶のカップに唇を付けた。
ーーーーーー
魔物を覗く時、魔物もまたあなたを覗いている。――という言葉がある。
鹿郡領都の南門の外側には都民達は噂に聞く巨大な魔物を一目見ようと集まり人だかりが出来ていた。
何故かアレックスが、胸がとても大きな女性と、集まってる都民に弁当を売って歩いている。
そして魔物もその人だかりを見ているが、弁当は食べていない。
蟲騎士が少し動いただけで大騒ぎになるので大人しく膝を抱えて座っているが、額に生えているナナジは、キョロキョロと辺りを見回していたのでナナジの目で蟲騎士も領民達が見えた。
「リリーナの町に初めて来た時みたいに注目されてるね」
『堂々していれば良い。護衛の兵士もいるし馬鹿な事をする者も居ないだろ』
「一人ぐらい掛かって来る奴居ないかな? 堂々とぶっ殺せるのに」
『冗談はよせ……だがそうだな、警戒はしよう』
蟲騎士は、ピクリと触角を動かしてスキルを使い、周りの音を聴いて警戒を始めた。
ナナジは蟲騎士の頭へと上がり、後ろを見て後方を警戒した。
蟲騎士の座る後ろには領都の南門が見え、門の手前にバナンの岩の砦騎士団(自称)の民兵達がマルティとロカに天幕の張り方を教えて貰いながら陣地を作り始めていた。
ーーーーーー
「あ、ちょっとすいません。あ、ごめんなさいね」
人の群れの間を縫うように小柄な人影が歩いている。
小柄な影はフードを深くかぶって顔は見えず、杖をついて歩いていた。
苦労してようやく人の群れの前に出るとふ〜と息をついた。
「凄い人だ、彼も有名な魔物になっちゃったかな?」
小柄な影はかぶるフードから水色の瞳を輝かせてそこからでも見える巨大な魔物の背中を見た。
その姿は間違いない、古い、とても古い友人の彼だ。
「お嬢さん、お弁当はいかが?」
手に持つ、籠にいっぱいのお弁当の紙の包を入れた、エプロンドレスからはみ出る程の大きな胸をした女性がフードをかぶる小柄な人物の前に立った。
「あ、いえ結構です」
小柄な影は断り、女性を避けるようにゆったりした紫色のローブをなびかせ、トコトコと陣地に向かって歩きだした。
「あれ?」
「女将どうした?」
アレックスがマヤの様子に声をかけた。
「さっきの女の子から凄く良い花の香りがしてね」
「香り? 香水じゃないのか?」
アレックスもマヤの視線を追って歩いてる少女の背を見る。
少女は歩きながらフードをずらして下ろしたのでアレックスは驚いた。
後ろからでも見て分かる。黒髪から飛び出す、長く尖った耳が見えたのだ。
「珍しいな、エルフだ」
「じゃあ、あの子がココ様か」
「ココ?」
「今の領主様、レオン様に仕えてる魔術師様よ」
「ほお、だが女将、エルフにあの子とか言っては失礼だ」
「何でさ?」
「エルフは不老だと言われている。あの見た目で三百歳は超えてるかもしれない」
「へ〜そうなのか羨ましいねぇ。客で来たら注意しよ」
マヤはそう言って弁当売りに戻って行く、売上はとても良く、彼女はとても上機嫌だ。
アレックスはもう一度エルフに視線を向けると、エルフは警備兵の横を、止められる事無く通り過ぎて行った。




