醜い化物の鬱憤
登場人物紹介
蟲騎士
〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……
ナナジ
蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無くこの世界の言葉は理解できるが話せないので蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して会話する。
クルトが説明しだした一方その頃。
蟲騎士は修練場外で職人達と一緒に機械甲冑を見学していた。
頭上のナナジは始めの頃ははしゃいで見ていたが七番機が止まり中のクルトが降りてからは腕を組み不機嫌そうに言った。
「今日は動かすだけなのかな?」
『……そのようだな』
「つまらん!」
ここ鹿郡に着いてから二月、ナナジはとても退屈だった。
一緒に風呂に入ってから仲良くなったマチルダがシズカの父親のヴォルケと結婚して失恋したような落ち込む気分になり。
屋敷の庭に蟲騎士の頭ごと突っ込む天幕と合わせた小屋を作って貰い敷地内に一緒に住むようになったシズカは義兄とやらに会いに領都に向かってから未だ戻って来ない。
暇なので近くの森に狩りに行こうとすれば村の守備兵が真っ青な顔で狩猟には資格が必要です! と止めに飛んで来た。
クルトとハチに会いに岩の砦亭の宿に来たオットー砦将が暇そうにシズカ邸の庭で寝転ぶ蟲騎士を見てお前が壊した大門の修理を手伝えと言われた時は感謝した程だった。
だが森林砦の大門は蟲が自分で石材を運び職人達と一緒に修理しているが頭上に居るナナジは何もしていない。
毎日出された食事や菓子を食っては寝てとダラダラと過ごし人間だったら太っていたかもしれないが無駄な栄養は宿り主の蟲騎士が吸収するのか上半身しか無い体型に変化は無かった。
修練場で機械甲冑が動きだしたので模擬戦でもするのかと刺激を期待したが乗っていたクルトとハチは機体から降りてしまった。
ナナジはため息をついて腰の鞄から菓子を入れた紙袋とお茶の入った水筒を取り出してボリボリと食べだした。見学していた職人達も修練場から目を離し飲み物や菓子を口にしている。
「なんやねん動かすだけか賭けは無しやな」
「あれって新しくここに入った機械乗りらしいな」
「そういや最後まで走っとったのなんか変やなかったか?」
「どこが? 良く動いてたやないか」
「何かこう……動きが人ぽいというか……」
「人が乗って動かすもんなんだから当たり前やろ」
職人達の中にクルトの操る機械甲冑を話題にしている者がいる。
蟲騎士は菓子を食べる同化者にある事を確かめる為に声をかけた。
『……ナナジ』
「んぐ? ――ゴクン。なに?」
『……クルト君の役割は〈英雄〉では無いのか?』
「はあ? 英雄?」
『その目で見えるのだろ? どうだ?』
「全然違うよ?」
『……そうか』
蟲から安堵するような気配がする。
ナナジはこの世界に住む人や物の役割が文字で見える目で〈教師〉と〈兵士〉の役割を持つ二人を組ませて指示をしているクルトを見る。
その役割は何度も見ているし変わってはいない。
自分と同じように人の役割が見える目を持つ少女のリズからこの世界の人々は自分の役割を他人に知られる事をとても嫌がる人が居ると聞いてからは少しうっかりな所がある蟲には教えないようにした。自分の言葉を翻訳する時に本人にうっかり言ってしまうかもしれないからだ。
「(でもどっちかと言えばこっち側に近い役割だよなあ)」
〈人造人間〉のクルト。種族名は人間なので人に化けてる魔物では無いのだろう。
