七番機とぶ
登場人物紹介
蟲騎士
〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……
ナナジ
蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無くこの世界の言葉は理解できるが話せないので蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して会話する。
クルト……元千の軍所属の機械甲冑乗り。帝国東要塞の生き残り。鹿郡領の機械甲冑隊に入隊する。七番機に搭乗。
ハチ……元東方軍の機械甲冑乗り。帝国東要塞の生き残り。鹿郡領の機械甲冑隊に入隊する。八番機に搭乗。
オットー……鹿郡領森林砦の砦将。
ハーディ……鹿郡領の機械甲冑隊員。一番機に搭乗。
ジュール……鹿郡領の機械甲冑隊員。二番機に搭乗。
エリス……鹿郡領の機械甲冑隊員。三番機に搭乗。ナナジの過去と何か関係がある様子だが……
オットーがその話を聞いた時は機械甲冑隊の隊長になる様にクルトとハチを呼んで話をした時だった。
二人が隊長になるのを断ったあとクルトが意外な人物を隊長に推しオットーはその名を聞いて驚いた。
「何? エリスを隊長に?」
「ああ」
「エリス? ……あ〜あのお嬢さんか。確かまだ数回ぐらいしか会って無いが何故だ?」
話を一緒に聞いていたハチがクルトにたずねた。
「機械甲冑の動きは大森林で見た。姿隠しが切れた時恐れず一番最初に動いた判断力もある。それに機械甲冑で魔術が使える人材は貴重だ」
「魔術ってあの目くらましか? あれってそんなに凄いんか?」
オットーの質問にクルトに咎めるように目を細めて見られ。ハチからは「これだから素人は」と呆れるように言われてオットー砦将はいじける。
「俺一応将軍なんだけどな〜」
「……凄いんです。千の軍でも機械甲冑に乗って魔術が使える機械乗りは千人の中で五人も居ませんでした」
「そ、そうなんか?」
そんな貴重な人材がうちに居るとは思わなかった。
オットーは歩兵出身なので戦闘中に強力だが時間や触媒が必要な魔術使いよりも効果がすぐに出るスキルが使える人材を重んじる所があった。
同じ機械甲冑乗りでなら仲間の盾になれるヘイト系スキルが使える二番機搭乗のジュールを隊長にと考えた事もあったが彼はあのいかつい見た目で気が弱く隊長に向いてる性格ではなかった。
エリスは逆に気が強い少女だが彼女がまとめてると言っていいハーディとジュールの三人のチームは残りの三人のチームよりも抜きん出て連携が良かった。
整備師隊にも密かに人気があり若くても彼女が隊長なら彼らも納得するだろう。
だが……
「あの娘はあかん」
「なんでだ? 女だからか?」
ハチに聞かれてオットーは頷いた。
「そうや。ああ勘違いすんなよ? 鹿郡でもここは一番能力主義の場所や。エリスがあかんのは彼女の親父さんは鹿郡でも指折りの重鎮だったんや」
「だった?」
「事故で亡くなってな。んで彼女にはその親父さんが決めた婚約者が居て二年後の十八歳になったらここを出て結婚する約束しとる」
「あ〜なる程そりゃ仕方無い」
ハチは納得した。
「いや、彼女を手放すな隊長にするべきだ」
クルトは納得しなかった。
「でもクルトさんよ〜流石にそんな幸せの未来あるお嬢さんに隊長はちょっとな〜」
「彼女は切り札になる。手元に置いておけ」
「……本気か?」
「切り札?」
切り札と聞いてオットーがクルトに聞く。
「ああ、彼女の力はあの魔物を倒す切り札になる」
ーーーーーー
森林砦の広い修練場の真中で片膝を付いて屈み模擬戦相手の三番機を待つ七番機の側にハチが近づいて来たのでクルトは呼吸機関の出す騒音を絞り耳栓を外す。
ハチは慣れた様子で機械甲冑を登り胸甲から顔が見えるクルトの側まで来て話かけてきた。
