女の力
登場人物紹介
蟲騎士
〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……
ナナジ
蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無くこの世界の言葉は理解できるが話せないので蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して会話する。
クルト……元千の軍所属の機械甲冑乗り。帝国東要塞の生き残り。
ハチ……元東方軍の機械甲冑乗り。帝国東要塞の生き残り。
オットー……鹿郡領森林砦の砦将。
修練場で倒れているジュールは何故自分が地面に倒れているか理解できなかった。
クルト教官は遠慮なく強く押して来い、殴ってきても良いと言うのでぶつかるつもりで勢いをつけた。
ぶつかる瞬間教官が自分の腕をつかんだのは理解できる。だがどうして自分は地に倒れ教官が自分の腕を持ったまま立っているのかが理解出来なかった。
「……スキルか魔術ですか?」
「違う。こうだ、分かったか?」
クルトはジュールに否定してハーディに向かって言った。
「……すいません分かりません」
クルトは童顔の機械乗りを咎めず無表情で頷く。
「もう一度言う。機械甲冑の中心、自分の中心に一本の棒があると思え。自分の棒はゆらさずに相手の棒をゆらすんだ。こうやって――」
クルトはフラフラと立ち上がったジュールを捕まえるとまた足を払い一回転させて地面に叩きつけた。
「ぐは!?」
「――棒を倒せば体重差関係無く身体も倒れる。倒れた機械甲冑を討つのは容易い事だ。分かったか?」
ハチを入れて五人の機械甲冑乗り達はう〜ん? と首をかしげている。
クルトはまた無表情で頷く。彼はけして咎めず理解してもらえるまで同じ事を繰り返そうと目を回しているジュールを立ち上がらせた。
「もう一度」
「ちょ、ちょ! ちょっと待って下さ、あっ――――ぐへえ!?」
「こうだ」
「あの〜教官」
ハーディが恐る恐る手を上げて白目になったジュールをまた立ち上がらせようとしているクルトに質問した。
「何だ」
「それって俺、あ、自分のような機械乗りでも出来るのでありますか?」
ハーディは機械甲冑隊で本来隊長機であるはずの一番機に搭乗する機械乗りだが彼の機械乗りとしての腕前はけして良いとは言えず同じチームを組むジュールともう一人のように機械甲冑に乗っても使えるスキルや魔術は覚える事ができなかった。
それでも彼が一番機に乗るのはカードの勝敗で自分達が搭乗する機体を決めたからだった。
おそらく甲冑隊の隊長になるのであろう二人のどちらかに賭けで勝ち取った一番機をしぶしぶだが譲ろうとした。
だが二人は隊長になる事を拒否し、ハチは八という数字は縁起が良いと整備棟で埃をかぶっていた八番機に搭乗する事を決めクルトは残りの置き物のように放置されてた七番機に搭乗すると決めてしまい一番機は彼の搭乗機のままだった。
「出来る。そしてお前はもっと強くなれる」
ハーディの質問にクルトはそうはっきりと言い切った。
「でも俺、あ、自分は機械甲冑でスキルや魔術も使えないし……剣ごと機械甲冑の体重を乗せてぶつかる事しか……」
「スキルや魔術だったら俺だって使えん。お前はそれで良いんだ」
うつ向いてたハーディはハッと顔を上げた。
「仲間がスキルや魔術が使えるならお前は仲間の力を存分に発揮できる働きをしろ」
「どうすれば良いか……」
分からない。
「悩め、考えろ、鍛錬を繰り返せ。そしてまた悩め、仲間と相談し修正し鍛錬し考え悩み続けろ。そうすればお前は、お前達はあの魔物にも勝てる」
クルトはハーディに淡々と話しその無表情の顔を鍛錬場の外で今は立ち上がっている巨大な魔物に向けた。
「……勝てるはずだ」
無表情の顔が目を細くし初めて変化をハーディに見せた。
「ちょっと貴方いい加減にしなさいよ!」
女の声にクルトの細めた目が開き動揺が浮かんだ。
視線が集まると走って来たのかはーっはーっと息を荒げて腰まで伸ばし真っ直ぐに切り揃えた黒髪をゆらして青い瞳の気の強そうな美少女がクルトを指差して睨んでいた。
「あ、エリス来たのか」
ハーディは教官達が入隊してから整備棟に余り姿を見せなくなった学園の同期で同じチームの少女の名を呼んだ。
「向こうで見てたわよ! ジュールを虐めて面白いの!? 貴方も止めなさいよ!」
エリスと呼ばれた少女はクルトに向かって怒鳴ってからハーディを一喝した。
「いや、あれはクルト教官が俺達の為に……」
「あれが訓練だと言うの!? 人を投げ飛ばすとかあんなの機械甲冑の訓練でも何でも無いわ!」
「でも……あれ?」
ハーディはクルトに視線を向けると彼の姿は無かった。探せば彼はいつの間にかハチの背に隠れていた。
「人が話をしてるでしょ! 何で逃げるのよ!」