クルトの指示に組まされた〈教師〉と〈兵士〉から同時に「無理です!」と言われた彼はどう説明すれば良いかと無表情で考えてるようだ。
「ナナジ様〜!」
名を呼ばれた気がして使用していた視力と聴力強化のスキルを切り声のした下を見ると森で見張りとして付いた時から良く世話をしてくれた一応姉妹の契を結んでいる宝玉の女神の信者である〈暗殺者〉と〈狂戦士〉の二人の兵士がナナジを呼んでいた。
「あ、今日出発するのか」
『出発されるのかと言っている』
ナナジの言葉を蟲騎士が翻訳して話し二人の兵士は両手の手のひらを合わせて深く頭を下げた。
「はい、これより我ら調査隊は大襲撃の調査のために大森林の奥へと向かいます」
「ああ……うん、ええと、気を付けて、行ってらしゃい……」
『無事の帰還と、武運を祈っておりますと、言って、いる……』
「「はっ! ありがとうございます!」」
その魔物の大襲撃の原因の元と思われる魔物達は焦りながら二人に言葉を贈った。
見ればオットー砦将の周りに三十人ほどの人が馬と荷物持ち兼食料になる家畜を連れて集まっていた。
前回は機械甲冑を連れて大森林に入ったが連携がうまくいかず今回は調査隊だけで大森林に入り新隊長となったトカゲは前回作った拠点からアーダムが提出した記録を参考にワームと戦闘した森の草原を目指すのだと聞いている。
無理はせず冬になる前には帰還する計画だが途中切り倒したりへし折った大木が良い目印になるだろう。
宝玉神に祈るように二人の兵士がナナジと蟲騎士に手を合わせまた深く頭を下げた時。
「こんな魔物に祈って頭を下げるなんて止めなさい!」
女の声に視線が集まった。
黒髪を腰まで伸ばして真っ直ぐに切り揃え、青い瞳の気の強そうな美少女が蟲騎士を指差し睨みながら立っている。
機械甲冑乗りが必ず着る身体にピッタリな赤い革鎧の上にコートを纏うその少女はナナジの目には〈舞姫〉と役割が見えた。
「ワタシトカブッテル!」
身体を隠す程長い黒髪を毎日リズに編んでもらっている青い瞳のナナジがどうでも良い事を口にし蟲騎士は翻訳しなかった。
『(確か大森林で戦った機械甲冑乗りの一人だったな。何故ここに居る? 我々の見張りか?)』
「あれ? お嬢さんは確か甲冑隊の子だろ?」
「こんな所に居て良いのかい?」
「な、何よ!」
二人の兵士はナナジに接する時とは違う柔らかな口調で少女に話しかけた。
「あ、俺分かった。仲間達の様子があの二人が入って変わっちゃったから居辛いんだ」
「あ〜あるある。でも駄目だぞ〜一緒に居て馴染まないと置いてかれるぞ?」
「そうそう」
「貴方達には関係ないでしょ!」
少女は言い返すが。
「だったらこっちの信仰にも関係無くね?」
「でも魔物なんかに祈るなんておかしいじゃない!」
「魔物だが頭上におわす方は宝玉神の妹君だぞ?」
「そんなの魔物の嘘よ!」
『本当だぞ』
「きゃ!」
蟲騎士が座りながら背を曲げてカイコ蛾に似た顔をズイと突き出して少女に近づけたので少女とナナジも接近した。
『確かにこの者は元々はただの人間で他の神々のように世界を操る力は無い。だが宝玉の女神の寵愛を受け娘か妹にするとおっしゃり姉妹の契りを結ばれたのだ。宝玉神は人間には富と豊作の神だが我ら魔物の神でもあるのだ。名を騙り嘘をつくなど畏れ多い』
少女に近付けた鋭い大顎の間にある虫が苦手な人が見れば参ってしまいそうなその蛾の口がモゴモゴと動いて人の言葉を話す。その額に生える上半身だけの女は腕を組んでふんぞり返っていた。
「し、姉妹の契って」
『女神がその唇でこの者の口をお吸いになりそれから乳房を、イッツ!?』