「何か手順は違ったが賭け試合に持ってこれたな」
「ああ」
「所で得物はあれで本当に良いのか?」
ハチは機械甲冑の足下に置くクルトが選んだ武器を見ながらたずねた。
「これで良い」
模擬戦でクルトが選んだ武器は機械甲冑の全長より倍以上はある長い訓練用の長槍だった。本来は隊列を組んで使う物で単騎で振るう武器ではない。
七番機は長槍の他に武器は無かった。
「負ける気は……無いよな?」
「試したい事があって選んだ。俺が負けたら彼女はその功績でオットーが隊長に任命する手筈だ問題無い」
整備棟から機械甲冑の呼吸音が聴こえて来た。ハチは整備棟を見ながら先程まで怒鳴り合ってた少女を思う。
「そしてお前が勝っても隊長か。お嬢さんも可哀想に」
「……」
「せめて優しくしてやれよ」
そう言って降りて行ったハチと周りにいた整備師達が七番機から離れたのを合図で確認したクルトは耳栓を付け直し耳をカバーする革兜をかぶって絞っていた機械音を上げながら異世界から転生して来た勇者から伝わった伝統儀式をつぶやいた。
「クルト、七番機出るぞ」
七番機が長槍を持って片膝姿勢から上半身を全く揺らさずに立ち上がった。
整備棟から裏に小剣を付けた大盾を持った三番機が出てきたのは立ち上がるのと同時だった。
ーーーーーー
「ではこれより三番機と七番機の模擬戦を始める! 双方! 礼!」
修練場の外でオットーが宣言しその隣でハチが声の聴こえない二人にアームサインを送る。
サインを見た二機はお互い迎え立ち腰を曲げて礼をしてから一定の距離を離れ胸甲のバイザーを甲冑の手で下ろした。
バイザーを下ろすと視界は一気に狭くなり開けられた溝穴からでしか前は見えなくなる。
「す〜ハー!」
暗くなった甲冑の中でエリスは大きく深呼吸した。
「エリス、貴方なら大丈夫。あんな奴になんか負けないわ……」
顔を上げると狭い視界の中で長槍を構える七番機の真後ろに蛾の顔をした巨大な魔物が座ってるのが見えた。
「……あの人に似てたなぁ」
呟いてエリスの脳裏に浮かぶのは前合わせの白いドレス姿で椅子に座って微笑んでいる女性の肖像画。
「お母様……」
産まれたばかりの自分と家に殆んど戻らない父を捨てて屋敷の貴重品を密かにお金に変え父の友人と一緒に姿を消したと聞く母とあの化物の頭に生えていた少女は良く似ていた。
もちろん赤子だったので母の姿の記憶は無いし激怒した父は屋敷にあった母の姿を描かれた肖像画などは全て処分していた。
だが九歳の時に老夫婦の使用人が密かに隠して保存してくれていた母の肖像画を見せてくれた。
自分と同じ黒髪と青い瞳の母の姿をその時生まれて初めて見た時だった――
「始め〜!」
カーン!
機械甲冑の中には声は聴こえないので甲冑の後ろから長い棒で背を叩かれる。エリスは叩かれる振動で合図を知る。
「いけない! 集中! 集中! 行くぞ〜!」
三番機は大盾を構え七番機との距離を詰める為に駆け出した。
ーーーーーー
クルトが操る七番機に三番機が剣は抜かずに大盾を両手で二つ付いているグリップを握って構えて迫る。
大盾の真中には赤い花の印が描かれていた。
"貴方は盾の印しか視えない"
走る三番の姿が盾の絵を中心にグニャリと歪み姿が消えた。
クルトは七番機の中で目を細める。
「これが機械甲冑で使える彼女の魔術か。見事だ」
七番機はその場で回転し長槍を横に力強く振り回して何も無い場所でバチン! と三番機が大盾で長槍を防ぐ姿で現れた。
「姿を隠してもお前は印のあるそこに居る。その術は味方が居てこそ効果があるんだ」
三番機は驚いたように数歩下がるが再び大盾を七番機に向けて構え駆け出す素振りを見せた。
大盾は攻撃を防ぐ為の防具ではあるが機械甲冑を隠す程の大きさと重さで殴ったり勢よくぶつかったりすれば優れた武器にもなる。自分の能力とどの装備が自分に合うか良く考え選んだ大盾なのだろう。