「クルト、何故俺様を盾に、お、押すな! おい!」
「おじさんは退きなさい! 私はそいつに用があるの!」
「おじさん!? 俺様はまだ二十六だ!」
「私と十も違えばおじさんよ! 髭ぐらい剃りなさい! みっともない!」
「みっともない!? お嬢さんそれはちょっと言いす――」
「お嬢さんなんて呼ばないで! 私も機械甲冑乗りよ! 皆と同じように呼び捨てで呼びなさいよ!」
「でもなぁ……」
ハチとその後ろで無表情で隠れるクルトの二人はエリスが苦手、いや女性の機械甲冑乗りの扱いに慣れていないようだった。
ハーディはハチから聞いて初めて知ったが東方と中央の国では女性の機械甲冑乗りはほとんど居らずハーディ達が通った西方中央の学園で機械甲冑を学ぶ生徒の半分は女性だった。
この他国との違いは西方に女性の王、ベアトリス女王が王座に座ってからだ。
ベアトリスが女王の座に着くと彼女はそれまで育成が難しく人手が不足し欠員が必ず出る機械甲冑隊に女性隊員の入隊をほぼ強引に認めさせて解決した。
これを皮切りにベアトリスは今まで認められていなかった一般女性の学校への入学を認める布告を出し西方で初の女性近衛兵など様々な部署、現場に女性を次々に採用しそれまで女は学べず読み書きもできず子を産み育てるだけだった男社会の西方中央を改革していった。
この改革の波は西方全土に拡がりここ西方南部郡でも鹿郡領の西に位置する虎郡領では女性だけで編制された機械甲冑隊が誕生し北の牛郡領では女性だけの騎士団があるとハーディは聞いた事があった。
エリスの言い争いの相手はいつの間にかクルトからハチに変わっていた。
「そもそも私達より早く産まれたぐらいで偉そうに!」
「偉そうなんてして無いだろ! お前達を立派な機械甲冑乗りにしたくてだなあ!」
「あんたらに教えて貰わなくたって私は操術の教巻は全て覚えてるわ!」
「教巻通りにやっておりますはアホが言う事だ!」
「ア、アホですって!?」
ハチとエリスは二機の機械甲冑が座る修練場の真ん中で顔を真っ赤にして怒鳴り合っていた。
ハーディと復活したジュールと始めにハチを盾にしたクルトは止めようするが二人は引かない。他の三人の機械乗り達はオロオロし整備師達は我ら関せずと作業を続ける。
この中でエリスとの付き合いは一番長いハーディは気は強いがこれでも普段は淑女に努める彼女がここまで荒れる事を不思議がった。機嫌が悪かったのだろうかと思っていると。
「甲冑たいいいい! 気をつけ!」
――ビシッ!
エリスとは違う女性の号令で機械甲冑隊員の全員は、ハチとエリスも言い争いをピタッと止め、両足の踵を揃え背筋と両手を真っ直ぐに伸ばして直立不動になった。
「あ〜おっほん! ごくろう全員休め」
最初に号令をした女性副官を連れた森林砦の責任者、オットー砦将は直立姿勢から左足を肩幅まで開き両手を背の後ろで重ねて休めの姿勢をするハチのそばまで歩き。
「ハチロウ教官、貴殿には期待しとるが子守りは期待はしとらん。シズカ姫の家臣だからといってここ森林砦は特別扱いはせえへんぞ?」
「はっ! お騒がせして申し訳ございません! 子守りに精進いたします!」
オットーは次にハチの前で同じ姿勢で立つエリスに向き。
「エリス隊員、俺はお前の婚約者からくれぐれも宜しくと頼まれとる。約束の十八になる前に嫁に行きたいんか?」
「はい! 真っ平ごめんでございますわ!」
はっきりと言い切りオットーは嫁に行きなさいよと思うが口には出さず本題に入る事にした。
「どうやら仲良くやっとるようだがここで俺が止めても後に引くやろう。だからお前らの大好きな方法を提案しようと思う。整備師隊! この二機ですぐに動けるのはどっちや?」
「八番機は呼吸機関に問題が出ておりますが七番機は水を補給後すぐに動かせます!」
七番機担当整備師は即座に答え。今しがた整備棟から台車に水を入れた樽を乗せて運んで来た整備師達は状況が分からずキョロキョロしていた。
「よし、ではクルト教官」
「はっ!」
呼ばれたクルトは休めの姿勢から踵を揃えオットーの方に向き一歩前にでる。
「それからエリス隊員」
「はい!」
エリスも同じように前に出た。
「これからお前ら二人で模擬戦をやれ。負けた方は勝った方の言う事を何でも一つ聞くように」
「え!」
「な!?」
ハーディとジュールはオットー砦将の予想外の提案に同時に発言の許可を待たずに声を出してしまった。
エリスに余りにも分が悪すぎる。
「やってやるわ!」
だが当の本人はやる気満々だった。
ーーーーーー
修練場の騒ぎをスキルで盗み聞き見ていたナナジは良し! と腕を振って喜んだ。
「模擬戦やるって!」
『その様だな』
「よっしゃー! クルトさん! その女をぶっ殺せ!」
『やれやれ……』
蟲騎士は座り直すと石工職人達に聞いた話を知らせ職人達は再びどっちに賭けるかと声が上がった。