顔を真っ赤にしたナナジがおもいっきり自分が生える蟲騎士の頭を殴りつける。蛾の表情は分からないがとても痛そうだった。
宝玉神信者の二人組はおお〜と声を上げて手を合わせ少女は何を想像したのかナナジと同じように顔が真っ赤だった。
「神にそんな卑猥な事を、こんな……え?」
「チガウ! アノメガミガムリヤリ!……ナニ?」
少女はナナジと初めて近くで視線を合わせると何か信じられない物を見たかのように驚いている。
「嘘……そんな」
「ウン?」
「お前達何してる出発だぞ!」
調査隊新隊長トカゲの鋭い声に慌てた二人組は正真正銘の女神の妹ナナジにまた手を合わせて深く深く頭を下げた。
「「ではナナジ様! 行って参ります!」」
「ア、ウン、イッテラッシャ〜イ!」
ナナジは明るい声を出して手を振り二人組を見送ったあと少女に向き直る。蟲騎士はげんこつの痛みからまだ復活していない。
「ソレデ?」
「あ〜いや違うわね似てると思ったんだけど」
「ア、ソウスカ」
『ナナジの事を知ってるのか?』
げんこつから復活した蟲騎士は少女にたずねた。記憶を失う前の彼女の事を知る人間だと期待したのだが。
「知らないわよ! こんな醜い化物なんて!」
ピキィ――――――
「ミ ニ ク イ ダァ……?」
『ナナジ?』
「え?」
ナナジはこの姿で目覚めてから魔獣兵の血の影響で突然心の中に破壊衝動が湧き上がる時がある。
一緒にマチルダと風呂に入ってる時にも突然彼女を殺しかけた事もあった。
ここ二月の間、人間達と共に暮らすようになってから落ち着きつつあるが時折湧き出ては本人は衝動を押え蟲騎士はナナジに身体の操作を渡さないようにしてきた。
そんなナナジが蟲騎士の身体の操作を奪おうとしている。本気で少女を叩き潰し、殺そうとしている。
『まずい』
蟲騎士は慌てて額のナナジを昆虫の脚が集まったような手でその小さい身体をつつみ突き出してた上体を起こして少女から距離を取った。
突然様子が変わった魔物に少女と周りの職人達が見ている。
『……謝って頂きたい』
「は? なぜ――」
『この者は私が取り込んでこの様な姿になったのだ。好きでなったわけでは無い』
蟲騎士のこの言葉で石工職人達が話に入った。
「お嬢さん今のはあんた悪いよ」
「なぜ私が!」
「お嬢さんもあんたは醜いって言われたら嫌やろ?」
「あ……」
人間達は少女の言葉でナナジが傷ついたと思ってくれたようだ。
少女は蟲騎士を見上げるが起き上がって遠くなり手に包まれたナナジの姿は見えない。
「……ごめんなさい」
プライドが高そうな少女だが素直に謝った。
『謝罪は受け取った。だがしばしの間離れていて欲しい。機械甲冑の仲間たちの元へ行くのが良いだろう』
「……」
少女は無言だが言われた通りに離れて行き蟲騎士は息を吐いて安堵した。
「蟲騎士さまも大変やなあ」
『我々は魔物ですからね仕方の無い事です』
そう言って蟲騎士は立ち上がる。職人達にも聞こえないように少し離れるとナナジに話かけた。
『大丈夫か?』
ナナジは目をつむり自分の口を手で押さえ薄い胸を掴みフーッ! フーッ! と息が荒かったが徐々に落ち着きを取り戻していく。そして息を整えてから口を開いた。
「……あ〜びっくりした。あんなので頂点行くとは思わなかった」
『本当に大丈夫か?』
「うん、もう大丈夫! ごめんね心配かけて」
ナナジを包んでいた手が開く。そして目が甲冑隊の元へと歩く少女に向けて細くなり口の端が釣り上がった。
「でもあの女はいつか剥いて泣かす!」
『全然大丈夫じゃないな』
少女が突然走り出したのはそんな時だった。
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