「だがその盾は俺の姿も隠す」
そう呟きながら七番機を右へとすり足で移動した。
三番機は大盾に僅かに開けられた溝穴から七番機を覗き見た時驚いたように大盾を下に下げた。
ただでさえ視界が悪い機械甲冑で大盾に開けられてる覗き穴で更に視界が悪く三番機から見て左へと僅かにすり足で移動しただけで大盾の死角に入った七番機を見失った。
七番機は三番機が盾を下げた瞬間に長槍をその頭に叩きつけるように振り下ろした。
偶然か、それとも勘か、三番機はバタバタと重い足運びでさがって躱し槍は地面を叩いた。
「その判断は良し。だが遅い」
七番機は三番機を追い長い槍を繰り出す。
長槍で叩く、引いて突く、回転して払う、再び突く、また大きく槍を振りスキを見せたと思ったら背を向けたまま槍の柄頭にある石付きで鋭く突き三番機は慌てて大盾で防ぐ。全て防いだが全て重い一撃だった。三番機は攻撃に移れない。
「足を止めたな。そろそろか」
七番機はトントンと軽い足運びで三番機から大きく離れ距離を開けた。
その動きは周りから見ても三番機と七番機は同じ機体なのかと思うほど滑らかで素早い動きだった。
ーーーーーー
「何こいつめちゃくちゃ動けるじゃない!」
クルトは只者では無い。なのに誰も教えてくれなかった。
いや、チームの二人は教えようとしていた。聞かなかった自分が悪いと反省。
「強い……しかも遊ばれてるの? ……悔しい。その気になれば私をいつでも討てるのに……」
七番機が離れたのでエリスは三番機を動かさず呼吸を整える。最初に魔術を使用して魔素を消費したので残り半分を切っていた。大きく呼吸させて魔素を回復させる。
三番機から離れた七番機は長槍を奇妙な持ち方で握っていた。
両手で柄の一番後ろを逆手に握って長槍を一番長く持って構えていた。
「何あの構えは?」
剣やナイフならば逆手に持って刺す事は出来るがあの長槍では難しいのではないか。
だが七番機は三番機に穂先を向けて駆け出した。
「そのまま来るの!? 大盾で弾いてやる!」
エリスは大盾の下にある杭を地面に突き刺し受ける姿勢を取った。右手で盾の裏にある小剣を逆手に持って外す。
「槍を大盾で受けて弾き一か八か飛び込んで小剣を刺す!」
クルトに勝つにはこれしか手は無いとエリスは思った。
七番機はスピードを上げて三番機に迫る。フェイントは無い。そのままぶつかる気のようだ。
三番機は大盾に隠れ七番機を迎え待った。
だが――
「え? 嘘……」
エリスが大盾の覗き穴から七番機を見ようとした時、その姿が無かった。
また左に? 居ない。今度は右? 居ない。
見えた物は何故か正面の地面に刺さる槍。
「消えた?」
エリスは呆然としていると。
「エリスー! 後ろ〜!」
聴こえるはずが無いハーディの声が聴こえた気がした。
「え?」
エリスは後ろを振り返ろうとした。
だが三番機は動かなくなった。
そして浮遊感。
何故か空が見える。
「何?」
衝撃。
少女はその衝撃で壊れて飛び散る機械甲冑の部品を見ながら失神した。
ーーーーーー
「勝負有り! 勝者、七番機!」
「機械甲冑で……ジャンプしやがった……」
機械乗り達は唖然としている中でハチは大きく溜息をついていた。
「何であいつは機械甲冑で跳びたがるんだ?」
「前にもあったんスか?」
「ああ東要塞でな。俺様も付き合ったら転んで死にかけたぞ……お前ら真似すんなよ?」
「出来ませんよあんな事……」
機械甲冑は中の機械乗りの動きをその甲冑の下にある人工筋肉筒が真似をして動く乗り物だが乗り手が中でジャンプするような動きをしても機械甲冑がジャンプをする事は出来ない。
機体の装甲が重く、人工筋肉筒自体も更に重い為にその筋力では跳ねる事が出来ずに手足が奇妙な動きをするだけだった。
だが長槍を一番柄を長く握って構えて持った七番機が突撃し三番機が大盾で槍を受けようしたその時。
