戦の衣・上
登場人物紹介
蟲騎士
〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……
ナナジ
蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無くこの世界の言葉は理解できるが話せないので蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して会話する。
バナン……元東方軍の騎士。帝国東要塞の生き残り。鹿郡領の中で岩の砦騎士団を作り隊将に任命される。
アベル……シズカの小姓として雇った少年。シズカの騎士になる事を目指してバナンに弟子入りした。
マルティ……タルンに雇われていた傭兵。弓が得意。元冒険者。
ロカ……タルンに雇われていた傭兵。槍が得意。マルティとは同郷。
リズ……使用人見習いの少女。ブラッツに助けられた過去がある。
タルン……武器屋の商人。事故で困っていた所をシズカに助けられ旅の手伝いをする。
――ザッ! ザッ! ザッ!
その集団は衣服は皆バラバラだが、全員揃いの真新しい鎖鎧を纏い、上等なブーツを履き、新品で揃いの矛と複合弓で武装した三十人程の集団が、森林砦の裏門から二列縦隊で入り修練場の広場へと進む。
オットーは行進する集団を見てほおと、感心する。
「なるほど、行進する大会があれば確かに優勝狙えそうやな」
集団の先頭、蛇矛を掲げ顎髭を長く伸ばした北方人の男、ロカが号令をかける。
「全隊、止まれ〜!」
――ザザン!
二ヶ月前までは村で普通の若者達が乱れ無く一斉に足を止めた。
「……たった二ヶ月でよ〜鍛えたな」
「へへ〜みんな良い子ばかりなんすよ〜」
バナンは仲間達を褒められて笑顔になる。
「だが人を殺せるか?」
「……それなんですよね〜」
今度は苦笑いになった。
若者達は出発まで待機を命じらると初陣の緊張と不安の表情で辺りをキョロキョロとしている、だがそれでも故郷と、家族を守る為だと全員志願してくれた。
遠く滅んだ故郷で生き残りをかき集め、上から与えられた兵士では無く、自分が一から鍛えた兵士達。出来るなら一人も無駄死にさせたくない。
「罪人とか、……どうせ戦になるなら牛郡領の村の二、三個焼いて殺しの経験を積ませてあげたかったなぁ……」
そんな何でもないようにバナンはつぶやく。
幸いにオットーはバナンから離れていて聴こえていなかった。
真新しい大弓を背負うマルティと包みを背負うアベルがバナンを見つけて近づいてきた。
「だんちょ〜言われた通りカッコつけの為に砦が見える手前で行進したけど、どうだった?」
「し〜! し〜!」
慌ててオットーを見れば、彼は騎士団の後から到着した人物と深刻そうな表情の副官と話をしていて近くに居ない。
「うん? ああそれと旦那に渡すように頼まれたナナジさんの装備持ってきたぜ」
「お、じゃあリズちゃんに――」
「バナン団長ちょっと来てくれ」
話してる途中で深刻そうな表情のオットーに呼ばれた。
「わかりました〜! じゃそれを彼女に渡してあげて」
「はい!」
アベル少年は元気に返事をし、包みを抱え直して先程から砦の中でも大きな建物の隣で、ぼ〜っと立てる蟲騎士に向かって歩き出した。
ーーーーーー
機械甲冑の整備棟の隣に立つ蟲騎士は、人間達に聞かれないように立ち上がり、ナナジの口を使って会話していた。
『逃げよう』
ナナジを危険にさらすような人間同士の戦争などに、魔物の蟲騎士は正直に言って参加したくない。
「駄目だ皆と一緒に戦う」
蟲騎士が守りたい同化者であるナナジは同意しない。
だがそもそも寄生させている彼女の同意が無くても、その気になれば自分の思う通りに動けるのにこの魔物、何故かナナジと相談してから行動を決める。しかも何故か彼女の案を優先する。
『むう……だが』
「駄目だ、お世話になったシズカさんを助けるんだ。ここで魔物の私達が暮らせたのはシズカさんのおかげなんだぞ? 恩返ししないと」
ここでの生活を一番暇だの退屈だの不満を口にしていたナナジが、皆と一緒に戦うと言って何故か譲らない。いつものように、ただただ暴れたいだの、人を殺したいなどの欲求とは別に、強い決意をナナジから感じた蟲騎士はとうとう折れた。
『……分かった。だが敵に勇者か英雄の役割が居たら必ず教えて欲しい』
「お、戦うの?」
『いや、最速で逃げる為に』
ナナジはのカクンと傾いた。本当に勇者が怖いのだ。
「何でそんなに勇者とか英雄とかを怖がってんの? 勇者を倒した事あるんでしょ?」
その功績で勇者殺しの名を持つ蟲騎士は付け加える。
『大まぐれでだ』
蟲騎士は大昔、彼の持つ切り札を使って間違いなく一人の勇者を倒した。ナナジはその時の話を聞いて確かに勇者を倒せたのは偶然だった。だが、もう少し誇っても良いのに、と思っている。
「全くでかい図体して、もうちょっと自信を――」
「ナナジさ〜ん」
「うん?」
義兄に会いに領都に向うシズカ達がナナジの生活の為に残してくれた、ここ鹿郡で新しく新調したメイド服を着る少女、リズの呼ぶ声が聴こえて下を見る。
この世界で産まれた者に付いている、その人物の役割が視える目で見ると足元に〈役割の巫女〉リズと、〈魔物狩り〉アベルの二人が、蟲騎士が不意に一歩歩けば踏み潰してしまう位置に居た。
「危ないな〜も〜」
ゆっくりと巨体を屈ませ、うつ伏せになり、顎を地面に付けて二人に近づけた。
「ナナジさんの武具が届きましたから着替えて下さい」
アベルが包みを下ろして言った。
リズが包みの中を覗く。
「ブグ?」
『それはありがたい』
二人にはナナジの言葉は通じないので蟲騎士が話す。
蟲騎士には硬い殻で身を守っているがナナジは生身、傷は治せるが致命傷を受ければ死ぬ。戦場に出ればその大きさで目立つので多くの矢を受けるだろう。身を守れるならフルプレートメイルでガチガチに固めたい。
「え〜あの鎖鎧はやだな〜あれさあ髪が引っかかって傷むから嫌なんだよね〜」
『好き嫌い言ってる場合か』
買い物も行けないナナジの代わりに、服やアクセサリー選びのセンスが抜群に良いリズの影響で、最近ますますお洒落にこだわるナナジは嫌がった。誰に見せる事もないのに、お洒落は彼女の唯一の趣味だ。
ちなみに衣服の代金は、蟲騎士が砦の石積みで働いたお金で支払った。
ナナジの表情で嫌がっていると分かる程、仲が良くなったリズが包みに収まっている鎧を見て声をあげた。
「ナナジさん! これとっても素敵ですよ!」
「ホホーウ?」
リズが言うなら間違いない、ナナジも興味を持って包みの中を覗いた。
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