七番機は三番機の手前で槍を地面に突き刺した。
地に刺さった槍は大きくしなり走る勢いと槍のしなりを利用して七番機は跳んだ。
跳び上がった七番機は三番の頭上で槍を離し体勢を器用に変え三番機の真後ろに着地し七番機を見失い棒立ちの三番機の後ろから掴みかかり足を払って地面に叩きつけたのだ。
着地の衝撃か両足から熱を冷やす為の大量の蒸気を出しながら立つ七番機。地面に叩きつけられてからピクリとも動かない三番機を呆然と見ていたハーディとジュールはいつもチームを組む少女の事を同時にハッ! と思い出し駆け出した。
「エリスー!」
「救護班! エリスを操縦槽から引っ張り出せ! 急げ!」
二人の声でようやく倒れたまま動かない三番機から失神した少女の救助が始まった。
ーーーーーー
石工職人達が賭け金で騒ぐ中で蟲騎士は座っている。
『……今まで機械甲冑で跳ねた者を見た事はあったがあそこまで高く跳ねた者は初めて見た……見事だ』
蟲騎士は機械乗りを失い動かない三番機を整備棟まで運ぶ七番機と八番機を見ながら七番機を操るクルトというの人間の事を考えていた。
大森林を進む途中に連絡方法として機械甲冑が使うアームサインを教えてもらい。ナナジには何故か彼女が強く興味をもつ機械甲冑の事で面倒をみて貰ったが戦闘力には特に気にせずただの人間だと思っていた。
『(良く良く考えてみればマニューバの《百目》から逃れて生き残っただけでも只者では無い。ナナジは奴の役割は英雄では無いと言ってはいたが……)』
クルトが機械甲冑に乗りこみその優れた操術を見て彼の役割を〈英雄〉ではと疑った。
〈勇者〉の役割が異世界から魂が転生して生まれるのに対して〈英雄〉の役割はこの世界に住む者から生まれる。
蟲騎士が歴代の勇者、英雄と魔王の戦いを多く見てきた経験から優れた機械甲冑の操術を持つほとんどの人間は勇者か英雄だった。
『ううう……』
全長二十メートルはある人型の巨大な魔物、蟲騎士が怯える。
魔物から見た勇者や英雄は魔物とみれば問答無用か僅かな報酬かまるで快楽の為に虐殺しにくる恐怖そのものだ。
『(人間側に付き敵対しなければ大丈夫だ……戦いになれば全力で逃げて……いざとなれば……)』
一方、不安そうな蟲騎士とは違いナナジは自分を醜いと言った少女を倒したクルトにパチパチパチと手を叩いて拍手し大はしゃぎしていた。
「クルトさん凄い! まるで棒高跳びみたいに飛んだよ! アハハハハ! あの女生きてるか? あれで死んだらうけるんだがな! ハハハハハハハハ!」
はしゃぎ過ぎて途中女言葉じゃなくなった彼女の言葉に蟲騎士に翻訳不能の言葉があった。
『……? ボウタカトビ、とは何だ?』
「あの女めざま〜みろ! アーハハハハハハハハ! ダメだ腹痛え!」
ナナジは頭の上でお腹を抱えて笑い転げており蟲騎士の質問を聞いていなかった。
『……まあ良いか』
せっかく上機嫌になったのだから彼女をそっとしておく事にした。
ーーーーーー
「機体を壊してしまって申し訳ありません」
整備棟の中で損傷した三番機の整備師達にクルトは一人一人に丁寧に頭を下げていた。
「いやいや凄いもん見せて貰ったよ!」
「ちゃんと直すから心配しないでくれ!」
「よろしくお願いします」
頭を上げたクルトは自分の七番機の整備師達にぐるんと無表情の顔を向け。
「では七番機の改良をよろしくお願いします」
そしてまた丁寧に深く頭を下げた。
「は、はあ……」
クルトが整備棟から出て行くと七番機の周りの整備師たちは集まって相談し始めた。
「どうする? オーダー通りに本当に装甲全部外すのか?」
「外すとしても全部は無理だ。人工筋肉筒を固定してる部分も有る。歩いた瞬間に落下しちまう」
「班長どうするよ?」
「ちょっと待てろ! 今考えてるから!」
七番機担当整備師は駆馬四式の設計図面を見ながら頭を抱えていた。




